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二章 百貨店にくる顧客に情緒をかき乱される俺の話なんだけど。(大林梓編)
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「大林くんがさ、そっちの方がいいのかなって。」
榊原の心音が心地よい。大林は、こいつも俺と同じでドキドキしたりするのだろうか。と、そんなことを思ってしまうくらいには絆されてしまっていた。
少しだけ低い声が、大林の質問に答える。不貞腐れたような口調が可愛くて、不覚にも胸の奥が甘く鳴いた。
「なんだよ、それ、」
「面倒臭そうな男が好きなのかと思って。」
「おい、」
「だから、あえて言わなかったんだよ。てか、途中から反応が可愛くてつい。」
後半が本音で、前半が嫌味だと言うのは理解した。大林は目元をひくつかせながら榊原を見つめると、にっこりと微笑まれる。強かなのは素が滲み出ていたからなのかと改めて感じとる。どうやらこの男は取り繕うことはやめたらしい。己が剥がした外面は随分と分厚かったようだ。
大きな掌が、大林の濡れた睫毛を撫でるように触れる。それがくすぐったくて、少しだけ肩がすくむ。
「君だって、俺が既婚者だって勘違いしたまま煽ってきただろ。」
「見境ねえなって、幻滅した?」
「どっちかっていうと、らしくないなって思った。」
目元を撫でていた親指が、榊原の視線と共にゆっくりと唇に到達する。
その濡れた唇を割り開くようにして親指を差し込まれると、指の腹で舌を擦られた。榊原は、違和感を感じていた。体は知らない男に触れさせていたが、面倒臭そうなことになる前に距離を取る大林が、なんで後々面倒ごとに発展する可能性が高い既婚者へとモーションをかけたのかを。
最初は、この偽物の指輪の意味を察した上での行動かと思った。そういう遊びをしたいのかと。だから榊原は、まあ、その時頭が煮詰まってしまったというのもあるのだが、大林の誘いに応じたのだ。仕置きするつもりではなかったのかと聞かれたら、それは違うとは言い切れはしないが。
「女扱いしてほしくない、みたいな素振りだったじゃん。俺がどんな顔で女抱くのか気になっていたくせに。」
「っ、…ひゃ、めへ」
「口の中あっちいね、」
「ん、んぅ、…っ」
緩く開かされた唇の隙間から、飲みきれなかった唾液が溢れる。榊原の腕を伝って垂れていくその一筋が、大林の熱を煽る。それを止めるようにゆるゆると榊原の腕を掴むと、親指が大林の口を開いたまま、榊原は大林の舌をべろりと舐めた。
「う、っぅん、っ」
肉厚な舌が口内をねぶる感覚に、神経が粟立つ。腰の奥に響くような重だるい感覚が滞留して、大林の腹の奥を疼かせる。抱かれ慣れた素直な体は、自然と榊原を受け入れようと勝手に腹の奥で準備を始めてしまうのだ。
はしたない体に、大林はじんわりと涙を滲ませた。
こんな体になったのも、自業自得だ。大林は反応しやすい己の体が嫌で仕方がなかった。榊原が触れる体は、女じゃないのに雌になるのだ。この人が作ってくれた体だったら、どれだけよかっただろう。そんなことを思って、そうしたら、今までの己の行いを始めて後悔した。
唾液を舐めとられるように、榊原の舌がゆっくりと離れていく。嫌だ、もっとしてほしい。そんな素直な気持ちも、口にすることは許されないような、そんな心地だ。
「いもしない奥さんと重ねられると思った?んとに、かわいいねお前は。」
「ぅ、っ」
違うんだよ、それも、そうなんだけど、でも、俺は、あんたに甘やかしてもらう価値なんてないんだよ。
「ひ、…っく、ぅ、っ…」
大林の喉が震えた。己の今までの行いが、己の情緒を苛んでくるのだ。榊原の大きな掌に、幾筋もの涙を染み込ませる。嗚咽混じりの、情けない泣き顔だ。体は熱いし、腹の奥は疼く。本当は抱いてほしい。だけど、榊原に抱いてもらったら、今までの男と並列に扱うような気がしてしまって、素直に身を任せることができない。
大林は、もう、一杯一杯になってしまったのだ。こんなに泣くなら自覚なんかさせないでくれよ。優しくなんてしないでくれよ。ああ、でもこれも俺がこの人に対する選択肢をミスったからこうなんだっけ。
子供のように泣く大林を、戸惑ったように見つめる榊原をほっぽらかしにして、大林は過去の自分を呪った。
「なんで泣いてるの、具合悪い?」
「ゎ、わ、ぁ、んな…っ、も、もぅ、い、いゃだ、っ」
「俺が嫌だ?」
「ち、ちが、ぉ、俺、お、ぇが、…っ」
榊原が、心配そうに大林の顔を覗き込む。こんなに泣いて、不細工になってしまった顔を見るのはやめて欲しかった。それなのに、榊原は根気強く、まるで小さな子の話を聞くように大林が話すのを待ってくれている。辿々しい言葉も、きちんと聞いている。相槌を小さく打ちながら、情けない大林を心配そうな目で見てくれるのだ。
「ご、ぇん、あさ…っ、うぁ、あっ…」
「なんで俺が、お前に対して怒るのさ。」
「ふう、ぅ…っ…」
「大丈夫だから、ほら、こっちきな。一緒に寝よう。」
大林の体を引き寄せるように、榊原は横になった。その厚みのある胸板に大林を抱き込むようにして髪の毛を撫でる。胸元を涙と鼻水でべしょべしょにしても怒らない。大林は、榊原の腕に頭を預けながら、その手で縋るかのようにして榊原の服の裾を握りしめた。
好きだとは、まだ言われていない。だけど、そんな言葉なんていらないほど、気持ちのこもった口付けをくれた榊原に、大林は応えることはできないのだ。
身から出た錆とはよく言ったもので、それが己の心を蝕んでいく。身を任せたい、榊原の手のひらにもっと触れてほしいけど、その手のひらを求めるにはあまりにも汚れすぎていた。
だから、今だけ、今だけは甘えさせてほしい。泣顔を隠すように、胸元に顔を埋める。だって、榊原に触れてもらう為には、大林は沢山のものを清算しなくてはいけないのだから。
榊原の心音が心地よい。大林は、こいつも俺と同じでドキドキしたりするのだろうか。と、そんなことを思ってしまうくらいには絆されてしまっていた。
少しだけ低い声が、大林の質問に答える。不貞腐れたような口調が可愛くて、不覚にも胸の奥が甘く鳴いた。
「なんだよ、それ、」
「面倒臭そうな男が好きなのかと思って。」
「おい、」
「だから、あえて言わなかったんだよ。てか、途中から反応が可愛くてつい。」
後半が本音で、前半が嫌味だと言うのは理解した。大林は目元をひくつかせながら榊原を見つめると、にっこりと微笑まれる。強かなのは素が滲み出ていたからなのかと改めて感じとる。どうやらこの男は取り繕うことはやめたらしい。己が剥がした外面は随分と分厚かったようだ。
大きな掌が、大林の濡れた睫毛を撫でるように触れる。それがくすぐったくて、少しだけ肩がすくむ。
「君だって、俺が既婚者だって勘違いしたまま煽ってきただろ。」
「見境ねえなって、幻滅した?」
「どっちかっていうと、らしくないなって思った。」
目元を撫でていた親指が、榊原の視線と共にゆっくりと唇に到達する。
その濡れた唇を割り開くようにして親指を差し込まれると、指の腹で舌を擦られた。榊原は、違和感を感じていた。体は知らない男に触れさせていたが、面倒臭そうなことになる前に距離を取る大林が、なんで後々面倒ごとに発展する可能性が高い既婚者へとモーションをかけたのかを。
最初は、この偽物の指輪の意味を察した上での行動かと思った。そういう遊びをしたいのかと。だから榊原は、まあ、その時頭が煮詰まってしまったというのもあるのだが、大林の誘いに応じたのだ。仕置きするつもりではなかったのかと聞かれたら、それは違うとは言い切れはしないが。
「女扱いしてほしくない、みたいな素振りだったじゃん。俺がどんな顔で女抱くのか気になっていたくせに。」
「っ、…ひゃ、めへ」
「口の中あっちいね、」
「ん、んぅ、…っ」
緩く開かされた唇の隙間から、飲みきれなかった唾液が溢れる。榊原の腕を伝って垂れていくその一筋が、大林の熱を煽る。それを止めるようにゆるゆると榊原の腕を掴むと、親指が大林の口を開いたまま、榊原は大林の舌をべろりと舐めた。
「う、っぅん、っ」
肉厚な舌が口内をねぶる感覚に、神経が粟立つ。腰の奥に響くような重だるい感覚が滞留して、大林の腹の奥を疼かせる。抱かれ慣れた素直な体は、自然と榊原を受け入れようと勝手に腹の奥で準備を始めてしまうのだ。
はしたない体に、大林はじんわりと涙を滲ませた。
こんな体になったのも、自業自得だ。大林は反応しやすい己の体が嫌で仕方がなかった。榊原が触れる体は、女じゃないのに雌になるのだ。この人が作ってくれた体だったら、どれだけよかっただろう。そんなことを思って、そうしたら、今までの己の行いを始めて後悔した。
唾液を舐めとられるように、榊原の舌がゆっくりと離れていく。嫌だ、もっとしてほしい。そんな素直な気持ちも、口にすることは許されないような、そんな心地だ。
「いもしない奥さんと重ねられると思った?んとに、かわいいねお前は。」
「ぅ、っ」
違うんだよ、それも、そうなんだけど、でも、俺は、あんたに甘やかしてもらう価値なんてないんだよ。
「ひ、…っく、ぅ、っ…」
大林の喉が震えた。己の今までの行いが、己の情緒を苛んでくるのだ。榊原の大きな掌に、幾筋もの涙を染み込ませる。嗚咽混じりの、情けない泣き顔だ。体は熱いし、腹の奥は疼く。本当は抱いてほしい。だけど、榊原に抱いてもらったら、今までの男と並列に扱うような気がしてしまって、素直に身を任せることができない。
大林は、もう、一杯一杯になってしまったのだ。こんなに泣くなら自覚なんかさせないでくれよ。優しくなんてしないでくれよ。ああ、でもこれも俺がこの人に対する選択肢をミスったからこうなんだっけ。
子供のように泣く大林を、戸惑ったように見つめる榊原をほっぽらかしにして、大林は過去の自分を呪った。
「なんで泣いてるの、具合悪い?」
「ゎ、わ、ぁ、んな…っ、も、もぅ、い、いゃだ、っ」
「俺が嫌だ?」
「ち、ちが、ぉ、俺、お、ぇが、…っ」
榊原が、心配そうに大林の顔を覗き込む。こんなに泣いて、不細工になってしまった顔を見るのはやめて欲しかった。それなのに、榊原は根気強く、まるで小さな子の話を聞くように大林が話すのを待ってくれている。辿々しい言葉も、きちんと聞いている。相槌を小さく打ちながら、情けない大林を心配そうな目で見てくれるのだ。
「ご、ぇん、あさ…っ、うぁ、あっ…」
「なんで俺が、お前に対して怒るのさ。」
「ふう、ぅ…っ…」
「大丈夫だから、ほら、こっちきな。一緒に寝よう。」
大林の体を引き寄せるように、榊原は横になった。その厚みのある胸板に大林を抱き込むようにして髪の毛を撫でる。胸元を涙と鼻水でべしょべしょにしても怒らない。大林は、榊原の腕に頭を預けながら、その手で縋るかのようにして榊原の服の裾を握りしめた。
好きだとは、まだ言われていない。だけど、そんな言葉なんていらないほど、気持ちのこもった口付けをくれた榊原に、大林は応えることはできないのだ。
身から出た錆とはよく言ったもので、それが己の心を蝕んでいく。身を任せたい、榊原の手のひらにもっと触れてほしいけど、その手のひらを求めるにはあまりにも汚れすぎていた。
だから、今だけ、今だけは甘えさせてほしい。泣顔を隠すように、胸元に顔を埋める。だって、榊原に触れてもらう為には、大林は沢山のものを清算しなくてはいけないのだから。
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