だいきちの拙作ごった煮短編集

だいきち

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こっち向いて、運命。ー半神騎士と猪突猛進男子が幸せになるまでのお話ー

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「縛りつけろ‼︎」

 ダルマンの声と共に、グレイシスの背後から黒い鎖が飛び出した。魔導書によって放たれた闇魔法に、ユキモトはいち早く反応を示す。
 
「銃型」

 纏っていた銀色の粒が、ユキモトの声に反応を示すように手の中に集まる。それは瞬く間に拳銃の形へと変化すると、銀色の球を吐き出すようにして鎖を弾いた。

「何魔法だ」
「召喚術や」

 飛び退るようにユキモトの隣へと並んだグレイシスの言葉に、煙を吐き出す銃口を下げたユキモトが答える。
 無機質の召喚魔法なんて聞いたことがない。眉を寄せるグレイシスに苦笑いを浮かべると、ユキモトの手の中の銃は、すぐに霧散した。

「一打ごっとに、一点集中。それが終わったら消える。物質は大気中にいくらでも漂いゆうからな。小せえもんならすぐに出せる」
「まぐれで喜ぶんじゃない‼︎」
「人が話しゆうやろう」

 ダルマンの呼び出した鎖に、怨嗟の炎が集まってくる。うねる鎖に肉をつけるかのように現れた黒い蛇に気がつくと、ユキモトは面倒臭さそうに顔を歪める。


「グレイシス、魔物はいいからダルマン凍らせちょくれ」
「いけどりか」
「そ」

 端的に返事を返したユキモトに背を向ける形で、グレイシスは走り出した。迫る姿に気がついたダルマンが、線の細いグレイシスを前にニヤリと笑みを浮かべた。

「炎よ‼︎」

 ダルマンの周りに渦巻いていた怨嗟の炎の一部が、グレイシスの氷結魔法を防ぐようにして防壁を展開した。氷が作る澄んだ白が、炎の防壁にめり込むように煙を上げる。
 黒い炎の壁は、その一部に穴を開けるようにしてダルマンの姿をあらわにした。

「そこ‼︎」
「ーーっ‼︎」
 
 わずかに開いた穴の隙間から、グレイシスのレイピアが素早く伸びた。喉元を掠めるように繰り出された一打を、背後に転がるようにしてダルマンが避ける。

「いけどりと言われなかったか」
「なんだ、できればの話じゃないのか」

 容赦なく命を奪おうとしたグレイシスの様子に、ジルバがくつくつと笑う。どうやら聖水が乾いたらしい。存分に体を動かして満足したのだろうか、その表情は満たされている。
 グレイシスが再びレイピアを構える。刀身を覆うように氷が張ると、レイピアはあっという間に氷の剣へと変化した。

「もう少し遊んでくれダルマン」
「……お前が一番信用できねえな」

 シルクハットを被り直して立ち上がる。ダルマンは吐き捨てるように宣うと、再び魔導書を開いた。

「あの魔導書がダルマンの手から離れればいいのだろう」
「ああ、そのようだ」
「なら簡単な話じゃないか」

 グレイシスの翡翠の瞳が獰猛に輝いた。立てるようにして、氷の剣を顔の前に構える。体の周りに白い霧を纏うと、氷の粒が辺りに形成される。それは、乾いた音を立てて半月状へと変わっていった。

「知っているか、鎌鼬は氷属性でもできるのだぞ」
「なら先程よりも防壁を重ねるのみだ‼︎」
「それはどうかな」

 ジルバの声に愉悦が混じる。灰色の瞳には、ダルマンの残りの魔力を映していた。
 ダルマンの魔力は、ユキモトが相手にする魔物にも分散されている。リッチとの契約で能力を高めているとしても、魔女が使うはずの魔導書が術者から吸い取る魔力量を考えれば、そろそろダルマンの保有魔力が底をついてもいい頃合いだった。
 予測は当たっていた。ダルマンが怨嗟の炎を集めて防壁を作ろうとした瞬間、ユキモトの相手にしていた黒い大蛇の体が実態を保っていられなくなったのだ。

「なんやこれ、ああ。ラッキーってことかあ」

 その好機を、ユキモトは逃さなかった。口吻を地べたに突き刺すようにして襲いかかってきた大蛇を避けるように飛び退ると、牙を作るように指を曲げた両手で大蛇を捉え、指を擦り合わせるようにぴたりと重ねた。

「トラバサミ」

 鋭い音を立てて出現した巨大なトラバサミが、大蛇の体を噛み砕く。切断された体は一瞬の滞空後、地べたに落ちる前に燃えて消えた。

「ぃぎ、ぁあアぁアあア‼︎」

 大蛇の消失とともに、ダルマンの悲鳴が響き渡った。リッチが見せていた幻覚は消え、ジルバの支配する空間が再び戻ってきた。
 色のない空間を彩るかのように、紅い血飛沫が辺り一帯に飛び散っていた。グレイシスの放った氷の鎌鼬は囮であったのだ。飛んでくる氷の半月を防ぐ際に見せた、ダルマンの一瞬の隙を逃さずに、グレイシスは魔導書を持つダルマンの手首を切り落とした。
 グレイシスの美しい氷の刀身は粘性の高い血が絡み、刃紋を作るように輝いていた。

「密猟だけでなく、お前は余が友好関係を築こうとしているジルガスタントでも問題ごとを起こしたということか」
「ひ、ぃい、お、俺の、手がっ」
「となれば、貴様をジルガスタントに突き返せば、文字通りいい手土産になるということか。」

 剣先をダルマンの喉元に突きつける。そのまま顎を上げるようにダルマンを見下すグレイシスの背後で、ユキモトはダルマンの手首がついたままの魔導書を拾った。

「……これやあ……親父の魔導書……」

 古びた皮の表紙をそっと撫でる。ユキモトは本を抱きしめると、ヘナヘナとしゃがみ込んだ。
 ダルマンは、ジルバの蜘蛛の糸によって縛り上げられた。切り落とされた手首を氷漬けにされたまま、汚い声で叫ぶように宣った。

「そ、そんな本一つの為に……っ‼︎ お、俺ぁ手首を落とされたのか‼︎」
「そんな本なんかやない……」

 ユキモトの底冷えする声がした。
 黒い外套を揺らすように立ち上がる。胸に抱いていた魔導書へと魔力を流すと、ユキモトは正体を知らしめるように虚空に掲げた。

「なるほど、本に宿っていたのか」

 ジルバの言葉がポツリと溢れた。ユキモトの魔導書は強い光をったかと思うと、表紙から輝く光体を生み出した。
 姿を現したのは、その体表を銀色に輝かせる人の姿だ。性別も表情もわからないまま金属の輝きを放ち、ユキモトを見つめている。
 セフィラストスの眷属、ツクモ村の土着神。鉱物を司る神がそこにいた。

「おまんが持ち出した本には、こいつが宿っちょった。土着神は信仰でしか存在できん。おまんがこの本に執着するから、こいつは不本意にも力を奮わざるをおえんかった」
「な、なんで本に……っ」
「おまんが親父を殺した。だからこいつは行き場を失って、親父が使っいよったこいつに宿らざるをおえんかった」
「土着神でも神だ。嫌われて仕舞えば、人が手を下すよりも酷い目に遭うだろうな」

 ジルバの表情が楽しそうに緩んだ。鉱物の神は手のひらをユキモトへと向けると、不思議な反響音を伴った声で宣った。

「覚悟は決まったかユキモト」
「ああ、俺が親父の代わりや」
「よろしい、なら力を貸そうじゃないか。私はマチバリ、鉱物を司る神」

 ユキモトが、マチバリの手を握り返したその瞬間。マチバリの姿は人の背丈はあろうかというほどの大きな鋏へと姿を変えた。
 
「首は跳ねん。こいつはジルガスタントで罪を償ってもらう」
「い、いやだ俺は」
「嫌だじゃない。てめえは俺の国で、罪と向き合って死んでもらう。てめえの首で俺はおまんま食おうってんだ、ただ飯を誰が逃すかよ」

 悪人面で歪んだ笑みを見せたユキモトを前に、ダルマンの顔は分かりやすく青ざめた。頭を押さえた今、あとは芋蔓式で関わってきたものも浮かび上がるだろう。
 しかし、問題はまだ終わったわけではない。

「さて、頭を押さえたが観客はどうする。この空間を切り離しても、状態異常にも気づかない馬鹿な観客どもが正気を取り戻すとも思えんが」
「それは、マチバリが浄化する。こいつは切り離すことが得意やき」

 ユキモトの言葉に、グレイシスとジルバは怪訝そうな顔をした。背後では、鋏に姿を変えたマチバリが応えるように光沢を放った。
 
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