だいきちの拙作ごった煮短編集

だいきち

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ヤンキー、お山の総大将に拾われる~理不尽が俺に婚姻届押し付けてきた件について~

水喰のお嫁さま 5

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「なんだこれは。」
 
 水喰が朝っぱらから我が物顔で上がってきたかと思うと、開口一番がこれであった。
 寝癖をそのままに宵丸によって叩き起こされた蘇芳は、それはこちらのセリフだと言いたいのをグッと堪え、まずは一発安眠を妨げた宵丸の頭を放ったたいた。
 
「なんでええ!俺働いただけじゃん!水龍の不法侵入知らせただけじゃん!!」
「あげろとは言っていない。」
「あげてねえよ勝手にあがってきたんだよ!!」
 
 叩かれた頭を押さえながら、涙目で叫ぶ。宵丸が言うには、庭の池から日の出と共に顔を出したらしい。
 朝日に照らされる池からの登場は、さぞ神々しかったにちがいない。そのまま我が家にかえるかのように堂々たる振る舞いで屋敷の中に入ろうとしたという。明らかな不法侵入に、思わず宵丸は二度見した。なんの躊躇いもなさすぎて、むしろ声をかけるのをこちらが躊躇ったという。
 
「……嫁同士積もる話もあったのだろう。狭量な男は嫌われるぞ。」
 
 まるで警戒心の強い犬のようにギャンギャンと抗議する宵丸を押し退けて、蘇芳は眉間に皺を寄せ水喰をみる。
 その水喰はというと、美しい顔にうすらと影を纏わせながら、天嘉と幸が眠る布団を見下ろしていた。
 
「んん……うるさ……」
「ぁふ……ん、んう……」
 
 もぞりと天嘉が布団の中で身じろぎをする。腕の中の存在を抱き込むと、幸は擦り寄るようにして天嘉の胸元に顔を埋めた。布団から僅かに見える二人の素足は艶かしく絡まる。
 寝ぼけているのか、吐息混じりの甘やかな声を漏らす二人に耐えかねたらしい。水喰は顔色ひとつ変えないままに布団を鷲掴むと、なんの躊躇いもなく一息に捲りあげた。
 
「おぅふ……、挟まりてえ……」
 
 宵丸が真剣な顔をしてそんなことを呟く。
 天嘉が幸を抱き込むようにして身動ぎをし、眠そうな目をこする。どうやら大きな気配を感じたようだ。先に覚醒した天嘉の目が、水喰を前に徐々に見開いていく。
 
「うっっわ。迎えにきてるし。こっわ。」
「おはよう嫁ちゃん、生っ白い足が大胆だねぇぶっ……」
 
 ニコニコ顔で声をかけてきた宵丸が、蘇芳によってつまみ出される。嫁の艶かしい姿など、他の雄になんぞ晒したくはない。
 蘇芳は枕元にしゃがみ込むと、気にせずのそりと起き上がった天嘉の肩に羽織をかけてやる。
 
「天嘉、着物が乱れている。これで隠せ。」
「俺男だし気にしねえけど。」
「俺が気にする。」
 
 面倒臭そうに蘇芳から渡された羽織に袖を通す。後ろに集中した寝癖を蘇芳に整えられながら、天嘉は不機嫌そうに水喰を睨む。
 その膝下には、すよすよとねむる幸がいた。天嘉の手が、そっと黒髪を撫でる。小さく吐息を漏らすようにもぞりと動くと、漸く幸は目を覚ましたらしい。

「う……?」

 水喰の影が幸を見下ろす。鱗の浮かぶ体温の低い手が、そっと幸の細い首に触れた。首筋を撫で上げるよう手が這わされ、思わず幸は身を震わせる。

「水喰さま…」
「帰るぞ。身支度を整えろ。」
 
 あ、ちょっと怒っているのかもしれない。幸は水喰の声色からそんな気配を感じ取る。幸は小さく頷くと、いそいそと起き上がって天嘉に向き直った。
 
「泊めてただきありがとうございました。えっと……、また一緒に寝ましょう。」
「もちろん、愛想尽かしたらいつでもおいで。」
 
 水喰の存在を気にも留めずに、天嘉は相変わらず豪胆なことを宣う。幸はそれが面白くて小さく吹き出した。
 寝乱れた衣服を整えようとした時、ついに水喰は耐えかねたらしい。幸の膝の裏に腕が回ったかと思うと、水喰が危なげなく幸を抱え上げた。
 
「へぁ…」
 
 動揺しすぎて変な声が出た。水喰の行動には、天嘉も蘇芳も目を剥いた。しかし、一番驚いているのは紛れもなく幸自身であった。
 まさか人前でそんな事をするとは思いも寄らない。しかし体が覚えていたのか、幸はゆるゆると水喰の首に腕を回すようにして身を寄せる。
 どうやらそれが求められた正解だったらしい。幸が感じる水喰の心の中のさざめきは、ようやっと穏やかになった。
 
「世話になった。それではな。」
「あ、はい。」
 
 ほうけすぎて、天嘉はなぜか敬語で返した。幸はというと、動揺と羞恥で心臓を忙しくさせていた。頭の中を埋め尽くしたのは、たくさんのなんで、や、どうして。
 結局水喰の根城に着くまでには、水喰の執着染みた行動の答えが見つからなかった。会話はなかったが、幸は水喰の歩む足取りから伝わる心地よい振動に、ついうたた寝をしそうになった。
 いけない、このままねこけてはきっと解決の糸口は見つからぬままだ。幸は己を叱咤して、しっかりと気を引き締めることしかできなかった。




 なぜ、かようなことをされたのですか。そう聞いてもいいのだろうか。幸は水喰によって抱きかかえられたまま屋敷に戻ると、与えられた部屋の前で降ろされた。
 自室の障子に背を向けながら、目の前に立つ水喰の男らしい体躯を前に小さくなっていた。
 沈黙画ここまで痛いと想ったことはない。水喰の鱗の浮いた手で、そっとおとがいをすくわれて、幸は理知的な紫の中に閉じ込められた。

「神気は、」

 ぽそりと水喰が言葉を紡ぐ。凪いでいたはずの心の水面が、緩やかに波紋を広げていた。幸は、その言葉に口付けを期待してしまった。端ない想像に、じんわりと耳を赤らめる。

 いけない、胸の鼓動がはねたら期待がバレてしまう。縋るように握りしめた水喰の胸元の生地。これは完全に無意識であった。言い訳が見つからない。乾いた唇をごまかすように、小さく唇を噤む。

「……足りているならいい。」
「足りていませぬ、」

 目を細めて、幸の様子を静かに見つめる水喰に、つい食い気味で言ってしまった。なんとなく、試されているような気がしたのだ。

「あ、あの……も、申し訳ございません…」
「謝るようなことをお前がしたのか。」
「昨日は、生意気を申しました……」

 水喰の視線から逃げるように、幸が目を逸らす。衣擦れの音がして振り向けば、幸の背中に障子があたった。
 足の間に水喰の足が挟まる。びくんと震えた体を前に、水喰の瞳に加虐心が滲んだ。この目はいけない、何か計り知れぬ意図があるときのものだ。
 怯える幸を前に、水喰は忘れかけていた高揚を心に宿していた。

「な、なにを……」
「口を開くな。」
「っ、」

 幸の低い背丈では、唇を合わせるのに少々不便であった。細い腰に手を添えて、引き寄せるようにして膝に乗り上げさせる。
 布越しの幸の柔らかな肉に挟まれるように足を跨がせると、ぐっと腰を引き寄せるように距離を縮めた。
 小さく息を詰める様子が小気味いい。水喰の眼の前で、幸の頬は紅葉が赤く染まるかのごとく見事に色づいた。

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