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こっち向いて、運命。ー半神騎士と猪突猛進男子が幸せになるまでのお話ー

カルマの策略 1

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「マジでないわ!!」

 ガシャン!まるで静かにしなさいと言われているかのように、汗を掻いたグラスが抗議の音を立てた。
 カルマは今、不服だと言わんばかりにぶすくれて、その重そうな前髪を押し付けるかのようにして、行きつけのバルのカウンターに額を押し付ける。

「お前ね、そもそも思考が童貞くせえのよ。」
「童貞じゃねえし、ジキルより使ってるし。」
「うるせえわ!ちげえ、俺が言いたいのはそうじゃなくてだな!」
「お前もうるさいぞジキル。相談役はただ黙って愚痴に付き合えばいいのさ。」

 右から、ジキル、カルマ、ヨナハンと、蜘蛛の巣三人が雁首揃えて酒を煽る。結婚式から三日後、いい加減気づいてもよくねえ!?と喧しい声色で、カルマが二人を捕まえて駄々を捏ねまくり、財布は俺が持つと言って飲みに連れ出した。
 そして、専らの議題であるカルマの悩みとはこれであった。

「シスが!!全然!!構ってくれねえ!!」
「うわうるさ。」

 がばりと顔を上げて吠えた。隣のヨナハンは渋い顔をし、ジキルは耳に指を突っ込んで辟易する。この男、カルマの悩み。それは同じ同僚に恋をし、それを実らせたいのにアプローチに気が付かない。というなんとも甘酸っぱいものである。
 しかし、そうは言ってもだ。

「一回寝たから好きっつー拗らせたやつじゃねえのか。」

 と、ジキル。

「任務で抱いたんだろう?俺もユリのときに寝たから、おまえの恋が実ったら穴兄弟だな。」

 と、ヨナハン。

「ぎゃああやめて!!俺はシスの体だけが目当てじゃねーもん!!」

 と、カルマ。

 先程から、この下りを何度かしている。カルマが言う、体だけが目当てではないというのは一体なんだ。そう問いかければ、むんむんと唸って、思い悩む。結局すぐに思い浮かばないのなら、それは肌を重ねたあの一時に執着しているだけなのだと二人は思うわけである。

「シスのいいとこ五個上げてみ。」
「顔、体、あと性格も悪くないよなー。騎士だし金もあるし、性欲が強いのも、えろいのもいい。六個!!六個いったよ!!顔体金性格性欲色気!!」
「字面最悪だな。」
「なんッッで!?エルマーさんだってエロいこと言うじゃん嫁さんに!」
「お前、嫁さんと恋人にすらなってない相手だったら比較すらできないだろう。」

 馬鹿なんじゃないのか。ヨナハンのその一言に、とどめを刺されたかのように再び頭を打ち付ける。だってしかたないだろう、カルマはバカ正直なので思ったことしか言えない。嫌なことは嫌だし、好きなもんは好き。だから周りからは惚れっぽく見られるし、そのだらしのない前髪のせいで根暗な印象を持たれる。まあ、口を開けばお察しなのだが。

「つかさ、アプローチってなんだ。俺もそれよくわかんねえ。」
「ジキルとカルマはまともな恋愛経験はないのか?まったく仕方ない…」
「おい、寝取りが好きなやつがでけえ面してンぞ。」
「まて、もしかしてまともな相談役いないんじゃん!?ざけんな飲み代返せ!!」

 ぎゃあぎゃあと喧しく騒ぐ。しかし三人共酒は強いので、全員がシラフというのがアレである。結局まともな相談、というか拗らせた二人に答えなど出せるはずもない。カルマは財布の厚みを薄くした挙げ句、己の情けない泣き言しか漏らさないという、なんとも不毛な飲み会として終わったのであった。

 じゃあ誰が適任なわけ、という話に到底なるわけである。カルマの片手で収まる交友関係には、お手本のような恋愛をしている奴等がいるかと考えると、唯一まともかと思われたミハエルも監禁されて幸せですなどと宣うなど、大分トリッキーな思考の持ち主であった。自虐趣味、横暴、寝取り思考、どぎつい執着、宗教的恋愛観。駄目じゃん一人もいねえわこれ、結局頼るのは恋の指南書か?でもどの面下げて買いに行く?と悶々としながら歩いていたカルマの足の向く先は、医務室であった。

「ミハエルせんせーーー!!本貸してええーー!!」
「か、カルマさん静かに!」
「あ、ごめん。」

 金使うなら借りればいいかと思い至り、こうして参じたカルマであったが、どうやらミハエルは仕事中だったらしい。ひょこりと顔を出すと、ぽかんとした金髪の可愛らしい少女が診察台に腰掛けていた。

「え、だれ」
「アイリス様です、カイン殿下の妹君ですね。」
「ひぇ、」

 まさかの王族!?と、カルマが慌てて身だしなみを整えると、その慌てっぷりに思うところがあったらしい、アイリスは鈴が転がるような可愛らしい声で制止した。

「結構ですよ、楽になさって。私、今日はお忍びなのよ。」
「おし、のび?」
「イズナ様には秘密だそうです、なんでも、市井を視察に行くのに一般人に見えるように振る舞う練習をされたいそうで、」

 アイリスは、今日は生成りの上品なワンピースにシンプルなハーフアップの髪型であった。確かに、これならちょっと良いところのお嬢様に見えなくもない。ミハエルに出来の具合を見てもらいに来たらしい。アイリスはお座りなさいなとカルマに着席を促すと、ちらりとミハエルをみた。

「アイリス様、彼お父上の部隊の者です。カルマさんと言って、普段は庭師をされているのですよ。」
「まあ、いつも父上の横暴に晒されてらっしゃるなんてご苦労なことね。中庭のお花はいつも目に楽しいわ、そちらもありがとう。」
「と、んでもございません…でござ、います…」
「あら、慣れぬ敬語は結構よ、今はただのアイリスだもの、ミハエルのように接して頂戴。」

 幼いのに、随分と大人びた少女である。カルマは感心したように呆けていたが、やはり慣れぬ敬語は無理だ、目上の者であるジキルにさえうまく使えないのだ、出来るわけがない。有り難くそうさせてもらうことにすると、ミハエルが水を向けてくれた。

「カルマさん、それでなんの本を貸すのですか?」
「え、あー!なんか俺でも読める恋愛もの。」
「えっ、恋愛もの?なぜそんな急に…構いませんけど…」

 意外な答えだったらしい、ミハエルはそれならと戸棚を開けて漁りだす。しかし恋愛ものといっても様々な物がある。本棚に揃えられた医術書に紛れて納まっている小説をいくつか選ぶと、それをカルマの前においた。

「多い!」
「悲恋の名作も混ざってます、ええとこのあたりとか、」
「私はこの一冊がいいと思うわ、殿方が戦地に赴かれる前に恋人に薔薇を贈るの。」
「アイリス様、ネタバレはご法度ですよ、」
「悲恋は振られるかも知んねえからやだあ!!」

 どうやらアイリスもミハエルも同じ本を共有しているらしい。二人して頬を染めながらお互いのおすすめを教えてくれるのだが、切ないのは駄目だ。もうすこし分かりやすく参考にできるものが欲しい。そんなカルマの必死な抵抗に耳聡く反応したアイリスは、目を輝かせてカルマを見た。

「まあ!お待ちになって、貴方もしかして恋をなさっているの?」
「そ、そうなんですかカルマさん!!」
「うぇっ、めっちゃ食いつくじゃん…!!」

 カルマは仰け反るようにして詰め寄ってきた二人に気圧された。しかし、恋の話は乙女にとっては聞き捨てならなかったらしい。アイリスは興奮に染まる頬を隠すように小さな手を添えると、うっとりとした目でカルマを見た。

「花の綻ぶような、そんな柔らかな気持ちになるの。私、ミハエルの結婚式で確信いたしました。若人の清廉なる恋愛のお手伝いをさせていただきたいと。」
「俺らよりもアイリスちゃんのが若人だけど!?」
「あら、野暮を言うのね。ねえカルマ、恋心はどなたに向けてなの?お手伝いしたくても教えてくれなければ何もできないわ。」
「ぐいぐいくるなおい!」

 初対面だし淑女の距離じゃないよね!?とミハエルに助けを求めるが、今は市井のアイリス様なので、とにべもなく断られる。しかしミハエルも乗り気なようだ。何冊か本を積み上げては、これもいいあれもいいと宣う。まったく、なんとも忙しないことであった。

「し、シスだよシス!騎士団で同僚のシス!!」
「シス、ミハエル、その方はどういった方なの?」
「はい、シスさんは半魔ですね。とっても美人さんで仕事もできる方です。あとは、…社交的ですね!」

 性的に、の言葉を伏せながら言う。カルマはげんなりとしたまま、アイリスの小さな手のひらで握られた手を見やる。犯罪臭もするし、こんなところをジルバに見られたら首が飛ぶ、物理的に。

「いい、カルマ。まずは食事に誘いなさい。なんでもいいわ、二人でデートをするというのが大切なの。」
「デート!いいですね!僕もサディンと初めてデートをしたときはとてもドキドキしました…。」
「酒場は?」
「ノーよ!そんな粗野なところで睦言を囁くおつもり?貴方、身嗜みも整えなくては本気度は伝わらなくてよ。」
「ぐっ…て、的確…」
「アイリス様は恋愛系は全て網羅なさってますからね。」

 微笑ましいといった具合でミハエルがにこにこと笑う。アイリスは、ミハエルに用意させた紙とペンで恋愛の指南書のようなものをサラサラと書き出す。それは、適度なボディタッチをしたり、細やかな気遣い、そして己をよく見せる為の服装、清潔感、話し方など、到底男が男に向けて行うものとは思えぬほどのこと細やかさであった。

 恐ろしい、己の周りにいる男にかけている要素ばかりではないか。カルマはヒイヒイいながら、その後小一時間程恋愛のなんたるかを叩き込まれた。

 そうして、とにかく体裁を整えろということだけは脳みその皺に刻み込んだらしい。カルマが医務室から出てくる姿は満身創痍そのもので、その姿を見たものが思わず部屋のプレートを二度見したらしい。



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