だいきちの拙作ごった煮短編集

だいきち

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こっち向いて、運命。ー半神騎士と猪突猛進男子が幸せになるまでのお話ー

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「これは取引だアリアナ。そのことを忘れたわけではあるまい」
「だって」
「媚びるな。これはビジネスだ。お前達の痴話喧嘩に付き合うほど、俺は暇ではない」
「っ……」

 細い手首を握りしめる。ジルバの手の力の強さにアリアナは小さく呻き声を漏らした。
 そんな様子を前に、じわりとした苛立ちがグレイシスの後頭部から侵食した。
 今まで大人しかった男が、急に動き出したのだ。警戒の色を滲ませるアリアナの灰色の瞳がグレイシスへと向けられた。

「アリアナと言ったな。お前は何を知っている。俺たちはキアオガエルを密輸入して欲しくないだけだ。それをしないと約束できるのなら、お前達の無事は約束する」
「グレイ、勝手に話を進めるな」
「いつまで油を売るつもりだジルバ。俺たちは時間に縛られている。無駄口を聞いてやる暇なんぞないんだ。そうだろ」

 吐き捨てるように宣った。時間がないのは事実だ、カインに城を任せている以上、悠長なことはしていられない。翡翠の瞳を鋭く光らせて宣うグレイシスの淡々とした物言いに、ユキモトは己の思考を取り戻すかのように数度頷いた。

「だが、ダルマンとやらの悪事を黙認しているのは、看過できない。ことが終わればお前の身の振り方はこちらで決めさせてもらう」
「グレイ、待て」
「何よ、なんの権限があってあんたにそんなことができるの⁉︎」
「俺は」

 こめかみが、キリキリと痛む。なんでこんなに苛立ちを覚えるのか、グレイシスは己のことなのに理解ができなかった。
 アリアナの声に被せるように、口を開いた。それを、遮ったのはジルバの手のひらだった。

「グレイ。お前まで愚かを演じるつもりか」
「っ……」

 ジルバの言葉に、グレイシスはわずかに目を見開いた。己の口を抑えるジルバの匂いを、肺に取り込む。
 肩を上下させるような深呼吸は、元の冷静さを取り戻すまでしばらく続いた。
 グレイシスの気迫に息を詰めていたらしい。アリアナは長い髪を両手で流すように額を抑えると、震える手を誤魔化すように握りしめながら口を開いた。

「……ダルマンは、キアオガエルのオイルを演出に使っているわ。宗教と一緒よ、見る人の心を洗脳するの。幻覚の力でね」
「やけど、なんのために……」
「真っ当な劇団が、悪いことをするわけがない。そう思わせることが、一番の隠れ蓑さ。まさかシュマギナールで再びそれを行われるとはな」

 アリアナの言葉に、グレイシスは補足するように宣った。そうだ、過去に同じような嫌な経験をしたことがある。忘れもしない、忘れることができない重い過去だ。

「その舞台で、ダルマンはユキモトの魔導書を使っている。あいつは自分の演出に水を差されるのが嫌いなの。」
「……そうか」

 ダルマンの手元に渡った、形見でもある魔導書が汚されている。その事実を前に、ユキモトは悔しそうに俯いた。
 アリアナは、舞台の終わりに歌を披露する。神に捧げる感謝を綴った歌だ。美しい旋律はキアオガエルの幻覚に混じり、人々を誘惑する。
 会場に招いた有力者が魅了されれば、他国へと渡るときも妙な疑いをかけられることもない。

「十分な準備に頭が下がるな、グレイ」
「嫌味を言う暇があるなら、馬車馬のように働け。ユキモト、その拳は震わせているだけが仕事か」
「そんなわけないやろ。これは武者震いってやつや」

 こめかみに青筋を浮かばせる。尖った雰囲気を纏うユキモトを前に、アリアナがいたそうな顔をした。
 大きな花火が、まるで合図を知らせるかのように空に咲く音がした。間も無く演目は終わり、アリアナの出番が来る。
 外に出れば、すでに辺りは異様な空気を醸し出していた。肌を撫でる生ぬるい感覚。薄い皮膜が体を縁取り、まとわりついているかのようにも思えた。

「私には、このペンダントがあるから幻覚は効かない。あなた達はこれをつけて
「なんやこれ、仮面?」
「状態異常が聞かないようになってるの。ジルバさんは、いらないともうけど」

 アリアナから渡されたのは、劇団の関係者が演目中につける仮面だ。
 まるで、黒魔術にでも使うような禍々しい見た目である。なるほど、幻覚を見せるだけではなく、世界観として違和感を残さないように細部までこだわっているらしい。
 
「つくづく嫌になる。お前、覚えておけよジルバ」
「はて、なんのことだか」

 必要ないと知っていて仮面をつける様まで嫌味ったらしさが滲んでいる。
 アリアナによって渡されたのは、舞台で使う外套だ。王族でも着ないような仰々しいそれを、一般人に変装しているグレイシスだけが羽織る。
 野暮なハンチングもとってと言われて髪を晒された。手荒いアリアナに顔を顰める、グレイシスの見事な金髪を前にユキモトは笑う。

「本物みたいやなあ。様になっちゅうぜ」
「やかましい」

 似たような黒い格好の仮面男二人に挟まれたまま、グレイシスはアリアナに言われるままにテントの裏側からでた。木の板を使って整えられた道を三人で駆ける。アリアナが転移陣を使って壇上に登場するのが合図だ。
 ダルマンは、ユキモトの魔導書を使って演出を担当する。わずかな魔力でも、媒体にする魔導書によってはその能力が大きく変わる。
 ユキモトの奪われた魔導書は、術者の消費魔力を抑えて高位な術を展開する魔女の書だ。
 
「ああ、なるほど」
「は?」

 ジルバの手が、徐にグレイシスの耳を塞いだ。手のひらの外側で、不思議な旋律が反響音を伴って会場に響いた。
 何かに気がついたユキモトが、間髪入れずに状態異常を防ぐ術を己にかけていた。なるほど、この音楽を聴いただけでもまずいと言うことか。

「アリアナのやつ……!」
「彼女がつけていたのは状態異常無効のペンダントだろう。おそらく、このことは知らない」
「くそ、もう面倒くさいから行くで。ほら、ダルマンが出てきゆう!」

 壇上に姿を現したアリアナの背後。三人からすると真正面の舞台袖では、シルクハットを被ったダルマンが姿を現した。その手に持つのは。ユキモトの魔導書だろう。
 本を開いた状態で、ダルマンが何かを呟いたその瞬間。幻想的な光景が会場を包み込んだ。
 アリアナの歌う美しいソプラノに合わせて、頭上にオーロラが輝き始めた。上空を見上げる観客の背後では、準備されていたのだろう陣が各所で輝き、静かに術が発動した。
 気を取られているうちに、洗脳状態にすると言うことか。グレイシスは忌々しそうにジルバの手を振り払うと、今にも走り出そうとしていたユキモトの腕を掴んで止めた。

「なんで止める‼︎」
「無鉄砲なことをするな。観客に被害が出るような愚かは俺が許さぬ。客席だけ空間を遮断する。出来るだろうジルバ」
「お望みとあらば」

 グレイシスの言葉に、ユキモトは困惑の表情を浮かべた。空間遮断の魔法があることは理解している。しかし、数百人はいるだろうこの空間をたった一人で遮断する行為など、自殺行為にも近い。
 戸惑いを浮かべるユキモトの横を、ジルバが優雅な足取りで通り過ぎる。不思議と耳に残る革靴の響きが、距離のあるダルマンの元に届くわけもないだろう。
 しかし、ダルマンは何かに引き寄せられるようにジルバへと顔を向けた。

「例えるのなら、鳥籠か。夜のように包み込め」

 それは、物語の一説にも聞こえた。ジルバを中心として、波紋上に広がった影に黒い花が咲き誇る。ジルバの歩む靴音に合わせるかのように花を広げ、瞬く間に花弁を散らして空間を黒に塗り替えた。
 人の輪郭が、白く浮かび上がって動きを止めている。先程まで流れていた曲すらも飲み込んだ深い影は、舞台だけを残して空間を切り取ったのだ。

「じょ、うきゅう……まほう……」
「呆けている時間などない」
「は……⁉︎」

 冴えた金属のすれあう音に、ユキモトの思考はようやく戻ってきたようだ。
 青い光を放ちながら姿を現したグレイシスのレイピアに気がつくと、その剣が指し示す先へと目を向けた。

「……千秋楽を汚すなんて、無礼がすぎるんじゃないかい」
「何を言う。最高の彩だとは思わんか」

 ダルマンの言葉に、グレイシスは口元を釣り上げて笑みを浮かべた。
 その歩みは、実に堂々としていた。レイピアをまっすぐに向けたまま、音のない空間へと歩み出る。舞台の上に取り付けられたわずかな光源が、グレイシスの姿を明るみへと誘う。
 影を好むジルバを背後に侍らせたまま、空気を裂くようにしてレイピアをダルマンへと向けた。

「身分もわからぬ愚かな若者め。ご退場願おうか」
「ならばこの俺が一番偉いと言うことをわからせてやるまで」

 仮面の下で、嫣然と微笑んだ。そんなグレイシスの不遜な態度を前に、ダルマンは赤茶の髭を持ち上げるようにして笑った。
 白いグローブを嵌めた手が、縁を擦るようにシルクハットのつばを摩擦した。硬い音を響かせるように、靴で一歩踏み込んだ。その瞬間、魔法陣がダルマンの足元に展開された。


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