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こっち向いて、運命。ー半神騎士と猪突猛進男子が幸せになるまでのお話ー

ジルバとグレイシスの夫婦の話 

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 気難しさを滲ませる整った顔に、さらに不穏さを滲ませる。自室にこもったグレイシスは、一枚の紙を睨みつけるように凝視していた。

「……これは一体どう言うことだ」

 美しい金の装飾で彩られた一枚の紙の正体は、招待状だ。女性が書いたであろう滑らかな筆致で、とある劇団の舞台を見にこないかと言うような趣旨が認められている。
 とある劇団というのは、シュマギナール皇国では知らぬものはいないだろうという、セント・パルヴェール劇団のことだ。
 空間魔法を駆使した演出で、叙情的な世界観を作り上げる。見慣れたお伽話を題材にしたものではなく、独自性を持たせた脚本で人気を博しているのだ。
 そんな有名な劇団からの招待状が、なぜかジルバ宛に届いているのだ。
 
「……仕事関連を疑うべきか、それとも」

 翡翠の瞳はゆっくりと細められる。
 グレイシスが招待状を手にしたのは、本当にたまたまだった。ジルバの部屋から借りていた本の一冊に挟まっていたのだ。
 借りた本は、植物の本だ。なんでそんなものをと思うだろうが、今のグレイシスには必要なものだったからという他はない。
 シュマギナール皇国の産業として、新たに植物からとった染料を輸出しようという案が出たのだ。それも、ただの染料ではない。アロンダートの番いである種子の魔女、サジからの案で、魔力を宿す植物で染料を作るというものだ。
 それがあれば、ただの布生地にも容易く魔力を宿すことができる。インクとして使えば、魔力が少ないものでも陣を描く補助魔力として作用するだろう。
 だからこそ、植物に詳しくないグレイシスが知識を増やそうとして、ジルバから本を借りたのだ。本当はサジに聞く方が早いのだろうが、見返りが大きそうでやめたのだ。

「ジルバが知らぬわけは、ないよな」

 グレイシスの細い指先が、手紙をつまむ。借りた本に挟まっていた代物について、追及するのは妙だろうか。
 最近侍女が話していたことが頭に浮かぶ。確か、何気ない質問から旦那の浮気を見つけてしまったとかなんとかだ。

「……いや、そんな酔狂なことをするわけがないか」

 市井に身をひたすように気を配るうちに、己も随分酔狂になったものだ。グレイシスは小さくため息を吐くと、借りている本の間に手紙を戻した。
 たかが招待状ごときだ。ジルバだって、まさかホイホイと招かれるようなタマでもないだろう。グレイシスは本を片手に椅子へと腰掛けると、ダラスのいる国家産業支援研究局に当てた書類をつくる。
 魔法種子の栽培を託すのに、まずは採集依頼を出さねばならない。これも、一番の近道はサジ頼むことなのだが、あいつは城の中庭にマンドラゴラを埋めた前科がある。
 幸いカルマが発見してことなきを得たが、あんな物騒な植物魔物を大繁殖をさせようとしたのだ。アロンダートの番いでなければ、牢にぶち込んでいただろう。
 国家産業支援局へと向けた書類を、伝達魔法で作り出した小鳥に託す。わざわざ侍従を使って書類を届けに行くよりもよほど効率がいい。
 本日中にやらねばならないことを終えたグレイシスは、ギシリと椅子を軋ませるように体を預けた。

 そして、その日の晩のことである。

「明日から二日ほど城を開ける」

 などと、ジルバが宣ったのだ。
 番いとはいえ、湯浴みを終えたばかりのグレイシスの影から姿を現してそんなことを真顔で抜かしたのだ。なんの前触れもなく、突然人の影から姿を現すなと何度も口をすっぱくして言い続けたのにこれである。

「……余の影から突然現れてそれか」
「お休みをいうにはまだ話を終えていない。これは間違ってはいないと思うが」
「違う。そういうことを言っているんじゃない。というか」

 どこへ行くんだ。そう口に出かけて、グレイシスは唇を引き結んだ。
 なんとなく、それを聞いたら負けなような気がしたのだ。ジルバの灰色の瞳が、真っ直ぐにグレイシスへと向けられる。

「というか?」
「……なんでもない。どこへでも行けばいい。宰相としての仕事は、滞りなく済ませろよ」
「俺を誰だと思っている。そんなもの、片手間でも行える」

 ジルバに背を向けて、グレイシスは借りていた本を取りに机へと歩みよった。本からはみ出た紙を、指で押し込むようにして隠す。
 全く、ジルバのせいで余計なモヤつきを胸に覚える羽目になった。グレイシスは再び寄った眉間を誤魔化すように、指で押さえる。

「そういえば、カインがお前と遠乗りにいきたいと言っていたが。それはいつにするんだ」
「遠乗りは俺が出した宿題を終えてからのご褒美だな。場所は見繕っておく」
「そうしてくれ」

 手にした本を、グレイシスはジルバへと手渡した。厚みのある本をそのまま影に収納するだろう。そう思っていたのだが、ジルバはグレイシスの予想に反してパラパラとページをめくったのだ。

「お、おい」
「……これは」
「あー……」

 開き癖のついたページで手を止める。特に後ろめたいことも何もしていないはずなのに、なぜだかグレイシスは居た堪れなくなった。
 ジルバは、顔色ひとつ変えずに招待状を見つめている。灰色の瞳が、ゆっくりとグレイシスに向けられたのと、翡翠の瞳を逸らしたのはほぼ同時だった。

「読んだ」
「読んでない」
「……」

 しまった。食い気味に返しすぎた。グレイシスの表情は実にわかりやすかった。
 ジルバの顔を見ずに、ひたすら壁を睨みつけるグレイシスを前に、ジルバが何を思ったのかはわからない。床を踏む音が聞こえて、ジルバの体が一歩近づいた。
 そして、磁石の反発のように、グレイシスも一歩下がった。
 その攻防は、あっけなく終わった。気がつけばグレイシスは追い詰められるように壁際へと追いやられていたのだ。
 ひたすらに顔を背け続ける。そんなグレイシスの顔を横切るように、ジルバの黒い左手が壁についた。体の距離が近くなり、じんわりと心臓の鼓動が速くなる。
 ジルバの子を産んだというのに、この距離は慣れない。体を重ねる以外では口付けすらしなくなっている。だからこそ悪戯に距離をつめられると、どうしていいかわからないのだ。
 緊張で体をこわばらせる。耳元に吐息がかかるほど顔を寄せられて、グレイシスは下唇を噛み締めた。ジルバのこの行為は、捕食に似ているなと、そんなことを思った。

「お前もついて来い、グレイシス」
「……はっ⁉︎」

 予想だにしないことを言われて、グレイシスは珍しく素っ頓狂な声を上げた。
 驚愕を隠せない翡翠の瞳が、ジルバへと向けられる。そんな番いの珍しい様子が気に入ったのか、ジルバは相変わらず狡猾な眼差しのまま、器用に口元に笑みを浮かべる。

「カインにも、そろそろ城を任せてもいいだろう。国王が不在の間も、きちんと城を守れる度量があるかを確かめねばならない」
「そ、ういうことか」
「どうだ。お前もたまには自分の目で市井を見るがいい。護衛は俺がいるからいらんだろう」

 てっきり、新婚旅行の代わりだとも言い出すのかと思っていた。グレイシスは少しだけ拍子抜けした。まあ、ジルバからそんな浮ついた言葉が出ることも想像がつかないが。

「カインの心の負担を考えろ。あいつはまだ親に甘えたい年頃だろう。それなのに気丈に振る舞って、少しくらい親として気にかけてやったらどうなのだ」
「無論、あいつならできると思うから任せるのだ。親の期待こそ愛情だろう。あいつも俺の血肉を分けた息子だ。才能だって申し分ない」
「……カインに話をする。判断はそれまで待て」
「仰せのままに」

 ジルバの慇懃無礼な態度を前に、グレイシスはその肩を押すようにして体を離した。
 向かうのはカインのもとである。いつ出かけるのかはわからないが、カインが拒むのならグレイシスは首を縦に振るつもりはない。まだ十歳の愛息子は、国王であるグレイシスの期待に応えるべく、日々勉学に励んでいる。グレイシスからしてみれば、もっと年相応に過ごせと思うのだ。しかし、名前もちの魔女でもあるジルバを父親に持つカインは、王の息子としてこうあるべきの意識が強いのだ。

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