[改稿版]これは百貨店で働く俺の話なんだけど

だいきち

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二章 百貨店にくる顧客に情緒をかき乱される俺の話なんだけど。(大林梓編)

25  *

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「し、新庄さん、ちょ、マジでやだって、」
「体の相性いいのはわかってんだろ。何が嫌なの。」
「だからもう、こう言うのは、」

 引っ張られるようにして店を出た後、押し込むようにして路地に連れ込まれた。薄暗いその場所は、死角が多い為人の目からも見つかりにくい。
 薄い肩を押さえつけられるようにして壁に縫い止められると、少しだけ焦った大林の瞳が新庄を捉えた。

「甘えてんじゃねえよ。コケにされて、俺が優しくなれるとでも思った?」
「金返したじゃん、っ」
「だからだよ。俺までお前の客と並列に扱うなって言ってんの。」
「う、っ」

 大きな手のひらは、どこを押さえれば簡単にいなせるかを熟知していた。背中に感じる、冷たいコンクリート壁の温度が、今起こっている事こそが現実なのだと知らしめる。小さく息を呑んだ。大林が身構えるようにして体を硬くした瞬間、新庄の手が着ていたシャツを捲り上げた。
 
「ぅわ、っ…キッツ。」
「見んなよ…!」

 引き気味の声に、大林の羞恥が一気に煽られる。口元を押さえて半笑いを浮かべる新庄の目には、大林の見せた誠意に対する相手の男たちの答えが散らばっていた。白い肌に差し色を飾るかのような殴打痕、お世辞にも綺麗とは言えない体がそこにはあった。
 新庄の掌が、大林の脇腹に残る黄緑色の痣に触れる。仄かに震えた腰には二匹の燕の刺青が掘られていた。掌で隠れてしまいそうなくらいの大きさのそれは、大林が新庄に影響されて彫ったものだ。若気の至り、そしてその墨は目の前の男の気に入りでもあった。

「お前が俺に憧れて、入れ墨彫ったって頃から可愛がってんのに。なーんでしらない男に尻尾振っちまうかねお前は。」
「あんたは、刺激が強すぎんだよ。」
「それがいいって言ってたのお前だったんだけどね?忘れちまった?」
「っヤダヤダやめろっ…!!」

 首筋に顔を埋めた新庄が、歯でかすめるかのようにして大林の首筋に唇を滑らせた。しっかりした男の肩に大林の手が添えられる。今まではその腕が首に回ってきたのに、今は拒むように押し返してくる。
 新庄は頑なな様子に小さく笑い、首筋へがじりと噛み付くと、一際強く吸い付いた。

「声出すなよ、お前の店に、この事バラしたっていいんだぜ。」
「っ、」
「お前が売りの客好きになるわけねえもんなあ。じゃあなに、好きな奴って、まさか店の客?」

 ねとりとした熱い舌が、ゆっくりと大林の耳に這わされた。耳朶を噛まれ、喉を引きずるようにくつくつと笑う。反応してはいけないことなんて、わかっていた筈なのに、その指摘に対して、すぐに反応をする事ができなかった。血の気が引くと、声も出ないのだと初めて知った。

「ちげえ、」
「…ちげえの?本当に?なあ、こっち見て言えって。」
「う、っ」

 ゴツい指輪のついた手のひらが、無遠慮に大林の顎を掴んで引き寄せた。鼻先が触れ合う距離で真っ直ぐに見つめられ、小さく息を詰める。吐息が唇にかかる。大きな掌がゆっくりと大林の首に這わされると、ぞわりとした悪寒がその身を走った。

「客に手ぇ出しましたってなったら、そいつまで変な目で見られちまうな。」
「や、やめ、」
「なあ、お前の大切な男が、変態に見られるのってどんな気持ち?」

 心臓に、冷たい水が流し込まれたようだった。
 自分が、職場に男が好きだとバレるのは構わない。それでも、もし新庄が榊原の存在を突き止めて、己のせいで職場にまで迷惑をかけたらと思うと、急に怖くなったのだ。
 自分が榊原を好きなことで、彼の人生に波風が立ってしまうのは、絶対に違う。途端にその可能性があることに恐怖感を覚えた。
 新庄の手のひらが、いやらしく首筋を撫でる。そのまま額を重ねると、小さく口元を歪ませて宣った。

「いい子にしてたら、一回で終わらせてやるからな。梓ちゃん。」

   





 自分という生き方を後悔したつもりはなかった。親は離婚して、母親に育てられた。奔放な性格は多分そこから来ていて、離婚の原因も母親の浮気が原因だった。居心地は悪くなかった実家だったが、専門学校に入学すると同時に家を出た。
 一人暮らしというのに憧れもあったし、何よりも一人で生きるというのが、何だかかっこよく見えたのだ。日がな一日夜の街に繰り出しては遊んで、ほとんど帰ることはなかった。
 それでも一人で住んでいるということが、ある種のステータスのように感じていた。そんなことあるはず無いのに、我ながら、本当にクソガキだったなと思っている。
 奨学金を返すために始めた売りのバイトも、自分の性分には実にあっていた。気持ちいいことをして、楽に金が手に入る。そして、目の前の男に影響をされて入れた刺青も、何にも縛られることのない自由の象徴だった。それなのに。


「信頼と自由。だっけ?」
「あ、っ、」

 背中が痛い。アスファルトの壁に押しつけられたまま、大林は小さく声を漏らした。
 新庄の手のひらが、大林の口をこじ開ける。そのままカサついた指で熱い舌を引っ張り出すと、小さく笑った。己の下で、涙目で見上げてくる姿に情欲を煽られる。合意のセックスも好きだが、こうして己が主導権を握るというのも、なかなかに悪くない。
 
「自由はともかく、信頼はねえ。好きな人がいるくせに、こんなことしてんだもんなあ。」
「っ、う、う、う、っ」

 楽しそうな声が頭上から降ってくる。大林の舌を押さえつける新庄の指先から、じわじわと広がる苦味。大林は、それが何かを理解していた。

「一回試した時、お前すんげえよがってたの覚えてる?怖がって可愛かったなあ、あの時のお前。」
「ふ、ゃ、ら、やめ、っ」
「俺傷ついちまったなあ。悪者扱いされちまったんだもん。フェアじゃねえよなあ。完全に同意だったのに、今更掌返されてよ。」

 耳に残るのは、シートから錠剤を取り出した時の音だ。それは空のまま、二人の足元に乱雑に捨てられていた。
 苦くて、少しだけ甘いそれは、即効性の媚薬だ。初めて男を経験するときに、早く体が馴染むように使われるそれ。大林も初めて体を開かれたときに使われたが、まるで己の体の内側の神経が研ぎ澄まされたように過敏になり、前後不覚になったのだ。
 怖いから、もう二度と使わないで。そう懇願した筈なのに、新庄はあれ以来の二度目を大林に使用した。

「精液よか苦くねえよ。お前が一番知ってんだろ。」
「ひ、ぃ、っ…!」

 グチュ、と音がして、親指が深く咥内に侵入する。ザリ、と舌の上を摩擦されるその動きだけで、体は敏感に反応した。体温が熱い、腹の奥が、溶けてしまいそうなほどだった。はあはあと荒くなる呼吸は、唾液の量も多くする。目の前はパチパチと火花が弾けるように明滅し、指先から徐々に抵抗の気力を奪っていく。
 新庄の手を唾液で濡らした大林は、その胸の突起を服の上から主張させ、その身を震わせていた。
 タバコの匂いがする。新庄が火をつけたのだ。喫煙をしながらのセックスが好きだとか言っていたのを思い出す。大林は虚な瞳を向けたまま、己の入れ墨を隠すかのように腰を鷲掴んだ新庄によって、地べたに寝転がらせるように引き寄せられた。

「あー、やっぱいーなあお前。んとに、惜しくなっちゃう。」
「ぁ、あ?」
「これで最後なら、楽しんだっていいだろ。な。」

 ムスクの香りが鼻を掠める。かちゃかちゃと金属の擦れあう音がして、素肌を外気に晒される。地べたに直についた尻は礫を下敷きにして、少しだけ痛い。それでも、そんな小さな刺激にすら、立ち上がった大林の性器からは先走りが溢れる。
 
「ヤダヤダって言ってみ、ほら。」
「ふぁ、あ、っあ、や、」
「ウンウン、お前ここ擦られるの好きだなあ。」

 目の前がチカチカして、小さな光がいくつも飛んでいる。外気に晒された性器に、新庄のシャツが触れるたび、大林の内腿はふるりと震えて反応する。幹に指を絡められ、親指で先端を擦られる。それだけでも気持ちが良くて、つい腰が浮いてしまった。

「ゃ、だっ、あ、ああ、あっさ、さぁ、んな、ぃれ、っ」
「なんで、ここ、こんなに気持ちよさそうなのに?」
「さ、わ、っ、ぁ、っ」

 思考がぼやける。脳にフィルターが掛かって、訳がわからなくなる。柔らかくて、やに臭い唇が大林の頬に押しつけられた。それが嫌で顔を背けようとすれば、髪を掴まれて唇を塞がれた。

「ふ、ーーーーーっ」

 涙が滲んだ。榊原とキスをした唇で、己は他の男と口付けをしている、その事実に。

 あの人の為に変わりたいのに、俺、変われないのかな。
 ぬるりとした肉厚な舌が、縮こまる大林の舌を絡めとる。大きな掌が尻の間に差し込まれ、蕾を撫でられた。
 榊原に抱いて欲しかったんだ。だから、大林は誰とも会わないで、通い妻のように榊原との時間を大切にした。こんなことで清くなるだなんて思わない。だけど、少なくともあの時間だけは、大林は普通でいられたのだ。

「きつ、何、マジで使ってねえんだ。」
「ぃ、いゃだ、」
「大丈夫、よくしてやるって。」

 気持ち悪い、
 濡れた唇が、胸元をくすぐるかのように這わされる。だるい体に、不自然に過敏になった神経。回る視界に、不明瞭な音声。
 胸の突起に吸いつかれ、背筋が撓った。吐き出すように漏れた吐息に、自然と冷や汗が出た。怖い、怖いのだ。この感覚は、怖い。
 ジッパーの下がる音がして、滑った何かが蕾に押し当てられた。
 微睡にいるような心地なのに、全身の神経が過敏で、脳が覚めている。開かされた足、親指で撫でるように蕾の淵を引っ張られると、小さく足が跳ね上がった。
 押しつけられた熱源が、ゆっくりと腹を押し開いていく。
 
 不意に、榊原の照れ臭そうに笑う様子が脳裏に浮かび上がった。心臓は電流が走ったかのように、バクンと大きな音を当てる。大林の見開かれた瞳から涙が溢れた後、胃の腑空込み上げてくるものに耐えかねて、大林は嘔吐した。
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