だいきちの拙作ごった煮短編集

だいきち

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ヤンキー、お山の総大将に拾われる~理不尽が俺に婚姻届押し付けてきた件について~

たかがスイカ割と、侮るなかれ。(うち推し投稿作品)

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 日差しが燦々と降り注いでいる。夏らしい天気といえば聞こえはいいが、端的にいえば猛暑である。
 天嘉の根元が黒くなりつつある金髪も、汗で額に張り付くのが嫌で、今はヘアバンドであげて、形のいい額を晒していた。
 
「あっちいぃいいぃい…」
 
 四肢を投げ出して、縁側でだれていた。侍従蛙のツルバミは、このままでは乾涸びてしまうと宣って、早速庭の池に飛び込んだ。
 こういう時だけ、全力で蛙を出してくるのはずるいと思う。天嘉は羨ましそうに泳ぐツルバミを見やると、むくりと起き上がった。
 
「何でこんな猛暑の日に限って宵丸がいねえんだよお。」
「はあ、またそれでございますか。何やらあやつは山の沢まで水を汲みに行くと申しておりましたが。」
「マジで、氷室の氷、もうねえんだ?」
 
 そういえばここ最近の猛暑続きもあり、琥珀にねだられて嫌ってほどかき氷を作らされた。
 蘇芳と天嘉の愛息子である琥珀は、天嘉の買ってきたいちごのシロップがお気に入りで、瑞々しく染まった赤い舌を見せびらかすようにしてはしゃぐ者だから、つい息子可愛さに連日のかき氷祭りとなったわけである。
 そして、氷の消費に伴い、引っ張りだこであった宵丸は、氷室の氷が少なくなったことに伴い、ぼんの為に上等な氷を作ってやんからなあ!などと張り切って出かけていったのである。
 全然構わないし、むしろ有難いことではあるのだが、おかげで蘇芳家のチルド担当である宵丸が出掛けてからは、氷室の氷が一気に溶け始めたのである。
 
「宵丸が雪風まで連れていってしまったからですなあ。どちらか一匹でも居れば、こんなことにはなかったでしょうに。」
 
 蓮の葉を頭にのっけたツルバミが、水面に触れた口で泡を作りながら宣う。
 
「つか、雪風って何なん。あれも一応妖怪?」
「火の玉みたいなものですなあ。まあ、言語は介しませんが、宵丸が凍らせ過ぎないように見張っておる働き者でございますとも。」
「ああ、なるほど。」
 
 そういえば、確かに雪風と一緒にアイスキャンディを食ったとか言っていた気がする。宵丸の周りに侍る雪風のどこに口に当たる部分があるのかは存じ上げないが、天嘉はあれってマジな話だったのだなあと思った。
 
 そんなくだらない話をしていればますます暑くなってきた。そういえば、確か宵丸によって冷やしてもらっている氷がまだ少し残っていたような気がする。
 ほとんど溶けてはいるが、家の前の池にでもその氷を入れて、いっそのこと天嘉もツルバミと一緒に入ってしまおうかと思ったのだ。
 夏によく、人間の家族がやるだろう。まあ、あれはビニールプールなのだが。
 そうと決まれば、蘇芳と琥珀が帰ってくるまでに準備でもするか。天嘉は重い腰を上げると、まるで崖から飛び降りるかのような気合いで、縁側の外に身を晒す。日差しが苦手なのだ。浴びると頭が痛くなってしまうし、バテるし。
 大敵である太陽光に屈指そうになりながらも、天嘉はそのまま通りかかった影法師に声をかけ、氷室から氷を持ってくるのを手伝ってくれと頼む。
 熱いのは嫌いだが、愛息子の喜ぶ顔が見たい。それに、露天風呂があるくらいだから、それの水風呂版のようなものだろうと思ったのである。
 先程まで羨んでいるだけだった天嘉が、暑さを言い訳にツルバミに便乗した形である。影法師達はやれやれと言いつつも手伝ってくれるようで、そうと決まれば話は早い。早速天嘉は、やるかと腕まくりをしたのであった。
 
 


 
「これ、てんちゃんのお顔よりも、おっきぃねえ!」
「ああ、ほら。おっとうが持ってやろう。琥珀は俺の腕から見張りをしていてくれ。」
「はぁい。」
 
 父と子供の二人っきりで魚釣りに出かけたものの、結果はボウズであった。それでも琥珀は随分と楽しかったようで、特に古河鯰が出してくれたスイカが気に入ったようであった。
 帰りがけに、蘇芳が見かけたスイカを指差すと、切り分けられる前の縦縞模様を初めて見たらしい琥珀が、天嘉へのお土産にすると大はしゃぎしたのだ。
 そして先程まで、琥珀は短い腕で大きなスイカをご機嫌に抱き締めていたというわけだ。今はその小さな腕で、大好きな父親でもある蘇芳の頭を抱き締めている。

「ご飯、かりかりのやつあるかなあ。」
「かき揚げかあ、確かにあれは美味いな。」

 ほっぺをふくふくと揺らして笑う琥珀の、何とものんびりとした問いかけに、蘇芳も似たような口調で返す。
 親子でマイペースを貫く二人が、思い思いに夕飯の献立に思いを馳せる。出かけに天嘉が言っていた、今日の夜ご飯は素麺な。という言葉に、蘇芳も琥珀もそわそわとしながら、食後のスイカも楽しみだなあなどと続ける。

 天嘉が素麺な、と言った日は、必ずかき揚げがついてくるのだ。蘇芳も琥珀も、甘いとうもろこしと紅しょうが、エビと長芋をまぜこぜにして揚げたサクサクのそれが好物である。
 親子揃って食の好みが似るなどと、将来は俺に似て実に良い大天狗になるだろう。
 そう言った蘇芳に対しての天嘉の旦那の見る目は推して知るべしであるが、兎も角夏の夕餉は二人の気持ちを急がせる。

 蘇芳に抱き上げられた琥珀は、高い位置からお家の屋根が早く見えぬかと見張りをしている。
 本当は飛んだほうが早いのだが、琥珀がスイカを持ちたがっていたので、ここまで歩いてきたのだ。結局、家の前の坂道を前にして、蘇芳とバトンタッチをしたが。

「あげもののにおいする!」
「ほう、ならばかき揚げは確定だな。」

 大変によろしいと言わんばかりに、蘇芳が微笑む。家の門が見えるころには、どうやらよいしょが琥珀を迎えに来たらしい。カロカロとその車輪を滑らせて、まあるい目をにっこりと緩めた。

「おーい琥珀ー!天嘉が楽しいことしてるぞー!はやくこいよー!」
「楽しいこと?」
「いまいく!!」

 呑気なよいしょは、天嘉の持っていたスーツケースに鬼火が宿った化け葛籠だ。自慢のボディを夕日で光らせ、その体をくるりと回転させると、急かすように持ち手をひょこひょこと上下させた。
 蘇芳の腕の中から抜け出して、幼気な鳶の羽を出した琥珀が、ぱたぱたと可愛らしい羽ばたきで空中を泳ぐ。
 蘇芳は、よいしょの持ち手にしがみつくようして小さな尻をスーツケースのてっぺん、もといよいしょの頭の部分に落ち着けた琥珀を見ながら、スイカを小脇に大人目線の楽しいことに想像を働かせる。
 楽しいことといえば、やはり嫁のあられもない姿を拝むことだろう。まさか天嘉がそんなことをしているとは限らないが、想像は想像なので自由だ。
 よいしょは琥珀を乗せて器用に敷地の中に入っていく。琥珀の代わりにスイカを抱いた蘇芳はというと、次いで愛息子の可愛らしいキャー!という声に引っ張られるかのように、奥座敷側の池がある庭へと顔を出した。

「なんと。」
「あ、おかえり。」

 水喰が抜け道として使う程の大きさを誇る庭の池に、ぷかぷかと氷とツルバミ、そしてあられもない姿を晒した番の天嘉が蘇芳を出迎えた。
 なんだか珍妙な膨らんだ輪のようなものに体を預けて浮かんでいる。ツルバミに至っては、天嘉と揃いの輪に身を任せたまま手足を投げ出しているではないか。蘇芳はぽかんとしたままその光景を眺めていれば、よいしょから降りた琥珀は、興奮したように、両手を広げて天嘉のもとへとかけていく。

「てんちゃんなにしてんのぅ!」
「おかえり。うちん敷地で水浴びしてんの。」
「こはも!こはもまざるう!」
「おやあ、蘇芳殿。なんとご立派なスイカでしょう。さぁさ、こちらに冷やしてくださいな。」

 水掻きの付いた手で、ツルバミが水面を叩く。侍従カエルの癖に、本日は無礼講かと蘇芳がむすりとすると、白いカットソーを着たまま池の中で浮いていた天嘉が、その肌を透かして立ち上がる。

「こはも着物ごといっちゃえよ。俺飯持ってくるからさ。」
「まじ!わああ!おこられない!ふおお!」
「今日だけな。」

 着物を着たまま池に入っていいと言われた琥珀は、それはもう大いに高揚をして喜んだ。ツルバミが蛙泳ぎで浮き輪を押して池の淵まで迎えに来ると、琥珀はその小さな尻をふりふりさせながら、うんしょと池のなかに入る。琥珀の浮かぶ下には、池で暮らす大きな鯉の妖かしがご挨拶に来るように、水面に近寄ってくる。
 天嘉は肌を透かしたまま、蘇芳が片手に持っていたスイカを受け取ると、嬉しそうに顔を綻ばせる。

「ひっさびさだなー!俺、塩も取ってくる。あ、蘇芳はこはの着替えと、あと奥座敷から文机もってきて。そこに筵敷いてさ、外で食おうよ。」
「うむ、素麺も良いが俺はお前を食いたいなあ。」

 天嘉の慎ましやかな胸の頂きを主張するように、生地がぺたりと張り付いて大変にいやらしい。蘇芳はスイカに喜ぶ天嘉の尻に手を添えると、むにりとその柔らかさを楽しんだ。
 琥珀の名の由来となった、理知的な瞳がゆらりと蘇芳を見上げる。

「ツルバミー!蘇芳が頭冷やしてえって言ってるから琥珀と脇に避けててー!」
「はいな。ささ、琥珀殿はツルバミとあちらに。」
「いーよぅ。」

 夕餉を前にして羽目は外したが、そこまでは許してはいない。天嘉はスイカをちゃぷんと池に浮かべると、ご機嫌な蘇芳の胸ぐらをむんずと掴んだ。

「おまえは、こはの前でくらい威厳もてってんだばーか!!」
「どぅわっ!」

 くん、と視界がぶれたかと思うと、それはもう見事な一本背負いで、着物ごと蘇芳を池の中へ放り投げた。波打った池の水面に押し出されるようにして、スイカがツルバミと琥珀の元へと流される。毎度のことながら、琥珀の前でいやらしいことをするなと常々言われているというのに、学習しない蘇芳である。
 まるで爆発したかのような飛沫を立てて、文字通り頭を冷やした蘇芳はというと、今度はざぱりと水面を引きずるようにして顔を出す。蘇芳が作った大きな波で浮き輪が揺れるのが楽しかったらしい。琥珀は手を叩いて喜んだ。

「ほら、涼んだならさっさと手伝え。あ、せっかくならスイカ割りでもするか?」
「スイカ割り?」

 水に濡れた髪を掻き上げる。池の淵にしゃがんだ天嘉に指を差されるままに浮かんだスイカを引き寄せると、天嘉がニンマリと笑う。

「やるでしょ、夏の風物詩。」
「やる…?」

 スイカ片手に艶然と微笑む天嘉に、蘇芳の喉がごくりとなる。そんな御嶽山総大将でもある蘇芳の背中を見ていたツルバミはというと、ああ、本当に懲りぬ御仁だなあなどと思った。






「おいらの声のする方だー!頑張れ琥珀ー!」
「わかんない!これとっちゃダメなのぉー!」

 なるほどスイカ割りとはこのことか。
 蘇芳は、天嘉の揚げたかき揚げをめんつゆに浸し、サクリとかじる。隣では、着替えた天嘉が楽しそうに口頭で琥珀にスイカの位置を教えていた。
 琥珀はというと、天嘉に手拭いで目を隠されたまま、蘇芳の刀の鞘だけを持って、おぼつかぬ足取りでスイカを目指す。どうやら天嘉の言ったスイカ割とは、己の心の目で獲物を捉えるという訓練のことらしい。
なるほど確かにスイカの大きさや硬さはちょうどいいのだろう。天嘉も総大将の嫁として、幼児教育に遊びで訓練を取り入れるなどと、なかなかに粋なことをする。
 と、天嘉の真横で素麺とかき揚げに舌鼓を打つ蘇芳が見当違いなことを思っているとは露知らず。天嘉は楽しそうな琥珀達を眺めながら、冷えた麦茶を傾ける。

「琥珀殿、これが夏の醍醐味であると天嘉殿も申されておりましたよ。ささ、このまま前にお進みになってはツルバミが鞘のえじ、ゲコぉ!!ちょ、あぶなっ、こっちではございま、天嘉殿止めてええ!」
「蛙の礫死体はちょっと見たくねえかなあ。」
「それはツルバミだってなりとうございませぬ!!」
「わー!!こっちきた!おいらまで潰れちゃうよ!!」

 声のする方へと振り回していた琥珀であったが、どうやらよいしょとツルバミの反応に引き寄せられるように、器用に二匹の跡を追いかけている。庭先で、カロカロゲコゲコと走り回る二匹に、天嘉までもがケラケラと笑う。琥珀は惜しいところを叩いていたのだ。あと数センチほどずれてさえいれば、天嘉は今頃、スイカを盛る用の皿を持ってくるところだった。

「琥珀、落ち着きなさい。五感を駆使するのだ。獲物はすぐ近くにおる。意地を見せてみよ。」
「は?」

 そんな和やかで楽しい時間であったのだが、何を思ったのか、唐突に蘇芳が真面目なことを抜かしてきたので、思わず天嘉がポカンとした顔をする。

「おとーさん、ゴカンってなあに。」
「考えるのではない、感じるのだ。スイカの気の流れを見極めよ。琥珀、これはお前の母から託された、ある種の試練だと心えよ。」
「違いますけど。」

 口端に食べかすをくっつけたまま、一体こいつは何を言っているのだろう。天嘉は真横の蘇芳を胡乱げに見やると、全てはわかっているといわんばかりに微笑み返された。
 琥珀はというと、ゴカンってなーにい!と、結局理解できぬまま放置されたので飽きたらしい。よいしょとツルバミは、ああ、また蘇芳が変な勘違いをしたんだなあときちんと理解をすると、やれやれと言わんばかりに顔を見合わせた。
 結局、琥珀はツルバミに手伝ってもらいながら目隠しを外すと、しっかりと狙いを定めてから、えいやっとスイカ叩き割ったのであった。
 本来のスイカ割りの本分とは離れてしまったが、琥珀曰く、楽しかったからまたやりたいと言ってくれたので、今回の蘇芳の妙な勘違いは、琥珀のおかげでお咎めなしとなったのであった。

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