だいきちの拙作ごった煮短編集

だいきち

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こっち向いて、運命。ー半神騎士と猪突猛進男子が幸せになるまでのお話ー

ジキルとマリー 2

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「妹が産まれて、まだおめでとうって言ってなかったや…。でも、この場合どうしたら…」
 
 だってミハエルも妊娠しているのもおめでとうなのだ。マリーは真剣にそんなことを悩むと、ミハエルが嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとうございます、僕はマリーのそういう優しい所が大好きです。」
「ええ?」

 まさかそんなところを褒められるとも思わない。マリーは照れ臭そうに頬を染めると、それを誤魔化すように茶菓子を齧る。
 二人は今、ミハエルの医務室に居た。ジキルが仕事をしている間、マリーを一人で家に置いておくのが心配だったらしい。ミハエルはジキルにとってのマリーが、どんな立ち位置なのかは気になるが、最近は自傷癖も落ち着いているらしいことを見て取ると、ジキルの存在はマリーにとっても支えなのだろうと思っていた。

「あ、あのさ…」
「はい?」
「そ、相談してもいい、かな。」

 きょとんとした顔でマリーを見る。頬を染めながら目線を泳がす様子に、ミハエルはコクリとお茶を一口飲むと、居住まいを正した。

「僕がマリーのお力に慣れるのなら喜んで。」

 柔らかく微笑み、了承したミハエルを見て、マリーもホッとしたような顔をする。何から話そうかと迷っているらしい。時折手を使って時系列を確認するかのように指を折るその様子に、なんだか柔らかな気持ちになってしまった。

「え、っとさ、」

 ひとまず、昨夜のことからがいいだろうか。マリーは唇を濡らす程度にこくりとお茶を飲むと、ゆるゆると下を向きながら、ポソポソと言った。

「ぼ、ぼく…ジキルさんに怒られてばっかりで、」
「マリーが、ですか?」
「う、うん。」

 ミハエルは、こんなにいい子なのに?と首を傾げる。だって、マリーは聞いてもらうために分かりやすく話す順序を決めようとしてくれるし、妊娠しているミハエルを無意識に気づかって手を握ってくれる。医務室の扉も開けてくれたし、ミハエルの中ではマリーはとても気遣いの出来るいい子だと思ったのだ。

「えっと、い、一緒に寝るぞって、言われて、」
「えっ」
「それで、服脱いだら、怒られた…」
「あ、ああー…」

 ぐすん、と落ち込む様子に、ミハエルはなるほどと思った。ジキルと共寝をしているのも驚いたのだが、どうやらそういった性的な理由はジキル本人にはなかったようだ。
 マリーは娼館出身だし、やはりそういった閨事が当たり前の中にいた。なるほどそれであればジキルが頭を抱える理由もわかると納得すると、ミハエルは落ち込むマリーにどうしようかと考える。
 言い方も有るのだろうか、確かにミハエルもジキルに怒られたらびっくりしてしまうかもしれない。顔は怖くても人情深く義理堅い男だ、娼婦相手にまともにできなかったという話も聞くことから鑑みて、ジキルも唐突にマリーが脱いだから驚いたのだろう。

「マリーは、突然ジキルが目の前で服を脱いだらどうしますか?」
「ええと、準備をするから待ってっていう。」
「あっ、そ、…ええと、それは娼館ではそうだったかもしれませんね…」

 成程問題は思ったより根深そうである。ミハエルはうんうんと考え込んだ後、質問を変えてみることにした。

「ならマリー、もしジキルさんが隣で急に踊りだしたらどうしますか?」
「お、驚く…けど、あの人は多分踊れないよ。」
「うん、僕もそう思いますけど…、今マリーが言ったみたいにジキルさんもビックリしちゃったんですよ。」
「僕が服を脱いだのが?」

 ミハエルに言われて、マリーはあのときのことを思い返してみた。そういえば、ジキルに肌を見せたのは初めてだったかもしれない。連れてこられてからは、そういった行為はしていない。だからジキルにベッドへと誘われたときは、そういうことだと思ったのだ。

「…僕、今の環境でジキルさんに返せるの、体くらいだから…。」
「あ、なるほど!それです、その考えを辞めてほしいんだと思います。」

 ぽん、と手を叩いてミハエルが言った。マリーは、まさかそこが駄目だとは思っていなかったようである。きょとんとした顔で見つめる。

「ジキルさんはマリーの群れのリーダーなんですよね?だから、マリーに優しくすることは群れの雄として当たり前だと考えているんだと思います。」
「あ…」
「対価というのは、間に合わせで渡すものではありません。相手が望んだものを、望んだときに差し出すということが前提です。だから、主体はこの場合、マリーではなくジキルさんですね。」
「う、うん…え?じゃあ、ジキルさんは本当にセックスしたくなかった…?」

 ぱちくり、と目を瞬かせる。マリーの常識と違うことが起きているのは知っていたが、まさか欲抜きで世話を焼かれていたとは思わなかったのだ。

「ジキルさんは、なんて仰ったんですか?」
「そういう気分なら、ヤらせろって言うって…」
「ヤら、…な、なるほど…」

 まあジキルらしい粗野な言い方ではある。
 ミハエルはなんとも言えない顔をしながら、思い悩むのであればジキルに相談してみるのも良いのでは?と言うと、まるでそんなことを考えて居なかったらしい。マリーは目を丸くして驚いた。

「すごい、ぼ、僕思いつきもしなかった…」
「多分、ジキルさんもそうしてほしい思いますよ。群れの雄として頼ってほしいとか、もし僕がジキルさんだったらそう思いますし。」
「ミハエル、」

 にこりと微笑んだミハエルの言葉に、マリーはなんとなく想像してしまった。ミハエルが群れのリーダーだったら、きっと狩りもまともに出来なくて、周りが勝手になんとかしなくてはと育っていきそうだなあと。成程、そう考えればマリーのリーダーがジキルなのは実にいいことである。

「ミハエルは、ミハエルのままでいいかな…その、向き不向きがあると思う…」
「ぼ、僕も実は言ったあとに何言ってんだろうなあって思いましたけど…気を使わせてすみません…」

 二人してそんなことを言い合うと、なんだか面白くなってしまった。つい声を上げて笑い出すものだから、医務室の前を通った者たちはその何とも華やかな空気感に、ちょっとだけドキドキしたらしい。



 そして、思い立ったが吉日ではないですか!とミハエルが背中を押してくれたおかげで、マリーはちょっとだけだが勇気が出た。二人でわちゃわちゃしながらジキルの任務終わりに話を聞こうとなったらしい。なんとも顔の愛らしい二人が雁首揃えてむさ苦しい兵舎に足を運ぶものだから、一体何事かと振り向くものも多かった。

「ジキルさんは必ず兵舎によります、任務に出るときはアジトに使う民家の鍵を、サディンにわたしてかえるのです。」
「アジトに民家?」
「ええ、変装するときとかはそこを使うんだとか。僕も行ったことあるんですけど、普通のお家でした。」
「へえ…なんか、かっこいい。」

 どうやら今日は店の地下で違法賭博を行っているバーの店主を摘発しに行っているらしい。
 珍しくシスは留守番なようで、今日の出はヨナハンとジキルなのだそう。
 二人して仲良く歩いているところを無事回収したシスが、なんとも意地悪な笑みを浮かべて絡みつく。

「嫁が来てるってサディンに言っていい?」
「だ、だめです!今日はサディンの出る幕はありません、マリーの一世一代の告白が!」
「なに、マリー告白するの!?」
「し、しないよばかっ!」

 ミハエルが勝手に盛り上がってるだけじゃんか!そんなことを言って、マリーが顔を真っ赤にしてミハエルに言い返す。シスからしてみれば、ふたりとも実に可愛らしいことこの上ないのだが、紅顔の美青年が三人も揃ったらファンサしなきゃねえ、となんとも呑気に周りの大衆に手を振り返す。
 本人たちは目立っているつもりは無いらしいが、それは思考が残念だからに他ならない。これはシスだけが知っていることなので口にはしないが。

「んで、マリーはジキルに何を聞きたいのさ。」
「うぇ、あ、え、えと…」

 聞きたいというか、なんというか。マリーは纏まらぬ考えのまま話すのが苦手だ。それは、人の時間を取っているかのような気がするからだ。だから、今回もジキルと話す前にじっくりと頭の中で思っていたことを寝るつもりでいたのに。

「さ、こんなとこにいるよりも会いに行ったほうが早いよ。子犬ちゃんだって最初からそのつもりなんでしょ?」
「あ、流石シスさん。」
「ならさしずめ僕らはお供かあー、まさかあいつに春が来るとはねえ。」
「ひぇ、ちょ、ま、」

 嘘でしょう!とマリーの顔がわかりやすく青褪める。シスに肩を抱かれ、ミハエルがマリーの腕に腕を絡めながら、いざゆかんと言わんばかりに振る舞うものだから、マリーはなんだかこれってあの時みたいじゃん!と情けなく宣った。

しかし、会いに行ったほうが早いよとか言ったシスが、現場はだめだよと制しできたので、ミハエルもマリーも現場には突撃することはなかった。

「いやフットワーク軽すぎない!?会いにいくって現場じゃないからね!?」

 一応騎士団だから、そんな危ない橋を渡るようなことさせるわけないよね!?と宣ったので、ミハエルもマリーも出鼻をくじかれた形になった。

「ええ、てっきり仕事終わりに行くのかと!」
「おい妊婦!そんなこと容認したら物理的に首と体がバイバイするわ!!主にサディンによって!」
「ミハエルは弱いの?」
「よ、弱くないと思います!多分!」
「多分とか言ってる時点で駄目なやつ!」

 なんで僕がツッコミに回るのさ!などと宣ったシスが、せめて護衛つけるならまだわかるけど、と言葉を続ける。

「サリエルがいます!」
「む、呼ばれた気がしたな。」
「ハウス!!!」

 ミハエルの背後に燃え上がった黒い炎は、またたく間に人の形へと転じた。マリーが拍手をするかのように見事な召喚に感心する一方で、もうキャパオーバーですう!!とシスが嘆いた。
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