だいきちの拙作ごった煮短編集

だいきち

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こっち向いて、運命。ー半神騎士と猪突猛進男子が幸せになるまでのお話ー

しあわせなわがまま

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「痛かったなぁ。泣かなかったの頑張ったなあ」
「ぅー……っ」
「ありゃ」

 エルマーが頑張ったと言ったから、サディンは泣かないように歯を食いしばっていたのに。やっぱり我慢はできなかったようだ。
 可愛いお膝は転んだことで擦りむけて、ジクジクと熱を伴った痛みを放つ。小さなおてては、ギュゥっと狼のお耳付きのチュニックを握りしめていた。エルマーが昨日買ってくれたばかりのお洋服を汚してしまった。それが何よりも嫌で、サディンの泣いた理由だった。
 涙がこぼれないように、小さな紅葉がお目目を隠す。ヒックヒックと震える喉が、幼い心が助けを求めているようで痛々しかった。

「ほらおいで」
「ひぅう……っ」

 エルマーの大きな手のひらが、サディンの両脇に差し込まれる。軽々と持ち上げられれば、視界は随分と高くなった。
 ドリアズの、エルマーとナナシのお家から歩いて十分程度の距離にある公園まで、二人は遊びに来ていたのだ。

「かっこよかったって、風きってたぞぉサディン。泣くな、ナナシに見てもらおうなあ」
「ぉ、おとしゃ……っ……ふ、ふぐぅ~……」
「え、なんて?」

 ふぎゅ、と情けない声が出た。服を汚してごめんなさい。本当はそう言いたいのに、サディンはまだ語彙が少なくて上手く喋れない。ポカンとしたエルマーが、顔を中心に寄せるようにふぐふぐと泣くサディンを見やる。
 己の子供の頃の顔なんか忘れたが、きっとこんな感じだったのだろうかと思ってしまうのは、周りからそっくりだと言われているからだろう。
 受け止めきれない涙を溢れさせたサディンの手が、涙を握りしめるように丸まった。下手くそに涙を拭う姿を前に、目が傷つきそうで少しだけ怖い。

「おててパーにしてみ」
「ぅうぅ……」
「おうおう、砂利の痕ついちまうくらいやらけえお手手だあ。きつく握ってたら可哀想だろ」
「かわいしょ……?」

 エルマーの言葉に、金色を溶かしたサディンが見つめ返す。可哀想って何がだろうと思ったのだ。
 泣いているサディンの気を逸らすことに成功したらしいエルマーは、サディンの小さなおててに口付けた。

「なぁにぃ……」
「あんまり小せえから、くっちまいそう」
「たべぅのう?」
「わは」

 エルマーの口が、ぱくんとサディンの小さなおててをふざけて噛もうとする。サディンは慌てて手を挙げるようにして口から遠ざけると、何が楽しいのか、エルマーはワハハと笑うのだ。
 サディンはそれが気になって、もう一度手のひらをエルマーに近づけた。恐る恐る、ちょっとだけドキドキしながらだ。

「食っちまうぞ!」
「はわ、やーーっ!」

 けたけた笑うエルマーが、サディンのおててに顔を近づける。ドキドキしてちょっと慌ててしまうけれど、エルマーから逃げるのが楽しくなってきた。
 エルマーがそっぽを向くと、恐る恐る小さなおててを近づける。振り向く前に、なにもないよと知らんぷりをしておててをしまうだけの遊びが、なんとも緊張感があって楽しい。
 気がつけばサディンの涙は引っ込んで、エルマーにほっぺをぱくんと甘噛みされながらきゃらきゃらと笑っていた。

「泣きやんだなあ」
「おててないない?」
「おう、サディンの勝ちだぁな」
「ふへ……」

 ふくふくとした頬をふにふにさせながら、嬉しそうに笑う。エルマーの肩口に小さい頭をうずめたまま、わかりやすくナナシに似た尾っぽをぶんぶんと振り回していた。
 小さな背中をとんとんとされると、眠たくなってしまうのがいやだ。
 もっと遊びたいし、なによりもまだごめんなさいをサディンは言えてないのだ。

「ねむぃ、なぃ」
「ナナシとおんなじこと言う」
「むぅ、ん……」

 サディンの小さな体で眠気に抗うのは至難の業だ。きっと、エルマーの手のひらには魔法がかかっているに違いない。ナナシもそんなことを言っていたから、きっとそう思ってるのはサディンだけではないはずだ。
 
 エルマーの肩口にべったりと涎をくっつけて、サディンは大はしゃぎからの夢の旅へと身を投じた。
 ナナシと同じようにぴすぴすと寝息をたてるサディンに、エルマーはようやくほっとした。
 前に大はしゃぎをしたあとに、盛大に吐いたことを覚えていたのだ。アリシアから、幼児期はよくあることだと言われなかったら、大慌てで医者に駆け込むところだった。
 
 サディンが泣いた理由も、もしかしたら転んだ以外にあるのかもしれない。そんなことを思いながら、エルマーはサディンを片腕で抱きながら家に帰る。小脇には、アロンダートが作ってくれた鳥型の手押し車を抱えていた。
 サディンがわんぱくを発揮して、押しながら走って転んだのがことの発端だ。予想通りすぎて、エルマーは少しだけ笑ってしまったのはナナシには秘密だ。
 自宅が見えてくると、庭に植えた野菜を収穫していたらしいナナシが、ほっぺに土をくっつけたまま二人を出迎えた。

「ふぉ……おかえり……」
「すまん、泣かせた」
「はわぁ……おひざかわいそう……」

 大きな手袋をつけたまま触れようとして、ナナシは思い出したように外のベンチの上に置いた。
 ナナシの腕がサディンを受け取る。眠っていても本能が働いているのか、サディンの短い腕はひしりとナナシの首に抱きついた。

「手押し車で走ってコケた。そんで頑張ってたけど、やっぱ泣いたなあ」
「びっくししたんだよう、ナナシもよくなく」
「そりゃあ俺が一番知ってらあ」

 比べる対象は相変わらずナナシ基準だ。それでまかなえてしまうから面白い。
 庭からお家に入るなり、エルマーはサディンが寝ているうちにお膝の汚れを取った。もちろん、泣かさないように作業は慎重を極めた。戦いの時でも見ないほどの真剣な顔つきは、しっかりとサディンの様子を窺いながらの作業であった。
 ナナシによって、サディンのお膝には治癒がかけられた。それでも、治すのはちょびっとだけ。エルマーと話し合って、子供のうちは自然治癒を促すようにしようとなったのだ。
 もちろん、大怪我をしないように注意は払うが、子供が遊んでいて自然に作る怪我については大袈裟にしない。小さいうちから痛い経験をさせるほうが学びになるだろうと考えた。
 それは、エルマーもナナシもいろんな経験をして学んできたからに他ならない。二人は親の顔も知らないし、子育ての何が正解かもわからないから全てが手探りではあったが、サディンとともに二人も成長をしていると信じている。
 エルマーの手が、ぷすぷす寝息を立てるサディンの髪を梳くように撫でる。サディンを挟んでソファでナナシと向かい合わせだ。旅路の時は常にくっついていた二人の間には、守りたいものが増えた。
 
 ナナシの手のひらが、土汚れのついたチュニックに触れた。エルマーが買ってきたそれは、赤毛のサディンがナナシとお揃いの色になれる白いお洋服だった。
 どうやら、サディンが泣いた理由がナナシにはわかったらしい。パタパタと尾を揺らす様子を前に、エルマーが反応を示す。

「なんだあ、ご機嫌じゃねえの」
「サディン、よごしちゃったのやだなんだよう。これ、えるがくれるしたから」
「あ?服は汚れるもんだろうよ」
「ちがうですよ、だいじするしたい。おきにいりだから」

 ナナシはしっかりと見ていたのは、昨日のサディンのはしゃぎっぷりだ。エルマーが買ってくれた狼になれるチュニックのフードを被って、サディンは小さいお尻を揺らすように尾っぽを振り回して喜んだ。
 ねこやくま。うさぎのお耳付きのお洋服は持っていたけど、ナナシと似ている狼をもしたお洋服はこれが初めてだったのだ。三人でトッドのお店に遊びに行った時、エルマーが狼耳のチュニックを頼んでいた姿を、もしかしたら見ていたのかもしれない。
 小さな足で地団駄を踏むように大はしゃぎをしたサディンは、ここ最近ではナナシの前では転んでも泣くまいと頑張っていたのだ。だからこそ、エルマーの報告をナナシは意外に思ったのだ。

「サディン、さいきんころんでもあんましなくしないですよ。だから、よごすするしたのやだなの」
「んだぁ、その可愛い理由……」
「えるよりすなお」
「俺だって夜は素直だろうよ」

 サディンの素直に対抗するように、エルマーが宣う。そうじゃないと言わんばかりにむすくれるナナシの顔も、拗ねた時のサディンにそっくりだった。
 
「んむぅ……」

 モニョ、と小さな口を動かして喃語のような寝言を漏らす。パタパタと尾を揺らしながら夢の中を旅する愛息子に、二人して思わず笑みがこぼれた。
 エルマーがくれたお洋服を、幼いながらに気持ちごと受け取っていたというわけか。サディンはきっと自覚はないだろうが、幼く素直な反応が二人を親にしてくれるのだ。
 そう考えると、エルマーもナナシもサディンからもらってばかりである。
 いつまでサディンに構ってもらえるかはわからない。だからこそゆっくり大人になってくれとも思う。それでも子供の成長は嬉しいから、やはり親というのは難しい。
 そんな親としてのわがままをサディンが受け止めてくれるうちは、存分に甘えさせてもらうしかあるまい。
 気持ちよく眠るサディンをエルマーが思わず抱きしめて、再び愚図らせるのは間も無くである。

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