だいきちの拙作ごった煮短編集

だいきち

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こっち向いて、運命。ー半神騎士と猪突猛進男子が幸せになるまでのお話ー

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 通されたのは、簡易テントのなかだ。
 アリアナ嬢とは一体誰のことだろう。グレイシスはジルバに会いたがっているという女性の名を知らなかった。もしかして、手紙を出してきた人物だろうか。
 ランタンの光が不安定に揺れる簡易テントの中で、グレイシスはユキモトへと治癒をかけるジルバの背中を見つめていた。

「ふりじゃダメだったがか」
「血を流した方が信憑性は増すだろう。で、お前達は一体何を見た」

 不服そうなユキモトが、治ったばかりの額を抑えたまま睨みつけている。そんな視線すらものともせずにジルバは背を向けると、簡素な丸椅子に腰掛けるグレイシスへと視線を向けた。

「……お前が消えた後、すれ違った馬車に違和感を感じて追いかけてきた。劇団が使う馬車に、キアオガエルが冬眠状態で積まれている」
「貨物用に、凱旋用…お前のいう通り、馬車の床板を嵩上げする形で隠している。よく気がついたな」
「落下防止の馬車の囲いよりも、女達の上半身が出ていた。客寄せ用に見目のいい女達を凱旋させるのに、そんな不備を見逃す方がおかしいだろう」

 グレイシスの答えに、ジルバが満足そうに頷いた。
 セント・パルヴェール劇団。各地で公演を行う一座は、最初から劇団を行っていたわけではない。ジルバ曰く、元々は不法な買い付けや取引を行う商隊が、身分を誤魔化すうちに出来上がった劇団らしい。

「本拠地は」
「ジルガスタント。とは言っても、みな出身はバラバラさ。元々ギルド登録もせずに、違法に集めた素材や奪った物資を売り捌く集団だからな。それが長い時を経て、ごまかしが本業になってしまった。そう言ったところだろう」
「全員が全員、それを知っちゅうわけやない。騙すには、ひと匙の真実を混ぜ込むのが秘訣やろう。中には、マジで真っ当な演劇集団やと思っちゅうやつもおる」
「ユキモトと言ったな。お前は、何か知っているのか」

 治癒した額を抑えたまま、頭痛に顔を顰めるように表情を歪ませて宣う。含みを持たせるユキモトの言い分を、ジルバは聞き逃さなかった。
 ユキモトの黒い瞳が、忌々しそうにジルバへと向けられる。仕方はないとはいえ、ユキモトが受けた随分な扱いを腹に据えかねているのだろうか。それにしては強い瞳の力を宿していた。

「アリアナはただのディーバや。毒は座長のダルマンさ。あいつは元々、ジルガスタントじゃ商隊のふりして山賊まがいのことをやりよったクソ野郎や」
「やけに詳しいじゃないか」
「詳しくもなる。俺はダルマンに両親を殺されちゅうからな」

 ユキモトの言葉に、ジルバはそっと目を細める。言葉の真意を確かめているようにも見えた。
 他国が絡む、繊細な問題だ。グレイシスの知るジルバなら、面倒ごとが起こらないように調べているのが常だ。
 魔女を統括する鍋蓋の役割を持つジルバの瞳が怪しく輝いた。ユキモトの名に何かを感じたのだろうか、値踏みするようにユキモトを見つめる。

「お前の両親は魔女か」
「違う」
「ならば、なぜ魔導書を持っている。」
「……形見なんや。親父の」

 ユキモトは、ゆっくりと口を開いた。
 ジルガスタント国内の小さな辺境の村で生まれたユキモトは、魔女を辞めて村の長となった男と、薬師だった母の間に生まれた。
 父親から受け継いだ魔力で、ユキモトは召喚士として働くことを夢見ていた。
 召喚士とは、ジルガスタント国王の使命によって選ばれる特殊な職業だ。魔女とは違い植物魔物を使役することはできないが、精霊を己の魔力に宿らせるようにして戦う。
 勿論、シュマギナールでギルドに登録しているものの中に、召喚士のような能力を持つものもいる。しかしジルガスタントでは属性に絞られて養成される特殊技能。様々な属性を持つ精霊を操れない代わりに、一属性にだけ特化した精鋭だ。

「ジルガスタントの召喚士は、魔導書を使って力ば安定させちゅう。その魔導書も、受け継がれるものや」
「お前の父親は、なぜ魔女をやめた。愛し子だったのだろう」
「俺たちの村で祀る神が、親父を選んだ。柱を任されちゅうような大きなものやない。それだけ言えばわかるやろ」
「なるほど、土着信仰の神か。確かに、それなら俺が知らぬのも無理はない」

 ユキモトの父親を愛し子にした神は、生命の大樹であるセフィラストスや、夜の貴婦人であるヘレナ、海神ガニメデのような名のある神々の眷属のようなものだったのだろう。
 ユキモトの父親が魔女を辞めたのも、村で祀る神の存在を失わないためだ。眷属は神格を得てはいるが、多くの愛し子は作れない。ニアのように、一人の信仰によって成り立つような神もいる。
 決められた器に注げる水の量が決まっているように、己よりも魔力量の多い息子であるユキモトに愛し子を譲るつもりだったのだろう。

「そして、力を安定させるための魔導書を奪われた。お前は、間抜けなのか」
「おまん……さっきから失礼やないか……」

 ユキモトの瞳に苛立ちが宿る。ジルバの人を煽るような物言いは今にはじまったことではないその言動に、グレイシスもまた息を詰めていた。

「戯れ程度の魔術しか使えぬ男が、俺の足を引っ張るな」
「ジルバ、お前いい加減に」
「てめえ……‼︎」

 ジルバの言葉を窘めるように、グレイシスが口を開いた。それとほぼ同時に、簡易テントの外から声をかけられた。
 弾かれたように反応を示す、緊張を顔に宿したグレイシスの横を、ジルバが通り抜ける。
 振り返れば、影によって動きを止められたユキモトが、悔しそうに顔を歪めていた。

「ジル、……」
「ジルバさん!」

 グレイシスの声を遮ったのは、透き通った女の声だった。
 翡翠の瞳が、キュウっと細まる。その姿はジルバの体によって隠れて見ることはできなかった。
 それでも、美しい黒髪を後ろに流す人物は、あろうことかジルバの背中に細い腕を回すかのようにして抱きついたのだ。

「なんですぐにきてくれないの」
「連れが怪我をしたと聞かなかったか」
「でも、治癒だけで終わる話でしょう。ならすぐにきてくれたって……」

 白魚のような手が、そっとジルバのジレにシワを作る。グレイシスがジルバのために用意した服に、女の手が触れているのだ。
 呼吸を止めるかのように、黙りこくりジルバを見つめる。そんなグレイシスに違和感を感じたのか、影から放たれたユキモトが、怪訝そうな顔を入り口へと向けた。
 女は、舞台に出ていたのだろうか。異国の姫のような服を召していた。ジルバの手が、女の細腕に添えられる。体をゆっくりと引き離すと、体をずらすようにして女をテントの中に招いた。

「アリアナ……‼︎」
「ユキモト、なんでここに……」

 姿を現した女は、随分と美しい顔立ちをしていた。抜けるような白磁の肌に、ジルバと同じ灰色の瞳。形のいい二重に収まった瞳を、驚愕に染めてユキモトを見つめる。
 しかし、その手はまだジルバの服を掴んでいた。細い体を、民族衣装にもにた美しいドレスで着飾る女の目線が、グレイシスに向くことはなかった。

「お前の居場所はここやない。今すぐジルガスタントに戻るぞ」
「やめて、私はこの身を売って自由を勝ち取ったの。今更それを手放して、どうやって生きろというの。私の人生に口出す権利ある⁉︎」
「ない! けんど、ダルマンがやばいのはお前もしっちゅうやろう⁉︎」
「ええ知ってるわ。だから何? 知っていて私はこの道を選んだの。もう村はない、居場所は、自分で探せって言ったのあんたの言葉でしょう‼︎」

 アリアナは、興奮したように吠えた。ユキモトの胸ぐらを掴み、引き寄せる。何か大きな事情があるのは明白であった。
 この劇団で、何が起きているというのだ。悪意の隠れ蓑になっているだけではないのか。事情を知っているのは、いつだって多くは語らないジルバのみだ。
 いつもピシリと服等を整えているジルバが、女に掴まれた服を直さないのも気に食わなかった。
 ユキモトへと振り上げた女の手を、ジルバが掴んだ。グレイシスよりもよほど細い手首を、大きな手が簡単に制止したのだ。


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