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名無しの龍は愛されたい
嫉妬と蜂蜜
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ツイッター短編、アロンダート✕サジ
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ユグの件以降、枯葉色の髪の毛を短くした番は、今日も細い首筋を晒している。
時が立ち、魔女と呼ばれる者たちが鳴りを潜めてからは、アロンダートの大切は穏やかになった。昔は気を張って仕方がなかった。血腥い過去ばかりではないが、少なくともサジは一度死にかけた。アロンダートが知っている限りの話ではあるが、余り過去は語らない。まあ、そんなミステリアスなところも気に入ってはいるのだが。
カチリとカップをソーサーに置く音がした。最近はアロンダートが入れた紅茶に蜂蜜を入れるのが気に入りなようで、棚にはいくつもの蜂蜜の瓶が並ぶ。
「アロンダート。」
「なんだ。」
「お前こそなんだ。先程からサジの方をずっと見つめている。」
まったく、寡黙なくせに視線は喧しい男である。そう不遜な態度で宣ってはいるが、その枯葉色の髪の隙間から見えるツンと尖った耳の先は赤い。
「サジは観賞用ではないぞ。 アロンダート。」
「知っている。僕のサジは額縁の中で大人しくし ていられるほど素直ではないからな。」
小さく笑う。そんなからかい混じりの言葉を受け止めたサジは、その整った眉をぴくんと上げる。
そうか。という同意の時や、なにか思う節がある ときによくやる癖だ。
「そういえば、エルマーの所に末の娘が産まれたらしい。全くあいつの種は時を越えても健在だとは恐れ入る。」
「ああ、会いに行きたいのか。そうならそうと素直に言えばいだろう。」
「………。」
むん、と唇が少しだけ尖る。これは図星を突かれたときだ。ラブラドライトの瞳の中に、ほのかに悔恨の色が差す。歳下のくせに生意気だぞと言うような面構えである。
「会いに来いと言われるのを待っていた?」
むくれてしまったサジの髪をそっと指で掬うと、 顔がよく見えるように耳にかけてやる。 少し尖っている耳の先から、すっきりとした白磁の頬まで、 春の花の色づきのように染めあげた顔は、己しか知らぬ。綻ぶような微笑みも、全部アロンダートのものである。
「別に。」
「ふふ、」
柔らかな唇がにゅっと出る。 先程まで大人しく茶を飲んでいたのも、きっとこの話題を出す事に緊張していたからだろう。サジから誘うのは閨ばかりで、こうして外に出たいという誘いは滅多にない。
今回もそうだ。産まれた一報をサディンから聞いて、いつエルマーたちから遊びに来いと言われるか、少しだけ心を弾ませて待っていたようだった。
本当は、エルマーからいつ来るのかという話は上がってきている。アロンダートはそれをサジに伝えていないだけであった。なんでそんな意地悪をするのか。そんなもの、答えは一つである。
「僕以外にそんな顔をさせる者がいるのはくやし いな。」
「ほん?」
「いいや、なんでもない。」
アロンダートの恋敵。それはエルマーとナナシの子供たちである。
サディンが生まれたときも、ウィルが生まれたときも、サジはアロンダートの知らない顔で微笑んだ。それをずるいと思ってしまったことは、口が裂けても言えないだろう。
というか、大の大人が幼児と己を比べるだなん て、と己自身で頭を抱えたりもした。アロンダートは、サジのせいで己の器が小さくなった気さえする。
くるりとティースプーンに乗せた蜂蜜を紅茶に入れる。頬杖をついて、気だるげな雰囲気でゆるゆると回し溶かす様子を黙って見ていると、長い睫を蝶の羽根のようにゆったりと瞬かせ、瞳の中にアロンダートを閉じ込める。
「サジのアロンダートは、もっと懐の深い男だと思っていたが。どうやら甘やかしし過ぎたか?」
まるで見透かすようなことを言う。飲みかけた紅茶で少しだけ舌先が火傷した。
「….サジ、」
「せっかく譲歩してやったのにこれである。全く、サジの男は可愛い坊やのままだなあ。」
「............やめてくれ。」
今度はアロンダートがじんわりと頬を赤らめる。 やはりサジはずるい。一体いつから薄らと感づいていたのだろう。
居たたまれなくて目を逸らすと、勝ちを悟ったサジが実に魔女らしく笑った。
「アロンダートよ、今ならまだ許してやる。言え、お前は腹に何を隠している?」
「言わぬ、」
だって言ったら負けを認める事になる。アロンダートは口を真一文字に引き結ぶと、サジの正面から顔を反らす。
視界が少しだけ陰り、サジの手がそっと己の頬に触れた。まるで言うことを聞かない犬と目線を合わせるように顔を向かされると、酷くご機嫌なサジにがぶりと鼻先を齧られた。
「サジの男は、実に愛らしい。」
ああ、敵わない。いくつも歳を重ねたというのに、アロンダートはサジに未だ翻弄され続けている。
嫉妬をしていることを察していても、それを口にしないのは優しさというやつだろうか。いや、きっとそれは違うだろう。
「僕は今どんな顔をしている。」
「そんなもの、サジだけが知っておればよいわ。」
くふんと笑う。困った、アロンダートはこの胸にじんわりと染み入る甘さを、なんと表現していいかわからない。べろりと舐め上げられた唇には、 サジの好きな蜂蜜の味だけが鮮明に残っていた。
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ユグの件以降、枯葉色の髪の毛を短くした番は、今日も細い首筋を晒している。
時が立ち、魔女と呼ばれる者たちが鳴りを潜めてからは、アロンダートの大切は穏やかになった。昔は気を張って仕方がなかった。血腥い過去ばかりではないが、少なくともサジは一度死にかけた。アロンダートが知っている限りの話ではあるが、余り過去は語らない。まあ、そんなミステリアスなところも気に入ってはいるのだが。
カチリとカップをソーサーに置く音がした。最近はアロンダートが入れた紅茶に蜂蜜を入れるのが気に入りなようで、棚にはいくつもの蜂蜜の瓶が並ぶ。
「アロンダート。」
「なんだ。」
「お前こそなんだ。先程からサジの方をずっと見つめている。」
まったく、寡黙なくせに視線は喧しい男である。そう不遜な態度で宣ってはいるが、その枯葉色の髪の隙間から見えるツンと尖った耳の先は赤い。
「サジは観賞用ではないぞ。 アロンダート。」
「知っている。僕のサジは額縁の中で大人しくし ていられるほど素直ではないからな。」
小さく笑う。そんなからかい混じりの言葉を受け止めたサジは、その整った眉をぴくんと上げる。
そうか。という同意の時や、なにか思う節がある ときによくやる癖だ。
「そういえば、エルマーの所に末の娘が産まれたらしい。全くあいつの種は時を越えても健在だとは恐れ入る。」
「ああ、会いに行きたいのか。そうならそうと素直に言えばいだろう。」
「………。」
むん、と唇が少しだけ尖る。これは図星を突かれたときだ。ラブラドライトの瞳の中に、ほのかに悔恨の色が差す。歳下のくせに生意気だぞと言うような面構えである。
「会いに来いと言われるのを待っていた?」
むくれてしまったサジの髪をそっと指で掬うと、 顔がよく見えるように耳にかけてやる。 少し尖っている耳の先から、すっきりとした白磁の頬まで、 春の花の色づきのように染めあげた顔は、己しか知らぬ。綻ぶような微笑みも、全部アロンダートのものである。
「別に。」
「ふふ、」
柔らかな唇がにゅっと出る。 先程まで大人しく茶を飲んでいたのも、きっとこの話題を出す事に緊張していたからだろう。サジから誘うのは閨ばかりで、こうして外に出たいという誘いは滅多にない。
今回もそうだ。産まれた一報をサディンから聞いて、いつエルマーたちから遊びに来いと言われるか、少しだけ心を弾ませて待っていたようだった。
本当は、エルマーからいつ来るのかという話は上がってきている。アロンダートはそれをサジに伝えていないだけであった。なんでそんな意地悪をするのか。そんなもの、答えは一つである。
「僕以外にそんな顔をさせる者がいるのはくやし いな。」
「ほん?」
「いいや、なんでもない。」
アロンダートの恋敵。それはエルマーとナナシの子供たちである。
サディンが生まれたときも、ウィルが生まれたときも、サジはアロンダートの知らない顔で微笑んだ。それをずるいと思ってしまったことは、口が裂けても言えないだろう。
というか、大の大人が幼児と己を比べるだなん て、と己自身で頭を抱えたりもした。アロンダートは、サジのせいで己の器が小さくなった気さえする。
くるりとティースプーンに乗せた蜂蜜を紅茶に入れる。頬杖をついて、気だるげな雰囲気でゆるゆると回し溶かす様子を黙って見ていると、長い睫を蝶の羽根のようにゆったりと瞬かせ、瞳の中にアロンダートを閉じ込める。
「サジのアロンダートは、もっと懐の深い男だと思っていたが。どうやら甘やかしし過ぎたか?」
まるで見透かすようなことを言う。飲みかけた紅茶で少しだけ舌先が火傷した。
「….サジ、」
「せっかく譲歩してやったのにこれである。全く、サジの男は可愛い坊やのままだなあ。」
「............やめてくれ。」
今度はアロンダートがじんわりと頬を赤らめる。 やはりサジはずるい。一体いつから薄らと感づいていたのだろう。
居たたまれなくて目を逸らすと、勝ちを悟ったサジが実に魔女らしく笑った。
「アロンダートよ、今ならまだ許してやる。言え、お前は腹に何を隠している?」
「言わぬ、」
だって言ったら負けを認める事になる。アロンダートは口を真一文字に引き結ぶと、サジの正面から顔を反らす。
視界が少しだけ陰り、サジの手がそっと己の頬に触れた。まるで言うことを聞かない犬と目線を合わせるように顔を向かされると、酷くご機嫌なサジにがぶりと鼻先を齧られた。
「サジの男は、実に愛らしい。」
ああ、敵わない。いくつも歳を重ねたというのに、アロンダートはサジに未だ翻弄され続けている。
嫉妬をしていることを察していても、それを口にしないのは優しさというやつだろうか。いや、きっとそれは違うだろう。
「僕は今どんな顔をしている。」
「そんなもの、サジだけが知っておればよいわ。」
くふんと笑う。困った、アロンダートはこの胸にじんわりと染み入る甘さを、なんと表現していいかわからない。べろりと舐め上げられた唇には、 サジの好きな蜂蜜の味だけが鮮明に残っていた。
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