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こっち向いて、運命。ー半神騎士と猪突猛進男子が幸せになるまでのお話ー

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 クォ、とカエルが喉を膨らませるように鳴いた。どうやら声の主はこいつらしい。グレイシスは、そっと見慣れぬカエルに手を伸ばそうとした。その時だった。

「触ったらいかん‼︎」
「っ……」

 伸ばそうとした手を、ユキモトによって掴まれた。緊張感の孕む強い口調に、思わずグレイシスは体をこわばらせた。奇妙な色のカエルは、ユキモトの声に驚いたのか、逃げるように草むらへと消えていった。

「離せ」
「……さっきのはキアオガエルだ。間違えん、ああいう色はそうおらん」
「知っているのか?」
「初めて見たわ。けんど、ギルドに登録しちゅうもんならわかるやろう。おまん、箱入りか」

 ユキモトの呆れ混じりの目線がグレイシスへと向けられる。
 第一騎士団にはいたが、ギルドには当然登録はしていない。素材になる魔物だって、全てを知っているわけじゃない。ユキモトの言葉を前に、グレイシスは何も言い返せなかった。
 本で読んできた知識と、実際に見た本物では大きく差が出る。分かってはいても、それを指摘されたようで少しだけ悔しかった。

「……おい、用がないなら、さっさと戻りや。俺はあいつは放っておけん」
「あいにくそれは俺も一緒でな」
「おんし、一体……」

 グレイシスの言葉に、ユキモトが怪訝そうな顔をした。
 翡翠の瞳が、辺りを見渡す。キアオガエルを発見した壁沿いからそう遠くない位置に、劇団のものだろうテントが張られていた。
 グレイシスの翡翠の瞳が、鋭さを宿してテントの近くに停められている馬車を見た。グレイシスが違和感を感じた先程のすれ違ったものと同じものに見受けられる。
 黙りこくり、無言で一点を見つめるグレイシスに、ユキモトは引き攣り笑みを浮かべた。

「まさかと思うが」
「俺は調べさせてもらう。どうせ近くにあいつもいるのだろう」
「なあ、あいつって誰ながや!」

 吐き捨てるように宣ったグレイシスが、一歩踏み出した。その影を、踏みつけるようにしてユキモトも背を追いかける。
 辺りは、夕闇に覆われていた。仰々しいあかりと、弦楽器の奏でる劇中曲が壁の向こう側から聞こえてくる。辺りの気配を伺うように、グレイシスはそっと馬車へと近づいた。

「おい」
「静かにしろ、何か話している」

 馬車の影に隠れるように、身を隠すグレイシスの隣にユキモトが滑り込む。細い指先を立てるかのように窘めると、ユキモトは慌てて口をつぐんだ。

「いいか、しくじるなよ。バレたら面倒なのは分かっているだろう」
「分かってる。こいつは金のカエルだからな。他国に売っちまいさえすれば、俺たちの身は国が守ってくれるだろう」

 盗み聞きしたのは、キアオガエルから抽出した油を他国に売りつける話だ。幻覚作用のある油を軍事用に改良したものを横流しする。劇団が公演目的で旅をするという名目で、他国から招かれる形で売り捌くということか。
 シュマギナール原産のカエルだ。なるほど、ここには商売道具を調達するために来たというわけか。

 グレイシスの目が細まる。今この場で二人を拘束しても、観客は人質扱いになるだろう。舞台中に、何か起こされては被害が大きくなる。話は聞いた、ただ一人では何もできないこともわかっていた。
 
「どうするが」
「……ここから離れる」
「見逃すがか」
「違う」
 
 グレイシスは、気を張り詰めさせながら身を隠していた馬車の底に触れた。夜の冷え込みだけが理由ではないほどに冷えている。
 ユキモトが、真似するように手を添えて確かめる。眉を寄せる表情は、おそらくグレイシスと同じことを考えているのだろう。

「分かった、いくわ。けんど、あいつらがおらんなってからにするで」

 囁くユキモトに、頷きだけで返した。草を踏み鳴らす音が遠ざかる。息を殺してやり過ごしたグレイシスは、慎重にその場を離れた。
 壁の影がわずかな明るさによって晒される中を慎重に進んだ。円形の壁の周りは開けている。もし見つかれば、隠れることは不可能だろう。先ほどとは違った緊張感を抱く中、ユキモトは口を開いた。

「キアオガエルを冬眠状態にしちょって、運びゆうがか。くそ、面倒やなあ」
「お前、ただ観光行きたわけじゃないだろう。同じ現場を見たんだ。隠してないで素直に言え」
「……ここに来たがは、あの劇団を追いかけてや。察しちゅう通り観光やない」
「理由は」
「仕事道具を盗まれたがよ、あいつらに」

 面倒臭そうに顔を歪めたユキモトに、グレイシスの眉間の皺が深まった。その様子に嘘はなさそうだ。牧師の仕事道具とはなんだと、口を開いた時だった。

「それは座長の持つ魔導書のことかな」
「ひ、っ」

 グレイシスの背後をとるかのように現れたジルバが、驚愕の声を手のひらで覆った。尻のポケットに仕舞われていた手袋をするりと抜き去る。ジルバの手によって手袋が溶けるように消えると、それはいつの間にかグレイシスの口を覆う左手に収まった。
 気配などなかった。突然影から現れた美貌の半魔を前に、グレイシスを置いてユキモトは飛び退った。

「勝手に逸れておいて、お前は他の男に尻を振っていたのか」
「ん、んん」
「なんだ、聞こえない。俺は今、虫のいどころがあまりよくないんだ」
 
 弁明すらできないのは、お前が俺の口を塞いでいるからだろう。グレイシスは拘束されるように腹に回った腕を叩いて抗議する。
 灰の瞳が、鋭さを伴ってグレイシスの正面へと向けられる。その冷たい視線の前に立たされたユキモトは、怒らせてはいけない相手だというのをすぐに理解したらしい。
 その黒い瞳に警戒心を滲ませて、敵意がないことを示すように手のひらをジルバへと向けた。

「まちや、敵やないき……おまんのいう通り、魔導書よ。一緒におるがは、おまんと俺を間違うて声をかけられたがきっかけぜ」
「俺をこいつと間違えたのかグレイ。……ああ、このままではしゃべれないか」
「っ、ジルバお前……っどこに行っていた!」

 こんなやつ呼ばわりをされて引き攣り笑みを浮かべるユキモトの目の前で、口を開放されたグレイシスは声を荒げた。一人にしたのはお前の方だろうと、不満をありありと顔に浮かべる。
 そんなグレイシスの怒気が滲む声が、思いの外響いた。慌てるユキモトの表情の通りに、グレイシス達が元来た道から人の声がした。

「阿呆!何しゆう!」
「くそ」
「まて、レイピアは抜くな。お前達には俺に合わせてもらう」
「は?」

 ジルバの灰の瞳が人影を捉える。怪訝そうな顔をするユキモトとグレイシスを置いてけぼりにするかのように話を進めた等の本人は、ユキモトの襟首を掴むと、壁へと乱暴に押しつけた。

「イッテェ‼︎」
「なっ」

 唐突なジルバの行動に、グレイシスがギョッとしたのも束の間だった。
 ユキモトの耳元へ、ジルバが囁く。訳がわからない状況で狼狽えるグレイシスの横に立ったジルバは、その肩にぐったりとしたユキモトの腕を回した。

「何事だ‼︎……ジルバ殿ではありませんか! アリアナ様に呼ばれていたはずでしょう! この男は?」
「知り合いだ。どうやら弟と共に劇を見にきたらしいんだが、チケットを無くしたようでな」

 劇団のものだろうか、めかし込んだ中年の二人組はジルバを認知していた。その肩に腕を預けて頭から血を流すユキモトを前に、わずかに表情を歪めたものの取り繕う。
 失礼な態度を取らぬように意識をしているということは、ジルバが何者かも理解をしているということだ。

「それで、なんで頭から血を」
「ちょっとでも見たくて、よじ登ろうとしたんです……いてて……」
「すまないが、一室貸してくれないか。手当てをしたい。アリアナ嬢の元へは、その後に向かう」
「か、かしこまりました……。劇はご覧にならないので?」
「この状況で楽しめと?」

 ジルバの目線が、苦痛に顔を歪めるユキモトへと注がれる。その表情が功を奏したのか、男二人は渋々と言った様子で納得をした。
 流れるように、二人が嘘をついてその場をやり過ごした。ということは、グレイシスが弟役ということか。言いたいことは山ほどあったが、なんとか飲み込んだ。
 男達の目線が、盗み見をするようにグレイシスへと向けられる。
 その視線から逃げるように、グレイシスはハンチングの先を摘むようにして顔を逸らした。

「ついてこいグレイ。兄の面倒はお前が見ろ」
「……ああ、分かった」

 冷たいジルバの表情から、苛立ちが滲んでいる。こんなことになるなら、もっとしっかりと手を繋いでおけばよかった。
 己の不貞腐れたような態度に気がついて、グレイシスは顔を顰めた。
 消化しきれないものが、胸の内側で凝っている。グレイシスは、この場において足手纏いを演じたことが不服だった。


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