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守り人は化け物の腕の中

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 イェンは守城と妖魔が番うことは御法度だと言ったが、それは昔からなのだろうかと考えてしまった。
 あれから、イェンによって別室で話されたことは、九魄に任せるほかはないということだった。あれからもう三日が経った。面会はできるが、タイランが医務室に顔をのぞかせるたびに九魄が羽で隠すのだ。
 血の繋がりとかは関係がないらしい。兄としての当たり前の心配も、九魄には迷惑なようだった。

「妊娠をしているかもしれん。そんな雌を羽根の内側に囲いたいのは妖魔として当たり前の行動だぞ」
「……お前もそういうのか」
「俺は人だったが、妖魔でいる時の方が長い。こちらの考えによるのは仕方あるまい」

 ドウメキの言葉に、タイランがおし黙る。大きな手のひらが頭の形を確かめるように撫でるのを甘受けしたまま、それでも一抹の不安は拭いきれない。ヤンレイの退行で、幼い頃の寂しさを見せつけられた気がしたのだ。
 家族から離れ、親の死に目にも会えずに鍛錬をする。ヤンレイのあの気丈さは、この城に来てから身についたものだというのも理解した。
 だからこそ、離れていた心の距離の分、兄として何かできることがないかと思っていたのだ。

「妖魔はな」
「ん?」
「妖魔は、番いを惚れたで見つける。そこは人と何も変わらない」
「九魄も、ヤンレイに……」

 多分な。端的な答えだが、ドウメキは真っ直ぐにタイランを見つめていった。その顔は、兄としての一面を持つタイランが、ヤンレイを気にかけるのが気に食わないと言わんばかりの表情だ。
 それが少しだけ可愛く見える辺り、タイランも随分と毒されてきている。
 お前も、俺を孕ませたいと思うのか。そう聞く勇気はまだなかった。タイランの中で、男は妊娠をする体じゃない。だからこそ、その未知を知る勇気もない。
 もしヤンレイが妊娠をしたら、産むのだろうか。子を抱いている姿が恐ろしく想像つかないが、相手が九魄だと確かに違和感はあまり感じないかもしれない。そこまで思考が飛んで、ヤンレイに怒られるとこまでをしっかり想像してやめた。


「のわあああああああ‼︎‼︎」

 朱院の医務室から、大地を震わせるような悲鳴が上がったのはその時だ。
 中での面会を諦めて、外で待機していたタイランは、弾かれたように立ち上がる。てっきり敵襲でもきたのかと思うほどの物々しさだったのだ。
 どうやらヤンレイが起きたらしい。すぐに理解したのは、医務室の扉を弾くほどの勢いで枕が飛んできたからだ。
 九魄がヤンレイを犯した日から十一日目の今日、襲いくる記憶の数々に羞恥心が臨界点へと達したらしい。中に入れば、長い黒髪を乱すように頭を抱え、寝台の上で蹲るヤンレイの姿がそこにあった。

「朝から騒がしいな」
「起きたのかヤンレイ!」
「く、くるなああ‼︎」

 悲鳴混じりにヤンレイが拒む理由はすぐにわかった。記憶が戻ったということは、九魄の精が全て体外へと排泄されたということだ。
 じっとりと濡れた寝台の上、手負の獣のように毛を逆立てるヤンレイの横には、寝台の汚れも厭わずに寝転ぶ九魄の姿。情報量が多すぎて、どうしたらいいのかわからない。
 タイランはドウメキを振り返ると、犬にまてを命じるかのように手を突き出した。

「そこにいろ」
「……いうと思った」
「ヤンレイ、ここにいるのは俺とドウメキだけだ。湯浴みに行こう、そこは俺が片付けておくから」

 寝具にくるまり警戒をするヤンレイは、昨晩とは打って変わって鋭い空気を纏っている。いつも通りの姿を前に、タイランはどこかほっとしていた。幼い頃の面影を残す様子も大変に良かったが、やはり己の知る姿の方が安心できた。
 獣のように唸るヤンレイへは、迂闊に手は出せない。苦笑いを浮かべていれば、にゅ、とのびた九魄の手が、ヤンレイの寝具をひっぺがした。

「ぎゃ、っ」
「何を恥じらうことがある。お前は俺の雌で、番いだ。俺がお前をこんな体にしたのだ。文句は俺にいえ」
「お前、ひ、開き直って……ど、どっちの味方なのだ……」
「違うよヤンレイ、これはおそらく九魄の嫉妬だろう……」

 タイランの言葉に、ヤンレイの呼吸が一瞬だけ止まった。わかりやすい表情の変化を前に、恋はここまで人を変えるものなのかと、ヤンレイに言えば劣化の如く怒りそうなことを思う。
 かくいう己もドウメキとそういう仲になったのだ。九魄が行ったことは甚だ許し難いが、本人は責任を取るつもりらしいと理解をすると、タイランは三公のような咳払いをした。

「ヤンレイを乱暴に扱ったことは度し難いが、お前に責任を取る男としての度量があるのなら話は別だ」
「な、お前どういう目線で……‼︎」
「お前の兄としての目線だろう。小僧、あまりタイランに食ってかかるなよ」
「ドウメキは引っ込んでいろ」
「ぬ……」

 衝立の背後から、不遜な態度で言葉を投げる。ドウメキの援護は奇しくもタイランによって一蹴される。
 九魄はというと、胡乱げな瞳にタイランを映す。物静かな妖魔は、隣のヤンレイとは随分と対照的だ。その手が静かに己の羽根の一本を抜き取ると、無言でヤンレイへと差し出した。
 その意味を理解するものは、この場では博識なタイランしかいなかった。

「これで恩を売ったつもりか。……お前、俺が弱っているからと言って……なんだ九魄。俺にこの羽根をどうしろと……」
「あ、お前それは……」

 差し出された羽根を無意識に受け取るヤンレイに、タイランはどういう顔をしていいのかわからなかった。猛禽の一部には、己の羽根を差し出すことで求婚をするものがいると文献で読んだことがある。つまり、九魄はタイランへ知らしめる覚悟として、目の前で求婚して見せたのだ。
 何気なさを装うように、ヤンレイの手に渡された赤い羽根。人の形式には当てはまらない確かな求婚は、騙し討ちのように行われ、それにヤンレイが応えた形となった。

 にい、と見たこともないほど悪い顔で笑みを浮かべる九魄に、タイランはびくりと体を跳ねさせる。
 そんな表情を正面から受け止めたヤンレイはというと、ポカンとした顔になっていた。まさか九魄にそんな顔ができるとは思いもよらなかったのだろう。

「俺はお前を嫁にする。拒否は受け入れん」
「あ?」
「お前も俺に答えたろう。そのうち孕ませてやるから、そのようにしておけ」
「はあ⁉︎」

 本日二度目の、素っ頓狂なヤンレイの大声が響いた。


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