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ヤンキー、お山の総大将に拾われる2-お騒がせ若天狗は白兎にご執心-

琥珀の心配、睡蓮の矜持 2

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 総大将会議とやらは、なにぶん初めての経験であった。睡蓮は、琥珀の手ずから化粧を施してもらった後は、少しばかし顔に緊張の色をのせつつも、胸の奥ではトクントクンと心臓を喧しくさせていた。自分で行くからと強請っておきながら、何たることだ。睡蓮は、長いお耳を風で遊ばせながら、琥珀の羽毛に顔を埋めて、己の心臓の鼓動を鎮めようと深呼吸をした。
 視界の端に、上等な猛禽の羽のひとひらがふわりと舞って、流れていった。睡蓮は慌てて己の髪飾りに触れると、飾った羽根はしっかりとそこにあった。
 
「もう着く、大事ねえか。」
「う、うん。」
 
 琥珀と睡蓮は、今境界を渡って、隣のお山まで来ていた。年度ごとに持ち回りで場所を貸すのだ。椎葉のお山とは反対側に位置するそこは、琥珀の羽で一刻ほどかかる場所にある。
 
「重くない?」
「ハ、羽より軽い。もっと喰え。」

 クハリと笑う琥珀の言葉に、睡蓮はぽふりと再び羽毛に顔を埋める。嫁のおとなしい様子を気にかけながらも、琥珀は眼下に見慣れた姿を見とめると、ヒュルリと鳴いて己の存在を知らしめた。
 
 雨雲に乗るかのように、見事な御納戸色の大蛇の体に嫁を乗せ、実にのんびりと空を泳ぐ波旬を見た。
 
「おやあ、若天狗じゃあないか。」
「波旬、と出雲じゃないか。」
「こんばんは、いい夜だね。」
 
 大きな蛇と龍の中間のような本性で、波旬が口端をもごつかせて話す。波旬の口には注連縄のようなものが巻かれており、その手綱は出雲が握っていたのだ。
 
「随分な格好じゃねえか。」
「私の鱗は滑るからなあ。こうして出雲と子が落ちぬようにするしかないのさ。」
 
 波旬の言葉に、睡蓮が顔を上げる。出雲は注連縄で腹を括り、その身を固定しながら子を抱いていた。着物を着込み、赤子の顔が見えるように紅梅色の掛け着を召した出雲は、同じく目元にも同じ朱を差した美しい顔立ちで睡蓮を見上げる。
 
「睡蓮…?」
「い、出雲、こんばんは…。」
「え、ええ!随分と垢抜けたね、びっくりしちゃった!」
 
 出雲は琥珀の羽毛に隠れるようにして顔を覗かせた睡蓮の身なりに目を丸くすると、頬を染めて燥ぐ。胸元の赤子は先ほど寝たばかりだそうで、睡蓮も側で見たがったが、あいにく上空であった。とかく、見えてきた宴の場近くに共に降りると、琥珀は羽を散らすかのようにしていつもの姿に戻った。
 
「ははあ、なるほどわかったぞ。お前も私と同じで自慢しにきたな?」
「そ、んなんじゃねえ。」
「僕がついて行きたいっておねだりしたんです。」
 
 おぶさる形になってた睡蓮が、ゆっくりと地面に下ろしてもらう。琥珀はその身を引き寄せるように腰を抱くと、ツンと顎を上げて照れを誤魔化す。
 赤子を抱いた出雲が歩み出ると、睡蓮も琥珀の腕からするりと抜け出した。
 
「あ、おい。」
「狭量な旦那は厭われるぞ若天狗。どうだ、お前も私の出雲が産んだ梔子の子を愛でるがいい。」
「んとに、お前らの貞操観念わっかんねえ…。」
 
 はっはっは、と快活に笑う波旬に背中を押されて、琥珀も歩み出る。睡蓮は出雲の腕の中の赤子を覗き込むように見下ろすと、その頬を緩ませた。
 
「可愛い…」
「でしょ。波旬様もだけど、梔子もこの子に首ったけでさ。志津なんか僕も産みたい!!とか言って、騒がしいのなんのって。」
 
 波旬が帰ってきたら、次は志津が腹に種をもらうらしい。相変わらず性に奔放な気質は変わらないようである。
 
「珠緒って名前にしたんだ。波旬様がつけてくださったの。長く幸せに生きていけるように、物事の始まりがいいものでありますようにって。」
「珠緒ちゃんかあ…。」
 
 ふくふくとした頬にそっと触れる。なんとなく甘い香りがして、乳児独特の暖かな体温がじんわりと睡蓮の心に移ってくるようであった。
 
「睡蓮も、随分と出てきたね。」
「あ、うん…。へへっ」
「お腹が膨らむとさ、やっぱり目に見えるから嬉しいよね。ああ、いるんだなあって。」
「うん、たまに動くんだよう。こはが寝てる時とか。」
「それは聞いてねえな!?」
 
 睡蓮と出雲のやりとりに、琥珀が首を突っ込む。波旬はそのやりとりを見ながら、その身をシュルシュルととぐろを巻くようにして人型にさせると、出雲に歩み寄って腰を抱いた。
 
「さて、そろそろ行かねばならぬ。二人とも、私たちから離れるなよ。」
 
 睡蓮と出雲がそれぞれの番いに寄り添う。ここからは一癖も二癖もある妖かしどもが雁首揃えて待ち構えているのだ。
 道筋を作るかのように、お化け行燈が連なって行燈回廊をこさえている。皆総大将はこの道を使うのだ。ここは治外法権である。どのお山の、どんな法令も通じない。通じないからこそ、ここは皆平等であるのだ。
 宴会のようでいて、腹の読み合いである。華がない、息苦しい場を和やかにするために嫁や番いを連れてくるようになったのはここ最近だ。
 
 鬼火が宿ったぼんぼりがふわりと浮かぶ。まるで舞台のような広い櫓の上が会場だ。東風村山の老狐平兵衛、九瞞山隠神刑部狸義骸、祖師桜山の河童の寧々浪、大首洗山の黄金の蝦蟇義澄、椎葉山の沼御前波旬、御嶽山の大天狗琥珀。番い持ちは波旬と琥珀だけ。体格のいいものが脚を崩して威圧を奮う。用意された席が無い睡蓮と出雲に対する扱いは、つまりはそういうことであった。
 
 十二単を召した寧々浪が、竹でできた笏をペチリと掌に打ち付けると、黒くつるりとした大きな目を向けた。
 垂髪頭の寧々浪は、長きに渡って祖師桜山を滑る河童である。身なりを華美な召し物で飾り、気に食わぬことがあれば水を操り閉じ込める。女の格好をした寧々浪が、その嘴にも見える口吻を歪ませて笑う。
 
「兎が二羽おるようじゃの、兄弟で総大将の懐に入るとは流石玉兎。」
 
 兎は欲が強くて困る。笏で口元を隠しながら宣うと、周りの総大将どもがくつくつと笑う。今回の会場でもある東風村山の老狐平兵衛は、その黄金の毛並みを纏った獣の顔を二羽に向けると、犬歯を見せつけるようにして舌なめずりをした。
 
「爺さんの顎にはやらかい孕み女の方がいいんじゃねえか。」
 
 大首洗山の黄金の蝦蟇、義澄が煙管を分厚い唇に挟みながら宣う。肩を揺らして笑う様は粗野な坊主の様であった。波旬も琥珀も、ぴくりとも反応せずにいる。ここでは動じるほうが弱みになるのだ。琥珀の、睡蓮の腰を抱く手のひらだけ、微かに力が入った。

「お試しになる勇気がお有りなら構いません。」

 透明感のある声が、ぽろりと落ちた。

「お歴々方、この御嶽山の大天狗を敵に回す勇気がお有りなら、子を妊む僕ごと貪ればよろしい。しかしそれは、狼煙を上げることと同義ですがよろしいか。」
「なに?」
「狼煙とは、狼の糞を混ぜると実に真っ直ぐにあがるそうですよ。僕を食らう気でいらっしゃる平兵衛様のものをいただけるなら、落とし所としましょうか。」

 にこりと微笑んでそんなことを宣う睡蓮は、いつもとは雰囲気が違う。琥珀は犬歯を見せつけるようにニヤリと笑うと、ぐっとその腰を抱き寄せて前を見据える。

「爺。睡蓮を食ろうたら直に腹を捌いてやる。お前の腹の機嫌はてめえでとればよい。」
「若天狗、面白い。前から貴様はいけ好かぬと思うていた。」
「私の嫁も害そうと言うならはこちらもそれだけの用意をするまでのこと。蛙一羽なら腹に簡単に収められるぞ。」
「玉兎が二羽侍るのがよほど羨ましいと見える。我々にも選ぶ権利がございますゆえ、堪忍してくださいな。」

 出雲が子を抱き直して波旬に寄り添うと、婉然と微笑む。玉兎は仕えるのが本能だ。故に、場に応じて主を立てる方法は自然と身に着けている。睡蓮も出雲も、この場の空気を正しく悟り、こうすべきだと自然と振る舞った。怖くはない、隣には琥珀がいるのだから、何も怖じることなどはない。

「どうぞ。お好きなように。」

 腹に手を添えて、ゆるく微笑む。睡蓮から滲んだ、何を考えているか読めぬその雰囲気は、冴えた空気としてそっと溶け込んだ。
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