だいきちの拙作ごった煮短編集

だいきち

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名無しの龍は愛されたい

とあるダンジョン攻略2

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「あんだあ?」
「う?」

 ごろりと寝転び、見上げた天井。そこには見慣れない文字の羅列がずらりと並んでいた。それはチカチカと星のように瞬きながら、まるでこちらに語りかけるかのようにポンポンと浮かんでは消えていく。
 そこには、ナナシの名前や、レイガン、エルマー、そしてサジやアロンダート。はてはギンイロとユミル、ニアまでもが、しっかりと記載されていた。
 どうやらこの箱の中に刻まれた文字は、ここにいる皆の記憶を映し出しているらしい。第三者目線で記された様々な言葉が、ふわりと浮かんでは消えていく。自分のことが書かれているとなると、やはり気になるのが人である。訝しげな顔で黙って見上げていたレイガンも、警戒はしているが読んでいるらしい。

「はああ、よくねむった!なんだー、随分と珍しい部屋に来てるんだなー。」
「ニア、わかるのか?」
「おー、わかるぞー!ここは心象世界だー。」
「心象世界?」

 しゅるりとレイガンの胸元から出てきたニアが、ちろちろと赤い舌を見せながら言う。どうやら神が作り出した特別な迷宮らしい。エルマーたちがいる世界を客観的に見ている者たちがいるといえばわかるだろうか、ようはエルマー達はお呼ばれをしたという事になるようだ。

「お呼ばれ、まてまて、報酬はあ!?」
「得も言われぬ幸福…」
「んだああ物じゃねえのかよおお!」
「無駄な労力を費やして、無一文…」
「わは、まあ悪いものではないぞー!」

 うなだれている二人の横で、サジが庇を作って見上げる。心象世界、それは本で読んだことがあった。長く生きていて出会えるかわからないその現象は、いつもそこにあるという。特定の条件が揃わねば交差しないというそれは、神の心の機微に左右されるという。同じ仲間にナナシや、己の主であるセフィラストスもいるので、そういった世界があるのは理解はしていたが、まさかこんなふうに邂逅するとはおもわなかった。

「ここでは、なんでもありだぞ。だから空間がこのように無だ。」
「知ってるなら話が早い、サジ、言語化できるぞー、いけいけやっちまえー!」
「ふむ、まあ読めれば良いなら紙でいいだろう。」

 ニアの言葉に頷くと、サジはその嫋やかな手を虚空に伸ばす。まるで何かをつまむようにして指先同士を重ねると、まるで一枚紙を手に取ったかのようにしてチラシほどの大きさのそれが姿を表した。

「おお、なんだそれすげえ。」
「手に取りたいと思って摘むのだ。誰にだってできるが、まあ存分に感心してくれて構わんぞ!良きに計らえってやつだ!!」
「サジはなんですぐ威張っちゃうのかなあ…」

 がははとふんぞり返って笑うサジを見ながら、ユミルも同じようにそっと指先で摘んだ。ぺろりと虚空から現れた紙を読んでみると、はっとした顔をする。
 じわじわと耳を赤く染めると、その紙をぺたりと二つ折りにした。

「なんだ、顔赤くして。」
「あ、いやあ…え?ううん、えへへ…」
「なんだあ、発情期みてえな面しやがって。」
「うるっさいべエルマー!!お前はなんで毎回余計なことばっか!!」
「いっでぇ!!!」

 エルマーの茶々にフルスイングでユミルが蹴りを繰り出した。金的事件もそうだが、ユミルはまじで足癖が悪い。レイガンはその様子をゾッとしてみたが、はらりと落ちた紙を手に取ると、それを開いた。どうやらナナシも興味があるらしい。ふんふんと好奇心に負けた様子で背伸びしてきたので、紙を傾けて二人で覗き込んだ。

「…レイガン、可愛い嫁さんをもらう。」
「これ、ゆみるのことだよう!」
「なん、なんだこの親戚のおっさんのような言葉は…」

 なんだか微笑ましく見守られていたようである。レイガンはじわりと耳を赤らめると、それに気づいたユミルが悲鳴を上げながら突っ込んできた。

「ぎゃぁあ!!やめてえ!!客観的に書かれるのすごい恥ずかしいんだからっ!!」
「おいまて、俺のこと苦労人って書いてないか!?まて、その未来が見えてたと言うならもっと早く教えてくれればいいじゃないか!」
「はわぁ、つおい…おめでとうかいてあるよう!」

 ぱたぱたと尾を揺らしたナナシが、ふくふくとした顔で微笑む。サジはというと、何だそんなこと位でと余裕ヅラであった。己が引き出した一枚を、ぺろりと見やる。どうせサジのことだ。きっと客観的に見ても美しいやら、崇高やら、きちんとものの道理を理解している神ならばそのような称賛しかないだろう。

「ふふん、わかりきってはいるが、まあいい。サジは心からの称賛はすべからく受け取る腹積もりである!どれ、アロンダート!読み上げよ!なに、恥じることなどはないさ。お前の番であるサジへの称賛など、アロンダートにとっても誉だろう!」
「ふむ、初見はアレだがオカン属性って書いてあるな。」
「なんて?」

 おもわず聞き返したサジに、エルマーが吹き出した。サジの本気の聞き返しが余程うけたらしい。勢い余ってぶっ叩いたレイガンが、なんで俺だ!!と叫んでいる。

「ふむ、僕はえらいものを食ったと書いてあるが、これもおそらくはサジの事だろう。」
「ふは、確かに胸焼けしちまいそう。」
「焼けるかぁ!!喉越し爽やかだわ!!解釈違いだっ!!」
「しかし、オカン属性は確かにな。俺もそう思う。」
「サジ、ままなのう?」
「お前みたいなボンクラ産んだ覚えなどないわァ!!」

 どうやら温かい目で見守られていたとわかったようで、サジはぶわわっと顔を染め上げた。あからさまな称賛よりも、よほど照れくさい。サジまま!といって生意気にも誂ってくるナナシを適当にあしらっていれば、追い打ちをかけられた。

「サジがめちゃくちゃ好きとも書いてあるな。ふふ、確かに愛するものを褒められるというのは気分がいい。」
「ぐわぁあ!!どこのどいつだああ!!直接言いに来いっ!!サジを辱めて、貴様は何様のつもりだぁあ!!」
「ぶはっ、照れてら。」
「おかおあちち、サジかあいい。」

 ユミルもレイガンも、こんな照れくさいのだ。天邪鬼なサジが心からの好意を差し出されたのに対して、平気でいられるわけがない。尖った耳の先まで真っ赤に染め上げた。ぷんすこしているわりにはアロンダートの手から紙をもぎり取って自分の服に突っ込んでいるあたり、後でこっそりと読み返してはニヤつくに違いない。

「ああ、アランのことも書かれているな…、うん、彼の為に泣いてくれた方もいるようだ…。ふふ、僕も誇りに思っている。ありがとう。」
「アロンダートは意外とのりがいいとも書いてあるな…。これは、ああ、馬車のときじゃないか。」
「あれは楽しかった。僕には牽引の才能もあるのだと知った貴重な経験だ。」
「おまえ、一応王族だったの覚えてんのかあ?」

 エルマーとてあの馬車の乗り心地は良かったが、最近のアロンダートはこちらが第二王子だと言うことを確認をしてしまうくらいにはわんぱくだった。

「おい、随分と余裕な面だがお前だって言われているのだぞ。ほれ、エルマーお前の分だ。」
「んだぁ、やめてくれや、俺そういうの得意じゃねえし。」
「えるの!ナナシよむねぇ!」
「やめなさい!お前はあんま読めないでしょうが!」
「やー!!えるあっちいってー!!」
「なんでだあ!」

 ナナシがエルマーの紙を握りしめると、ぱたぱたとかけていく。追いかけようとしたエルマーを羽交い締めにしたレイガンは、お前だけ逃げるなんて許さんと言わんばかりである。

「ギンイロー!ナナシとよも!」
「フワァアーーー!!ナニココ!!ウワハ!!アソボー!アソボーー!!」
「あそぶけど、ナナシとよむしてくらさい!」
「ヨメルカナァ」

 呼び出されたギンイロが、へっへっへと笑うように舌を出しながら紙を覗きに来る。エルマーはというと、二人が力を合わせても読めないとわかったのか、ようやく力を抜いて余裕の表情になる。

「ふむぅ、うんん、える、おちつけ。」
「あ?」
「オチツケ!ワハハ!」

 うんうんと頷きながら、ナナシがたどたどしく言葉を紡ぐ。ぶんぶんと尾を振るギンイロが、ずぼりとナナシの脇の下に顔を突っ込む。ナナシの拙い口調で突然の男らしい発言が、ようやく己の総評を読み上げられているのだと言うことを理解すると、エルマーはクシャッとした顔をする。

「えるの、で、…できあい?がつおい」
「ナナシトエルマー、チュッチュスルヤツ!」
「はわぁ…あちち…」
「ぐあーーーーー嫁が今日もかわいいー!!!」
「おい、お前の情緒大丈夫か。」
「黙れ聖母属性。」
「はぁああ!?オカンと聖母って共存しうるのか!?サジの常識にはないぞ!?」

 ナナシはぱちぱちと瞬きをして、騒がしい大人たちを見つめていた。いや、だって照れくさいだろう。周りから見てもエルマーはナナシのことを大切にしてくれているのだとお墨付きを頂いたということになる。ぺたぺた顔を触りながら冷ましていると、どうやらギンイロのことも書いてあるようだった。

「ふぉ、ギンイロもある!ユミルー!」
「はいはい、読めばいいの?」
「これ、むつかしいもじ、ナナシのしらないのやつ!」
「ああ、器用貧乏って書いてある。」
「キヨウビンボウ!!ナニゴ!?カッコイイヤツ!?」

 ぴょんととびはねると、だだっとレイガンの体を駆け上がって肩から顔を出す。ニアが縄張りを主張するようにぐるりと顔に巻き付いてくるのがうざったい。

「やーい!不器用!器用!貧乏ー!!」
「ナンダソレバカニシテル!!キットバカニシテル!!」
「俺の顔の周りで頭の悪い争いをするな…!!」

 ユミルは相変わらずの苦労症を地で行く旦那を可哀想なものを見る目で見つめた。ナナシはユミルの腕にぎゅうと抱きつくとそわそわしている。ナナシまでレイガンに突撃していったら、それに付随してエルマーまで来るから是非にやめていただきたいものである。

「だぁあ!!うざってぇ!!絡んでくるんじゃねえ!!」
「ふぉ!!えるくずだけどかこいい!」
「クズ!?!?」
「ナナシはクズの人妻ってことかあ。」
「ひとづま…」

 なんだかよくわからないが、エルマーが打ちひしがれていた。余程ナナシの口からの無垢なクズ発言が心に響いたらしい。アロンダートが微笑みながら、これはこれでいい薬になるのではないか?と言っているあたりが恐ろしい。

「誰だァー!俺のナナシをえっちな目で見るんじゃねェ!!」
「えるえろ!」
「ぐぁーーーーー!!」

 無邪気にとどめを刺すナナシの手から慌てて紙を引っこ抜く。飛び上がったギンイロによってその紙は回収されてしまったが、エルマーはまだ諦めていなかった。ばっと手を上げたかと思うと、むんずと鷲掴んで引きずり出したのは一際長い紙であった。

「ナナシぃ!!これ全部お前の。」
「はゎ…」

 その長い物を見せつけるようにナナシへと突き出したエルマーは、もの凄く意地悪なことを考えていると目に見えてわかる顔をすると、ナナシが手に届かないとこまで掲げ揚げた。周りからしてみたら、エルマー、お前そういうところだぞ。である。

「俺と同じ思いをすりゃあいい!」
「はゎ、わぁあやだぁー!!ナナシひとりでよむするもん!えるやだ!わぁー!!」
「ナナシが可愛い!!頭足りてねえ言葉とか!!」
「ナナシばかじゃないもん!」
「おお、綺麗だってよぉ!!わかってるねえ、盃でも交わそうや!!」
「やだあーー!はずかしい!!いじわるいくないですね!」
「お前の喋り方可愛いってよ!つーことは存在自体が可愛いってェことだなあ!」
「はわ、ぁ、ありぁと…」

 かわいい!!エルマーは酷くご機嫌な様子でそう言うと、忙しい情緒に苛まれているナナシを軽くあしらいながら、ニッコニコ顔でそれらを読み込んでいく。やはりアロンダート同様、嫁が褒められるというのは気分がいい。

「って、誰が悪い大人だコラァ!!」
「おや。的確なことを言うものがいるのだなあ!」
「ああ、そうだな。実に的を得ている。」

 サジもレイガンもうんうんと頷いている。エルマーからしてみたら、悪い大人というのはジルバのことを言うのだが、どうやら周りからしてみれば己のことを言うらしい。

「エルマーはなあ、青少年に手を出しただろう。」
「はあ!?」
「ああ、犯罪臭がするよな。」

 エルマーが否定しろと言わんばかりに振り向くと、ナナシは情けなく、ひんっ…、という顔をしながら恥ずかしかったらしい、照れながら泣くという合わせ技を晒したナナシが、エルマーの服を引っ張って無言の抗議をする。仕方なく手に持ったナナシへその紙を手渡すと、鼻の頭を真っ赤にしながら大切そうに抱きしめて泣き止んだ。

「えるいじわるですね!ふんだ!」
「ナナシからも言ってくれよ。俺ほど善良な男はいねえって。」
「えろだもん!ふんだ!!」
「えええええ」

 ぷんすことエルマーの抱きしめようとする腕から逃げ出すと、サジに突撃をする。なんでサジだ!!と喚いているが、諦めて頭を肘置きにするあたり、やはりナナシには甘いらしい。

「アレーーー?」

 ギンイロの目の前に、ぺらりと紙が落ちてきた。それにはもう少し先の未来のことが書いており、エルマーがナナシの出産のときに多いに取り乱すことやら、ナナシの羽ばたく晩御飯、そして意外とエルマーが家族思いだとかというのも書かれた紙であったのだが、ギンイロはふんふんと鼻を引くつかせてそれを検分した後、ぱくんと加えて顔を上げた。

「フニュ…」

 だれも見てないなあ。なら、食べていいだろうか。ギンイロはそんなことを思いながらしばらくたしたしと尾を揺らしていたのだが、そのうちよだれでペッタリとしてしまった。
 それは、心象世界の神が誤って落としたものだったので、じんわりと形を変えたあと、やがて魔素となって消えてしまった。
 これから先のことなど、今はまだ知らないほうがいいだろう。なんてったって、今後彼らが経験する未来は、とてつもなく面白いことが起こるのだから。

 
 
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