[改稿版]これは百貨店で働く俺の話なんだけど

だいきち

文字の大きさ
上 下
48 / 79
二章 百貨店にくる顧客に情緒をかき乱される俺の話なんだけど。(大林梓編)

3

しおりを挟む
俺には、入学当初からずっと好きだった女の子がいる。



真っ白な肌に、ピンク色の頬。下から見つめてくる上目遣いをする大きくて綺麗な瞳。さらさらの長い黒髪。そして、とても優しい性格。



俺が好きになった子は、入学当初から学校イチの美少女────結城桜十葉ちゃんだった。



純粋な彼女に、一瞬にして惹かれた。一目惚れ、だったんだと思う。優しくて可愛い笑顔をみせてくれる君を気づけば大好きになっていた。



純粋な彼女を俺で汚したくてしょうがなかった。だけど、その恋は淡く、失恋に終わった───。



桜十葉ちゃんへの想いは、告げることのできないまま叶わぬ恋となった。



桜十葉ちゃんが、あの坂口組の組長の息子、坂口裕翔の彼女だと知った途端、勝手に失望して落ち込んだ。



それ以来、桜十葉ちゃんの顔を見ることが出来なかった。桜十葉ちゃんも気づいていたと思う。俺が避けていることを。



不意に見た桜十葉ちゃんの顔がすごく寂しそうにしていたから、すぐに目を逸した。



だって、そんな顔されたら期待してしまうじゃんか……。俺に避けられて悲しいと思っている桜十葉ちゃんを、もう1度好きになってしまいそうだった。



「あははははっ!もお~こしょばいってば~!」



廊下を歩いていると突然聞こえてきた楽しそうな声。その声は、俺がずっと求めていたもので思わず声のした方を振り返った。



そこには、楽しそうに友達と笑う、桜十葉ちゃんの姿があった────。



「…っ、……!」



この気持ちを、どうしたら忘れられるのか。1度芽生えてしまった恋心は、失恋してもなお残り続けている。自分の気持ちを伝えられないことが、こんなにも辛いことだとは思っていなかった。



でも、俺は桜十葉ちゃんに気持ちを伝えることはきっと出来ない。あの日の入学式以来、桜十葉ちゃんのことをずっと避け続けてきた俺に、桜十葉ちゃんへの気持ちを伝える資格なんてきっと、どこにもない。



桜十葉ちゃんは、明るい世界に生きる子だ。どんなに辛く悲しいことが起ころうとも、それに立ち向かう強さを持っている芯の強い女の子だ。



だから、だろう。彼女の周りには、いつも笑顔が溢れている。自分に向けてくれる笑顔を見るだけで、幸せな気持ちで満たされた。



これはもう、もはや執着ではないのか…?どうしても、桜十葉ちゃんのことを諦めきれない。いや、違う。諦めたくなんかない。



だって俺は、まだこの抑えきれない感情を伝えていないのだから。



振られると分かっていても、俺は自分の気持ちを伝えたい。これが、桜十葉ちゃんのことを諦めるきっかけになるのならば……。



「おと、ちゃん……放課後、ちょっと時間くれないかな?」



俺は、桜十葉ちゃんが居る階段のところまで歩いて行き、声をかけた。



俺が話しかけたことをよっぽど驚いたのか、しばらくぽかんと口を開いて俺を見つめていた桜十葉ちゃん。でも、すぐに嬉しそうな顔でふにゃっと笑った。



「うん。…いいよ!」



期待はしない。君は、誰にでも優しいと分かっているから。だから今日、俺を振ることに心を痛めるかもしれない。だけどそこは、潔く振ってくれたらそれでいいんだ。



桜十葉ちゃんの隣に居た鈴本さんが俺を不審そうな目で見てきたけど無視だ。急に桜十葉ちゃんを避け始めた俺をよく思っていないのは分かっている。



今日で、桜十葉ちゃんへのわだかまりと、このどうしようもない気持ちを綺麗さっぱりなくそう。



俺は教室に戻り、自分の席に向かう。すると途端に、沢山の男子や女子たちに囲まれた。俺は、この学院の王子様。



みんなに好かれ、かっこいいと騒がれて結構モテるし告白もされる。男子からの好感度も良い。



だけど俺は、好きな子に振り向いてはもらえなかったただの臆病者だ。彼氏がヤクザの息子だろうと、怖がらずに奪いに行くべきだった。



俺は、もっと早く行動することが出来なかった。



今更悔やんでも仕方のないことを、いつまでもウジウジと考え続けていた。



***



「来てくれてありがとう。おとちゃん」



そういえば、“おとちゃん”という呼び方を桜十葉ちゃんの彼氏は眉をしかめてキモい言ってきた。



桜十葉ちゃんと2人きりで校舎から出てきたことをめちゃくちゃ嫉妬しているらしかった彼氏を見て、ある種の快感を覚えた。



「うん。…でも、こんなところに呼び出してどうしたの?」



あらかじめ1年生の使われていない空き教室で待っていてほしいと頼んでおいたのだ。



「おとちゃん。急に、ごめんね。まずは、……今まで避けていたこと、本当にごめん」


「えっ……!?う、ううん!そんな、謝らないで…っ」



俺が膝に付くくらいにまで頭を下げたので、桜十葉ちゃんがそう驚いたように声を上げる。



そして、俺たちの間に静かな沈黙が流れる。



俺は下げていた頭をゆっくりと上げて、恐る恐る桜十葉ちゃんの方を見た。自分が見たものが、信じられなくて目を見張った。



「おと、ちゃん……?なんで、泣いてるの」



桜十葉ちゃんは、流れ落ちる涙を拭いながら泣いていた。でも、その表情はとても穏やかで、嬉しそうだった。それに、心底ほっとする。



「だって、……ま、真陽くんにようやく話しかけてもらえたから……っ。なんで避けてるのとか、何だか怖くて聞けなくて、……でも最初に出来たお友達だったから、やっぱり話したくて、……」



ああ。俺は、なんて馬鹿だったのだろう。いつも自分の手の届くところにいた彼女を、傷つけてしまっていたなんて……。



「ごめんね。おとちゃん。本当に、ごめん……」



「…うん、いいよ。機嫌直ったから……ふふっ」



彼女は、いつもいつも、表情が豊かだ。ニコニコとした愛想を浮かべている俺なんかとは大違い。その表情はコロコロと変化して、見ていて凄く面白い。



そして、信じられないくらいに可愛いんだ。



「可愛い、……」



無意識に口に出してしまっていた俺の言葉を、桜十葉ちゃんの耳がぴくっと聞き取る。



やばい、キモがられたかな?やっぱり、好きじゃない男に可愛いとか言われても嬉しくないよね……。



「やっと、あの頃の真陽くんだね。真陽くんは、もっと自分を見せてもいいと思う」



桜十葉ちゃんが、とても大人びた表情でそう言った。その透き通るように綺麗な瞳に、俺の全てを見透かされている気がして落ち着かなかった。



「おとちゃん……?」


「真陽くんは、みんなに全てを見せても大丈夫ってこと!ずっと見てて思ったんだ。もしかしたら真陽くんは、上辺だけの関係をみんなと築いているのかなって」



とても、驚いた。桜十葉ちゃんは、俺が思っていたよりももっとずっと人の心に鋭い子だったのかもしれない。勝手に鈍感で天然な、可愛い子だと決めつけていたけれど、桜十葉ちゃんはそれだけではなかったんだ。



人の心に敏感で、感無量の優しさで、疲れた心を癒やしてくれる。その鋭さと、言葉の選び方に泣きそうになってしまう。



「私は、まだ本当の真陽くんと話したことはないよ。本当の君は、今よりもずっと人間味があって魅力的な男の子な気がするんだ」



桜十葉ちゃんはそう言って、ふわっと一輪の薔薇の大輪が咲くように微笑んだ。



桜十葉ちゃんは、どうしてこんなにも人たらしなのだろう。好きが溢れてしまって息が苦しくなる。ここまで他人に惹かれたのは、初めてだったんだ。



俺のものにしたい。俺で一色に染めたい。ずっと、隣に居たい。



決して結ばれることのない恋だと分かっていても、それでも俺は、好きという気持ちを止められない。



こんな気持ちを教えてくれたのは、君だったから。



誰かに感情を揺さぶられることも、何かに興味を持ったことも1度もなかったつまらない俺が、こんなにも本気になれたんだ。



まだ幼い時に、俺は他の人とは違うのだと悟った。



全てがつまらなく思えて、生きる意味さえも分からなかった。両親は共に海外で活躍する俳優たちで、望むものならば何だって手に入れられた。



地位と権力だって、ずば抜けて高かった。



容姿端麗。才色兼備。勉強も運動も何だって安々とこなしてしまう俺をみんなはそんな風に言っていた。



でも、俺は自分のほしいと思うものが見つからなかった。



それを見つけることが出来たのなら、俺の心は満たされると思った。



「俺、さ……感情がないんだ。みんなが楽しいと思うことも、悲しいと思うことも、自分にはどうだって良かった……。笑おうと思えば笑える。だけど、心の底から笑ったことは、1度もなかった」



君に、出会うまでは。



「おとちゃんに出会って、俺は変わったんだよ」



俺の言葉に、桜十葉ちゃんが目を瞠った。



だから、この恋が叶わなくてもいい。だって俺は、こんなにも心が揺り動かされる感情を、桜十葉ちゃんから貰うことが出来たから。



初恋、なんだ……。



「俺が産まれて初めて好きになった子は、桜十葉ちゃん。君だったんだよ」



こんな感情を、俺に教えてくれてありがとう。もう、欲張りなことは言わないから、だから、今は少しだけ俺の願いを聞いてほしい……。



「っ……真陽くん…っ!」



桜十葉ちゃんを、ぎゅっと優しく抱きしめた。すぐ間近で伝わる桜十葉ちゃんの体温が、とても愛おしい。



桜十葉ちゃんの両の腕はふらふらと宙を彷徨っていて、恐る恐る迷うように俺の背中に添えられた手。



「真陽くん、……私を避けてた理由、聞いてもいいかな…?」



桜十葉ちゃんは、気づいているのだろう。俺が、君の彼氏の正体を知っているということを。



「入学式のあの日、俺は坂口組の組長の息子、坂口裕翔を見た」



俺の言った言葉に、すぐ近くで桜十葉ちゃんがヒュッと息を呑むのが分かる。



「あの人、やっぱりおとちゃんの彼氏……?」


「……う、うん。そう、だよ…。だから、ごめん。真陽くんの告白は、ごめんなさい」



俺が抱きしめていた桜十葉ちゃんがぶるぶると震えながらそう告げた。



違う。違うんだ、桜十葉ちゃん。俺は君を、そんな風に怖がらせるつもりじゃない。きっと桜十葉ちゃんは、裕翔という彼氏の身の安全を暗(あん)じている。



「大丈夫だよ、おとちゃん。彼氏さんの正体は、絶対に言わないから。でも、1つだけ条件がある」



桜十葉ちゃんは涙目になりながら俺を見上げた。今は自分の腕の中にいる桜十葉ちゃんを、どうしようもなく虐めたいと思う気持ちに駆られたがそこはグッと留まる。



「な、何……?」


「これからも、俺の友達として普通に接してほしいです」



これだけでいいんだ。俺の最後の頼み事。



「へ、……?そんなことでいいの…?」


「そんなことって何…?俺にとってはめちゃくちゃ嬉しいことなんだけどなぁ」



俺の言葉に、桜十葉ちゃんはふっと安心したように微笑んだ。



……ガタンッ────!!!!



そんな和やかな空気が流れていた空き教室に、突然扉が激しく開かれる大きな声音が響いた。



俺は大きな音のした方を素早く振り返った。



「っ……!?坂口、裕翔…っ!」



そこには、桜十葉を抱きしめていた俺を鋭い瞳で睨みつける、ヤクザの息子、坂口裕翔が居た────。



「裕翔くん……っ!?」



桜十葉ちゃんは、俺から勢いよく離れた。



「桜十葉、帰るよ」



坂口裕翔は、恐ろしく怖い顔をして冷たい声でそう言った。パシッと桜十葉ちゃんの手を取った力がとても強かった。



桜十葉ちゃんはバツが悪そうに俯いて、その冷たい声と態度に傷ついたような悲しい顔をした。



坂口裕翔は桜十葉ちゃんを先に教室から出し、自分もそれに続いて出ようとした、その時ーーーーーーーー



「お前、いつまで俺の桜十葉の近くにいるつもりなんだよ?次指1本でも桜十葉に触れてみろ。……殺すぞ」



ヤクザの息子が言ったら、そんな言葉は洒落にならなかった……。俺の背筋が凍る。ドクドクドク、と嫌な心臓の音が耳にこだまして、冷や汗が垂れた。



桜十葉ちゃんは、怒らせてしまってらこんなにも怖い人と付き合っているんだ……。



これじゃあ、最初から叶いっこなかったな……。



俺は、桜十葉ちゃんの体温が残る腕を虚しく宙でぶらつかせた。



✩.*˚side end✩.*˚

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

病んでる愛はゲームの世界で充分です!

書鈴 夏(ショベルカー)
BL
ヤンデレゲームが好きな平凡男子高校生、田山直也。 幼馴染の一条翔に呆れられながらも、今日もゲームに勤しんでいた。 席替えで隣になった大人しい目隠れ生徒との交流を始め、周りの生徒たちから重い愛を現実でも向けられるようになってしまう。 田山の明日はどっちだ!! ヤンデレ大好き普通の男子高校生、田山直也がなんやかんやあってヤンデレ男子たちに執着される話です。 BL大賞参加作品です。よろしくお願いします。 11/21 本編一旦完結になります。小話ができ次第追加していきます。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

【BL】こんな恋、したくなかった

のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】  人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。  ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。 ※ご都合主義、ハッピーエンド

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

処理中です...