だいきちの拙作ごった煮短編集

だいきち

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名無しの龍は愛されたい

現パロとんでも学園篇

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学パロ Twitter限定で公開していたものです。

ご都合主義という万物に影響を及ぼす不可視の力によって無理くり転生を果たした名無しのメンバーのわちゃわちゃですのでご注意ください!
……‥‥………………………………………………………………

 




「はっ!?」

 ガタン!机は大きな音を立てて軋む。長身で赤毛の青年は、口端についた唾液を学ランの袖で拭うと、寝ぼけ眼であたりを見回した。
 皆、一様に下を向きながらカリカリとペンを走らせていた。そうか、今日はテスト中だ。その整った顔をくしゃりと歪めると、まっさらな解答用紙を見る。
 お前あと一年留年したら退学だぞ。そう担任には言われていたが、エルマーには関係のないことである。

 だって、人生何周目だかわからない。そのせいか周りからの視線も、同学年ではあるが年上という気まずい状況のなか、まるでサル山の親分かのような扱いを受ける。年長者だから指示を仰ぐのはいい。だけどそればっかりは煩わしい。そんなキラキラした目で見つめられても、エルマーは何も責任なんか取れないのだ。
 
 終わりの時間が来て、相変わらず名前すら書かぬ解答用紙を前の生徒に渡す。また寝てたのかよと笑われたが、事実なので何も言わない。回収された用紙を纏めた教師が、真っ先にエルマーの解答用紙をみるのはいつもの流れだ。

「エルマー。余に白紙の解答用紙を提出するなどあまりにも不敬が過ぎる。弁えろ。」
「この現代に余とか言っちまってるお前が弁えろグレイシス。」

 現代文のグレイシス先生は、苛烈な性格で皆の者から恐れられていると言うのに、エルマーときたらこれである。だらしなく足を組んで座りながら、そんなことを言うクラスメイトに皆は羨望の眼差しだ。

「お前が生意気なのは今に始まったことではないな。まあいい、後で余の執務室にこい。」
「学園長室なあ!」

 ここは学校だし城じゃねえ。そう言ったはいいが、ある意味グレイシスの城であるのは誤りではない。学園長も兼任するというまさかのフットワークの軽さである。異常だ、大人しくその席に収まっていろとも思うが。
 あとから聞いたが、エルマーがいるクラスだけテスト監督が学園長なのだと教えてもらい、おげぇと思わず声を出すくらいには辟易した。

「える、またグレイシスにいじわるしたのう?」
「してねえ、価値観の違いについて語ってたんだあ。」
「言うに事欠いてそれか…」

 呆れた顔をしてレイガンが続く。だって俺悪くねえもんというふてぶてしい顔で足を組む。その組んだ足の上に引き寄せたナナシを座らせれば、見慣れたいつもの光景の出来上がりである。
 
「テスト、レイガンできたのう?ナナシはうーんってなっちゃた…」
「ああ、難しい言い回しについてわかりやすく言い直すってのは多少手こずったが。」
「う?それなに?ナナシのとちがうよう…」

 あれえ?と首を傾げるナナシに、レイガンも首を傾げる。エルマーのお膝でちょこんと座ったまま、腹に腕を回されたナナシは、たどたどしく言う。

「ぐれいしすのりっぱなこと、かけるだけかくやつ、ちがう?」
「おいアイツ職権乱用してるぞ。敬われなさすぎて遂に一番やってはいけない方法でモチベーションを上げに来た。」
「やめろ、そんなことになった原因には少なからずお前も関わっているのだからな。」

 あんまし、でてこなかた。そうのんびり言うナナシも推して知るべきなのだが、グレイシスは今生も怖がられているせいか、そして配偶者兼秘書のような役割を持つジルバも性格があれなせいか、こうやってナナシからモチベーションを上げてもらえるような事を言われるのを待っているふしがある。
 ナナシよりおっきい。いいなあ、そんな一言から、グレイシスはナナシからの尊敬の眼差しを欲してしまうことになったとは、本人含めてついぞ知らないままであるが。

「次は保健体育だな。今更何を学べというのやら。」
「こないだサジが実地だとか言ってゴム配ったのは隠蔽できたのか。」
「ああ、そこはジルバが隠蔽を測った。教育委員会にはあいつの息のかかったものがいるからな。」

 とんでもない学校である。エルマーは呆れたような顔をしたが、お陰様で実地でナナシと楽しませていただいたので特段文句はない。
 そんなことを言っているうちに、教壇の横の窓が開く。ぬるんと体を滑り込ませて入ってきた保健体育を担当するサジが、絶句する生徒たちを見て満足そうに頷いた。

「良し、全員揃っているな。」
「お前、どっからでてきたんだあ!」
「エルマー、常識を問うほうが愚かだ。」

 サジは白衣を着たまま、舞い降りるかのように軽やかに教室に入ると、不遜な笑顔を見せつけるようにくるりと前を向く。裾広がりの白衣が優雅に広がった。

「シャツ着ろっつってんだろお!!」
「いやだ!!なんでサジがあんなせせこましいボタンなぞちまちま通さにゃならんのだ!」
「お前一応教師なんだからしっかりしてくれや!」
「留年してるお前にだけは言われたくないわ!!」

 わかる。レイガンもナナシも無言で頷いた。サジは保健体育と生物を担当する教師だ。いわく、繁殖を語るには生物も保健体育もセットでなくてはいけないとか言って。その無駄な努力を全部発言で駄目にするのもサジの持ち味だ。
 しかしやけに面倒みもいいせいか、生徒からは人気なようである。

「さてお前ら、交合という言葉を知っているな。生命の誕生には欠かせぬ単語である。かくいうサジも昨日の晩」
「うるせえうるせえ!早速話が逸れてんだクソビッチ!」
「む、エルマー!今は俺のがお前よりも偉いのだ!!口を慎むがいい肉蛇口め!」
「肉蛇口!?」

 とんでもない発言をすればすべてジルバが帳消しにしてくれるのだと思っているのだろうか。エルマーはナナシの耳を塞いだまま絶句をしていたのだが、レイガンだけは声を殺して笑っていた。
 エルマーを肉蛇口扱い出来るのはサジしかいない。まあエルマーも中指立てて肉便器と言い返したことはあるが。ちなみにその後はアロンダートに静かに怒られて少しだけ怖い思いをした。

「サジの独壇場だ!!貴様らテスト範囲の復習はしてきたのだろうな!?エルマー、お前保健体育のみ得点がいいのだけはやめろよ。そういうのサジはよくないとおもうな、うん。」
「なんでだよ、繁殖なら俺の得意分野だろうがあ。」
「私語を謹め、ナナシを下ろせ。お前にはやる気を出すための特別なテストを用意しているからな!」

 面倒くさいと言わんばかりの顔を歪めるエルマーをみて、サジが特別にエルマーに渡したテストは、植物の繁殖に使われる器官を答えよというものであった。

「んなもん雄しべと雌しべがドッキングすんやつ一択だろうが!」
「ぶわははは!!正式名称を答えよと言っているのだばかめ!!」
「先生テストに集中できないので少し黙ってください。」

 レイガンが蟀谷に青筋を浮かばせながら言う。ナナシはというと、どんぐり!と嬉しそうに呟いたかと思えば、へたくそなペンの持ち方で一生懸命紙に向かってミミズを走らせる。

「んだあ!!知るかァ!!てめぇ一体誰に教養求めてやがる!!俺を誰だと思ってんだバカ野郎!!」
「エルマー、自分で自分を貶める発言はだめだと思うぞ。」
「やめろ真面目に窘めんじゃねえ!!」
「おいエルマー。貴様は何時になったら真面目に勉学に励むのだ。余が統べる学園ぞ、偏差値を落とすなど許さぬ。」
「てめぇ出番終わったんなら執務室すっこんでろォ!!」

 いつまで居るんだとキレ気味にエルマーが背後のグレイシスを振り向く。丁度エルマーの真後ろに座っていたユミルは、慌てて机に伏せるとむすくれたまま吠える。

「ちょっとテスト中にふりむかないでよ!カンニングするつもり!?」
「お前に言ってねえわ!つかお前だって馬鹿だろうが!」
「はあぁ!?そんなの誰が決めたんだよ!!何時何分何秒地球が何周回ったときですかぁ!?」
「やめろユミル、お前それ馬鹿ですって自己紹介してるみたいだぞ。」

 まるで互いにメンチをきるようにキレ散らかす二人の間に慌ててレイガンが止めに入る。ナナシはというと、どうやら早々にテストを解き終えたらしい。鼻歌を歌いながらテストの空欄にギンイロやらマイコの落書きをしている。まったく、なんで毎回こうなのだと渋い顔をしながらユミルを抱き寄せて引き剥がすと、見事に蹴り上げた足がエルマーの顎に当たった。

「ぉぶっ!」
「おいレイガン!テスト中に席をたつのは許さんぞ!」
「おま、この状況でなんで俺が叱責を受ける必要がある!!」

 蟀谷に青筋を走らせながらレイガンが吠える。苦労性というレッテルを貼られている理性的なレイガンまでもが参戦したのだ。やはり毎度のことながら、このクラスの問題児達はまともに授業を受けることはしない。
 しかしながら、さながら軍隊のように教育をされたクラスメイトたちのスルースキルは実に見事なもので、受け入れ難い状況でも冷静に目の前の仕事に対して取り組めるかという部分は、他の追随を許さぬほどの集中力を養う。

 これもエルマー率いる問題児+問題のある教師達の手腕によるものではあるが、まさか学校でそういった面を養うことの出来る機会など早々にない。この状況に巻き込まれないことに専念をするという生徒達の自主性の為せる技ではあるのだが、まさかグレイシスもそんな面まで伸ばせるとは思っていないだろう。

「かけたあ!」
「うわびっくりした。」

 片腕でユミルを抱き上げ、空いている手でエルマーの顔面を鷲掴かんで止めに入っていたレイガンは、キラキラした目で解答用紙を掲げ上げたナナシに思わずぎょっとした。

「サジ、サジできた!えらい?」
「おらお前らナナシがイチ抜けである!早く終わったやつからもってこい!」
「ならさっきのシステムわぁ!?」
「おい、先生によってテスト回収の方法なんて三者三様だ。柔軟性を持つがいい!」
「い、一番頑固なてめえだけには言われたくねえやつ…」

 結局エルマーは雄しべと雌しべと微生物の名前を少ししか書けなかったし、今回もナナシはナナシでどんぐりの種類をかけるだけ書きなさいという特別配慮問題だったようだ。まあ、字が汚すぎて読めたものではなかったが。

 そして、テストがおわって昼休みである。

「そもそも生きていく上で先入観ねえほうが視野が広がると思うんだけどお。」
「テスト勉強してなかったくせに自己肯定感だけはトップクラスだなお前は。」
「とっぷくらす!」
「頭がやばくいいって事だナナシ。」
「違うぞ。」

 そうやって間違えた言葉ばかり教えるからナナシが偏った考えになるんだろうがと嗜める。そんなこと言ったってエルマーを含めて周りがナナシを甘やかすのだ。今回の件も見てみろ。特別配慮問題とか既にやばい。なによりレイガンはそんなことを言う割には、ナナシが開けられなかったペットボトルの蓋を開けてやっている。

「大体エルマーってさ、なにしに学校きてるわけ?こんな毎日勉強ばっかさせられて、逆になんで頭に入ってないわけ?」
「ナナシの尻追うのに忙しくて文字追う暇がねえ。」
「お前それは休みのときでもそうだろう。」
「そうじゃん。俺クソ忙しいじゃねえか。てことはナナシになんとかしてもらわねえとじゃん。」

 んくんくとレイガンにあけてもらったジュースを飲んでいたナナシが、困ったような顔でエルマーを見る。完全なる責任転嫁以外の何物でもないのだが、この男はそういうところがある。

「ナナシがえるにおべんきょおしえるすればいいのう?」
「ご褒美くれンなら勉強がんばるかもなあ。」
「ごほうび?」

 周りの生徒がいるにも関わらず、相変わらずなエルマーはナナシを抱き上げて横向きに座らせ、膝に抱え込む。昼食に頬張っていたたまごサンドをナナシの口元に押し付けるように汚すと、赤い舌がぺしょりと口端を拭って、おいひいと喜ぶ。

「そうさなあ、ナナシが制服のままハメさせてくれんなら、現文は努力してもいいな。」
「はめる?」
「いつも夜にシてんだろう。ナナシが俺の上でてめえらなに見てんだ拝観料とるぞコラァ!!」
「流れるように威嚇するじゃん怖。」

 ナナシにたまごサンドを食べさせながら、不埒な思惑を恥ずかしげもなく宣っていたエルマーは、周りが思春期だということをすっかり失念していたようだ。聞き耳を立てている気配を敏感に察知したらしい。まるで吠えるように怒鳴りつければ、ユミルもレイガンも呆れたような顔で見つめる。

「える、こわいするのやだですよ、おともらちへるするよう?」
「お前は?」
「う?」
「お前は俺のこと嫌いになるか?」

 エルマーの金色が問いかける。ちんまりとお膝に乗っていたナナシは、はわ…と慌てた。どうやら自分の言葉にエルマーが傷ついたかと思ったらしい。ユミルもレイガンも、エルマーがわざとそんなことを言っているのを十分に理解しているので、またそんなことを言って…という具合だ。

「えるすき、ナナシはえるのみかたですよう!」
「ん。」

 その男らしい胸板に手を添えて、見上げるようにしてエルマーの唇をぺしょりと舐める。エルマーが満足そうにその細い腰を撫でながら好きにさせていれば、もう昼休みは終わりに差し掛かる時刻だった。

「おい、そろそろ移動だぞ。早くしないとアロンダートが先にくる。」
「ああ、着替えんの面倒くせえなあ。」
「よくいうよ、上だけ変えればいいくせに。」

 体育を担当するアロンダートは、やはり由緒ある家庭に育っているせいか時間には厳しい。なにより、叱責は滅多にすることはないのだが、サジが絡むと沸点が低くなる。レイガンは以前町中でナンパをされているサジに出くわしたことがあるらしいが、関わりたくなさすぎてスルーをしようとしたら、レイガンの進行方向にナンパをしていた男が飛んできたことがあった。ぎょっとして飛んできた方向を見ると、アロンダートが実に清々しい顔をしてサジを抱き寄せていたという。

「アロンダート先生の恋人に肉便器っていえるエルマーって、よく許してもらえてるよね?」
「まあ長い付き合いだしなあ。」
「授業で絞られているよな。」
「まあ長い付き合いだしなあ。」
「おい現実逃避するな。」

 エルマーは下半身は寝巻代わりにしている指定ジャージのままなので、学ランを雑に脱ぐ。そのまま着ていたTシャツを豪快に脱ぎ去ると、おおよそ高校生とは思えぬ見事な鍛えられた体が晒される。引き締まった腰に、男らしくついた背筋。そしてその背につけられた赤い線は…、と考えるのは野暮だろう。すぐに指定のカットソーだけを被り着替えを済ませれば、たまごサンドを食べ終えて満足げなナナシがちんまい手の平をエルマーに見せた。

「える、おててふくする!」
「ん。」
「ひゃっ、」

 エルマーがべろりとナナシの手を舐めあげる。お膝に乗ったままびくんと跳ねたナナシに、エルマーの着ていたTシャツをガバリと被せた。

「なにやってんだエルマー。」
「ナナシ着替えさすんだよ。」
「はわ…なんでなめるのう…」
「うまそうだったから?」

 ぷは!とTシャツからすぽんと顔を出したナナシが、頬を染めながらもじもじする。呆れたユミルに小さな手をごしごしと拭かれながら、エルマーによってぷちぷちとカーディガンとシャツを衣服の中で脱がされるナナシは、まるで王様のようである。ガバガバのエルマーのTシャツで隠されたまま、着ていた服を脱ぎ終えたナナシは、もそもそと動いてエルマーの服をそのまま着た。

「おっきぃ!」
「ぐああやめろ勃起するからんな可愛いことすんじゃねえ!」
「お前は静かに着替えさせられないのか!」

 ナナシのスラックスも脱がせば、ワンピースのようになった。ナナシは慣れたようにちんまい手をエルマーの肩に置くと、上手にジャージも履かせてもらう。レイガンは頭が痛そうにしているが、ナナシのせいで思春期をこじらせたものもいるのだ。エルマーの牽制は、最後に大きなジャージを被せられることで収まった。

「はあー、まったく勃起治めんのにひと苦労だぜ。」
「勃っても恥じらいなんかないだろうお前は。」
「俺の代わりにナナシが恥じらうしな。」
「最低なんですけど…」

 ドン引き、と言ってひきつり笑みを浮かべるユミルなんか意に介さず、エルマーはブカブカのジャージのファスナーをきっちりと上まで締めてやる。

「えるのにおいする」
「くせえ?」
「ううん、すき!」
「ぐおお…」
「う?」

 ナナシを抱き上げて呻くエルマーの、しっかりとご起立遊ばせた股間などもう見慣れたものである。レイガンはもはや諦めて気にしないことにする。そうしないとツッコミが追いつかないのである。

 こうして四人でぞろぞろと体育館へと移動をしたのだが、どうやら体育は球技らしい。レイガンはなんとなく嫌な予感がしたのだが、予感は予感であって予言ではないと思い直すと、ちらりとアロンダートを見た。
 背が高いアロンダートが、バレーボール用のネットの準備をしている。体育委員の生徒が喜々として手伝いに行ってるのは下心もかねているのだろうが、そいつに手をだしたらマッドサイエンティストであるサジを敵に回すことになるのだぞと思った。

「球技かあ。楽でいいやな、」
「僕苦手。当たると痛いじゃん。」
「ぼーるあそびするのう?」
「ナナシは得点係してくれや。」

 エルマーの腰にひっつき虫のナナシが、大きな手で頭を撫でられて嬉しそうにふにゃふにゃと笑う。しかしエルマーの提案は飲めぬらしい。ナナシもやりたい!とぎゅうぎゅう抱きついたままおねだりをするので、エルマーは顰めっ面をしてレイガンを見た。

「どうしよお!?」
「だめにきまってるだろ!お前ナナシにボール当てたやつ殺すだろう!?」
「骨も残さねえで殺す。」
「ナナシ、エルマーを犯罪者にしたくなかったら、僕と二人で得点係しようね?」
「えぇー!」

 よしよしと宥めるようにユミルがナナシを構う。本当はナナシも参加して遊びたい、むんっと唇を尖らせたかと思えば、エルマーの服をつまんだままとてとてとアロンダートの方に歩み寄った。

「アロンダート、えるがいじわるするよう!」
「おやナナシ。」
「いじわるじゃねえ、クラスメイトが痛え思いすんのはいやだろう?」

 そこで、しっかりと牽制も絡めてくるあたり抜かりはない。アロンダートは、むくれているナナシとエルマーの背後で、死にそうな顔をして大人しくしているクラスメイトを見れば、ニコリと微笑んでナナシの頭を撫でる。

「ならドッチボールにして、ナナシが外野をやればいいんじゃないか?」
「ああ、外野なら確かに当たる確率は少ないな。」
「まあエルマーが容赦をすればけが人も出ないんじゃない?」

 なるほどと頷いたレイガンとユミルが、エルマーを振り向く。ナナシがキラキラしたおめめでエルマーを見上げると、エルマーはくるりとクラスメイトの方を見た。
 
「………………。」

 無言の圧力である。言外に、外野になろうとナナシにボールを当てたやつは確実に殺すという顔であった。ニコニコ顔のアロンダートは、牽制をするのは構わないが、怯えさせすぎるのも良くないとたしなめると、早速数人がガチャガチャとポールを外していく。なにかあったら多分アロンダート先生が助けてくれるに違いない。そんな一縷の望みと確かな信頼は、ひとえにアロンダートの人間性を信用しているからにほかならない。

「ナナシ、がいややるのう?えるといっしょ?」
「エルマーが外野やるのはありなのか?」
「むしろそっちのがおとなしいんじゃない?」

 ナナシの提案に便乗するかのように、クラスメイトはこくこくと頷く。アロンダートは満場一致なら構わないと頷くと、力配分を考えて分けようと言うことになり、エルマーとナナシが入ったチームと、ユミルとレイガンを入れたチームを作った。いわく、理性有りチームと無しチームということだ。レイガンがいるチームはホッとした顔をしているが、エルマーが入ったチームは途端に顔付きの治安が悪くなった。

「エルマー、手加減してくれよ。」
「ボールこっちよこせぇ!クソほどぶつけてやらあ。」

 ぱんぱんと乾いた音が立つ。レイガンが弾ませたボールは随分と固そうだ。前方を固めるエルマーチームの肉の盾は、レイガンだからきっと常識の範囲内での威力だろうとホッとしていた。

「ちなみにユミルには当てるな。」

 ひゅ、と音を立てて、レイガンがボールを高く飛ばす。あれ、これバレーボールだったっけな?対面でそれぞれが散らばっていたクラスメイト達は、一様に頭に疑問符を浮かべたときだった。

「っシャオラァァァ!!!」

 レイガンの背後から、驚きの跳躍力で飛び上がったユミルの強烈な一打がボールにむけて振り下ろされる。え。と呆気にとられたのもつかの間、まるで硬度を無視したかのように撓んだボールが、チュンという不思議な音を立てて、フローリングに焼跡を残した。

「ユミルはここにいるほうがむしろ安全だからな。」
「僕が外野にいったら全員のたま取るつもりなのでよろしぐ。」

 しゅうしゅうと煙を立ててめり込んだボールが、軽い音を立てて壁から落ちる。受け入れがたい現実に絶句をしていれば、そのボールをナナシが嬉しそうに拾った。

「えるう!」
「おー、さんきゅ。」

 もうひとりの鬼の手に、そのボールが渡ってしまった。前方も怖いが、背後も怖い。こんな心臓に悪いことってないよ。その場にいた者たちは、なんでこんな理不尽が罷り通るのかと思った。振り向いた先にはニコニコ顔のアロンダート先生。ああ、そういえばこの人も人とは違う基準の中に生きていたなと思った。
 
「ナナシ、どいつの首が欲しい。」
「おくび、いらないよう?」

 殺られる。

 一塊になって仕舞えば、確実に。エルマーの物騒な発言に。ナナシが首を傾げながら言う。毎回思うが、なんでこんな恐ろしい男の横にいて無事なのだろうか。エルマーがナナシの隣で、じゃあタマはどれが欲しい。などとのたまって、ナナシからはそれもいらないようと言うほんわかしたやりとりを行なっている。いや、全然ほんわかはしていない。ともかく、エルマーがナナシにかまけて額面通りの死球を放つまでに、まだ執行猶予があるらしい。レイガンの目の前で、先に死にに行った方が外野になるからむしろ安全なのでは?と言った本末転倒な相談事を囁き合っている。そんなクラスメイトの様子を見て、ユミルは大きな欠伸をした。
 
「生徒諸君、不正は許さない。楽をしようとして奔走するのではなく、青春を楽しむために足掻きなさい。」
 
 優しげな微笑みを湛えた、生徒たちの心境など微塵も汲み取れないアロンダート先生が、そんなことを言う。ついで、やる気のみられないものたちは減点するぞと逃げ道を潰すのだ。明らかな四面楚歌。もしかしたらこの中で一番理不尽なのはアロンダート先生かもしれないと、ようやっとクラスメイトは気がついたらしい。
 
「ああ、あいつは兄がグレイシスだしな。ある意味穏やかな脳筋と言ってもいいかもしれん。」
「穏やかな脳筋…そういえばエルマーはめためたにされたことあるんだっけ。」
「あるぞ。」
 
 なにそれこわい。
 
「ナナシ、なげるするしたい!」
「いいけど、仕留められるかあ?」
「しとめるしないよう?」
 
 エルマーの言っている意味を理解していない、純粋無垢なクラスの密かなアイドルであるナナシがボールを持った瞬間、光明見出したりと勢いよくクラスメイトが募ってきた。ナナシは運動神経が皆無だ。このドッチボールでアロンダートからの指摘も受けず、エルマーからの文字通りの死球を食らわずに、何事もなく外野へと向かうための最短で安全なルートは、ナナシからの球を誰が一番先に体で受けるかであった。そうと決まればこうしてはいられまい。ナナシがボールを手に持った途端、まるで我先にといわんばかりに、黒山の人だかりと化したクラスメイトが死にそうな顔で募ってきた。
 
「ひぅ…」
 
 キュッとボールを抱きしめる。まるで亡者のような顔をして手をあげて、こちらに寄越せと言わんばかりにアピールをするクラスメイトたちに、ナナシがびくりと体を揺らした。
 しまったと思ってももう遅い。金色の美しいお目目には、じわじわと涙の幕が張られていき、小さく震える唇はむんっと噤まれた。泣くのを我慢しているような顔をしてゆっくりとエルマーに振り向くと、隣の赤毛の美丈夫はメソメソと小さなおててで目を抑えるナナシに目線を合わせるかのようにかがみながら覗き込む。
 
「んだあ、烏合なんざ怖くねえよ。泣くなってナナシ。」
「い、いっぱい、いっぱいやだなの、ひん…っ…」
「おーおー、怖かったなあ、みいんなお前のボール欲しかったんだろお。変態臭えなマジで。」

 ナナシを首に抱き付かせたエルマーが、片腕で軽々と抱き上げると、ぽてりと落ちたボールを血管の浮いた男らしい腕で鷲掴む。
 
「大丈夫だあ。怖いもんなんかなにもねえよ。お前が嫌なもん、全部俺が壊してやっからなあ。」
 
 あ、詰んだ。クラスメイトは一つ学んだという。それは、安全ルートというのは、ある種の危険と隣り合わせだと言うことを。地雷がばら撒かれた道の真ん中は、安全だ。ただし、息を潜めて、足音を立てずに、そっと歩む分には。
 
「さて、どれにしようかなあ。」
 
 生存ルートを見出した時、我先にと行動をすることの危険さを、身をもって体験することになるとは思わなかった。後にクラスメイトの一人はそう語ったという。
 それは、逃げ道のない状況で、絶望が微笑みながら、最後の審判を下そうと指を彷徨わせたときに、そう思ったそうな。
 
 
 
 
 
 
 全国にはさまざまな分野に特化した学校がある。それは、商業だったり、学業だったり、スポーツ、そして信心深さを養うものや、真心を学ぶためのもの。皆進路の決め方はそれぞれで、その後の生き方というのも、まあそれぞれだ。じゃあ、おたくの学校はどうなの?と聞かれた時、卒業生たちは口々に言ったという。
 メンタル。どんな理不尽や、我が目を疑う光景の前に晒されても、全く動じない強い精神を養うことができると。 
 頭脳派チンピラのレイガンとその恋人の苛烈なぶりっ子ユミルも怖いし、学園を牛耳るグレイシスと教育委員会を脅すジルバも怖い。すぐ服を脱いで発情するサジも狂ってて怖いし、ベクトルの違う方向で怖さを発揮する、理詰めのアロンダートも怖い。そういえばこの年は気狂いの豊作で、停学を食らった兄弟もいた。なんだかヤンデレと化した兄が、弟を愛するあまりに刺殺しようとしたらしい。今二人は、刃物を通じて愛を交わしたとか聞いている。みんな怖い、怖い学校だったのだ。
 その中でも、特に一番怖かったのは…。
 
   
「なにみてんだよ。見せもんじゃねえぞコラ。」
 
 うちの学園にはヤクザがいた。そういう伝説が残っている。口を揃えて卒業生がのたまったのだが、まさかその伝説の由来が自分達が原因だということを知らないまま、エルマーたちは今日も狭い世界に文句を言いながら、自由に生きるのだ。
 
 
 
    
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