[改稿版]これは百貨店で働く俺の話なんだけど

だいきち

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二章 百貨店にくる顧客に情緒をかき乱される俺の話なんだけど。(大林梓編)

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 印象に残ったあの日から、いく日が経っただろう。榊原はあれから仕事帰りに何回か店の中を覗いてみたのだが、タイミングが悪くなかなか会えずにいた。
 最初の出会いがオフの日のだらしのない姿だったのだ。だからこそ、普段は違うというところは見てもらいたかった。己がなぜそんなに彼に対して自己主張をするのだろうとも考えたが、やはり取り繕っていない彼の顔というものを見てみたい。ただそれだけであった。

 人混みを避けるようにして、電車を降りる。相変わらず急に決まった出張の帰り、幸い一泊のみだったので荷物が少ないことくらいが救いだ。
 出社は明日から、今日はそのまま帰りにスーパーでも寄って、缶ビールでも買って家で飲もうとささやかな楽しみを胸に秘める。
 急いで購入したスーツは気に入っていた。色合いもだが、生地が上等なので気持ちが少しだけ上がるのだ。彼が持ってきてくれたスーツの色合いはどれも自分好みであった為、また接客を受けるなら彼がいい。
 そのスーツを、出張に行くのに着ていったのだ。先方で大切な商談があったため、ネクタイは印象が残るようにボルドーの色を締めた。人によっては赤字を連想させるからと避けるものもいるが、榊原は勝負の赤だと思っている。そして何より身が引き締まるのだ。
まあ、プライベートで榊原が相手に求める勝負の色といえば、俄然黒の総レースを下着としてお召いだきたい派だが、これはあくまでも余談である。


 人混みの奔流は、榊原を避けるように避けて改札の外へと吐き出されていく。駅の構内では物産展をやっており、榊原は酒のつまみでも買うかと足をすすめようとしたその時だった。

「ざっけんじゃねえよ!」
「ん?」

 賑々しい構内で、何やら荒っぽい声が飛んできた。榊原が声の出どころを見つけるのは実に容易く、一部の人の視線を辿るだけですんだ。
 何やら若い男が二人して言い争いをしているようで、片方の男の方がどうやら血の気が多いらしい。柱の影ではあったが、なんとなく目が引いてしまう。己にもやじうま精神が残っていたのかと思ったが、どうやら違う理由のようだった。
 片方の、物静かな男に既知感を感じて視線を向ける。どうやら喚く相手に対して呆れているようで、面倒臭そうなものを見るその態度が、より一層相手の怒りを煽っているようであった。
 黒のモッズコートから覗く細い首、細身の脚にはそこの厚めなスニーカーを合わせ、見える位置の耳には銀色のピアスがいくつも連なっている。横顔からでもわかる顔立ちは整っており、彼を目にした榊原の記憶が、徐々に輪郭を帯びる。
 
 間違いない、彼だ。大林梓。

 接客の時とは大きく雰囲気が違っていたので、一瞬わからなかった。しかし、髪型も、細身な背格好も改めてみたが、間違いなくそうであった。
 違ったのは、接客の時とは違った気だるげな雰囲気だろうか。丁寧で愛想の良い彼はなりを潜め、裏の部分だろう彼が榊原の目の前にいた。
 そんな彼が、治安の悪い輩に絡まれている。どうする、仲裁に入ろうか。それとも迷惑だろうか。彼もプライベートだろうし、もしかしたら詮索をされたくないかもしれない。
 榊原が考えあぐねているうちに、少しずつ人が立ち止まり始めていた。このままここにいても、彼が気づいたら気まずいかもしれない。そう思い、その場を去ろうとした時だった。

「お前ええええええ!!」
「っ、」

 逆上した男が、大林に向かって手を振り上げたその瞬間、気がつけば榊原の体は勝手に動いていた。首をすくませるように身構えた大林の腰を引き寄せると、榊原は手に持っていたブリーフケースを、拳の前に突き出した。
 鞄が代わりに衝撃を受ける。己の行動に戸惑いはしたが、それは目の前の男も同じであった。突然あらわれた目の前の榊原に、目を丸くしている。
 しかし、榊原はそれどころではなかった。大林の細い腰を支える手のひらが、カッと熱くなる。じんわりと移る体温を急に自覚したのだ。
 そして、榊原がかばった大林は、襲いくるであろう痛みに堪えるように閉じられていた瞼をゆっくりと開く。
 そして、その形のいい双眸が榊原を視界に捉える。

「は、」

 なんとも間の抜けた一言が、大林の口からぽろりとこぼれた。








 大林は、なんでもそつなくこなす割には、不器用な男であった。私生活では特に支障しかない性格が祟って、一度限りと約束をしたはずのセックスフレンドから強く迫られれば、慌てて逃げるように音信普通。そんなことばっかりを繰り返すので、おそらく恨みも大いに買っていると思う。
 用心深く、遊ぶ相手とは捨てアカウントで知り合い、会う場所も地元から一時間も離れたところ。会って、ヤッて、気分が乗れば二回戦も辞さないが、基本的には互いに割り切った関係でやりとりをしている筈なのだ。それなのに、たまに一度寝ただけでのめり込んでくるやつがいたりする。
 こういうのは、本当に勘弁してほしい。特に、目の前のような男は大林の嫌いなタイプであった。


「お前、あんだけよさそうにしてたろうが。」

 顔だけは評価できる眼の前の男は、女以外も体験してみたいといった年若いノンケ特有の好奇心を打つけてきた男だった。

「つか割り切ってじゃん。ほんとそういうのいらないんで。」
「なあ、お前もう一人に絞れって、俺だったら好きな時に遊んでやるからさ。」
「本命とかマジでいらない、迷惑、帰って。」

 目の前の男は、大林の逃げ場を奪うかのようにして壁に手をつく。自分の顔を自覚しているらしいその態度が鼻につく。
 ショートメールでのやり取りが数回で、今日会うのが初めてだったのにも関わらず、一度寝たら何かが目覚めてしまったらしい。
 正直、セックスは下手だった。ノンケに期待はしていなかったが、火遊びがしたいと言われたのと、金もきちんと交通費含めてもらっている。ならばさっさとイかせて終わりにしようとアンアン言ってやったのだが、それが不味かったらしい。

「大体さ、お前だってよがってたろ。女みてえなイき方してたじゃん。俺たちは相性いいんだって、なあ。」
「…いやいやいや。」
「これから少しずつさ、お互いの事知っていけばいいじゃん。な?機嫌直せって。」

 壁際に追い込み、もうすでに彼氏になることが決まっていうかのように振る舞う目の前の男に、大林の頭は痛くなるばかりだ。
 駅の中に入った途端、これだ。人の目線があるところで畳み掛けるように行動するのは、男同士のそういう関係がバレてもいいのかと脅し半分も含まっている。特に、うん、と言わなければ話を終わらせないような、そんな手口をしてくる男に限ってろくな奴はいない。
 別に、こちとらゲイバレしたって構わない。だってここは地元じゃないし。

「あのさ、男初めてだったっていうからこっちは気を遣ってやったの。ただお前が俺の穴使ってオナっただけ、全然よくねえし。演技もわかんねえようじゃ女とヤッても騙されて終わりじゃねえの。」

 つい、カッとなって言ってしまった。やばいと思ってももう遅い。大林はつくづく自分の言葉を選ばない性格は治さなくてはと思うが、もう今更だ。現に、目の前の男は怒りに顔を真っ赤に染め上げた。

「な、ん…お、おまぇエエェえ!!」
「っ、ヤべ、…っ」

 後悔先に立たずとは本当によく言ったもので、しまったと思ってももう遅い。
 散々煽ったくせに、痛いのは嫌なのだ。販売業なので顔に傷を作ったらどやされる。顔面狙いの容赦のない拳を前に、大林はぎゅっと目を積むると、小さく身を竦ませた。
 拳が当たったら、後ろに倒れよう。そうすればそこまで腫れない気がするしという打算が働いて、足の力を抜いた時だった。

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