だいきちの拙作ごった煮短編集

だいきち

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ヤンキー、お山の総大将に拾われる~理不尽が俺に婚姻届押し付けてきた件について~

水喰のお嫁さま 3

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 感情のある唇だけは、幸に自由をくださいませ。そう言ってのけた幸は、迎えに来た水喰にひどく憤慨した様子だった。琥珀だけは呑気に幸の腕の中で水喰に手を振っている。
 天嘉は我が息子ながら、怖いもの無しかよと苦笑いをすると、幸の腕から琥珀を受け取った。
 
「みじゅのおじちゃんと、さっちゃんちぅするのう?」
「いいえ、神気は先日頂いたばかりですから。」
「幸。」
「致しませぬ。」
 
 キッパリと宣った幸に、水喰の作り物めいた美貌の顔は、仄かに影が差す。この男にこんな顔をさせられるのは幸しかいないだろう。天嘉は感心したように幸を見ると、その瞳が微かに揺らいでいることに気がついた。
 
「天嘉殿。」
「あ、はい。」
「今晩、幸を泊めていただくことは叶いませぬか。」
 
 水喰を視界に入れぬように、幸が天嘉を見つめ返す。あ。これもしかして巻き込まれるやつかもしれんとそんな考えがよぎったが、幸の美しい赤い瞳が、いまにも溶けてしまいそうであった。
 けして、親心をくすぐられたわけではない。しかし、天嘉は水喰の意見を聞かずに安易にこくんと頷いた。
 
「雌、俺は許可しておらぬ。」
「幸だって年頃だぜ?たまには親から離れたい時だってあるだろうよ。」
「幸、俺の言うことを聞けぬのか。」
 
 水喰の心の水面に、幾つもの波紋が広がっていく。穏やかではない心境を幸がさせているのだと思うと、少しだけ溜飲が下がった。
 天嘉には迷惑をかけてしまうが、それでも今日だけは帰りたくなかった。啖呵を切ってしまった手前、ひくに引けなくなってしまったのだ。唯一救いだったのは、幸のお泊まりがよほど嬉しかったらしい、琥珀が可愛い声で喜ぶ姿であった。
 
「幸は責任持って預かるよ。ほら、帰んな。」
「雌……貴様、」
「幸の心は己のものです。水喰様の気まぐれに、これ以上振り回されとうございません。」
 
 そう言って背を向けた幸の姿に、水喰が静かに目を細めた。腹は変わらぬらしい。素直な幸の何がそこまでさせるのか、水喰にはわからなかった。

 蘇芳もそうだが、こいつもなかなかに言葉が足りないと天嘉は呆れた。幸が水喰に対して寄せる思いはただ一つなのに、心の機微に疎い神様はそれを我がままと一括りにしてしまう。なんというか、救いようのないバカだなあと思う。
 助言など言える立場ではないから口にはしないが、天嘉は言いたいことを深呼吸で誤魔化した。
 
 
 水喰がただ一言、好きにしろ。と突き放すかのように言葉を残して消えた後、幸は堪えきれなかったらしい、その瞳から光を零すかのようにぼたぼたと涙を溢れさせた。
 嫌われたくないのに、つい強がって生意気な口を叩いてしまった自分が許せなかったらしい。天嘉と琥珀は幸を散々あやした後、泣き疲れて眠ってしまった幸を客間がわりにしている上座敷に布団を敷いて寝かせてやった。
 そこからは池が見える。特に意味はないが、なんとなくそうした方がいいかなと思ったのだ。
 
「だから幸がいるのか。」
 
 仕事から帰ってきた蘇芳が、膝に琥珀を乗せて夕食をとっている。今晩の献立は、蘇芳の好きな肉じゃがと焼き鮭。そしてすいとん汁である。
 
「幸は飯を食ったのか。」
「寝てるからまだ。腹減って起きてきたらでいいだろ。」
「おとしゃん、はぁくんのふうふうしてぇ」
「どれ、器によそってやろうなあ。」
 
 琥珀用の小さな器にすいとんを掬うと、箸で琥珀が食べやすいように切ってやる。
 蘇芳は、お山では子煩悩で有名になってしまった。
 琥珀はまだ箸の使い方が下手くそで、天嘉は子供用の練習箸を買ってはきたのだが、蘇芳が手ずから食べさせるそのやりとりを見るのが好きで、まだ出せていない。
 琥珀用の小さな匙でなら、ご飯は一人で食べれるようになったので、そろそろ教えないとなあとは思っている。
 
「おいちぃ!」
 
 ふくふくとした頬を両手で押さえてご機嫌な琥珀に、天嘉も蘇芳も絆される。
 子供はいい。育てるのは確かに大変ではあるが、こうして日々の成長を眺めていると、毎日がかけがえのないものに感じてくる。
 口についた汚れを天嘉が布巾で拭ってやれば、くすぐったそうにくふくふ笑う。それを見ていた蘇芳が、琥珀の頭を撫でながら言う。
 
「あいつも大概に偏屈だからなあ。幸を嫁に取ると言うてはいたが、そのことを幸に言っているとは到底思えぬ。」
 
 蘇芳の何気ない一言に、天嘉は啜っていた茶が鼻に入って盛大にむせてしまった。あまりに突拍子もないことを抜かしたので、思わず口に布巾を当ててげほげほと咳き込むと、騒がしいやつだなあと蘇芳に笑われた。
 
「くそ、鼻に入った……っ、よ、よめ……?なんで蘇芳がそんな話知ってんの?」
「見回りには河川も混じっておるからなあ。時たまに話すのよ。幸に神気を与え続けてきたのも、そう言う意味合いがあると言っていたが。」
「だってあいつ、幸には愛情がないって言ったってのにか!」
「そもそもあいつが愛情の意味を知っている方が怪しいがなあ。」
 
 ず、と汁を啜りながら宣う蘇芳に、天嘉はポカンとした。確かに、水喰はずっと一人で過ごしてきた。同じ種族もおらず、川のあやかしや小魚たちから向けられるのは畏怖や敬意。愛という感情を向けられたことは一度もなさそうである。
 
「つか、愛情ねえのに独占欲ある方がおかしいか……。」
「おや、答えが出たではないか。左様、あいつはそもそも愛情自体をわかっておらん。わからんもんは、知らないとしか答え用がない。という意味だろうなあ。」
「情を交えるほど若くない、ってのは?」
「ああ、あいつも爺だからなあ。肉欲を感じたことはないと言いたかったんだろうが、まあつまらん矜持だろう。」
 
 そんなもの、好いた雌を前にして、肉欲を感じぬ方が無理というものよという蘇芳に、天嘉は頬を染めながら目を逸らす。
 これで水喰に感情があれば、もっとわかりやすかったに違いない。表情が変わらぬままそんなことを言われれば、誰だって本気にするだろう。なんて難儀な男。天嘉は頭の痛そうな顔をすると、幸の心の傷を思って心配の色を覗かせた。
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