だいきちの拙作ごった煮短編集

だいきち

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ヤンキー、お山の総大将に拾われる2-お騒がせ若天狗は白兎にご執心-

馬頭と鐘楼と地獄の手綱 4

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 話の通じない奴というのは本当にいるらしい。饒河は、己の腹に回された腕を見つめながら、そんなことを思った。

「良かったなあ饒河、椎葉を追い出されても行く宛があるとは。俺は引き寄せられるように御嶽山に来たあとは、地獄で岩屋戸暮らしだった。こちらはいいぞ、気まま暮らしだ。お前がいくら暴れても壊れぬ結界もある。好きに戯れなさい。」
「地獄行きを喜ぶ酔狂だなんて、獄卒と亡者くらいだろう。」
「だそうだ馬頭、我は饒河にとって変わり者らしい。」

 己の見解を好ましいものから聞くのは面映ゆいなあ。そんなことを言って、照れていた。狂っていると思う。
 もしかしたら、と少しばかし期待したのは、馬頭が筋は通すといって、波旬に饒河を連れて行くことを伝えたときだ。饒河は、手のひらは返してしまったが、長年この山を守ってきたつもりであったので、椎葉の山から力の強い妖かしが抜けるのはと難色を示してくれるかもしれぬと、そう期待した。しかしだ。

「良かった。沼御前も構わぬと申したから、いよいよお前は鐘楼だけの子犬だ。いいなあ、そういうのが欲しかった。」
「糞、糞蛇、嫌いだ、椎葉の者共など、みな燃えて消えればいいのだ…」
「お前だけが嫌いなのだろうな。やはり己の感情を一方的に押し付けるなど、お前はまだ小さいなあ。」

 どの口がそんなことを言うのかと思った。饒河はぎりぎりと歯を食いしばりながら、拳を震わせた。前を歩いていた馬頭が振り向く。

「こいつは、わかってて言っているからな。」
「…?」
「だから、自分のこと棚に上げてんのは自覚済み。」
「は?」

 疲れた顔が平常らしい。馬頭の言葉に鐘楼を見上げると、優しい目で微笑まれた。ぞくりとする。鐘楼を目の前にすると、己が本当に追い詰められたような感覚になるのだ。例えば、崖の上に両足分のみの足場で立っているような、釜の中に閉じ込められ、僅かな窓から己が火に焼べられる瞬間を見つめているような。そんな、張り詰めた状況に常にいるような具合だ。
 ぴちちと鳥が鳴く。鐘楼は愛いなあと宣って、それと並列に饒河を扱う。本当に、この男の前での己はただの生き物なのだ。

「地獄で、私は何をさせられる。」
「なにも。」

 馬頭は、重々しい饒河の口調とは真逆で、なんとも軽い挨拶のように返した。

「そもそもお前を捕まえに来たというよりも、灸を据えに来たというのが正しい。お前が何かをまた企てている。って垂れ込みがあったからな。窘めに来ただけで、鐘楼が燥ぎさえしなきゃこうはならなかった。」
「な、そ、そんなことで、」

 言葉の途中で、小さい子をあやすように己の正面に饒河の体を抱え直した鐘楼は、淡々とした口調で宣う。

「饒河、お前の話はしなくていい。お前が口を開いていいのは我の前でのみだ。馬頭とは話さなくていい、それはお前の仕事ではない。」
「おい、鐘楼。饒河からどうやって説明させるつもりだ。会話が制限されてちゃ酌量の余地もねえじゃねえか。」
「馬頭、何もしなくていいといったな。それは、此奴がまだ何もしていないから、お前も何もしないのだろう。つまりは此奴が何もしないように、我がきちんとしつければ良いということだ。」
「頭こんがらがってきた…す、好きにしろ。」

 考えることを放棄させるような回りくどい言い回しは、馬頭にしか行わない。鐘楼は人となりを見て話し方を変えるのだ。饒河は渋い顔をして馬頭を睨んだが、それはなんの意味もないということを頭ではわかっていた。鐘楼の腕が、しっかりと饒河の腰に回っている。こんなことをされたのは初めてで、本来ならば絶対に許さない。それなのに、こちらと目が合うだけで嬉しそうに目尻を緩める鐘楼を見て、饒河は今まで感じたことのない気持ちになるのであった。




 地獄に堕ちると言う割に、渡りは実に呆気なかった。どうやら今回の入り口は椎葉の水源近くの川らしい。馬頭の指示で親指をしまい込むようにして、手のひらの内側に隠す。そうして息を止め、川の浅瀬を真横に横切るだけなのだ。
 違うのは華美な櫺星門れいせいもんや異国情緒溢れる石畳があるわけでもなく、あくまで従業員通用口のような、そんなあなぐらとも取れる場所がぽかりと口を開けているだけである。
 
「んだあ、馬頭じゃねえか。鐘楼と女を買いに行ったんか。」

 仲間の獄卒の一人である、一ツ目に達磨顔の妖かしが紫煙を吐き出す。鐘楼の腕に抱かれている饒河に目を向けると、にたりとからかうように笑った。

「ちげぇ。」
「迎えに行ったのさ、我の愛玩を。」
「愛玩ん?」

 首につけた数珠をならして立ち上がると、その体躯は鐘楼を見下ろすほどの大男であった。

「ちげえな、牛頭から聞いている。饒河とかいう化け狐だろう。」
「なんだ、知っていて聞いてきたとは。しかしこいつには何もするな。我が飼う。」
「鐘楼、お前よりも俺のほうが獄卒で偉いわけだ。禍津神でも郷に入っては郷に従えと言うだろう。」

 馬頭が小さく舌打ちをした。獄卒の中でもたちの悪い拷問を好む一ツ目入道が門番と知っていれば、この道を使わなかった。八大地獄の中階層を取り締まる苦参というこの妖かしは拷問を好むのだ。

「そいつをよこせ、此処じゃ罪人が物事の道理を決めることは許さん。」
「ほう、渡す気がないと言ったら。」
「鐘楼。」

 底冷えするような低い声で食ってかかる鐘楼の肩を、馬頭が掴んだ。饒河を隠すように前に出れば、へらりとした声色で苦参を見上げた。

「頼むよ苦参~~牛頭の兄貴からの頼まれ事なんだわ!俺が頭上がらねえの知ってんだろう?な?ここは顔を立ててくんねえか。」
「狢と番ったろう。綺麗所ばかり誘蛾灯のように引き寄せやがって、獄卒にゃあ俺やおめえみてえな面の怖い野郎が必要だってのに。」
「おい、今俺の馬顔だって男前だろうが!!」

 後ろ手に馬頭が合図を送る。気をそらしている内に行けというわけだ。鐘楼は饒河の腰を支える腕の力を強めると、数歩下がった。

「苦参、今度酒付き合ってやっからさ、花街でも行こうや!んで、上司のぐちでも肴にしてさ。」
「お前の話は長いからなあ、ああ、肴にするなら…お?」

 おん?と馬頭が苦参を見上げた瞬間、一ツ目がぐるりと上に向いた。そのままズシンと地べたに沈み込むようにして崩れる姿に、馬頭は両手で口元を隠して悲鳴を上げた。

「なにやっちゃってんのおおお!!」
「気にするな、障っただけだ。じきに目覚めるさ。」

 鐘楼は影から伸ばした帯をしゅるしゅると仕舞い込むと、絶句している饒河を抱え直してスタスタと歩き出す。馬頭は何度も苦参と鐘楼を見比べる。助けるべきか逃げるべきかに悩んだのは数秒で、まあ油断していたほうが悪いかと思い直した。駆け足でその背を追いかけた。二人分の足音が窖に響く。苦参の巨体を昏倒させた鐘楼はというと、晩飯は何を喰らおうかとそんなことを宣っていた。

「お前、そんなことをして平気なのか?」
「おや、我の心配をしてくれるか饒河。」
「罪人が獄卒に害を与えるなどと、」
「だよなあ!?やっぱこいつ、頭やべえよなあ!?俺もすごくそう思う!!」
「そう、だ、っ」

 並走してきた馬頭が、饒河の言葉に食い気味に同意する。まさかこうして己が話題を撒いた形になるとは思わず、つい動揺して気軽に同意しかけた。

「何も変ではないさ。ここでは弱肉強食だと牛頭が言っていた。それと饒河、答えなくてよい。」
「いやさすがの俺も声かけちゃうくらい動揺したんだわ、誰かさんのせいでな!」
「わ、私を挟んで盛り上がるなうつけもの!!」

 こんな立ち位置に収まったことがなくて、尻の座りがわるい。結局饒河は窖を抜けるまで一事が万事こんな具合で、ようやっと牛頭のいる詰め所のようなところに辿り着く頃には、もう諦めて鐘楼に凭れかかってげっそりとしていた。

「牛頭、ただいま。みてくれこのめんこいのを。これは饒河といってな、」
「おー、おけぇり。知ってる知ってる。よかったなあお気に入り見つけられて。」
「兄者きいてくれよお!こいつ苦参昏倒させやがったんだぜ!?誰がケツふけってんだ!」
「わはは、良いじゃねえの。俺もあいつ嫌いだし。」
「私情で全肯定!?」

 関所のようになっているそこは、牛頭が席を置く上階層を管理する者たちがいる場所だ。亡者などの人上がりの者たちは餓鬼や鬼が管理する下階層、等活、黒縄、衆合。苦参が管理する中階層、叫喚、大叫喚。ニニギと狢の管理する焦熱、大焦熱。牛頭馬頭の管理する阿鼻無間。

 下階層から中階層までは主に亡者だが、ちらほらと妖かしが混じり始める。上階層は力の強い妖かしや禍津神が個別の牢にしまい込まれている。上階層の者たちは、鐘楼のように力の強い妖かし達を管理しているのだが、ある程度の自由を与えられるのは条件がある。それは、召喚に応じることである。こうして獄卒に手綱を握られたまま、その指示を聞くのだ。
 獄卒も呼び出されることがままある。しかし、それは恐ろしく稀なことである。多くは幽閉すべきと判断された者たちだ。妖かしの常識からも漏れた者たちが地獄にはいるのだ。そういう者たちが現世と幽世を繋ぐ者たちの呼び出しに答えるのが常であった。

「鐘楼が饒河を気に入っちまってんなら、お前が仕舞い込めばいい。」
「む。」
「何もしなくていいってのは、お前の意思を剥奪するってことだ。この上階層は入れ替わりが激しい。お前を鐘楼が管理するなら、俺らの手間は省けるわけだ。」

 にやりと笑った牛頭に、馬頭はげんなりとした顔をする。ここのところ、上階層に入ってきたばかりの鍾馗が呼び出しから一向に帰って来ないのだ。恐らく契約を結びこちらの管理を離れたのだ。力の強い者に縛られれば、こちらの手間は省けるが統治は緩む。その緩みを縛り直すのが牛頭馬頭でもあるのだ。そういった才と呼べるほどの力の強いものは、互いを牽制しあってくれるので、減るのは喜ばしいが苦しくもある。

「饒河の話は鐘楼が聞け。呼び出されちまったら一生縛られるんだ。ここじゃやりてえことをやって過ごしな。」
「だから、その呼び出しとはなんなのだ。」
「縛られて、その身を消費される。」

 牛頭が、牛骨を上げてニコリと微笑む。上階層は力の強いものしかいない。それは、現世と幽世を繋ぐ者たちと鬼門で繋がっているからだ。地獄、それは文字通り救いなどはない。下階層、中階層までは輪廻に乗れる。しかし、上階層はその身を消費される。だから誰もがここでは自由なのだ。己の先が決められているから、獄卒はある程度の期間縛ったあとは自由にさせる。
 饒河の顔が強ばる。ここは、狂った者たちが多いのではない、そうすることで保っているのだ。いつ来るかわからない呼び出しに備えるために。

「好きに暮らせ、なにもしなくていい。俺たち地獄の生き様を皆知らないのは、ここの幽世では口にできないからだ。知った者はこちら側に属せない、もうこちらには戻れない。縛られたまま消費されるしか術はねえからな。」
「饒河、お前は鐘楼に気に入られたから道連れだ。」

 馬頭が肩を竦ませる。まるで仕方がないと言わんばかりだ。空虚というものを初めて感じた。饒河は、抗えないものだというのは理解した。理解したが、認められるかは別である。

「だから、我がお前を守ってやろう。禍津神は死なぬさ、お前の選択肢は我に見初められてからは、一つしかない。」
「そういう、ことか。」

 獄卒にしては温いやつだと思っていた。馬頭が深刻そうな顔もせずに気楽に話す内容は、耳を疑いたくなるものばかりであった。なるほど、やはり地獄の者は皆どこか欠落している。饒河の顔から抜け落ちた表情を見た鐘楼は、何も知らない饒河を手懐ける楽しみを得たと、口元に緩い笑みを見せた。





 
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