だいきちの拙作ごった煮短編集

だいきち

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ヤンキー、お山の総大将に拾われる~理不尽が俺に婚姻届押し付けてきた件について~

水喰のお嫁さま 2

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 さっちゃぁん!という幼子独特の可愛らしい声で名前を呼ばれるのがすきだ。
 琥珀は幸が来るのを今か今かとまっていたらしく、幸が池から水幕を纏って顔を出すと、手を叩いて喜んだ。

 さっちゃんは、ようせいさんなのう?そう言われた幸が、そうだと良いなあというと、琥珀はきっとそうだよと可愛らしい声で返してくれるのだ。
 本当は琥珀が怖がる亡者だったと言ったら嫌われてしまうだろうか。そんな思いを胸に抱きながら、幸は今日もこうして天嘉と蘇芳の愛息子に会いに来る。

「いつもごめんなぁ、幸と遊んでくれると洗濯捗るから助かるんだよ。」

 縁側で琥珀を膝に乗せた幸は、天気のいい日差しの下で琥珀がこさえた見事な大地図を眺めている。天嘉によって広げられるかのように干されたそれは、蘇芳の敷布団らしい。

「てんちゃぁん、はーくんのみせちゃやあよう!」
「やだったって乾かないもの。こはの力作をお天道様に見せないともったいないだろー。」
「もったないのぅ?なら、いいよぅ!」
「あはは、確かに地図みたいですねえ」

 ぱんぱんと裾を叩いて皺を伸ばす。隣に並ぶ、蘇芳の着物にまで広がった見事なまでのおねしょの跡である。
 恥ずかしがることはなにもないと言う天嘉もまた、蘇芳によって意地悪されて、琥珀の横に並ぶときがある。
 幸が来る時はに見られたらまずいと室内干しにするあたり、大人のずるさはもっている。

「蘇芳殿のお召し物まで広げるとは、琥珀はとても勇気がありますねえ。」
「がんばた」
「がんばっちゃったかぁ……」

 ふくふくとした頬でに可愛らしく笑う琥珀に、天嘉は苦笑いを浮かべている。
 朝から息子の証拠隠滅のために、布団を燃やそうとする蘇芳をこっぴどく叱ったばかりなのである。
 毎度言うが燃やすのは放火魔の仕事だと口を酸っぱくして言っているのに、懲りない旦那に疲れているようだ。

「蘇芳殿も目に入れても痛くないでしょう。こんなに可愛らしくお育ちになって。」
「幸も綺麗に育ったよなあ、マ、水喰のショタコンのおかげだっつーとこが癪だけど。」
「しょたこん……」

 稚児趣味だっけ?と言うと、漸く理解したらしい。
 頬を染め俯く幸の隣に、洗濯物を干し終えた天嘉が腰掛ける。縁側で仲良く並ぶ姿は、親子というよりも兄弟だ。

「みんな神様って神気口移しすんの?蘇芳も粘膜譲渡してくっし、妖気も神気もかわんねえのかもなあ。」
「はーくんもてんちゃんとちゅぅすゆ」
「こはと俺はバードキスだもの。」
「とりしゃん!」

 天嘉と琥珀のやり取りに疑問符を浮かべる幸を前に、天嘉は思わずワシャワシャと幸の頭を撫でた。
 照れくさそうにもにょ、と口を動かすのも可愛い。幸が神気を得て成長したとはいえ、まだ心は甘えたい盛りであることは変わらない。
 琥珀が生まれたからと遠慮をする幸が、天嘉の柔らかいところを刺激する。思わず向き直ると、天嘉はがばりと両腕を広げた。

「はゎ……」
「さっちゃんおいで」
「え、あ、あて、てんちゃん……」

 天嘉がさっちゃんというと、幸はてんちゃんと呼ぶ決まりを交わしている。これは幸がきちんと甘えられるようにと天嘉が提案したことだった。
 蘇芳はむすくれた顔をするが、琥珀は毎回はーくんもすゆ!と小さい手を伸ばして混ざってくる。
 天嘉と琥珀で幸をぎゅうぎゅうと抱きしめる、季節外れのおしくらまんじゅうは、幸が遊びに来るたびの日課になりつつあった。
 天嘉よりも少しだけ背が低いのも可愛がられている要因だということを知らない。
 わしゃわしゃと頭を撫でる手付きは、水喰よりも少し乱暴である。
 幸の頭は、天嘉と琥珀、青藍、蘇芳、宵丸。そして水喰の手の癖を知っている。沢山沢山頭を撫でられると、嬉しくてちょっと泣きそうになる。

「てんちゃん、も、幸は満足です……」
「そう?」
「さっちゃんちゅうすゆ?」
「ぶっは、んなことしたら水喰に食べられちゃうよ?」
「えぇー!!」

 むにゅ、と口を突き出して見上げてくる琥珀が可愛くて、思わず幸は吹出した。
 大好きだと口を重ねるんだよと教えられているからか、琥珀の中で好きな人にはちゅうをするというきまりができあがったらしい。最近はツルバミの唇を奪い、腰をぬかされていた。

「琥珀は幸に口付けをくれるの?」
「てんちゃんがほっぺならいいよぅって」

 両手をあげて、ねだる琥珀の小さな体を抱き上げようとした幸は、ふと視界に入った池を見てぴしりと固まった。

「ならぬ」
「うわびっくりした!!」

 背後から泉の精よろしくぬるりと現れた水喰が、相変わらずの何を考えているかわからない顔つきで庭先に降り立った。
 思わず声がひっくり返るほど驚いた天嘉を気にもとめず、足音も立てずに庭先に踏み入れる。
 水喰の紫の瞳は、幸に抱き上げられながら、唇をむにりと付き出す琥珀を真っ直ぐに見つめた。

「琥珀、幸に口付けをするのはならぬ。お主の母に俺が口付けを施すのは嫌だろう。」
「おえっ、」

 想像したらしい、げんなりする天嘉の様子を気にもせずに宣う。水喰を見上げる幸の頭の痛そうな顔にも、どこ吹く風のふてぶてしさである。

「水喰様、幸は夕刻前には帰りますると申し上げました。迎えに来てくださったのは嬉しいですが、まだ約束の時間までは遠いです。」
「暇は飽きた。」
「大方幸に不届き者が手ぇださないかって見張ってたんだろ。おえー」

 相変わらずの不遜な態度で天嘉が舌を出す。一応水神でもある筈の水喰は、ここ数年の幸に対する行いのせいか天嘉からはろくでなし認定を受けている。

「嫉妬は醜いぜ神様。」
「唇を許すのは俺だけだと誓え。」
「貴方様のあれは神気の譲渡以外の意味を持たぬと申されたではありませぬか。」

 水喰の言い分に、幸が困ったように眉を下げた。物心がついてから、幸は水喰に口付けの意味を問うたことがあった。
 その時は、愛情などはないとにべもなく言われていた。単に神気の受け渡しだ。これに情を交えるほど、俺は若くないとまでつけくわえてだ。

「そのつもりだ。」
「ならば、水喰様には神気を頂く際の感情のない唇は差し上げると誓いまする。」
「それはどういう意味だ。」
「感情のある唇だけは、幸に自由をくださいませ。」

 だからこそ、幸も少しだけ躍起になった。
 天嘉は目を丸くした。なんだか、あの穏やかな幸が怒っているような気がしたからだ。
 まあ、起こる気持ちもわかる。水喰は平気で横暴を振りかざす。まるで言葉尻を取るかのように言い換えした幸に、天嘉は成長したなあと妙な親心を持った。


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