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こっち向いて、運命。ー半神騎士と猪突猛進男子が幸せになるまでのお話ー
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しおりを挟む「リッチ‼︎」
ダルマンの声が、舞台上に響いた。アリアナの甲高い悲鳴に応えるかのように魔法陣から姿を現したのは、アンデット系の魔物である不死王リッチであった。
高位の魔物は、腐った肉を骨の上に蠢かせるようにして笑みを浮かべた。黒い毛皮のついたマントを纏った不死者は、その頭蓋の上に王冠を輝かせていた。
出現した瞬間、ジルバの展開した空間を塗り替えるかのように幻覚を見せる。あっという間に、グレイシス達は朽ちた十字架に囲まれた。
「不死王か。面白い」
「アリアナっ‼︎」
「大丈夫だ、アリアナに状態異常は効かない。端にでも避けておけ」
「お前……」
ジルバの言葉に、ユキモトは引き攣り笑みを浮かべた。醜悪な魔物の姿に取り乱したアリアナを抱き上げると、背後の十字架にもたれかけるようにして寝かせる。
気絶をしているアリアナに結界を張ったユキモトが、渋い顔をして魔物に目を向ける。
ダルマンが不死王と契約しているのは知らなかった。払った代償がどれほどのものかはわからないが、どちらにせよ面倒な相手には違いない。
リッチは、ダルマンの手の動きに合わせるように指先をユキモトへと向けた。放たれた状態異常に気がつくと、ユキモトは手を横に振り抜くようにして弾き返した。
「なんのカラクリだ」
「魔道具だ、一度しか使えんけど」
「面白い、あとで詳しく聞かせろ」
「あ、おい!」
ジルバが小さく笑う。リッチの動きを真似るようにして手を持ち上げると、煽るかのように人差し指をクイ、と動かした。
「暗ければ暗いほどいい」
「強がりを」
リッチの背後から、ダルマンが飛び出した。ただの座長ではないことをわからせるかのように、土塊を散らしてグレイシスへと肉薄した。翡翠の瞳がわずかに見開かれる。
気を取られたジルバを窘めるかのように、リッチはジルバの頭上に杭を出現させた。
「っ、まて……‼︎」
ユキモトの焦りを帯びた声が響いた。辺りは瞬く間に白い靄に包まれる。体感温度を強制的に下げるような冷気が肌を撫でたとき、澄んだ音があたりに響いた。
「あ……?」
「なんの心配をしている」
白い冷気は、ゆっくりと足元へと降りていった。ユキモトの目の前では、似合わない舞台衣装を羽織ったグレイシスが地べたにレイピアを突き立てていた。
六角柱の氷塊が、足元を突き破るかのようにして、放射状に走っていた。氷を通して歪んで見えるダルマンは、膝を土で汚すようにしてうずくまっている。
「俺に近接はいい手ではない、学べ」
「バカみたいな術使いやがって……っ」
「馬鹿ではない」
グレイシスが一歩踏み出すごとに、地べたは乾いた音を立てながら氷の結晶が現れる。口から漏れる吐息が白い。
大きな杭が氷を散らすようにして地べたへと突き刺さる音がして、硬いものがユキモトの爪先にぶつかり止まる。
リッチの頭に乗せられていたはずの王冠が、つるりとした光沢を放ってそこにあった。
顔を上げる。ユキモトの目の前には静かに佇むジルバが、どす黒い水たまりに足を浸すようにしてスラックスの裾を汚していた。
「不愉快だ。この俺に練度の低い闇魔法を放ってくるなど。こんなものが不死王を名乗るなど笑止千万」
「な、お、おま……」
「ああ、契約者がその程度なら仕方がないか」
絶句するダルマンの目の前には、頭を潰されたリッチの体が転がっていた。ジルバの足元から湧き出た夥しい数の蜘蛛が、かすかに動くリッチの体に群がっている。蜘蛛の糸によって杭の軌道をずらされたようだ。その大きな杭は、リッチの背に突き刺さるようにして体を縫い止めていた。
誰が見ても、ダルマンは追い詰められたかと思った。表情を顔の中心に集めるように顔を歪める。
ダルマンは弾かれるように立ち上がると、懐から取り出した短剣で己の手を突き刺した。
「何を始める気だ」
「何が始まると思う‼︎」
グレイシスの怪訝そうな表情を前に、ダルマンは顔に狂気を貼り付け声を荒げた。
異常な高揚を察知したジルバの瞳が、スッと細まる。ダルマンの手に持つ短剣が纏う気配に気がつくなり、ジルバは小さく舌打ちをして手を横に振りぬいた。
召喚した蜘蛛を逃す動作だ。それは、周囲に危険を知らせることと同義だった。
「ただのナイフではない」
「あれは不死王のナイフや。生命力を削る代わりに、不死王の能力を身に宿せる」
「ユキモト」
ユキモトが淡々とした口調で語りながら歩み寄る。グレイシスへと並ぶと、青く研ぎ澄まされたレイピアへと目を向けて口を開いた。
「なあ、聖水作れるか。氷属性っちゅうのは、能力を水に変えられるがやろう」
「聖水なら持っている。が、量はそこまで多くないぞ」
「なら術で増やしてくれんか。増幅術は持っちゅうか」
「なら俺がやろう。グレイシス、氷で器を作れ」
ユキモトが何をするのかはわからない。グレイシスは言われるがままに聖水を取り出すと、作り上げた氷の器の中に聖水を注いだ。ジルバの術によって、みるみるうちにかさが増えていく。
聖水としての効力はわずかに弱まったが、未だその属性は宿したままだった。
「お前……魔導書‼︎」
「一応俺のは持っちゅうがよ、取られたのは形見の方」
「なら、」
「召喚術、したくなかったがやけどなあ……」
グレイシスの言葉を遮るように、大きなため息を吐いた。
目の前に倒れていたリッチの体はもう見当たらない。しかし、赤黒い炎のようなものが、舞うように辺りに蔓延っていた。
炎に見えるもの一つ一つには毒がある。不死王リッチの体は、一度目の終わりを得てから体を分散させる。怨嗟の炎はダルマンを囲むようにして渦を巻いていた。
「お前、もしかしてマヨイの息子か」
「マヨイ?」
「俺の父親だ」
ダルマンはユキモトに気がつくと、まるで見せつけるように手にしていた魔導書を撫でる。その行動は、正しくユキモトの神経を逆撫でした。
ユキモトの脳裏に、襲撃を受けた夜の光景が浮かび上がる。ダルマンによって奪われたのは、村にしか咲かないウスヨカズラの花だけではない。父親であるマヨイが大切に育てていた錬金素材を奪い取るだけではなく、両親の尊厳まで踏み躙るようにして命を奪った。
「あれはいい金になった。おかげで俺は隠れ蓑を手にすることができたしなあ」
「……山賊はどうやっても貴族にはなれん。お前の手は汚すぎだダルマン」
「どうとでも抜かせ、俺にはこれがある」
ざわりと、あたり一体の空気が震えた気がした。
ダルマンの目前で、ユキモトは黒髪を風に遊ばせるようにして、体から魔力を滲ませていた。
ユキモトの周りの空気が、鉄臭い匂いを帯びて渦を巻く。銀色の小さな粒が光を弾くようにして、魔力の流れに合わせて動く様子を前に、ジルバは小さく笑った。
「どこかで聞いたことのある名だと思っていた。そうか、不思議な響きはツクモ村の出だからか」
「ツクモ村?」
「ジルガスタントにある辺境の村だ。なるほど、だとしたら随分と面白い神に愛されている」
セフィラストスの眷属の中でも、一際変わり者の神がいることはサジから聞き及んでいた。土でもなく、花でもなく、緑運ぶ風でもない。それは、柔軟であり、時には硬くもなる。身近であり、時には遠い存在にもなるものだ。
土着神は力が少ない。だからこそ、愛し子の代替わりによって存在をつなぐ。愛し子への執着は時に強く出るのだ。
「いまそいつは拗ねちゅう。だから俺の言うことは聞かん」
「魔導書に意思があるとでも?」
「おまんはどう思う」
ユキモトが含みのある笑みを浮かべた。その表情は、ダルマンを焦らせるのには十分だった。
ダルマンの手のひらは、魔導書に置かれた。何かを囁くような詠唱が始まったかと思えば、周囲の怨嗟は時間を稼ぐかのように、勢いよく三人へと襲いかかる。
グレイシスは、すぐさま氷で結界を展開した。範囲は狭い分、強度は高い。時間稼ぎ程度ではあったが、それでも構わなかった。
「実体がない奴は嫌いだ‼︎ 俺のレイピアが届かぬではないか‼︎」
「防戦で構わない、あとはユキモトがやる」
「ぅわっ、と、何をする‼︎」
グレイシスが作り上げた聖水の器を、ユキモトは蹴り上げるようにして二人へと浴びさせた。金髪を肌に張り付かせたまま吠えるグレイシスの隣で、髪をかき上げたジルバは笑った。
「少なくともこれが一番効率がいい。なるほど、ユキモトは面白い男だな」
聖水で濡れたジルバの目の前に、怨嗟の炎が襲いかかってきた。腕で防ごうとしたジルバを状態異常を伴う火炎で飲み込もうとした瞬間、炎を突き破る勢いで繰り出されたジルバの拳が炎を消し去った。
「はあ⁉︎」
素っ頓狂な声を上げたグレイシスの目の前では、手首を揺らすようにしてジルバが立っていた。好戦的な瞳は爛々と輝いている。この状況を楽しんでいるのは明白だった。
「聖水で濡れているうちは、ゴーストは殴れる」
「そんなこ、……あるのか……」
「状態異常にかからんようにって意味やったがやけどなあ」
ユキモトの行動は、本人の預かり知らぬところで思わぬ転機を与えたようだった。どうやらジルバもこれが偶然の副産物だと理解したらしい。
そのまま誤魔化すように拳を構えると、再び襲いかかってきた怨嗟の炎を破るかのように殴る。拳にまとわりつく黒い炎は、瞬く間に消えていく。
まさか、ジルバが己の手を直接、文字通り汚すようにして戦っている姿を見るとは思わなかった。
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