だいきちの拙作ごった煮短編集

だいきち

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こっち向いて、運命。ー半神騎士と猪突猛進男子が幸せになるまでのお話ー

命暖か、母強し

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 エルマー達が到着した頃には、もう生まれたらしい。ナナシに急かされるように手を引かれながら、ミハエルとサディン、そして孫が待つ病室へと向かう。途中、騎士団の面々がロンに寄って追い返されているのを見て、まあ産後すぐに大勢で押しかければそうなるよなあ。などと思う。まあ、自分達も今から顔を見に行くので、人のことは言えないが。

「ロン、」
「はっ!!!!エルマーさぁん!!!!」
「どわっ!」

 ナナシとエルマーの二人を見た瞬間、一体どんな飛距離だと言わんばかりに飛びついてきた勢いに負けて、エルマーがべしょりと崩れる。ナナシは、あらあらと思いながらしゃがみ込むと、フワッフワのロンの頭をよしよしと撫でる。

「だめですよう、ロン、ミハエルはげんき?」
「そうだ!産まれたんだよ!元気な女の子!」
「いつつつう、…っまじでか!」
「ぎゃっ!」

 がばりと起き上がったエルマーの勢いに負けて、ロンがころりと転がる。半開きの扉からひょこりとダラスが顔を出すと、酷く疲れた顔をしながら手招きをする。

「おい、そんなところで転がっている暇があるなら孫を見てくれ。ユリアに負けないくらい可愛らしいぞ。」
「ふわあ!えるいこ!!」
「どわっ、まてまて!」

 嬉しそうにエルマーを起こしたナナシが、ぱたぱたと駆け寄る。温かみのある光が室内を照らす。そこには沢山のクッションに体を持たれかけさせたミハエルが、げっそりとした表情で産まれたばかりの娘を抱いていた。

「サディン!」
「母さん、」
「はわぁ…お顔つおいことになってますよう…!」
「ぶはは!なん、号泣じゃねえか!」

 ぐすぐすと鼻を啜り、年甲斐もなく顔面をビシャビシャにしたサディンが、ゆるゆると顔を上げる。どうやら30分程前に生まれたばかりらしい、まだ少し赤みのある小さな乳児に再び顔を向けたサディンが、ウッ、と息をつまらせて再び男泣きをする。ミハエルは、ずっとサディンがこんな感じなので、もはや諦めたと言わんばかりに疲れ切っていた。

「ミハエル、ご苦労さん。」
「ふわぁ…、赤ちゃんかぁいい…お名前決めたのう?」
「名前…」

 ミハエルが腕の中の娘を見る。言われてみれば、全く決めていなかった。いや、決めていなかったというよりは、産まれるまで性別を聞かなかったので、決められなかったという方が正しい。

「可愛い…ウッ…む、むす、むすめ…ううっ…」
「サディンが単語しかはなしてねえ…つうか、まあそんな急いで決めなくてもいいだろ。降りてくるよそういうもんは。」

 ぐしぐしと先程から積み上げたタオルをサディンの涙で消費している。まさかこんなに涙もろいなんて知らなかったとエルマーは笑うが、ナナシからしてみれば、そっくりである。サディンが産まれたときもウィルが産まれたときも、エルマーはこんな感じで泣いていた。

「ミハエル、サディンへいきでした?いっぱい困らせるしませんでした?」
「あ、でも手は握ってくれ」
「手を握る事しか出来なかった俺は、くそだ…」
「ました…けど、」

 唐突にどんよりとし始めたサディンに、エルマーはげらげらと大笑いである。ダラスがミハエルの側に行くと、横になれと促した。

「腹を切ったんだ。治癒はしたが、あまり座位の体制はするな。」
「あ、そうでした…」

 ダラスの一言に、サディンがミハエルを甲斐甲斐しく世話をする。まるで介護のように手早くクッションをならすと、ミハエルは苦笑いしながら横になる。ナナシもエルマーも、まさかそんな大事になっていたとは思わなかったらしい。心配そうな顔をして見つめられるのが擽ったい。

「や、ホント大丈夫です。お父さん上手いですし!すぐ動けるくらいなんですけど、念の為なので!」
「ミハエルは嘘つきだ。お前そうやってすぐに貧血を起こすだろう。子が産まれたのはめでたいが、休まないと俺が死ぬ。」
「あ、サリエル。」

 窶れた顔のサリエルが、ぷかりと空中で胡座をかきながら面倒くさそうな声色で宣う。サディンもこれには同意なようであった。こくりと頷くと、まだ柔らかい娘をそっと抱きながらミハエルを見つめた。

「ミハエル、娘のことを心配しているならまかせろ。」
「いや、この子のこともそうですけど、貴方も心配してますよ?」
「ミハエル、大丈夫。赤ちゃんはダラスとロンもみてくれるよう。いまはゆっくし休むして、またあした赤ちゃんに会うするといいですね。」

 ナナシの手の平が優しくミハエルの頭を撫でる。ルキーノは、ナナシと交代であとから見に来てくれるらしい。二人の子を育てている頼りになる母二人がサポートをしてくれるのだ。こんなに心強いことなんてない。

「ミハエル、本当にありがとう。…娘もお前も、…親としてともに俺も成長していけるように…ウゥっ…」
「締まんねえなあ。マ、カッコつかなくったってミハエルならサディンの言いてえことわかるだろう?」
「勿論です、だって、この子の父親ですから。」

 疲れた顔はしているが、柔らかく微笑んでサディンの抱く娘の手に触れる。サディンはその光景がとても神々しく見えて、余計に胸が詰まった。無論、いい意味である。
 
「ウッ」
「忙しい野郎になっちまって…」


 呆れた声でエルマーが言う。しっかりしろやと激を入れられたサディンが小さく頷くと、腕の中の娘をみる。
 ふわふわの赤毛は明らかにサディンの遺伝子だ。ミハエルが産んだ、サディンの子。
 その事実が、また金眼にじんわりと涙の膜を張らせるのだ。
 情けなくウッと声を詰まらせて、慌てたように天井を見上げる。娘を抱く手はこんなにも優しいのに、涙を堪えるサディンの顔が険しすぎる。ミハエルは吹き出すように笑って、ダラスとロンには腹にさわるからと怒られたのであった。






 あれから一週間が経った。ミハエルの病室には、次から次へと顔見知りが遊びに来てくれて、実に目まぐるしく時は過ぎ去った。娘の名前は、サーシャと名付けた。サディンの名前からスペルを取ったその名を、ミハエルは気に入っていた。サディンは照れくさそうにしているが、半神である父の名をあやかったのだ、きっとこの子はどんな苦難の前でも物ともせずに己を強く持てるだろう。ミハエルはそんな願いを込めて、ふくりとしたサーシャの頬をそっと撫でた。

「貴女がとても大切なのはわかりますが、お父様は沐浴も下手くそでこまったものですね。」
「大方、女の子だからどうしていいかわかんないんだよ。僕も一緒にお風呂はいるってなったら、そうかもしれないし。」

 ミハエルの病室には、シスとマリーが来ていた。サリエルは獅子の姿で丸くなっており、耳だけはこちらに向けているといった具合だ。

「サディンもさ、超煩いよ。ことあるごとに娘娘、あいつがあんな子煩悩になるなんて思わなかったよ。」
「でもさ、怖いなって思ってたけど、団長さんも若妻と愛娘に首ったけってことだよね。なんかいいなあ、愛されてて。」
「マリー、なんか今の言い方おやじっぽい。ジキルに似てきたんじゃないの?」
「ええ!うそ、それはちょっとやだ!」

 シスのツッコミに、マリーが慌てて口を抑える。その一連の話の流れが面白すぎて、ミハエルはけらけらと笑う。実は今日、帰宅の許可を貰ったのだ。実家にはユリアがいるのでどうしようかと思っていたのだが、なんとエルマーがうちに来ればいいだろうと言ってくれたのだ。いわく、俺達の孫でもあるんだし。だそうだ。ありがたいことである。

「ね、住む家決まったの?まさか二世帯住宅的な?」
「えっと、サディンが家を立てるって言ってました。」
「「赤い屋根の、可愛いお庭があるお家!」」

 シスとマリーの声が揃う。どうやら娘を思うあまり、メルヘンなお家の方が可愛いくて言いだろうと言っていたそうだ。ミハエルは初耳だったらしく、ええっ、と驚いたあと、可愛らしいお家から金眼の赤髪の美丈夫が不遜顔で出てくるところを想像した。最高に似合わない。

「いやもうだめだ、もう、ほんと面白すぎてだめ。」
「あの団長が、ドールハウスみたいな家がいい。とかこっわい顔して言うんだ!!ってジキルさんが怯えてたよ。」
「そ、れは…ご迷惑をおかけして…」

 もはや笑うしかない。ミハエルも可愛いものは大好きだが、限度がある。周りからサディンが親しみやすくなったと聞くのは嬉しいが、あらぬ方向で馬鹿になっているのを知ってしまうと頭が痛い。サリエルが、寝たふりのまま小刻みに震えている。笑っているのがバレバレだった。

「ミハエル、サーシャは?」

 もう準備は終えたのだろう。病室に顔を出したサディンが、屯しているシスとマリーをみて面倒くさいといった顔をした。

「あ、噂をすれば。」
「メルヘン馬鹿がきた。」
「なにか言ったか。」
「べっつにい!」

 まさか、己のあだ名がとんでもないことになってるとは気づかぬ。誤魔化すシスの横で、マリーとミハエルは互いに目配せをしてクスクスと笑う。

「外に馬車つけてきた。いつでも出れるぞ。」
「僕も準備は終えました。サーシャをお願いしても?」
「勿論だ。」

 ベッドに座っていたミハエルから、サディンがサーシャを受け取った。ユリアのために大量に買った服のうち、数着がミハエルのもとに帰ってきたのだ。いわく、色違いならお揃いで持てばいいのでは。というルキーノの提案によって、サーシャはパステルイエローのくまちゃんケープを召している。

「はあ…とんでもなく可愛い。」
「はいはい、行きますよ。」

 ミハエルが盲目的に大好きを振りまいていたサディンに対して、少しだけ雑になりつつあるのが面白い。シスとマリーはそんなことを思うと、これはもしかして母は強しとか、つまりそういうことなのかもしれないなあと思う。でも、二人は間違いなく幸せだ。それはもう、周りが胸焼けするくらいには。
 二人のあとに続くように、執着の神であるサリエルがのしのしと歩いていった。俺は、とんでもない奴を愛し子にしたかもしれん。などとぼやくので、またシスとマリーの中での笑いの種が一つ増えたのであった。




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