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こっち向いて、運命。ー半神騎士と猪突猛進男子が幸せになるまでのお話ー
勘違いから始まる恋 2
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それが、リュートとウィルの出会いであった。滞在初日から、とんでもなく気まずいスタートとなったお陰で、なんともぎこちないやり取りは今も続いている。カストールにきて三日目、居候先のレイガン夫婦は未だにそのことでいじってくるが、まあリュートとの関係性を除けば居心地はいいのである。
「ウィルは本当にエルマーの子?ナナシの血が濃いのかなあ、なんかすごい思ってたよりずっといいこで拍子抜けしちゃった。」
「あ、それサジさんにも言われたんだけど。おとーさんってそんなにわんぱくだったんですか?」
「わんぱく…まあ…、性的にも社交的だったな。特技はハニトラだったし。」
「へえええ…」
カリカリと居間で勉学に励んでいるウィルの目線の先には、リュートがいた。今日は家族全員がオフの日だったらしい。レイガンとユミルの言葉を聞いていたようで、ハニトラ、のワードが出た時点で、ちらりとウィルを見つめてきた。なんとなくそれがむかついたので笑顔で返すと、慌てて目を逸らされる。そう言う反応が童貞臭いんだよと思う。
「若い、ころっていうのは変なのかな。まあとにかくあの二人はすごかったよ、もうなんて言うか二人の世界ってのが確立されてたしさ。」
「今も変わらずだぞユミル。あいつはもう一人子供が欲しいとか言ってたしな。」
「マジで!?いつまで経っても落ち着きがないのはある意味健全な証かあ…」
「うちのおとーさんに健全使うのはちっと間違ってますけどね。」
「違いない。一応息子の前だからユミルも言い回しには気を遣ったみたいだが、まあそんなものは不要か。」
「不要不要、当時はおとーさんがおせわになりました。」
いえいえご丁寧に。などと宣ってレイガンが笑う。なるほど紫の瞳はレイガンの遺伝らしい。ユミルが笑いながら鍋をかき混ぜて相槌を打つ。こんなに盛り上がっているのに、リュートだけ一人庭先で鍛錬だ。ウィルはかけていたメガネを外して本を閉じると、体の凝りをほぐすように伸びをした。
「随分根詰めてやってたけど、勉強の邪魔してなかった?」
「ぜーーんぜん。むしろ喋ってないと捗んないタイプ。」
「ならいいけど…あ、リュート!!バケット買ってきて!晩飯の主食買い忘れた!」
「わかった。」
「ついでにウィルくん案内しておいで。」
「わかっ…、た…」
オイコラ。なんで目を逸らす。露骨な反応に、ウィルの目がジトリとリュートを見つめる。じんわりと耳を赤くしながら、首の限界なのではと思うほど顔を逸らす姿を、レイガンが呆れたように見つめる。
ユミルに、お使い頼んじゃってごめんねと謝られつつ、ウィルはリュートと共に市井に繰り出した。一歩先を歩く姿を追うように、それにウィルが続くのだ。無言でざかざかと歩くリュートの動きは早く、それに小走りでついていくのもなかなかに疲れてしまう。その手でちんまりと服の裾を引っ張ると、びくん!!と大きく体を跳ねさせた。
「…ねえ、いい加減そんな反応ばっかだと腹たってくるんですけど。」
「…すまない、ええと…、す、すまない、」
「だからあ…」
頭が痛そうに、ウィルがため息を吐いた。リュートは現役の騎士らしいと言うことは聞いているが、それ以外は全くもって情報がない。強いて言うならうぶで童貞。そんなとこだろうか。
とにかく、なんて言うか純粋なのだ。痺れを切らしたウィルが手首を掴むと、リュートはぎこちなくその手を引いた。
「ねえ、もしかしなくても僕のこと嫌い?だからそうやってよそよそしいの?」
「違う、ええと、その、嫌いではないんだが、」
「キスの一つや一つでいじけすぎじゃない?顔だって悪くないし、あんただったら言い寄られるでしょ。」
肩を並べたウィルが、自分よりも高い位置にある顔を見上げる。金色のまあるいおめめに見つめられて、ますますリュートはクシャリとした顔をする。ぎゅうと腕に抱きついてみれば、その顔の皺が増えるのが面白い。
「童貞くさいなあ、もう。」
「童貞ではない。」
「ならなんでそんなうぶな反応するのさ。」
「…お、俺は騎士だぞ。あまり色恋にうつつなんぞ抜かせられるか。」
「僕の兄貴も騎士だけど、恋人に首ったけだよ。」
「サ、サディンさんと俺とでは天と地ほどの差がある…!」
いよいよ顔を赤くして、ウィルの腕を優しく外そうとする。なるほど、どうやら騎士としてサディンにも憧れを抱いていたらしい。確かにウィルから見てもサディンはいい男ではあるが、方や半神と比べる方がおかしいだろう。ぎゅう、と腕に抱きつきながら、頬をすり寄せて反応を楽しむ。クソ真面目な騎士を揶揄うのは大好きだ。よく性格は悪いとは言われるが。
「ねえ、童貞じゃないならいつ捨てたの。」
「入隊後、先輩につれられ…って、な、何を言わせる!」
「お店で!?それって素人童貞っていうやつ?あんた真面目そうだし、抱いた相手に告白とかしそう。」
「な、なんでそれをっ」
「嘘でしょ引くんだけど!!」
どうやら図星だったらしい。顔を赤くしながら、悔しそうに顔を歪めるリュートが面白くて、ついついウィルの加虐心は煽られた。周りから見たら、美男同士。率先して周りの目を騙せるようにと、ウィルが外出時に両腕につけた手錠がわりの金のバングルも相まって、見目の良い奴隷から甘えられるリュートは、周りから羨望の眼差しを受けている。蓋を開けてみれば揶揄われているだけが正解なのだが。
「いくら仕事とはいえ、手を出したんだ…、せ、責任は取らねばならんだろう。」
「お金もらってるし、そういうお店だって理解して仕事している相手に求婚とか、逆に怖くない?リュートの顔が悪かったら完全に事件だねそれは。」
「そ、そんなにか…?」
情けない顔をして、ウィルを見る。どうやら顔がいい割に自己肯定感が少ないらしい。きっと真面目すぎて、恋人にも重いのだろう。一度寝ただけですぐに結婚せねばと危機感を持つ男だ。この奔放な国に住んでいるくせに、随分古風なやつだなあと思ったが、父親であるレイガンが嫁を大事にしすぎているきらいがあるので、おそらく遺伝だろう。
「考え方が古風なのは美徳だけど、そんなんだと恋人できても長く続かないでしょ。」
「…家族に紹介しようとするたびに振られる。」
「そんな長く付き合ってる子いたんだ?」
「いや、三日とかだが。」
「えー…無理なんですけど…」
ドン引きです。と言う顔で見上げると、クシャリとした顔で青褪める。引いているのはマジなのだが、反応がいちいち面白い。ウィルはリュートの腕にくっついたまま、引きずるように近くの公園に連れてくると、備え付けのベンチに腰を下ろした。さすが奔放な国。周りのカップルらしき者たちは、人目も憚らずに乳繰り合っている。
「大人なんだし、その夜かぎりって関係だってありなんじゃないの。サディンだって今の恋人と付き合うまではそうだったよ?」
「俺はそんなに器用ではないし、それに相手を悲しませたらと思うと踏み切れないよ。欲がないわけではないが、なんというか…そういうのは苦手なんだ。」
君にも不得手があるだろう。そう言って、やんわりとウィルの腕を解く。自負しているわけではないが、大抵の男はこうしてウィルが甘えるとなんでも言うことを聞いてくれるものが多かった。勿論、それは有事にしかしない。例えばやたらベットに誘ってくる奴とかには、まだ恥ずかしいからダメですよと言って逃げていた。だから、そう言った防衛本能なのか、はたまた元来の甘えた気質なのかはわからないが、ウィルはスキンシップがとにかく多い。だからごく自然的に、リュートの腕に絡みつくのも自分の中では普通だったのだ。まあ、からかいもあるが。
「あまりくっつかないでくれ、その…勘違いして君に迷惑をかけたくないんだ。」
「…ふうん。」
だから、まさかリュートがそんなことを言ってくるとは思いも寄らなかったのだ。勘違いしたくない。それってわかりやすく意識していると言うことなのだが、己がそうして好意を口にしていることなんて、気付いてもいなさそうだ。なるほど面白い。
リュートはまさか己の発言がウィルに火をつけただなんて思わない。留学初日から出鼻を挫いたと思っていたのだが、まさかこうして揶揄い甲斐のある奴と親しくなれるのなら、悪くないなあと思った。
目端に、口付けをかわすカップルが映る。わかりやすく顔を赤らめたリュートの反応が知りたくて、ウィルはその首に腕を回して引き寄せた。顔を傾け、瞼をつむり、そうして唇を重ねるつもりだったのに。
「ぶっ、」
「き、君は…な、流れに身を任せると言うのはやめた方がいい!」
「……。」
パチクリと瞬きをして、顔を真っ赤に染め上げて怒るリュートを見る。キスを拒まれたことなんか、サディンくらいである。ウィルはお得意の上目使いでキョトりと見上げて首を傾げると、喉奥からクウゥゥ…という情けない声を漏らして、リュートが顔を隠すように頭を抱えた。やばい、何こいつ超面白い。
「なんで、僕は今リュートにキスしたいなあって思ったのに、させてくれないの?こないだはしてくれたのに?」
「あれは、拒んだらいけないと思った。今のは、すまないが俺の意思を尊重させてもらった…。」
「リュートは僕が可愛くないの?」
「かっ…わいい…とか…き、騎士は言わない…!」
「なんでだよ。」
「グフっ」
ドスン、と一発リュートの腹に決め込んだ。つい意味がわからなさすぎて突っ込んでしまったのだが、ウィルのぶりっこに耐えられた男が初め手だったのだ。上眼使いをして首を傾げれば、エルマーなんてイチコロである。なるほどこれが鉄の理性かと理解はしたが、納得はしていない。むすっとした顔で立ち上がると、びくりと肩を揺らす。そのまま無言でリュートの膝に腰掛ければ、ガチン!!と音がするくらい硬直をした。
「ねえ硬いんだけど!」
「どっ、この話をしている!?」
「ちょ、至近距離うるさ、体だよおばか。ちんこの話なんてしてないもーん。」
「ち、せ、は、はしたない言葉は使うな!そんな愛らしい顔をして、小悪魔だな君は!」
「可愛いは言わないけど、愛らしいは言うんだ。」
「ぅぐ、」
金色の瞳が、意地悪に細まる。リュートはこめかみに血管を走らせると、悔しそうな顔をして口をつぐんだ。もう何も言うまい、そう決めたらしい。腕を組んで、無言でウィルの椅子に甘んじることにしたようである。
しかし、ご機嫌に微笑むウィルの顔面の破壊力のせいで、リュートに向けられる視線はやはり羨望のそれであった。膝にウィルを乗せたまま、時間が経つにつれて血管が一つ、また一つと増えていく。とんでもない美人を侍らせた、鬼のような形相の男がいるらしい、と口づてに広まるくらいには、二人の姿は目立ってしまったようだ。
結局途中で耐えきれなくなったリュートが、息を止めたままウィルを抱え上げ、脱兎の如くのスピードで公園を走り去って帰宅したので、結局バケットはレイガンが買いに行く羽目になった。
「リュートが買い忘れなんて珍しい、よっぽどウィルくんとの時間が楽し、」
「母さん、すまないが詮索はよしてくれ。俺は騎士としての修行が足りないのだと気付かされた。せっかく作ってくれて申し訳ないが、今日は兵舎に帰る。特訓をせねばならないからな。」
「かったんだね…って、りゅ、リュート!?なんで怒ってんの!?」
「怒ってなどいない!心頭滅却してくる!!」
「えええええ…」
帰宅早々、ウィルを放り投げて外へ蜻蛉返りである。ユミルは、普段冷静な我が子の謎の行動にあっけに取られはしたものの、ノソノソと近づいてきたウィルが後ろから抱きついてきたので頭を撫でてやった。
「どうしちゃったんだろ、ウィルなんかした?」
「スキンシップしただけ、別に普通だと思うけど。」
「ああ、まあ緊張しちゃってんのかな…はは…、」
すん、とした顔のウィルを見て、ユミルがなんとなく察した。どうやらウィルは構ってもらいたかったのに、緊張したらしいリュートがすげなく断って、ウィルが着火したのだろうと。ぎゅうぎゅう抱きついて甘えるウィルは、小さい頃からずっとこうだ。番いがいる相手は、嫁側にだけしかしないが、番いがいない相手なら、基本的に誰にでもこうなのだ。
レイガンに似て、頭の硬いところがある息子は、自分達が恋愛結婚だったので、そう言った関係に憧れがあるらしい。男のくせに少しだけ理想が高いのだ。それが悪いとは言わないが、まあなんとなく見た目とのギャップが激しいウィルにちょっとしたショックを受けたらしい。我息子ながら、なかなかに難儀な性格である。つまんなーい!と愚図ってユミルに甘えるウィルを宥めながら、なんだか賑やかになりそうだなあと思ったユミルであった。
まあ、親の心配をよそに、近いうちに二人でいることが当たり前になる未来があるのだが、今はまだ、二人は知り合ったばかり。ただなんとなく、一緒にいて疲れる相手と言う認識なのだが、その関係性が色づく葉のように緩やかに変わる未来は、きっとそう遠くはないのだろう。
ウィルが先に大人しくなるか、リュートが限界を迎えて悲鳴を上げるか、どちらにかけてもきっと勝敗は神のみぞ知る。つまりは、そういうことなのだ。
「ウィルは本当にエルマーの子?ナナシの血が濃いのかなあ、なんかすごい思ってたよりずっといいこで拍子抜けしちゃった。」
「あ、それサジさんにも言われたんだけど。おとーさんってそんなにわんぱくだったんですか?」
「わんぱく…まあ…、性的にも社交的だったな。特技はハニトラだったし。」
「へえええ…」
カリカリと居間で勉学に励んでいるウィルの目線の先には、リュートがいた。今日は家族全員がオフの日だったらしい。レイガンとユミルの言葉を聞いていたようで、ハニトラ、のワードが出た時点で、ちらりとウィルを見つめてきた。なんとなくそれがむかついたので笑顔で返すと、慌てて目を逸らされる。そう言う反応が童貞臭いんだよと思う。
「若い、ころっていうのは変なのかな。まあとにかくあの二人はすごかったよ、もうなんて言うか二人の世界ってのが確立されてたしさ。」
「今も変わらずだぞユミル。あいつはもう一人子供が欲しいとか言ってたしな。」
「マジで!?いつまで経っても落ち着きがないのはある意味健全な証かあ…」
「うちのおとーさんに健全使うのはちっと間違ってますけどね。」
「違いない。一応息子の前だからユミルも言い回しには気を遣ったみたいだが、まあそんなものは不要か。」
「不要不要、当時はおとーさんがおせわになりました。」
いえいえご丁寧に。などと宣ってレイガンが笑う。なるほど紫の瞳はレイガンの遺伝らしい。ユミルが笑いながら鍋をかき混ぜて相槌を打つ。こんなに盛り上がっているのに、リュートだけ一人庭先で鍛錬だ。ウィルはかけていたメガネを外して本を閉じると、体の凝りをほぐすように伸びをした。
「随分根詰めてやってたけど、勉強の邪魔してなかった?」
「ぜーーんぜん。むしろ喋ってないと捗んないタイプ。」
「ならいいけど…あ、リュート!!バケット買ってきて!晩飯の主食買い忘れた!」
「わかった。」
「ついでにウィルくん案内しておいで。」
「わかっ…、た…」
オイコラ。なんで目を逸らす。露骨な反応に、ウィルの目がジトリとリュートを見つめる。じんわりと耳を赤くしながら、首の限界なのではと思うほど顔を逸らす姿を、レイガンが呆れたように見つめる。
ユミルに、お使い頼んじゃってごめんねと謝られつつ、ウィルはリュートと共に市井に繰り出した。一歩先を歩く姿を追うように、それにウィルが続くのだ。無言でざかざかと歩くリュートの動きは早く、それに小走りでついていくのもなかなかに疲れてしまう。その手でちんまりと服の裾を引っ張ると、びくん!!と大きく体を跳ねさせた。
「…ねえ、いい加減そんな反応ばっかだと腹たってくるんですけど。」
「…すまない、ええと…、す、すまない、」
「だからあ…」
頭が痛そうに、ウィルがため息を吐いた。リュートは現役の騎士らしいと言うことは聞いているが、それ以外は全くもって情報がない。強いて言うならうぶで童貞。そんなとこだろうか。
とにかく、なんて言うか純粋なのだ。痺れを切らしたウィルが手首を掴むと、リュートはぎこちなくその手を引いた。
「ねえ、もしかしなくても僕のこと嫌い?だからそうやってよそよそしいの?」
「違う、ええと、その、嫌いではないんだが、」
「キスの一つや一つでいじけすぎじゃない?顔だって悪くないし、あんただったら言い寄られるでしょ。」
肩を並べたウィルが、自分よりも高い位置にある顔を見上げる。金色のまあるいおめめに見つめられて、ますますリュートはクシャリとした顔をする。ぎゅうと腕に抱きついてみれば、その顔の皺が増えるのが面白い。
「童貞くさいなあ、もう。」
「童貞ではない。」
「ならなんでそんなうぶな反応するのさ。」
「…お、俺は騎士だぞ。あまり色恋にうつつなんぞ抜かせられるか。」
「僕の兄貴も騎士だけど、恋人に首ったけだよ。」
「サ、サディンさんと俺とでは天と地ほどの差がある…!」
いよいよ顔を赤くして、ウィルの腕を優しく外そうとする。なるほど、どうやら騎士としてサディンにも憧れを抱いていたらしい。確かにウィルから見てもサディンはいい男ではあるが、方や半神と比べる方がおかしいだろう。ぎゅう、と腕に抱きつきながら、頬をすり寄せて反応を楽しむ。クソ真面目な騎士を揶揄うのは大好きだ。よく性格は悪いとは言われるが。
「ねえ、童貞じゃないならいつ捨てたの。」
「入隊後、先輩につれられ…って、な、何を言わせる!」
「お店で!?それって素人童貞っていうやつ?あんた真面目そうだし、抱いた相手に告白とかしそう。」
「な、なんでそれをっ」
「嘘でしょ引くんだけど!!」
どうやら図星だったらしい。顔を赤くしながら、悔しそうに顔を歪めるリュートが面白くて、ついついウィルの加虐心は煽られた。周りから見たら、美男同士。率先して周りの目を騙せるようにと、ウィルが外出時に両腕につけた手錠がわりの金のバングルも相まって、見目の良い奴隷から甘えられるリュートは、周りから羨望の眼差しを受けている。蓋を開けてみれば揶揄われているだけが正解なのだが。
「いくら仕事とはいえ、手を出したんだ…、せ、責任は取らねばならんだろう。」
「お金もらってるし、そういうお店だって理解して仕事している相手に求婚とか、逆に怖くない?リュートの顔が悪かったら完全に事件だねそれは。」
「そ、そんなにか…?」
情けない顔をして、ウィルを見る。どうやら顔がいい割に自己肯定感が少ないらしい。きっと真面目すぎて、恋人にも重いのだろう。一度寝ただけですぐに結婚せねばと危機感を持つ男だ。この奔放な国に住んでいるくせに、随分古風なやつだなあと思ったが、父親であるレイガンが嫁を大事にしすぎているきらいがあるので、おそらく遺伝だろう。
「考え方が古風なのは美徳だけど、そんなんだと恋人できても長く続かないでしょ。」
「…家族に紹介しようとするたびに振られる。」
「そんな長く付き合ってる子いたんだ?」
「いや、三日とかだが。」
「えー…無理なんですけど…」
ドン引きです。と言う顔で見上げると、クシャリとした顔で青褪める。引いているのはマジなのだが、反応がいちいち面白い。ウィルはリュートの腕にくっついたまま、引きずるように近くの公園に連れてくると、備え付けのベンチに腰を下ろした。さすが奔放な国。周りのカップルらしき者たちは、人目も憚らずに乳繰り合っている。
「大人なんだし、その夜かぎりって関係だってありなんじゃないの。サディンだって今の恋人と付き合うまではそうだったよ?」
「俺はそんなに器用ではないし、それに相手を悲しませたらと思うと踏み切れないよ。欲がないわけではないが、なんというか…そういうのは苦手なんだ。」
君にも不得手があるだろう。そう言って、やんわりとウィルの腕を解く。自負しているわけではないが、大抵の男はこうしてウィルが甘えるとなんでも言うことを聞いてくれるものが多かった。勿論、それは有事にしかしない。例えばやたらベットに誘ってくる奴とかには、まだ恥ずかしいからダメですよと言って逃げていた。だから、そう言った防衛本能なのか、はたまた元来の甘えた気質なのかはわからないが、ウィルはスキンシップがとにかく多い。だからごく自然的に、リュートの腕に絡みつくのも自分の中では普通だったのだ。まあ、からかいもあるが。
「あまりくっつかないでくれ、その…勘違いして君に迷惑をかけたくないんだ。」
「…ふうん。」
だから、まさかリュートがそんなことを言ってくるとは思いも寄らなかったのだ。勘違いしたくない。それってわかりやすく意識していると言うことなのだが、己がそうして好意を口にしていることなんて、気付いてもいなさそうだ。なるほど面白い。
リュートはまさか己の発言がウィルに火をつけただなんて思わない。留学初日から出鼻を挫いたと思っていたのだが、まさかこうして揶揄い甲斐のある奴と親しくなれるのなら、悪くないなあと思った。
目端に、口付けをかわすカップルが映る。わかりやすく顔を赤らめたリュートの反応が知りたくて、ウィルはその首に腕を回して引き寄せた。顔を傾け、瞼をつむり、そうして唇を重ねるつもりだったのに。
「ぶっ、」
「き、君は…な、流れに身を任せると言うのはやめた方がいい!」
「……。」
パチクリと瞬きをして、顔を真っ赤に染め上げて怒るリュートを見る。キスを拒まれたことなんか、サディンくらいである。ウィルはお得意の上目使いでキョトりと見上げて首を傾げると、喉奥からクウゥゥ…という情けない声を漏らして、リュートが顔を隠すように頭を抱えた。やばい、何こいつ超面白い。
「なんで、僕は今リュートにキスしたいなあって思ったのに、させてくれないの?こないだはしてくれたのに?」
「あれは、拒んだらいけないと思った。今のは、すまないが俺の意思を尊重させてもらった…。」
「リュートは僕が可愛くないの?」
「かっ…わいい…とか…き、騎士は言わない…!」
「なんでだよ。」
「グフっ」
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「ねえ硬いんだけど!」
「どっ、この話をしている!?」
「ちょ、至近距離うるさ、体だよおばか。ちんこの話なんてしてないもーん。」
「ち、せ、は、はしたない言葉は使うな!そんな愛らしい顔をして、小悪魔だな君は!」
「可愛いは言わないけど、愛らしいは言うんだ。」
「ぅぐ、」
金色の瞳が、意地悪に細まる。リュートはこめかみに血管を走らせると、悔しそうな顔をして口をつぐんだ。もう何も言うまい、そう決めたらしい。腕を組んで、無言でウィルの椅子に甘んじることにしたようである。
しかし、ご機嫌に微笑むウィルの顔面の破壊力のせいで、リュートに向けられる視線はやはり羨望のそれであった。膝にウィルを乗せたまま、時間が経つにつれて血管が一つ、また一つと増えていく。とんでもない美人を侍らせた、鬼のような形相の男がいるらしい、と口づてに広まるくらいには、二人の姿は目立ってしまったようだ。
結局途中で耐えきれなくなったリュートが、息を止めたままウィルを抱え上げ、脱兎の如くのスピードで公園を走り去って帰宅したので、結局バケットはレイガンが買いに行く羽目になった。
「リュートが買い忘れなんて珍しい、よっぽどウィルくんとの時間が楽し、」
「母さん、すまないが詮索はよしてくれ。俺は騎士としての修行が足りないのだと気付かされた。せっかく作ってくれて申し訳ないが、今日は兵舎に帰る。特訓をせねばならないからな。」
「かったんだね…って、りゅ、リュート!?なんで怒ってんの!?」
「怒ってなどいない!心頭滅却してくる!!」
「えええええ…」
帰宅早々、ウィルを放り投げて外へ蜻蛉返りである。ユミルは、普段冷静な我が子の謎の行動にあっけに取られはしたものの、ノソノソと近づいてきたウィルが後ろから抱きついてきたので頭を撫でてやった。
「どうしちゃったんだろ、ウィルなんかした?」
「スキンシップしただけ、別に普通だと思うけど。」
「ああ、まあ緊張しちゃってんのかな…はは…、」
すん、とした顔のウィルを見て、ユミルがなんとなく察した。どうやらウィルは構ってもらいたかったのに、緊張したらしいリュートがすげなく断って、ウィルが着火したのだろうと。ぎゅうぎゅう抱きついて甘えるウィルは、小さい頃からずっとこうだ。番いがいる相手は、嫁側にだけしかしないが、番いがいない相手なら、基本的に誰にでもこうなのだ。
レイガンに似て、頭の硬いところがある息子は、自分達が恋愛結婚だったので、そう言った関係に憧れがあるらしい。男のくせに少しだけ理想が高いのだ。それが悪いとは言わないが、まあなんとなく見た目とのギャップが激しいウィルにちょっとしたショックを受けたらしい。我息子ながら、なかなかに難儀な性格である。つまんなーい!と愚図ってユミルに甘えるウィルを宥めながら、なんだか賑やかになりそうだなあと思ったユミルであった。
まあ、親の心配をよそに、近いうちに二人でいることが当たり前になる未来があるのだが、今はまだ、二人は知り合ったばかり。ただなんとなく、一緒にいて疲れる相手と言う認識なのだが、その関係性が色づく葉のように緩やかに変わる未来は、きっとそう遠くはないのだろう。
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