だいきちの拙作ごった煮短編集

だいきち

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こっち向いて、運命。ー半神騎士と猪突猛進男子が幸せになるまでのお話ー

ミハエルの情緒が慌ただしい一日。

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 二人の幸せな結婚式から数ヶ月が経った。ミハエルは健診結果も良好で、サディンが色々と甲斐甲斐しく世話をしてくれおかげで、やっと体重も合格点に届いた。
 ロンからは栄養指導を言い渡され、医者の不養生を地でいく様な有様に小言を言われることもしばしばあったのだが、まあなんというか、これもミハエルとその子を思ってのありがたいご指導だ。毎月気にかけてくれていたロンが、もう面倒臭いからと言ってまさかの医術局も兼任すると決まった時は腰を抜かしたが、よくよく考えてみれば、父親であるダラスだって産業支援研究局として妊娠薬の開発に従事しているのである。そんな人の体に影響を及ぼすような薬を作っておいて、医術の心得はありません、という方がおかしいのだ。
 
「ふう…、」
 
 産休に入ってから、こうして健診の度に運動がてら実家から城まで散歩することも増えた。お供にサリエルをつけるからと言って、サディンから健康のための外出を勝ち取ったミハエルであったが、もう、とにかく大変だったのだ。
 
 結婚してから、サディンはもう、わかりやすく独占欲が強くなった。そりゃあもう、周りが辟易するくらいには。
 
「お前も苦労しますねえ。ああ、それが嬉しいとか思ってるんだっけねえ。」
 
 もうすぐ城に着くというところで、ミハエルは腰が痛くなったのでベンチに腰掛けて休憩中である。横にサリエルが侍り、ミハエルの代わりに日傘を差している。
 
「嬉しいですけど…でも過保護ですよね。」
「おやあ、珍しく意見が合うじゃないか。ワハハ、まあこの光景は流石になあ。」
 
 そう言ってミハエルは城に続く一本道をじっと見上げる。一定の間隔で設置されたベンチ。これは、ミハエルが産休に入る前から少しづつ増え始めたものである。なんと、サディンが慈善活動でもするかと唐突に団員たちに提案し、設置されたこのベンチは、ジキルとカルマ曰く、せんせーのためだよ。とのこと。
 
「経費の無駄使いですと嗜められても良いように、わざわざ不要な木材をかき集めて作ってきたあたり確信犯ですね…これは…。」
 
 嬉しいけれど、気使いの方向が間違っている気がしないでもない。膨らんだお腹を撫でる。最近はトントンと腹を突くと、ぽこんと反応を返してくれるようになった。
 
「貴方のお父様は、ちょっとだけお馬鹿さんなのかもしれませんね。」
「なんだ今更気がついたのか。」
「うーん、思うところはあったのですけど。でも、可愛いですよ。」
「そんなこと思うのはお前だけだなあ。」
 
 呆れたような顔でサリエルが宣う。ミハエルは腰の具合も良くなってきたし、さてもう一踏ん張りだと、サリエルの手を借りて立ち上がった。
 そろそろ出産準備もした方がいいだろうということで、ミハエルは早めに医術局が管理する一室に入ることが決まったのだ。
 実家でもいいと言ってくれたのだが、ユリアだってまだ手がかかる。いつまでも親に頼ってはいられないと、ミハエルがその申し出を断ったのだ。
 出産は、ロンとダラスが手伝ってくれるらしい。最強タッグである。万全に万全を期すと言ってくれたので、ミハエルは初産ではあったが、そんなにガチガチになることもなさそうだった。
 
「ほうらご覧ミハエル。お前がのろまだから、旦那様が迎えにきたぞ。」
「ええ、後数メートルだったのに!」
 
 結局今日も一人で登り切ることはなかった。ミハエルは苦笑いしながら、坂道を降りてくるサディンに手を振ると、こんな短い距離だというのに何故か駆け足で飛んできた。
 
「ミハエル!」
「ふわ…っ!そんな慌てなくても…。」
「お前、腰は大丈夫か。さっきベンチに座っていただろう。無理をしていないか?体が辛いなら、気にせず俺を呼べと言っているだろう。」
「ろ、ロンさんも言っていたじゃないですか、適度な運動は必要だと。」
「頭ではわかっている。」
「なら行動に反映させなくては。」
 
 真剣な顔をして、全く何を言っているのやら。ミハエルは困ったように宣うと、サディンは流石に己の過保護は自覚しているらしい。すまん。と小さく謝った。
 ミハエルの手に、サディンの指が絡められる。一緒に歩くときは、いつもこうだ。サリエルは早々に姿を消した。バカップルは目が疲れる。そんなことを言っているので、きっと胸焼けしたのだろう。
 
「健診はもういいんだろう?俺もミハエルが出産するまでは城にいるから、病室に泊まれるように申請したんだ。」
「ええ、サディンは自室があるじゃないですか。枕変わると寝られないと言ってたのに。」
「うん。だからベットごと運んだ。」
「ええ…病室の備え付けのベットより上等じゃないですか…。」
「安心しろ。邪魔だから病室のベットは片付けた。」
「本当に、何やってるんですかもう…。」
 
 堂々とそんなことを言うサディンに、ミハエルは頭が痛そうな顔をした。病室に向かう途中に、ちょっと忘れ物をしたと言ったサディンが兵舎に立ち寄った。ミハエルは食堂で待っていろと言われて腰を下ろせば、ちょうど昼時だったらしい。ランチを持ったヨナハンが、ミハエルを見ておや、と言う顔をした。
 
「こんにちは。なんだか久しぶりですねえ。」
「ヨナハンさん、お昼ですか?」
「ええ、前を失礼しても?」
「構いません。」
 
 では、とミハエルの前に腰を下ろす。こんなにすらりとしているのに、ヨナハンは大食らいだ。半魔のものたちはみんな平気で山盛りの飯をぺろりと平らげるので、ミハエルは見ていて気持ちがいい。
 
「随分と大きくなりましたね。もうすぐですか?」
「ええ、出産は医術局の方で。しばらくサディンが騒がしくなると思いますが、よろしくお願いいたします。」
「なんの、毎日定時でしっかり帰るので、むしろ皆ホッとしていますよ。」
「あっ、なるほど…」
 
 前ほど鬼教官っぷりは鳴りを潜めたらしい。ただ休憩の度に子供のいる団員を捕まえては、育児について色々質問をしているという。エルマーさんに聞けばいいじゃないですか。とヨナハンが言ったところ、むしろうちの子育てしか知らないから、他の家庭の育児を聞いているんだと返された。サディン曰く、戦略を練るためには、まずは平均を知るところから。だそうだ。間違ってはいないが、やはり少しだけずれている。
 
「なんだかご迷惑をおかけして…、」
「なんの、構いませんよ。…ミハエル?」
 
 パスタを頬張っていたヨナハンが、不自然に言葉を詰まらせたミハエルの様子が気になって顔を上げた。
 
「どうしました?急に黙りこくって。」
「いや、なんか今…う、っ」
「え…っ」
 
 ちくんとした痛みを感じたミハエルが、二言目を発しようとして息を詰まらせる。まるで机に突っ伏すようにゆっくりと顔を伏せる様子に、ヨナハンはギョッとしてカトラリーを落とした。
 
「だ、誰か、いや違う、お、俺サディン団長呼んできますから!待ってて!!シス!!シスどこにいる!!」
「うるっさいな!?ここにいるよ何い!!!」
 
 ヨナハンの声に食堂がざわつく。窓から顔を出したシスは、何やらカルマと外で本を読んでいたらしい。小脇に本を挟んだまま、カルマと共に顔を出した。
 
「ミハエルが産気づいた!俺は団長呼びに行ってくるからそばにいて!」
「おいおいマジでえ!?」
「お…、おかま、い、なく…ぅ、っ」
「お構いなくじゃないよ!!!先生破水してんの気づかなかったの!?」
「あ、ご、ごめん、なさ…っ」
 
 ぎゃああとやかましくシスが叫ぶ。ヨナハンは血相変えて食堂を飛び出し、カルマはワタワタとしながら来ていた羽織をミハエルの肩に掛けた。シスは妙な遠慮をするミハエルの隣に腰掛けると、その背中を撫でながら力一杯叫んだ。
 
「第一騎士団!!手の空いているものは医術局に報告!指示を仰げ!そこのお前は浴場にいってタオルを持ってこい!ありったけだ!!」
「ぅあ、サ、サディ…ッ、」
 
 じくんと腹の内側で、何かが脈打つ。まだ我慢できる痛みだが、それでもミハエルは泣きそうだった。大丈夫だろうと思っていたら、全然大丈夫なんかじゃなかった。慌ただしい足音と共に、ヨナハンが数分で戻ってきた。真っ青な顔をしたサディンがうずくまっているミハエルを見て、大慌てで駆け寄った。
 
「ミハエル!!」
「サディ、…っ、ご、ごめんなさ…っ、ゆ、床汚し、っ」
「そんなもの気にするな!いくらでも汚して構わない!」
「サディンそこじゃねえから!」
「団長もめちゃくちゃ狼狽えてんのだけはわかるねえ。」
 
 サディンの整った顔が無表情になっている。ミハエルのことを心配しすぎて、情緒が大荒れなようで、表情を作る暇がないらしい。サディンは抱え上げようとして、腹に負担がかかるかもしれないと思い直す。とりあえず横にさせようと言うことになり、ミハエルは座っていた長椅子に寝かせられた。
 
「お、そらく…じきに和らぎます…っ、そうしたら、次の、陣痛が来るまでに十分はありますから…っ、い、移動…しま、す…う、っ」
「い、移動だな!?わかった!!」
「いや全然わかってないな!?なんであんた急に脱いでんだ!」
「こんなチャラ付いた格好してミハエルを運べるか!ボタンが当たってミハエルの陣痛が酷くなったらどうする!?」
「馬鹿だ!馬鹿がここにいる!!」

 放り投げたサディンの団服のジャケットは、ヨナハンが顔面で受け止めた。血迷ったサディンの行動にツッコませてしまったシスには申し訳なくて、ミハエルは余計に頭も痛くなってしまった。漸く楽になってよろよろと起き上がろうとしたのだが、無言でサディンに寝かしつけられると、なぜだか腕を回してやる気を見せているヨナハンとサディンに疑問符を浮かべる。

「え、な、なん、」
「運ぶ。」
「はこぶ!?」

 カルマがサディンの言葉に素っ頓狂な声を上げる。丁度食堂の入口には担架と医術局員とロンが到着したところであった。いやすぐそこだから、歩けますよと言おうとしたミハエルの口から、か細い悲鳴が上がった。まさかの長椅子ごとサディンとヨナハンがミハエルを持ち上げたのだ。

「うわああ!!」
「だああもう!子犬ちゃん入口までは諦めて、もうダメだこいつ!」
「センセーとりあえずうごかないで!?うわロンめっちゃ顔怖いじゃんキレてるよあれええ!!」
「お前ら道開けろ!おらどけ!」
「誰が通ると思ってる!!端によれ!!」
「すみませんすみません!うぁ、いっつつ、」

 ヨナハンもサディンもクソ真面目な顔だし、赤面しているのはミハエルだけであった。こんなの忘れるほうが無理である。顔を真っ赤にして手で抑えながら謝り倒すミハエルを、カルマもシスも本気で可哀想になあと思った。
 
   
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