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クロスオーバー
睡蓮とナナシ
しおりを挟む「ふぉ…」
「ひぇっ…」
睡蓮は、目の前にぺたんと座り込んでいる美人に、酷くうろたえた。
全くもって状況が掴めないのだ。少しばかし昼寝でもしようとして、瞼を閉じてしばらく。かぎなれぬ花のような香りがしたと思い目を開ければ、眼の前には見知らぬ景色が広がっていた。
「どなた…」
「どなた?」
己と少し違う色味を持つ人物が、鏡合わせのように首を傾げる。思わず放った言葉も、図らずとも同じものである。
雄なのか雌なのかはわからない。ただ、金色のお目々をキラキラと輝かせて、少しだけソワソワしているようだった。
「おみみ、つおい…」
「み、耳、ぼ、僕のお耳ですか?」
「うさぎさん、お耳かぁいいね。」
「へぁ…あ、ありがとうございます…」
褒められてしまった。目の前にいる人物も、自分と同じ妖かしなのだろうか。照れくさそうにお手てでお耳を押さえると、ちろりと目前の麗人を見つめる。
ふんす、と目を輝かせて、先程よりも距離が縮まっている気もする。這い這いするように、じりじりと近づいてくると、再びぺたんと尻を落ち着ける。警戒心はなさそうだが、敵意もないようで、小さな子どものように頬を赤らめて睡蓮を見つめてくるのが少しだけおかしい。
「あの、お名前は…」
「ナナシ!」
「ナナシさん、僕は玉兎の睡蓮です。ナナシさんは、なんの妖かしなのですか?」
「あやかしってなあに?」
睡蓮の発した聞き慣れぬ言葉に、コテリと首を傾げる。頭に生えているのは大きな獣の耳と、立派な角だ。お耳だけなら甚雨と同じ山犬なのだろうかと思ったが、角まで生えている。睡蓮も長いお耳を誑すようにして首を傾げると、困った顔をした。
「妖かしをご存知ないですか。ええっと、なんだろう、ええ、なんて言ったらいいんだろう!」
「ごぞんぢって、なあに?」
「ご存知ってのは、知っていますかって意味ですよぅ」
ナナシという眼の前の人物が、睡蓮の説明にバタバタとせわしなく尾を振り回す。どうやら新しい言葉を覚えたのが嬉しかったらしい。
「ごぞんぢ、かこいい!ナナシもごぞんぢするしたい!」
「するしたい?不思議な方言ですね…じゃ、じゃあ、ナナシさんはなんの妖かしですか?」
「あやかし、わかんないけど、えるのおよめさんだよう!」
「エルノオヨメさん?黄泉路のヨモツシコメさんの親戚ですかね、なるほど!」
「あい!」
ふくふくと笑うと随分と可愛らしい。ナナシはあまり頭は良くないようだが、それは睡蓮にしても同じである。
ナナシはというと、目の前の長いお耳を持つ可愛らしい青年に興味津々だ。ぎょくとやらよもつなんちゃらだの、なんだか聞き慣れぬ、そして言葉にもしづらそうな事をぽんぽんと放っては来たが、その眠そうな幅広の二重にルビーの瞳がとても魅力的で、そしてなによりも優しそうだ。
兎の獣人だろうか。垂れている長いお耳が、ナナシのお話を聞くときだけピクリと動くのに、胸の内側の柔らかい部分を刺激されて敵わない。
恐らく自分よりも随分と年下だろうに、しっかりとしている。
ナナシも、寝て起きたらここにいたのだ。こちらは前にも同じような経験をしているので同時ではいないが、目の前の睡蓮と言う名の彼は初めてだったらしい。真っ白な部屋を見渡しては、なにもないですねえといっている。
「ここ、こわいないよう。ナナシ、にかいめ」
指を二本たてたナナシが、くふんと笑う。ここでは己が先輩らしいことを理解すると、少しだけ自慢げに尾を揺らす。
その様子にホッとしたらしい、睡蓮が幾分か安堵の顔色になると、感心したようにナナシを見た。
「以前にもこちらに御出でになったのですか?」
「オイデ?オイデっておいでー!するやつ?いっしょの、おなじことば?」
「おいでー!とおなじですね、こっち来いとかの意味です。」
「ふぉ、おいでになるかこいい…ナナシもえるにつかうしたい!」
「ええっ、か、かっこいいですか?え?へ、へへっか、かっこいいですかね?そ、そんなことないと思いますけどっ」
話は逸脱したが、あまりかっこいいと言われる機会のない睡蓮は、己の問いかけの方向性を見事に見失った。頬を染め、なんてことないよという顔はしているくせに、その短い尾はせわしなく振り回されてもがれてしまいそうだ。ナナシと睡蓮、尾の短さは違えど、地頭の出来は似たようなものであった。
二人して、しかも片方は初見も初見の部屋に怯えていた癖に、なんとも和やかな雰囲気になってしまった。
ここは波長の合うマイペース同士が、時空を超えて邂逅を果たす部屋である。
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