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名無しの龍は愛されたい
ナナシの小さな銀世界
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ツイッターに上げていたやつです
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しんしんと降り積もった雪は地べたを覆い隠し、そしてあたり一面を白銀の世界へと染め上げた。
口から出る吐息が白い。ナナシはその金色の瞳をキラキラと輝かせながら、なんて綺麗な景色なんだろうと感嘆の吐息を漏らした。
エルマーと番って、子を孕み、サディンが生まれた。出会ってから二人で過ごす初めての冬は、こんなにも暖かい。
ナナシの呼気が窓を撫でた。そっとその薄玻璃に溶け込むと、水滴となって静かに滑る。
たどった軌跡から僅かに見える外の景色は、いつもと違って見えた。ナナシはそれが嬉しくてゆらゆらと尾を揺らしては、もう一回とそれを楽しむ。
「冷えちまうだろ、何一人で遊んでんだあ。」
「える、」
室内といえども窓の近くはまだ寒い。鼻先をほんのりと赤らめたナナシは、寝起きのエルマーを見上げると、もふりと被せられた毛布を手繰り寄せながらそれにくるまる。エルマーが入れてくれたホットミルクを両手で受け取ると、ふうふうと静かに息を吹きかけて冷ます自身とは違って、己の尻尾はふんふんとご機嫌に床を滑る。
「ゆき、きれいねえ。」
「ああ、通りでさみいと思ったあ。」
ナナシの隣に腰掛けると、ず、とホットコーヒーを啜る。ナナシが飲めないそれを飲めるエルマーが、少しだけ羨ましい。黒蜥蜴は食えるくせに、なんでこれはダメなんだよとよく笑われるが、これはこれ、それはそれである。
「お前はダメな。腹の子に障る。」
「ナナシ、こっちがすき…」
「ふは、火傷すんなよ。」
エルマーの入れてくれたホットミルクはあちちである。ふうふうと息を吹きかけ、ペしょりと舐める。もむもむと味わって甘さを見つけると、ナナシはそんな些細なことでも嬉しくなってしまう。
ミルクを温めるだけでも甘さを感じるのに、エルマーが入れると魔法がかかったようにグンと美味しくなるのだ。試しに自分でも入れてみたこともあるのだけれど、やはりなんとなく違う。
「鼻の頭、」
「う?」
「赤くなってら。」
「はわ…、やだあ…」
エルマーが小さく噴き出すと、少しだけカサついた指でツンと突かれる。ナナシはなんだかそれが恥ずかしくなって、ぺたりと手で隠す。鼻先が少し冷たい。えるは赤いっていったのに、なんで冷たいのだろう。ナナシは親指と人差し指で挟むようにフニフニと鼻先を弄ると、くちんと一つくしゃみをした。
「ぶはっ…く、くくくっ…んふっ…、」
「うぅ…いじわるする、やだあ…」
「あー、ちげえよ。ふふ、皮膚が薄いとこは、赤くなんだよ。」
「ふわあ…そうなのう?」
「お前はどこもかしこも白いから、余計にわかりやすくていいやなあ。」
わしわしと頭を撫でられる。恥ずかしいことに、エルマーがナナシの頭の上に手を寄せるだけで、大きなお耳は撫でやすいようにへにゃんと下がる。
お母さん、お耳へん!サディンにそう心配されるまで気づかなくて、これは違うのだと説明をすると、子供らしいなんでの質問攻めに、ナナシは随分と気恥ずかしい思いをする羽目になった。
だって、期待しちゃうからこうなっちゃうんだもん。顔を赤くしてたじたじの様子のナナシを見て、エルマーはその端正な顔立ちにいじめっ子のような笑みを浮かべながら揶揄ってきたのだけはムッとしたが。
「ほっぺまで赤くなってるなあ、やらしいことでも思い出してたか?」
「してないもん、えるのばか!」
「冗談だっての、ほら。」
「ぬぅ…。」
大きな手で髪を乱されるように撫でられると、つい許してしまいたくなるから不思議だ。
そんなやりとりをしていると、部屋の奥からサディンが顔を出した。
「何、寒ぃ…」
「おはよ、外見てみな。サディンが喜びそうなもんあるぜ。」
「えぇ、何ぃ…」
こしこしと眠たそうに目を擦りながら、言われるがままに窓際に向かう。ナナシがそっとくるまっていた毛布を広げてやると、サディンは嬉しそうにしながら中に入ってくる。
「お母さん、鼻真っ赤。」
「サディンまでいじわるいうのう…」
「ええ、可愛いからいいと思うけど。」
「だよなあ?」
うん。エルマーの言葉に相槌をつくと、サディンはそっと手のひらを窓にぺたりとくっつけた。
ゆっくりと手を離す。己の手と同じ大きさのそれの横に、エルマーの手が追加される。サディンよりも大きなその跡が、少しだけ羨ましい。
ナナシも、エルマーを真似するようにぺたりと手を添えると、サディンの手の大きさとあまり変わらなかった。
「サディン、おっきくなったねえ。」
「そりゃあ、愛されてますから。」
「確かになあ。」
エルマーとナナシの二人の手の跡に挟まれたサディンの手型。まるでそれを窓にするかのように、銀世界が切り取られる。鼻の頭を赤くしながら、目線の高さにそろった三つがなんとなく嬉しくて、ナナシはパタパタと尾を揺らした。
「もうすぐ、四つ目?」
「うん、はやくあいたいねえ…」
ナナシの優しく腹を撫でる手つきに答えるように、ぽこんとお返事が帰ってくる。元気に生まれてきてほしい。エルマーはしゃがみ込むと、お祈りをするように腹に口付けた。
そしてサディンとナナシをひとしきりギュウギュウと抱きしめてから、外はさみいけどここはあったけえなあなどと、嬉しそうにナナシの大好きな笑顔で言ったのだ。
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しんしんと降り積もった雪は地べたを覆い隠し、そしてあたり一面を白銀の世界へと染め上げた。
口から出る吐息が白い。ナナシはその金色の瞳をキラキラと輝かせながら、なんて綺麗な景色なんだろうと感嘆の吐息を漏らした。
エルマーと番って、子を孕み、サディンが生まれた。出会ってから二人で過ごす初めての冬は、こんなにも暖かい。
ナナシの呼気が窓を撫でた。そっとその薄玻璃に溶け込むと、水滴となって静かに滑る。
たどった軌跡から僅かに見える外の景色は、いつもと違って見えた。ナナシはそれが嬉しくてゆらゆらと尾を揺らしては、もう一回とそれを楽しむ。
「冷えちまうだろ、何一人で遊んでんだあ。」
「える、」
室内といえども窓の近くはまだ寒い。鼻先をほんのりと赤らめたナナシは、寝起きのエルマーを見上げると、もふりと被せられた毛布を手繰り寄せながらそれにくるまる。エルマーが入れてくれたホットミルクを両手で受け取ると、ふうふうと静かに息を吹きかけて冷ます自身とは違って、己の尻尾はふんふんとご機嫌に床を滑る。
「ゆき、きれいねえ。」
「ああ、通りでさみいと思ったあ。」
ナナシの隣に腰掛けると、ず、とホットコーヒーを啜る。ナナシが飲めないそれを飲めるエルマーが、少しだけ羨ましい。黒蜥蜴は食えるくせに、なんでこれはダメなんだよとよく笑われるが、これはこれ、それはそれである。
「お前はダメな。腹の子に障る。」
「ナナシ、こっちがすき…」
「ふは、火傷すんなよ。」
エルマーの入れてくれたホットミルクはあちちである。ふうふうと息を吹きかけ、ペしょりと舐める。もむもむと味わって甘さを見つけると、ナナシはそんな些細なことでも嬉しくなってしまう。
ミルクを温めるだけでも甘さを感じるのに、エルマーが入れると魔法がかかったようにグンと美味しくなるのだ。試しに自分でも入れてみたこともあるのだけれど、やはりなんとなく違う。
「鼻の頭、」
「う?」
「赤くなってら。」
「はわ…、やだあ…」
エルマーが小さく噴き出すと、少しだけカサついた指でツンと突かれる。ナナシはなんだかそれが恥ずかしくなって、ぺたりと手で隠す。鼻先が少し冷たい。えるは赤いっていったのに、なんで冷たいのだろう。ナナシは親指と人差し指で挟むようにフニフニと鼻先を弄ると、くちんと一つくしゃみをした。
「ぶはっ…く、くくくっ…んふっ…、」
「うぅ…いじわるする、やだあ…」
「あー、ちげえよ。ふふ、皮膚が薄いとこは、赤くなんだよ。」
「ふわあ…そうなのう?」
「お前はどこもかしこも白いから、余計にわかりやすくていいやなあ。」
わしわしと頭を撫でられる。恥ずかしいことに、エルマーがナナシの頭の上に手を寄せるだけで、大きなお耳は撫でやすいようにへにゃんと下がる。
お母さん、お耳へん!サディンにそう心配されるまで気づかなくて、これは違うのだと説明をすると、子供らしいなんでの質問攻めに、ナナシは随分と気恥ずかしい思いをする羽目になった。
だって、期待しちゃうからこうなっちゃうんだもん。顔を赤くしてたじたじの様子のナナシを見て、エルマーはその端正な顔立ちにいじめっ子のような笑みを浮かべながら揶揄ってきたのだけはムッとしたが。
「ほっぺまで赤くなってるなあ、やらしいことでも思い出してたか?」
「してないもん、えるのばか!」
「冗談だっての、ほら。」
「ぬぅ…。」
大きな手で髪を乱されるように撫でられると、つい許してしまいたくなるから不思議だ。
そんなやりとりをしていると、部屋の奥からサディンが顔を出した。
「何、寒ぃ…」
「おはよ、外見てみな。サディンが喜びそうなもんあるぜ。」
「えぇ、何ぃ…」
こしこしと眠たそうに目を擦りながら、言われるがままに窓際に向かう。ナナシがそっとくるまっていた毛布を広げてやると、サディンは嬉しそうにしながら中に入ってくる。
「お母さん、鼻真っ赤。」
「サディンまでいじわるいうのう…」
「ええ、可愛いからいいと思うけど。」
「だよなあ?」
うん。エルマーの言葉に相槌をつくと、サディンはそっと手のひらを窓にぺたりとくっつけた。
ゆっくりと手を離す。己の手と同じ大きさのそれの横に、エルマーの手が追加される。サディンよりも大きなその跡が、少しだけ羨ましい。
ナナシも、エルマーを真似するようにぺたりと手を添えると、サディンの手の大きさとあまり変わらなかった。
「サディン、おっきくなったねえ。」
「そりゃあ、愛されてますから。」
「確かになあ。」
エルマーとナナシの二人の手の跡に挟まれたサディンの手型。まるでそれを窓にするかのように、銀世界が切り取られる。鼻の頭を赤くしながら、目線の高さにそろった三つがなんとなく嬉しくて、ナナシはパタパタと尾を揺らした。
「もうすぐ、四つ目?」
「うん、はやくあいたいねえ…」
ナナシの優しく腹を撫でる手つきに答えるように、ぽこんとお返事が帰ってくる。元気に生まれてきてほしい。エルマーはしゃがみ込むと、お祈りをするように腹に口付けた。
そしてサディンとナナシをひとしきりギュウギュウと抱きしめてから、外はさみいけどここはあったけえなあなどと、嬉しそうにナナシの大好きな笑顔で言ったのだ。
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