だいきちの拙作ごった煮短編集

だいきち

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ヤンキー、お山の総大将に拾われる~理不尽が俺に婚姻届押し付けてきた件について~

水喰のお嫁さま

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水喰×幸のその後(続きます)


 その龍神は、黄泉路へと続く河川の一つを住処としている。
 まるで変わらぬ穏やかなせせらぎの様な気質をもつその神は、水喰と言う。
 男神でもある水喰は、表情もなく、感情もまた揺らめき一つなく、そしていつものように淡々と目覚めては、静かな一日を過ごす。

 以前知り合いの大天狗に頼まれて、その力を山のために振るったことがあった。山の総大将らしく、天災をただ事のあり方として眺めるだけでは良しとせず、妖かしの存在すら認識もしていないような人間の為によくやる男だと、興味を持つきっかけになった出来事であった。

 そんな大天狗が嫁を娶ったという。水喰の日常に僅かながらでもさざめきを与えた大天狗の嫁だ。河の小魚や妖かしたちが言うには、まるで狐のような髪を持つ雌だと言う。
 水喰の司る水は、このお山の隅々まで行き渡っている。当然、それは蘇芳の住まう屋敷の池までその聞き耳も広げることができるのだ。
 
 どうやらこちらのほうまで来るらしい。紅葉狩りがどうのとか、屋敷の侍従頭でもある青蛙が宣っているのを聞きつけた。
 ならばこちらは、来たらそっと水面から伺えばいい。水喰はわざわざ出向かずともこちらに来るという偶然に、水の流れが運んできた出会いの一つだと思うことにした。

 代わり映えのない景色が、たった一滴の水滴で歪んでしまう。そんな大きな出来事が、身に起こってしまうなどとまさか思わぬ。

 それは、己の住まう領域に落ちてきた一人の幼子によって齎された、水喰の心の波紋。
 思えば、あの出会いからして必然だったのかもしれぬなあと思うくらいには、その揺らぎはゆっくりと馴染む。ようするに、水が合っていたのかもしれない。






「水喰様」
「なんだ。」

 長くなった黒髪を切りもせず、白磁の肌に赤眼の元亡者である幸が、もの思いに耽っていた主に声をかけた。

「水喰様、三度お声を掛けました。こうして物思いにお耽りになるのは構いませぬが、朝餉を疎かになさるのなら承服しかねます。」

 そう言って困った顔をする幸が水喰を見つめていた。

「……お前と出会った日のことを思い返していた。」
「過去を遡られていたのですか。水が宿す記憶は全て貴方様のものですが……、」
「なんだ。」
「……いいえ、少々面映ゆくなりました。」

 幸の心の水面がわずかに揺れた。水喰が幸を継子にした日から、少しずつ己の神気を与えてきた。だからこそ、水喰には幸の感情は手にとるようによく解った。

「お前に神気を与えたことを雌に言ったら、たいそう怒っていたのも思い出していた。」
「雌ではございません。天嘉殿です。」
「てんちゃんと呼ばれぬと寂しがっておったぞ。」
「……そのようなお節介はお辞めください。」

 水喰の美しい紫の瞳が幸を見つめる。何も感情を宿さぬ水神という印象が広がってはいるが、幸にもまた水喰の機微は手にとるようにわかるのだ。
 これも神気を与えられているからこそだと言うことも、理解していた。

 水喰の穏やかな水面が、微かに波打っている。ああ、からかって楽しんでいるのだろうなあと思い至ると、幸の耳の先はじんわりと赤く染まった。

「口を合わして、というところですよ。」
「なにがだ。」

 何がだと言われても、一つしかない。幼い幸の柔らかな唇に己のそれを重ね、舌に乗せて神気を与えてきた水喰にとって、それは人で言う接吻とは違う。
 親鳥が雛へと餌を与えるようなものである。だからこそ、幸に連れてこられた蘇芳の屋敷でそれを見た天嘉が、児ポル現逮!!などと顔を真っ赤にしてお玉片手に襲いかかってきたのだ。
 まあ、水喰はくたりとする幸の体を抱いたまま、何が行けないのかわからなくてキョトンとしていたが。

「頂いた神気で幸の穢を祓っていただいたのはとても感謝しています。あと、……服も、ご不便おかけしました…」
「些末なことだ。それに、用意をしたのは俺ではない。」
「天嘉殿には幸がもう感謝申し上げましたから」

 亡者で穢をまとっていた幸は、水喰の神気を与えられていくうちに正しく成長を遂げた。
 止まって時を三年で取り戻し、今の姿はあどけなさの残る青年であった。
 三年間、ずっと口から神気を与えられてきた。伸びゆく身長に、丈の足りなくなってきた着物を気にしていた幸を見て、水喰が頼ったのは他でもない天嘉である。

 水喰に抱きかかえられ、裾丈の短い着物を纏った幸が天嘉のもとに連れてこられたとき。顔を真っ赤にした天嘉によって、水喰はまた怒られたのだ。
 宵丸とやらは真剣な顔で、これはこれで。などと申していた。
 もしかしたら気が合うのかもしれない。表情の読めぬ顔でしていた水喰の思案も、幸によってすげなく却下されてしまったが。
 後日ツルバミによって届けられた召し物のお礼として、清酒と鮭を贈るとたいそう喜ばれた。まあ、喜んでいたのは蘇芳だけであったが。

「水喰様、幸は今日も天嘉殿の息子様と遊ぶお約束をしております、帰りはおそらく夕刻にかからない頃合いかと思います。」
「お前は子が好きだな。」
「幸が琥珀殿とてんちゃ、……天嘉殿を好いているのです。」

 青年に成長はしても、まだ幼いところは残っている。ツルバミによって侍従とはなにかというのも学んでいるらしく、ゆくゆくは水喰の側仕えとして長くそばに入れたらと思っているようだった。

 水喰がどういう目を幸に向けているのかも理解していない。美しく成長した幸は、ずっと継子のままでいられると思っている。
 水喰は幸の腹を静かに見つめる。その視線が気にかかったのだろう、朝餉の最後のひと口を食べ終えた幸は、嫋やかな手で腹を隠した。

「なにか、」
「なにもない。」
「……幸は太りましたか」
「いいや、薄い。」

 もっと太ってもらわねば食いでがない。そんなことを呟いて、以前泣かせたことがある。
 あの時の水喰は冗談で言ったつもりだったが、顔が怖すぎて幼き日の幸は本気だと思ったらしい。
 最近はそういったやりとりこそなくなった。幸はその耳の先を赤らめて目を逸らすと、食べ終えた膳を片しはじめる。

 そうか、幸は出かけるのか。表情の読めぬ顔で不服を漏らす水喰は、些かつまらなさそうでもあった。
 紫の瞳は、膳を片しに離席する際の背中に目を向ける。
 細い腰を締め付けるかのような帯が、やけに目に焼き付いた。




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