だいきちの拙作ごった煮短編集

だいきち

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こっち向いて、運命。ー半神騎士と猪突猛進男子が幸せになるまでのお話ー

ある夜の話

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 子供が生まれてからは、ミハエルはもう、とにかく大忙しだった。なんてったって、なれぬ育児だ。授乳もニ時間おきだし、抱っこをやめるとすぐに泣く。おむつだって今は手早く変えられるようになったが、はじめはなかなかに苦労した。そして、子育てをしてわかったこととしては、赤ちゃんはとても感情表現が豊かだということ。

「ふわぁぁあーーーーーん!!」

 部屋の中に、元気な乳児の泣き声が響いた。ミハエルはがばりと飛び起きると、それはもう素早い動きでサーシャのベッドに駆けつけた。抱き上げ、あやすようにして泣き止ませる。サディンと同じ金色のお目々に沢山の涙を溜めたサーシャが、ミハエルの胸元の生地をちんまい手のひらで握った。

「よしよし、サーシャはいいこですね。お父様はもうすぐ帰ってきますからね。」
「ふわぁ…夜泣きか…」
「サリエル、寝ていてもいいですよ。」

 ひっく、と泣くサーシャは、ミハエルに似て随分と寂しがりらしい。ミハエルがその小さな頭を撫でてやれば、柔らかな頬を胸元に押し付けて指を咥える。どうやら腹が好いたらしいと理解すると、リビングのソファに腰掛けて御所望に答えることにした。
 サディンは今、夜の巡回に行っていた。夜勤は嫌だと散々駄々をこねまくっていたのだが、夜勤担当の騎士の一人が風邪をこじらせたらしく、代打として出ていたのだ。
 家を出るぎりぎりまでサーシャに構ってくれたのが余程嬉しかったらしい、いざサディンが出かけるとなったときには、わんわんと大泣きしたのである。

「血反吐吐きそうな顔ででかけていったな。」
「余程答えたのでしょうね…あの顔は…」

 今思い出してもちょっと面白い。サーシャがミハエルの腕の中で精一杯お手々を伸ばして、まだ何も話せぬというのにミャアミャアと悲しげに泣くのだ。サディンは唇を噛み締めすぎて血が滲むほど、それはもう恐ろしい形相でこらえたかと思うと、後退りをしながら家を出ていった。
 んくんくとミハエルから母乳を与えられると、漸く人心地ついたらしい。上手にけぷりと空気を吐き出したら、後はまた次の御所望まで眠るまでだ。

「赤子とは実に本能的に生きるものよな。俺もそうだったのかしら。」
「サリエルはずっと駄々を捏ねていましたよ?」
「違うぞ、あれは退行に引きずられただけであって俺のせいではない。」

どうやら自分のことは棚に上げることにしたようである。ミハエルがはいはい、と適当に相槌を打つと、そっと広いベッドにサーシャを寝かせた。

「そろそろサディンも帰ってくると思うんです。なんとなく、ですけど。」
「なるほど繋がりか。そういうのもわかるのだなあ。」

 サーシャの隣に横になると、そのぽこりとしたお腹を優しく撫でる。ふくふくとした柔らかそうな頬が愛らしい娘を見つめるミハエルの眼差しは酷く優しい。
 産後、床上げをしてからサディンに血を頂いた。互いの寿命を重ねるその呪いは、血を媒介にするらしい。神聖なもののように感じていたのはサディンだけだったようで、ミハエルがその方法を聞いたときに真っ先に行った言葉は、それって輸血できないじゃないですか!だった。
 
 サディンも詳しくは存じ上げないが、ナナシが言うには、龍の血の呪いは強く、与えると命を等しくさせるが、互いに心を求めない者同士がその血や相手の血を身に宿すと侵食が始まるらしい。呪いは呪いとして、正しく発動されるのだ。一か八か、そんな心の拠り所の在処を晒されるかのようなその儀式を、互いに見えぬ信頼の元、臆せずに行った。

「あ、」

 かたん、と音がした。どうやらサディンが帰ってきたらしい。ミハエルが身を起こそうとすると、ふにゅ…と寝かしつけたサーシャが小さく声を漏らした。ちろりとサリエルを見ると、仕方ないといった顔で獅子の姿に変化する。

「俺に子育てさせるのはお前くらいですね。」
「すぐ戻りますから、頼みますよ。」

 ハイハイ。サリエルがそう言わんばかりに尾を揺らすと、サーシャを囲うように身を横たえて丸くなる。
 サーシャはこうしてサリエルの暖かな体温を枕にするとよく眠るのだ。獅子のサリエルの顔よりも小さな体に、前足と口で起用に寝具を引き寄せてやる。
黒き異形の獅子に其処まで施され、侍らす娘は、実に肝っ玉が座った子になりそうだなあとそんなことを思って、小さく笑う。よしよしとサリエルの頭をひと無ですると、なるべく音を立てないように立ち上がる。
 そっと寝室からリビングを抜けて廊下に顔を出すと、物音たてずに帰宅したサディンがブーツを脱ぎかけの中途半端な体制のまま固まった。

「おかえりなさい、サディン。遅くまでご苦労様でした。」
「ただいま。起きてたのか、寝てても良かったんだぞ。」
「丁度授乳がありましたから。」
「サーシャは?」
「サリエルが見ています。」

 靴を脱いだサディンが家に上がると、そっとその腰を引き寄せる。寝間着のミハエルは、コットンの柔らかなパジャマに身を包んでいた。夜の匂いを纏わせたサディンが愛おしむかのように抱き寄せると、そっとこめかみに口付けた。

「草臥れた…、はあ、落ち着く。」
「ゎ、っ…サディン、シャワーでも浴びてきたらどうですか?」
「ああ、そうする。」

 とはいいつつも、ひょいとミハエルを抱き上げたサディンが、すたすたと浴室に向かう。

「サディン、僕ご飯温めてきますから。」
「む、」

 どうやら奇行だったらしい。まさか自分でもそんなことをするくらいに疲れていたとはと渋い顔をすると、名残惜しげにミハエルをおろした。

「ぱぱしっかりしてくださいな。」
「すぐ戻るから、着替えだけ頼んだ。」
「ん、」

 ちゅ、と吸い付くようにミハエルに口付けると、サディンは服を脱ぎ始めた。砂まみれで帰ってくることもあるのだ。だから、サーシャに触れるにはしっかりと汚れを落としてから。己にそう課しているのであった。
 ミハエルは、こうしてサディンが産まれたばかりの娘に愛情を注いでくれるのが幸せだなあと思うのだ。まあ、注ぎ方はたまに妙ではあるのだが。

 ひっく、という可愛らしい声が聞こえて、次いでサリエルの情けない声が聞こえた。どうやらもうミハエルがいないことがばれたらしい。ぱたぱたと寝室に向かうと、頬をしっとりと濡らしてひんひんと愚図る。

「お手上げだ。サーシャは実に敏感な娘だなあ。」
「ありがとうございました、サリエルは寝てていいですからね。」
「ふん、まあ何かあれば手伝ってやらんこともない。」
「おや、それはありがとうございます。」

 くすくすと笑いながら、サーシャを抱き上げる。ミハエルがスープを温めるつもりでリビングに戻ると、浴室からサディンが顔を出していた。

「サーシャ泣いたのか?」
「貴方は早くシャワーを済ませてくださいね。」

 そう言うと、むん、と唇を引き結んですごすごと戻っていく。構いはしないのだが、やはりナナシの言う通り、子ができると少しアホになるのかもしれない。ミハエルはそんなことを思い、いや、そんなことを考えるのは辞めようと首を振る。
 そんなことを思いながらスープを温め直していれば、どうやら本当にミハエルの言うとおりに手早くシャワーを終えたらしい。雑に体を拭いたのだろう、腰に布を巻き付けただけの半裸の姿でサディンがリビングに入ってきた。

「サーシャ、」
「その前に体と髪を乾かしてきてくださいな。」
「うん。」

 やはり少しだけアホにはなっているかもしれない。サディンはこらえるような顔ですごすごと寝室に消えていったので、ミハエルはやれやれといった顔で、スープを器に注いだ。
 ミハエルの前に抱っこ紐で抱かれたサーシャが、背後にちんまい手をのばす。その手にこたえるように、今度こそ身支度を済ませたサディンが後ろからミハエルを抱きしめると、そっと項に口づけた。

「おなかすきましたか?」
「うん、…ああ、やっとかえってこれた…。」
「サーシャも、今日は貴方が遅いから、ずっと不機嫌だったんですよ。ね?」

 可愛い。サディンは心底落ち着くと言わんばかりにそっとミハエルの後頭部に口付けを贈ると、嬉しそうにゆらりと尾を揺らす。本性が出ている。

「なあ、食わせて。匙もつのもだるい。」
「本音は?」
「甘やかしてくれ。」
「最初から素直にそういえばいいのに。」

 ミハエルがおかしそうに笑うと、サディンも笑う。まだここは本当のお家なんかではなく、ただの仮住まいではあるけれど、それでもただいまと言って、お帰りをかえされる。そんな関係になれたのは、サーシャのおかげだ。

「明日一日休みもぎ取ってきたんだ。どこか行きたいとかあるなら、」
「いいえ、お家でゆっくりしましょう。サーシャも今日の埋め合わせをしてほしそうですし。」

 そういって、サディンの目の前でサーシャを抱き上げた。くりくりのおめめがサディンをまっすぐに見つめる、目元はサディンに似て、少しだけ眠たそうな顔つきの愛娘が、もちゅ、と唇を動かした。

「ならあしたは、お姫様のご機嫌取りか。」
「おや、サーシャだけですか?」
「忘れるわけ無いだろ。」

 サディンの言葉に、ミハエルはきょとりと見上げる。サーシャと同じ愛らしい顔立ちでそんなことをするのだ。サディンはつい、ウッと声をつまらすと、絞り出すような声色で可愛いなどと言うものだから、つい笑ってしまったのだった。

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