だいきちの拙作ごった煮短編集

だいきち

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こっち向いて、運命。ー半神騎士と猪突猛進男子が幸せになるまでのお話ー

勘違いから始まる恋 1

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 猛烈に反対されながら、ウィルはエルマーにおねだりをしまくって、半年に一度は必ず帰るという約束のもと、単身カストールへと留学にきていた。
 さすがのリゾート地。海は近いし、白い壁が目に眩しい美しい建造物が多い。入ってきた門から一直線に伸びる石畳も、にぎやかなメインストリート、そして涼やかな木漏れ日を作る街路樹がお行儀よく並んでいて、とても綺麗な街並みだなあと言うのが感想だ。しかし、第一印象は良くても、問題は国民性だという。
 出立前、エルマーがなんでそんなにカストールに向かうのを嫌がるのか。ウィルはきちんと自分のやりたいことを説明した上で、理由を聞いてみた。
 そうしたら、あそこは風紀が乱れてる。などと雰囲気からして治安の悪い己の父親が、悪人顔でそんなことを言うものだから、一体なんの冗談かと思った次第である。
 しかしどうやら冗談ではなかったらしい。
 
「君、観光でこっちまできたの?もう宿は見つけられた?旅の資金が心もとないなら、俺が家に泊めてあげようか。」
 
 入国してから、わずか数分でこれである。ウィルはその細腕を馴れ馴れしく掴んできた若い男の存在に、小さくため息を吐いた。
 

「もう居候先は決まっていますので、結構です。」
「え、居候先って、君もしかしてこの国に滞在するの?それは大変だ。この国のルールを教えてあげるから、俺に時間をちょうだい。」
 
 馬鹿なんじゃねえの。心の中で悪態を吐く。どうやらよほどウィルの面がお気に召したらしい。金持ちを象徴するかのように、魔石でできた指輪がその指に嵌められている。ウィルがその美しい金眼を光らせて男を振り向く。明るい茶髪に、目鼻立ちの整った、俗に言ういい男に分類されるであろう顔立ちであった。
 
「父がこの国出身ですので、存じ上げてますよ。お気遣いありがとう。」
「そうなんだ、お父上がこちらの…、なら、この国のマナーも存じ上げていると。」
「わ、っ」
 
 男の表情が、目に見えて欲の孕んだものに変わる。振り向いて微笑みかけたのがいけなかった。その顔の造作の美しさに小さく息を呑んだ男は、掴んでいた細腕を引き寄せると、その腰に男らしい腕を回した。手に持っていた鞄がボスンと間抜けな音を立てて地べたに落ちる。ウィルの細身の体を引き寄せた男は、まるでウィルを恋人のように扱いながら、半ば強引に狭い路地へと連れて行く。
 その一部始終を見ていたものたちがいたはずなのに、誰も止めようとはしなかった。むしろ、ああ、先に取られてしまったか。と言った具合に、ひどく残念そうな顔を見せるばかりである。
 ああ、面倒臭いな。待ち合わせているってのに。ウィルは改めてエルマーの言葉を思い出して舌打ちをした。それが聞こえたからかはわからないが、その薄い体は壁を背に押しつけられてしまった。
 
「この国はね、権力あるものが己の地位を示す為に奴隷を侍らせるんだ。お父上がこの国に住んでいないってことは、金がなくて国を出たってことだろう。ああ、ごめん、別に貶しているわけじゃないよ、その人にはその人の人生ってもんがあるからね。」
「…離してくれない。」
「君は単身戻ってきたってことだろ?かわいそうに、裕福な生活ができなくて、憧れてカストールに来たって訳だ。うん、君はとても運がいいね。何せ初日に僕に見染められたんだから。」
「ねえ、僕の話聞いてる?っ、」
 
 男の体を引き離そうとして、その厚みのある胸に手を添えた。ウィルの嫋やかな掌が己に触れたことがよほど嬉しかったらしい。男は魔石の指輪がはまった手のひらでウィルの手を鷲掴むと、抑え込むように壁に押し付けた。
 
「なあ、君の名前はなんて言うんだ。いつまでも名前を教えないだなんてつれないこと言わないでくれよ。」
 
 押し付けられた下半身の不快さに、ウィルの眉間に皺がよる。そんな表情の変化すら男を喜ばせるらしい、かわいい。かわいいね。そう譫言のように呟きながら、男は指輪の魔石に魔力を流し込んだ。
 
「ほら、こうすれば君は素直にならざる追えなくなる。」
「あ…っ、」
 
 魅了魔法だ。ウィルはその指輪の魔力にすぐに反応した。入国早々こんな目に遭うだなんて、幸先が悪すぎる。ウィルはじんわりと魔力を視界に集めてフィルターをかけるかのように状態異常を無効にしたのち、わざとかけられたように演技をすることにした。
 
ーああ、面倒臭いなあ。これじゃあ待ち合わせの時間に間に合わないじゃないか。
 
 ざらつく壁に身を押し付けられ、自分の思い通りにことが運んで喜ぶ愚かな男の顔が、ウィルの首筋に埋まる。ウィル自身がさせてやっているので呪いは発動しないが、これが本当に無理強いになっていたとしたら、こいつは身を滅ぼしてしまうのだ。あーあー、何て面倒臭いのだろう。ウィルは手っ取り早く気絶してもらおうかと、その背に腕を回そうとした時だった。
 
「何をしている!」
「え、うわぁ!!!!」
 
 ウィルの目の前で息を荒げていた男が吹っ飛んだ。男の方もよほど衝撃的だったらしい、弄ろうと掴んでいたウィルの服を離さないまま体制を崩すものだから、思わず引きずられてたたらを踏んだところを、腰に腕を回されて支えられた。
 
「グェっ!」
「あ、ご、ごめん!」
 
 ヒキガエルのような情けない声を漏らして、男らしい腕に引っかかったような状態になる。ウィルはケホケホと噎せはしたが、悪気がないのはわかっていた。渋い顔はしたものの、目の前で頭を抱えて悶絶している先程の男に諦めてもらういい口実にさせてもらうかと切り替えることにした。
 
「お、お前この俺に向かって…!!」
「ご主人様!!遅いですよう!!僕は貴方様に会いたくて戻ってきたと言うのに!!」
「は!?」
 
 怒りをあらわにした男の目の前で、ウィルがガバリと腕の主に抱きついた。服の下に防具をつけているらしい、硬い感触がする。細い腕をするりと首の後ろに絡ませると、ぐい、と引き寄せる。戸惑いをあらわにした男の顔立ちは整っており、紫の瞳がひどく印象に残った。
 
「ご、ごしゅじ」
 
 しっ!違うと野暮を言おうとした男を嗜めるように、ウィルが目力で黙らせる。口裏を合わせろと言う意図を察したらしい、瞬き一つで了承を示す。頭のいい男だ、ウィルは緩く微笑むと、その整った顔をわずかに染める。
 
「貴方様が僕に嗜みを学べなどと申すから、お手元を離れて留学をしたんですよ。もう、僕本当に寂しくて、今日お会いできるのをどれだけ心待ちにしていたことか!」
「そ、うか…寂しい思いをさせてすまないね。」
 
 なも知らぬ男の腕が、ウィルの腰に回る。頭を押さえたまま、ことのやりとりを開けに取られたように見つめていたもう一人の男が慌てて起き上がると、ウィルを指差して叫んだ。
 
「う、うそだ!君はこの国には観光できたのだろう!そんな三文芝居で僕を騙そうだなんて悪い子だ。今戻ってくれば許してあげよう。ほら、おいで。」
「ええ、嘘じゃないですよう。」
 
 甘えるように、身を寄せる男の首筋に顔を埋める。流し目を送るように背後の男を見遣れば、ウィルは意地悪そうに笑った。
 
「僕のお父様はこの地出身、出て言ったと勝手に解釈なさったのは貴方でしょう?それに、この方は正式な僕のご主人様。…奴隷を他国に学びに出しても困らないほどの財力を、貴方はお持ちでいらっしゃるのかしら。」
「き、君は飼い猫だと言うのか?」

 男の声が震えた。貴族の奉仕活動の一環として、奴隷を侍らせ自由を与える国だ。無論、財力のある貴族は何人もの奴隷を抱えて侍らせている。しかし、国をまたぐ留学など、そこまでさせるものはいないのだ。そう言うことは、カストールの貴族の感覚としては普通ではない。無駄な金扱いをするからである。しかし、ウィルはそこを利用して言葉を続けたのだ。抱き寄せる腕に力がこもる。未だ信じられないものを見る目の前の男に、信用をさせなければならない。
 
「僕とご主人様の関係を疑うだなんて、野暮なお方。」
「そ、っ」
 
 そうだな。そう答えようとして、ガシリと思った以上に力強く顔を掴まれる。言葉を飲み込まれた紫の瞳の男は、至近距離で金色の瞳が細まったのを見て、徐々に何をされているのかを理解する。
 
「なっ!!き、きすっ…!!」
「む、むぅ、うっ…ーーーーっ!!!!」
 
 見知らぬ男の前で、初対面のとんでもない美人から熱い口付けを送られている。びしりと体を硬直させたまま、あろうことか唇を割り開かれながら舌を絡めらとられる。絶句とはこのことだ。紫の瞳の男のうぶな様子に、ウィルが眉間に皺を寄せる。その手をがしりと鷲掴み己の服の中に突っ込ませると、顔を真っ赤にしてのけぞった。幸い、背後は壁だったので、ウィルがその体を壁に押し付けたかのようになった。
 全く、騙すのだから童貞臭い反応はやめてほしい。ウィルは瞳に文句の色を滲ませながら、下肢で脚を挟むかのように身を寄せると、その手を素肌の胸元に押し付けたまま、濡れた瞳で絶句しているもう一人の男を見つめた。
 
「僕が抱かれるのを見たいのですか?構いませんが、お勧めはしません。命が惜しいのなら。」
「な、なん、」
「カストールにいる貴族が全て、この国の国民だと言う固定概念はおやめになったほうがよろしいですよ。ほら、国際問題へとつながっちゃうかも…?」

 己の容姿を存分に活かしたウィルが、にっこりと微笑んだ。言外に、他国の貴族がお忍びで来ているのだと言ったのだ。だって、ここは一大観光地である。癒しを求めて来訪した他国の貴族がいつくことだってあるほどなのだ。そして、大抵そういった貴族は、仄暗い何かを抱えているものも少なくはない。
 
「わ、わかった。手をひこう。声をかけてすまなかった…ええと、お幸せ、に…」
「だそうです、許して差し上げてね、この方は頭がよろしいようですから。ね?」
「あ、ああ…。」
 
 耳元で囁くように、ウィルが甘える。不躾な男はいよいよ顔を真っ青にさせると、積み上げられた木箱をぶちまけながら、大慌てで逃げ出した。こんなに素直で、よくこの国でやっていけるなあ。ウィルは呆れも混じった瞳でその姿を見送ると、よいせっと胸板に両手をついて体を離した。その弾みで服から抜け出た無骨な掌の持ち主は、なんとも言えない顔で温もりの残る手のひらを見つめる。
 
「ありがとねお兄さん。じゃ、僕待ち合わせあるから。」
「あ、ああ…なんていうか…君は強いというか、強かというか…。」
「あはは、何それ全然褒めてなくね。あ、悪いんだけどさ、面倒臭いし待ち合わせ場所まで着いてきてくんない?」
「それは、まあ構わないけど…どこまで行くんだ。」
 
 背中に呆れたような視線を感じる。ビッチを見るような視線はもう慣れた。みんな、見た目で判断しすぎだろうとも思ったが、己の兄の恋人が見た目通りの純粋な人物なのを思い出したウィルは、まあそれも人ぞれぞれだよなあと自己完結した。
 
「カストールの大聖堂。そこで、リュートって人と待ち合わせしてんの。」
「え。」
「時間過ぎちゃってんしさ。うっわ最悪、カバン汚れちゃってんじゃん!萎えるわー。」
 
 パンパンと土汚れを払いながら、ウィルが行き先を説明すると、なぜだか後ろの男の動きが止まった。こっちは急いでると言っているのに、意味が通じていないのだろうか。ウィルは面倒臭そうに髪をかき上げながら催促の文句を飛ばそうとした。その時だった。
 
「君は、ウィル…か?」
「…名前教えたっけ?」
「いや、その…」
 
 ばつが悪そうに、目の前の紫の瞳を持つ男が口をつぐむ。明るいところで見れば、その髪は青みがかった銀髪だと言うことがわかる。
 しばらく無言だった男が、ようやく意志を固めたらしい。不思議そうに気を傾げる目の前のとんでもない美人を見つめ返すと、重々しい口調で宣った。
 
「俺はリュートだ…、大聖堂はわからないだろうって、迎えにきた…から、その…」
「えっ」
「す、すまない…」
「えええええーーーーーーーー!!!!!!」
 
 口元を押さえて、顔を真っ赤にしながらそんなことを言う。すまないって、それはどっちのすまないか。ウィルはわかりやすく顔を真っ青に染めると、情けない声を上げた。夕焼けに照らされて、赤みがかった光が広場に差し込んでいると言うのに、血の気のひいた顔を誤魔化すことは出来そうになかった。
 
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