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こっち向いて、運命。ー半神騎士と猪突猛進男子が幸せになるまでのお話ー

お利口なキノコは今日も見守る

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 その日、サジは頭を抱えていた。

「ロズウェル、いいか。わんぱくなのは実にいいことだが、限度というものがある。」

 そう言って、珍しく真剣な顔をしてまともなことを宣っていた。
 事の発端は、昨日の夜のことだった。アロンダート特製の積み木を使って大人しく遊んでいたロズウェルが、初めて魔法を使ったのだ。
 半魔の赤子が術を使うのは、ままある。それも、歩行をする前から術を行使するものは魔力量が豊富な証拠である。だいたい検査のときに適正の数値はわかるようになっており、その数値がより高いものであれば魔女への推薦状が届くのだ。まったくもってけしからん。サジはそんなの全然嬉しくないぞと、毎度のことながら思っていたので、そんな未来の選択肢が出来てしまう可能性のある適性検査なんて、一切受けていなかった。
 まさかそのツケが今日になって回ってくるとは、一体誰が思っただろうか。

「まさかサジのベットを毛羽立たせるなんて‥。」
「すごいなロズウェル。まさか見様見真似で風魔法を習得するとは。」

 アロンダートはそう言って褒めるようにロズウェルのふわふわの髪を撫でた。親のどちらかが金髪だったらしい、ロズウェルはくりくりの金の髪を可愛く頭頂部で一つに結ばれ、もにもにとした頬を染めながら、大きなアロンダートの手をゆるゆると掴む。

「ぅー!」
「ああっ!だ、だめだだめだ!蜂さんは出すな!」

 サジがロズウェルをあやすのに使っていた風魔法を使って、緑色の光を纏う蜂を作り上げる。主にサジが偵察用に使っているものと同じそれが、数匹ブゥンとロズウェルの頭の周りを飛んだかと思うと、ふよふよとサジのベッドにぶつかってパンッと弾ける。どうやら、ベッドの毛羽立ちはこうして出来上がったらしい。
 まったくもって魔力の才があるというのは素晴らしい。アロンダートはお座りをしたロズウェルを抱き上げると、愛おしそうに額に口付けた。

「やはりサジの才は正しくロズウェルに継がれているな。」
「むう…もう少し物心がついたら制御を教えねばならんな。とりあえず、アロンダート。そろそろオムツを変える頃合いだ。」
「む、そうだな。僕はまだ慣れぬから、練習させてくれ。」

 アロンダートはそう言うと、お手製のベビーベッドにロズウェルを寝かせた。サジがその下からオムツを取り出すと、それを手渡した。

「ならばサジはミルクでも作ってくる。すまんがあとは任せた。」

 そういうと、ロズウェルが動かないようにマイコを召喚した。人懐っこいキノコの魔物のことが大好きなロズウェルは、こうして世話を焼かれる時には大人しくするようにマイコが注意を引く。アロンダートが慣れぬ手付きでオムツをかえるのを眺めながら、きゃっきゃとはしゃぐロズウェルに、ちんまい手を振りながら見守る。

 キッチンでは、サジがミルクを作っていた。人肌の温度に温めたそれをアロンダートのもとまで持っていく。さっぱりとしたらしいロズウェルが、ベビーベッドの柵に掴まりながら、サジを見ようとして腰を浮かせようとした。

「はっ!?」
「おお、頑張れ頑張れ。」
「ふにゅ…っ」

 ちんまい手で柵を鷲掴みながら、ふん、っと腰を浮かせては尻餅をつく。アロンダートもサジも、おおっといった顔で二人で応援をするが、ロズウェルのやる気とは裏腹に尻が重いようだ。初めてのつかまり立ちの状況は思わしくないらしい。
 ロズウェルの赤いお目目にはたっぷりと涙の膜を張らせ、ふくふくとした顔がクシャリと歪む。
 
「ぇっ、うぇ、あーーーーーっ!!!!!」
「な、もう諦めるのかロズウェル!お前はサジに育てられているのだから、もう少し根性を見せよ!」
「うん、サジ。これは違うようだぞ。」
「違う?」
 
 アロンダートは何かに気がついたらしい。笑いを噛み殺すようにくつくつと肩を揺らすと、サジにロズウェルの目線をよく見てみろと促した。
 
「…お前は、何を、」
「ぅーっ…!」
 
 ヒャンヒャンと泣きながら、ロズウェルがサジに向かって短い腕を伸ばす。ぬいぐるみのように重そうなお尻をぺたりとベットにくっつけ、可愛らしい事この上ないロズウェルのご所望。サジはポカンとしたまま、ロズウェルの目線の先を見る。
 
「まさか。」
 
 持っていた哺乳瓶を右に持ち替えれば、ロズウェルの体も右に傾く。左に持ち替えれば、また同じだ。ようやく気がついたらしいサジの間抜けっ面に耐えきれなくなって、ついにアロンダートが声を上げて笑った。
 
「ぶっ、ク、あははははっ!!」
「お、おまっ、サジを求めていたのではなく、ミルクを求めていただとっ!!悪い赤子だなロズウェル!!」
「ふにゃああああ!!」
 
 てっきりサジに構ってもらいたくて手を伸ばしているのかと思ったらしい。顔を真っ赤に染めて悔しそうに哺乳瓶に対抗意識を燃やすサジと、神使でもある元名前持ちのサジを給餌係扱いする豪胆な息子に、アロンダートは笑いが止まらない。ようやく人心地がついたらしい。ふう、と一息つき金眼に滲んだ涙を拭うと、笑い疲れたといわんばかりにため息を吐いた。
 
「ふう、これはなかなかに愉快だったな…。ロズウェル、お前は度胸があるよ。」
「こんな瓶にサジが負けるとは…!!もう知らぬ!たんと飲んでさっさと成長して、早くサジの魅力がわかる男になれ!!」
 
 けっと吐き捨てるように言いながらも、ロズウェルを抱き上げてミルクを与えるその手は優しい。赤眼に涙を溜めたままのロズウェルが、もにりとした柔らかそうな頬をもちゅもちゅと動かして、んくんくとミルクを飲む。きゅうっとサジの袖口を掴む手が可愛らしい。もう抱っこをしなくても一人で飲めるようになったというのに、サジはなんだかんだ言いながらもロズウェルが可愛いのだ。
 
「サジはミルクを与えるのがうまいな。」
「不本意だがナナシに仕込まれたからな。ふん、サジが育ててやっているのだ。立派な雄に育てよロズウェル。」
 
 うっとりとサジを見上げて、ミルクを堪能する姿は見ていて気持ちがいい。サジはふん、と不遜そうな態度で笑う割には、ナナシの時のようにガキ扱いせずに名前で呼ぶのだ。
 
「乳母車でも作ろうか。そうしたら外に連れ出せるし、ロズウェルの感性も刺激されるんじゃないのか。」
「エルフの森は危険がいっぱいだぞアロンダート。ロズウェルをおんもに出すには、怖いをないないしないといけないな。」
「ふ、…確かにな。」
 
 ふむ、と真剣な顔つきで悩むサジに、またしてもアロンダートは腹筋を試されるハメになった。
 サジはアロンダートがいない時は、幼児言葉でロズウェルに話しかけているようだ。なので、たまに本人が気がつかないところで出てしまうのであった。今も真剣にユグを侍らせれば牽制になるか?などと言いながら、しかし戦闘になると返り血はばっちいからなあ。などと宣う。まあ、指摘してしまえば顔を真っ赤にして怒り出すのだ。言わぬがなんとかというやつだろう。
 
「まあ、露払いは僕に任せておけ、サジはロズウェルのことだけを考えればいい。」
「ふむ。聞いたかロズウェル、お前のパパが、」
「ぱ、」
 
 アロンダートの金眼がカッと見開かれ、ものすごい勢いでサジを見る。しかしサジもほぼ同時に顔を逸らすと、片手でロズウェルを抱いたまま、べちりと自分の口を押さえた。
 
「サジ。」
「なんだ、もうこんな時間だな。サジはロズウェルを沐浴させてくる。」
「サジ、誤魔化すな。今僕のことをなんて言った。」
「おいやめろ腰を抱くな。サジは育児に忙しい、アロンダートはあっちいけ。」
「おい、まて。」
 
 サジの尖った耳が赤く染まっている。アロンダートは逃げようとするサジの腹に腕を回して抱き寄せると、壁際に閉じ込めるかのようにして魔物の腕でその身を囲う。
 
「た、多腕はずるいぞアロンダート!!」
「ずるい魔女の騎乗獣だからな、僕もずるくなくては。」
 
 生やしたもう一対の腕でサジを抱きしめ、壁際に追いやった。アロンダートは実にサジの番らしくずる賢くなった。と言っても、まあサジ本人にしか適用されない小さな意地悪ではあるのだが。
 
「サジ、しっかりロズウェルを抱いていなくてはいけないね。」
「ま、まて。このシチュエーションには嫌な予感しかせぬな!?」
「だ、」
 
 顔を真っ赤にして、サジはアロンダートを正面から見ないように顔を背けた。腕の中のロズウェルは、構ってもらっていると思ったらしい。小さい手をアロンダートに向けるので、そっと触れられるように顔を下げて、鼻先に触れさせた。
 
「ワーーーー!!!」
「なんだサジ、首筋にキスをご所望か?」
「ち、ちがっ、や、やめええ!!」
 
 どうやら勘違いをしたらしいサジの様子に、アロンダートは満足そうに微笑んだ。そっと首筋に唇を這わすと、サジのロズウェルを抱く腕の力が少しだけ強まった。
 
「サジ、なんて呼んだんだ。僕のことを。」
「な、なんも呼んでないわ馬鹿者!」
「気が強いのは可愛らしいと思うが、あまり意固地になられると、僕の加虐心が煽られてしまうというのは、よくわかっているはずだろう。」
「んとに、お前はサジに対して不敬になったものよな!」
「サジがうまく手綱を握れていないだけだろう。」
「ひゃ、っ」
 
 がじり、と耳を喰まれる。ぞぞぞ、とした甘やかな刺激が背筋に走ると、サジの体がびくりと揺れた。褐色の美しい肌を持つアロンダートの整った顔が、サジを見下ろす。大きな掌がサジの頬に添えられると、向き合うかのように顔を向かされた。
 
「サジ、僕に隠し事か。」
「あ、アロン、ダート…ッ」
 
 鼻先がふれあい、吐息が唇を撫でる。まるで引き寄せられるかのようにサジの顔が無意識に口づけを受けるように傾いて、そっと心音を跳ねさせながら目を伏せようとした時だった。
 
「ぱ、ぱー…?」

 ロズウェルの可愛らしい声が、ポツリと溢れた。
 
「え。」
「…さ、ーぁ、い!」

 サジの腕の中で、きゃふんと笑ったロズウェルが、そんなことを宣った。これにはいい雰囲気だった二人も言葉を失い、大きく目を見開いてロズウェルを見下ろした。
 
「おま、ぱ、パパはパパなのになんでサジだけ呼び捨てか!?」
「ロズウェル、頼む、もう一度僕を呼んでくれないか!」
「ふぇ、っ…えぅ、あ、あーーーっ!」
 
 どうやら興奮しすぎたらしい。あまりにも鬼気迫る表情で詰め寄ったせいで、再びロズウェルが泣き出した。ひぐひぐと泣き始めたロズウェルをサジが慌ててあやしながら、アロンダートはきゅうっと唇をつぐんだ。
 
 パパなんて、そんなの四六時中サジがロズウェルに語りかけていたから、覚えたに決まっているじゃないか。サジは、アロンダートがそう呼ぶから認識しているのだ。だから、ロズウェルの中でサジはサジ。
 まさかの明確な答えを愛息子から教わるとは思わなんだ。アロンダートはむん、と照れ隠しらしい難しい顔をすると、ロズウェルをあやすサジの華奢な体を後ろからガバリと抱きしめた。
 
「お前のママは照れ屋だなあ。」
「だっ…!!!」
 
 誰がママかああああ!!!サジの照れ隠しは、アロンダートよりも激しかった。大きな声でそんなことをいうものだから、せっかく泣き止み始めていたロズウェルが、またふぐふぐと愚図り出す。
 それに慌てるサジと、吹き出したように笑うアロンダートの声に、呼び出されたまま一部始終を見守っていたマイコはというと、今日も二人のご主人は仲がいいなあと呆れたように思うのであった。
  
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