[改稿版]これは百貨店で働く俺の話なんだけど

だいきち

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二章 百貨店にくる顧客に情緒をかき乱される俺の話なんだけど。(大林梓編)

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 あの夜の出来事から、大林は少しだけ榊原に対する接し方が変わったように思う。柔らかくなったというか、こう、口にするのはなかなかに照れくさいのだが、彼もまた自分のことを好きでいてくれているような、そんな雰囲気になったのだ。
 なんというか、擽ったい。しかも、この擽ったさはいい意味でだ。まるで付き合いたてのような、そんな初々しい雰囲気。だけど、まだ告白もしていないので、きっと付き合ってはいないのだろうけど、キスはした。
 順番が違うだろうとかいう野暮は聞かないふりをする。だって無理だろう。あんなに可愛いのに。

「変な顔してる。」
「…してた?」
「してた。」

 小さく笑った大林が、榊原の曲がったネクタイを整えてくれる。大林が熱を出したあの日の夜から、もう一週間が経った。
 肌は重ねていない。拒まれているわけではないとは思うのだが、そういう雰囲気になると、大林の体が少しだけ強張るのだ。だから、ただ抱きしめて眠るだけ。榊原としては、平日の夜もたまに来てくれるようになっただけでも十分だ。
 本当は触れたいし、キス以上のこともしたい。だけど、それをするのはきちんと告白をしてからだと決めている。
 
「あ、そうだ。俺しばらく来れないかも。」
「え。」
「地元の友達の結婚式呼ばれてんだよ。だから一回帰省する。」
「な、何日位。」

 そんなの聞いてない。とありありと顔に浮かべた榊原が、大林に詰めよる。まるで逃がさないというように己の腰に腕を回してきた榊原の様子に苦笑いすると、二、三日くらいだよと返した。
 
「ながくない…?」
「お前の出張よりかは短えもん。」
「いや、でもさ、…長くない。」

 心なしか、落ち込んだような顔をしている気がする。大の大人がなんという子供染みた駄々をこねるのだろうか。大林はその髪を撫でようとして手を止めると、そのまま榊原の頬を撫でた。整えられた髪を崩すのはなんとなく気が引けたのだ。

「ほら、もう出社準備できたんだから行けって。腰のこれ外して。」
「テレワークに戻りたい。」
「うるさい、俺だって遅番だから準備しねえといけえねんだよ。」

 大林のその言葉に、榊原は渋い顔で壁掛け時計を見た。まだ十五分くらいはある。大林は意外にも時間には細かく、何事も十五分前行動をしなくては気が済まないというのを、最近知った。真面目な気質なところも美徳だが、今の榊原にとっては悪手である。
 一向に離れようとしない榊原を怪訝そうに見上げてきた大林の体をひょいと抱き上げると、その背を壁で支えるようにして押し付ける。

「うわっ!っな、んン、ん…っ」

 時間が余っているのなら、有効活用すればいいじゃない。榊原の怠惰な持論に欲の色が混じる。下から掬い上げるようにして大林の唇を奪うと、榊原はそのまま大林の足の間に腰をすすめる。

「ん、っ…ま、待って、」
「まだ時間あるでしょ、堪能させて。」
「ぁ、親父、くさっ」
「おい。」

 大林の言種に、榊原がむすくれた。年の差は自覚してはいるが、そんなことは言わないでくれと言わんばかりに、榊原は大林の首筋に甘く噛み付く。
榊原の両肩に添えられた手に、力が入る。大林の些細な抵抗は、体から距離を取ろうとしていた。そんな抵抗も些細なものだ。スーツ越しに、大林の布に覆われた会陰であろう場所に腰を押し付ける。それだけでわかりやすく体温を高め、榊原の腰を挟む大林の細い脚が跳ね上がった。

「だめ、だって、っあっ」
「キスするだけ、口あけて、」
「下半身っ、押し付けんな、って、」
「押し付けてんじゃなくて、支えてんだよ。」
「あっぁやだ、っん、ンン…っ」

 大林の服は脱がせないまま、榊原は支えるように脇の下に手を添えた。親指で胸の突起を押し潰し、漏れたか細い悲鳴を飲み込むようにして唇を塞ぐ。震える大林の舌が、恐る恐る榊原に応える動きをすると、カッと頭の後ろが熱くなった。ギュルリと熱が下腹部に凝る。スーツのスラックスの生地を押し上げた性器が、大林の布ごしの会陰を擦り上げた。震える腕が、ゆっくりと榊原の首の後ろに回る。唇の隙間から漏れる吐息混じりの甘い声が可愛くて、榊原は互いの唾液を交換するような口付けを何度も施した。

「も、早く、行け…って、ん、んぅ、ふ…っ」
「その言葉は、やばい。」
「ひゃ、め…っ、ち、ちが、ぁっ」

 腕の中で、大林が小さく身を震わせる。その唇を舐めると、榊原は大林の表情を覗き込むかのように額を重ねた。
 白い頬が、赤く上気している。ひく、と腰を跳ねさせた大林の首筋に小さく吸い付くと、その肩口に額を当てるようにして下半身を目つめた。黒い生地のスウェットが、じんわりと色を濃くしていた。
 榊原はくつりと笑うと、顔を真っ赤に染め上げて震える大林と額を重ねて囁いた。

「…出ちゃった?」
「っ、馬鹿野郎!!!!!」
「いってえ!!!」

 途端、見事なフルスイングでぶん殴られた。小気味いい音が室内に響くと同時に、榊原の出社のタイミングを知らせるアラームが、スマートフォンから鳴り響く。
 顔に紅葉を作ったまま、榊原が落とさないように大林を床に下ろしてやり、ジリジリと喧しいベルの音を止めるべくスマホを取り出そうとすれば、そのまま尻を蹴られて玄関から叩き出される。

「うわっ」
「早く行けばーーか!!!!!」
「ちょ、大林く、」

 放り投げられた鞄を、顔面でキャッチする。さっきまでは応えてくれていたとは思わない豹変ぶりである。榊原は顔で受け止めた鞄で下半身を隠すと、垂れてきた鼻血をずびりと啜った。
 あえかな吐息と、すぐに熱くなった体温が蘇る。朝から実に甘やかなひとときであった。時計を見ればそろそろまずい。余韻に浸りたいが、朝の忙しない時間に行っていいことではなかったかもしれない。後悔はしていないが。

「行ってきます。」

 返事はないが、構わない。榊原は小さく口元を緩ませると、ハンカチで鼻を押さえながら男ぶりを上げた顔を晒して出社した。今日、早く帰れたら大林を誘って久しぶりに外でご飯を食べるのもいいかもしれない。そんなことを考えると、自然と足取りも軽くなっていく。
 誰かのために何かを考えるというのは、心地の良いことだ。緩い笑みを浮かべた顔をそのままに、エントランスのコンシェルジュに挨拶をしてから外にでる。
 その整った顔立ちで爽やかに声をかける榊原の姿を目で追うように、居合わせたご婦人方が頬を染めていた。


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