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守り人は化け物の腕の中

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 この一週間、ヤンレイと九魄が一向に姿を見せないことで不信感を抱いた導師イェンによって、事態は発覚した。
 それはもう、えらい出来事だったのだ。イェンの妖魔である、白雪が狐火で扉を燃やし尽くして止めに入らなければ、きっとヤンレイは九魄によって抱き殺されていたかもしれないほどに。

 むせかえるような青臭さと、汗と排泄物の香りが充満した部屋で、九魄は体のほとんどを獣化した状態でヤンレイを犯していた。
 赤い羽が散らばる室内。九魄の羽に隠れるようにして白い足を投げ出したヤンレイは、赤子のように白痴になっていたのだ。駆けつけた他の守城が中に入ろうとするのをイェンが制し、本能を剥きだしにした九魄と白雪が同じ火炎同士で力比べをすることになった。
 おかげで、ヤンレイの暮らしていた部屋は消えた。取り上げられたのではない、文字どうり焼失して消えたのだ。

「あれは九魄の発情期だったと、一言で片付けさせていただきました」
「それは……、その、あ……、ありがとう、ございます」

 弟が負傷したと聞いて、タイランは魏界山からドウメキと共に駆けつけていた。
 とにかく急いで医務室に向かえ。急かされるままに大慌てで訪れれば、中にいたのは朱院の長でもある導師イェンと、ボロボロのヤンレイであった。

「全く、あなた方兄弟はどうして……、ああもう、これ以上は言いませんから、その目つきはやめなさい」
「っ、ドウメキ、ここは城だから妖力を滲ませるな」
「……仕方あるまい」

 頭が痛そうに、イェンはため息をついた。朱院の長でもある彼は、導師の証である赤い深衣を身に纏う。長い黒髪をひとつに編み込み、前に垂らす。中性的な顔立ちは、ヤンレイとはまた違った美しさであった。
 
「九魄は?」
「隣の部屋で治療受けてる」
「少女……?」
「違う、こいつも妖魔だタイラン」

 イェンの影から顔を出す。旗袍を身に纏った白銀の髪をもつ少女が、薄桃色の瞳を光らせてドウメキを見上げた。丸く結った団子頭がよく似合う、年嵩は十代前後くらいに見えた。

「私の炎でこんがりと焼いてやった。いくら炎を司っていても、神狐の白焔には敵うまい」
「白雪、あれは牽制です。己の術に酔うなと私は何度も注意しましたよね?」
「……タイランといったな。しばらくヤンレイは歩けないぞ。股関節が外れるほど犯されたのだからな」
「な、……っ」
「ああもう……」

 白雪の明け透けな物言いに、イェンは分かりやすく頭を抱えた。
 思った以上に酷い有様に、兄として強い憤りを感じたらしい。普段は穏やかなのだろうタイランの強い語気に、白雪だけはおもしろそうににんまりと笑う。
 ヤンレイの眠る寝台を隠すように建てられた衝立を、引き留める間もなくタイランが抜ける。長い黒髪を揺らすようにして寝台へと歩み寄れば、幼い顔つきで眠るヤンレイを、覗き込むように見つめた。

「ヤンレイ……」
「ぅ、ン……?」

 執着はしっかりと体に刻み込まれていたようだ。九魄の所有の証である匂い付けを前に、ドウメキは顔を顰めるように後ずさる。
 こうして他の雄を遠ざけようというらしい。随分と露骨な示し方に、タイランはひどく辟易とした顔をした。

「に、いちゃ」
「……ヤンレイ?」
「あいに、きてくれた……の……?」
「あ、ああ……」

 少しだけ眠そうな狼の瞳が、柔らかな光を宿してタイランを見つめた。幼い頃に呼ばれていた呼び方だ。したったらずな口調からは、タイランの知る不遜で冷たい印象は見受けられない。
 伸ばされた手を戸惑い気味に握り返す。そんなタイランの動揺を汲み取ったのか、白雪はおかしそうに宣った。

「長く妖気を浴びせられ続けて、頭が退行している。ま、数日で戻るじゃろ。だが九魄によって体をバカにされておるからな。今は一人で排泄もできん。赤ちゃんじゃ赤ちゃん」
「え、じゃあどうすれば」
「九魄が全てやるそうですよ。本人が申し出てました、己の雌の世話は番いの仕事だと」
「番い……?あ、待て」

 にゅく、と指先が暖かなものに包まれた。タイランが気を取られたうちに、その指をヤンレイに含まれたのだ。口寂しそうに、ちぅ、と吸い付く様子は幼児のようだ。
 少しだけ泣きそうな狼の瞳を前に、幼い頃の腹を空かせたヤンレイの面影が重なる。

「お腹空いたのか?……にいちゃんがご飯を作ってやるから。ヤンレイはいい子で待っていてくれ」
「あなた、ヤンレイの心がわかるのですか?」
「いや、子供の頃の面影があるから……、ドウメキ。ツノが出ている」
「…………」

 愚図るヤンレイを宥めるように、タイランの指先が黒髪を梳く。この状態は数日限りだと聞くが、体は大丈夫なのだろうか。不安げな表情がヤンレイに伝わったのか、細い喉がひっく、と震えた。

「ぅう……ぇ、え……っ……ひ、っく……」
「ドウメキ、九魄を読んできてくれ。話がしたい」
「顔が怖いぞタイラン……わかった、が……」
「場所は私が案内しようじゃないか」
「頼みましたよ白雪」

 ドウメキの目線に気がついたらしい。胸を張るように前に出た白雪に連れられて、頭を下げるほど窮屈な入り口から出ていった。
 タイランの細腰に腕を回して、腹に顔を押し付けるように泣く。幼児から変わらないヤンレイの駄々に、タイランは兄としての矜持が地味にくすぐられる。
 どうやら少しばかし嬉しそうな顔をしてしまったらしい。イェンの咳払いに小さく肩を跳ねさせると、取り繕うようにヤンレイの頭を撫でた。

「番いとは、あの番いですか」
「ええ、まあ妖魔と交わったのなら、そうなるのでしょうね」
「……妖魔といえど人型ですが、交わるというのは、その」

 いいよどむタイランの耳が、僅かに染まる。番いとは婚姻関係のことだろう、だとしたら、己も身に覚えがないわけではない。妖魔でも、人の体をとっていれば性行為は可能だろう。推奨はされないだろうが、囚われていた期間はともかく、こんなに大ごとになるものなのかと疑問に思ったのだ。

「半妖が生まれます」
「……それは、女だった場合ですよね」
「いいえ、雄の妖魔が相手であれば男でも孕みます。妖魔の精液には、術を紡げば子袋を作る作用がある」
「え」

 イェンの言葉に、タイランの髪を梳く手が止まる。術を紡げば、イェンの言葉にバクンと心臓が跳ねた。
 性行為をした経験がある。タイランもドウメキとともにだ。それでも、術は紡がれてはいない。危うく至高の海に入りかけたが、己の経験を振り返ればかろうじて当てはまらないことに気がついた。
 手持ち無沙汰に、寝台の横に置かれた見舞いの果物に手を伸ばす。葡萄の一粒をちぎると、そっとヤンレイの唇へと運んでやる。
 柔らかな唇が、指先にあたった。みずみずしいそれが果汁を弾くように口に含まれる様子を見る。もしかしたら、ヤンレイは孕んでいるのだろうか。そんな一抹の不安が、兄としてなのかはわからない。

「……まあ安心しなさい。男の腹はそう簡単に膨らみません。妊娠したかどうかはまだわかりませんが、ヤンレイが女でなくて本当に良かった」
「そう、ですか」
「にいちゃ……も、いっこ」
「ああ、」

 薄く唇を開いてねだる。いつもの尖はなりをひそめ、庇護欲だけを掻き立てられる。濡れた赤い舌が少しだけ目に毒だ。タイランはもう一粒をふさから外すと、そっと口に含ませた。


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