[改稿版]これは百貨店で働く俺の話なんだけど

だいきち

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二章 百貨店にくる顧客に情緒をかき乱される俺の話なんだけど。(大林梓編)

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「何、」
「別にい。」
 
 大林とたまたま休憩室で一緒になった旭は、まず第一に詫びたのは、昨日もらったメッセージの返信ができなかったことについてだ。
 バタバタしていて、と言い訳じみたことは言ってしまったが、嘘ではない。本当は、柴崎がちょっかいをかけてきて、出来ずじまいだった。というのが正しいが。
 
 ジトリとした目で見つめられる。旭は真向かいの席を陣取られてから、昼飯を食べ終わるまで、ずっとこんな具合に見つめられていた。なまじ顔がいいから、こちらもついチラと見てしまう。おかげさまでだし巻き卵が甘かったのかも忘れてしまった。
 にこりと微笑まれる。先程までの無言の圧力とは打って変わった大林の表情の変化に、旭は瞬きで返した。
 
「旭さ、今週いつ暇?俺とデートしね?」
「買い物ならつきあうけど。十一日なら空いてるよ。」
「ちぇー。まあいいや、オッケメモった。その日絶対あけといて。」
「おけまるですわ。」
「あざまるですわ。」
 
 気の抜けるようなやりとりは、最近旭と大林の中で流行っている返事の仕方である。始めたのは大林であるが、なんだかんだそこに旭も便乗したのだ。
 スマートフォンにリマインドし終えた大林は、行きたい店がないか調べとくといってネットを開く。普通なら、いや行きたいお店は特になかったんかい。と突っ込むべきところなのだが、旭に至っては相変わらずのマイペースさで、ありがとー。などと返していた。
 
「っと、また後で連絡する。店から電話きた。」
「顧客?」
「そ、お疲れ様です、大林です。」
 
 片手でスマホに出ながら、かちゃかちゃと音を立てて食べ終えた食器を片す大林に、旭はジェスチャーで戻しておくよと伝えると、身振り手振りだけで感謝を伝えて慌ただしく戻っていった。
 どうやら大切なお客様らしい。大林が所属するブランドも有名なところなので、上位顧客を多く抱えている。チラリと覗くたびにいつも忙しそうにしているのに、身だしなみには余念がないのだ。
 旭ももちろん気をつけてはいるが、なんとなく同じ販売員としては柴崎とは違う憧れを抱いてしまう。最近では、ふらりと来店された浮浪者のような見た目のお客様に、スーツを短時間で決めたという。
 大林は、あれはラッキーパンチだったと言ってはいるが、朝日からしてみれば、人を見た目で選ばずに接客をしたからだと思っている。
 大林の長所でもある物怖じしないという性格は、実は販売業においては最も重要視されるスキルでもあるのだが、多分大林はそれに気がついていない。だから、格好いいのだと思う。
 クレームに関しても、とにかく下手に出続けるよりは、冷静さを取り戻してもらうための話術が重要だ。
 百貨店を利用するお客様は時間にタイトな方々もいらっしゃる。手間をかけずにスムーズに物事を運ぶのだ。
 人によって求められるハードルの高さはまちまちである。しかし、そこを乗り越えた時に得られる信頼というのは、ブランドとしても非常に大切なものなのだ。
 信頼は、得るのは難しく、崩すのは実に簡単である。
 顧客づくりに垣根もなければ、正解もないのだ。
 
 とかく、そんなことを思っていれば、柴先からのメッセージが飛んできた。
 内容はここ最近日課のようになってsまった帰宅時間の報告であった。今日は外に出ており、終わる時間が旭よりも早いのだ。
 
「なんか、俺も頑張らなくちゃなあ。」
 
 たぷたぷと返信をする。どうやら今日は柴崎が旭の家に行きたいらしく、合鍵を使って先に帰ってるという内容だった。
 互いの家の合鍵を交換したのも、ここ最近だ。今日の晩御飯は柴崎さんが作ってくださいとだけ返事を返すと、旭が帰ってきてから柴崎の奢りで外食をしようという話になった。
 とりあえず、喜んでいるスタンプだけでメッセージを返す。そろそろ休憩も終わりの時間なのだ。
 ちぅ、と残りの紙パックのコーヒーを飲み終えると、大林の分の食器も片付け、旭も店に戻るべく席をたった。
 忘れないうちに、と自分のスマートフォンのカレンダーアプリのスクリーンショットを撮ると、柴崎に送りつけた。見たら分かるだろうと思ったのだ。
 内容は先程の大林との予定が書いてある。すぐに既読がついた後、旭はスマートフォンをしまってしまったから気が付かなかったが、柴崎の返信は実に早かった。
 数時間後、柴崎からきた。浮気か、許さん。のメッセージは、しっかりと旭からの既読無視で返された。
 
 
 
 
 
 店に戻った大林が、顔を顰める。どうやら呼び出しの電話は、最近常連になった男が来店したからであった。
 本当は、どのスタッフがやっても問題はない。だけど、なぜかあれ以来大林の顧客扱いをされているのだ。
 多分きっと、見た目の圧がすごいから。絶対にそうに違いないと大林はそう読んでいる。
 
「榊原さん。」
「ああ、大林くん。」
「取り置きですよね。入荷してますよ。」
「ありがとう。」
 
 大林はにこやかに微笑みかけた。
 榊原と呼ばれた男は、ノリの効いたシャツに、グレイのウィンドペンチェックのスーツを纏い、ネクタイは先日大林が見立てたボルドーカラーのタイを、シングルノットで締めていた。焦茶の髪を後ろにラフに撫でつけており、その毛先が濡れたような束に見える仕上がりをしていた。髪と同じ焦茶の瞳はくっきりとした切長の二重で、大林には少しだけ眠そうな目に見える。形のいい目は笑うと少しだけ目尻が下がるのだ。それを、リムレスの眼鏡で誤魔化している。
 上等な男だ。スーツから仄かに香る香水の香りも嫌味なく、どこをどう切り取っても、モデルとしても通用しそうなほど理知的な美形であった。
 
「……。」
「何かな。」
「いえ、取り置き伝票をお預かりしても?」
「ああ、失礼。これでいいかな。」
 
 絶対にわかっててやっただろ。と思った。
 他のスタッフが受けた時は、伝票をすぐに渡していたのを大林は知っている。この男は、大林にだけこうなのだ。
 懐から出した伝票を、大林の掌に置く。緩く指を撫でるように手を離されると、柔らかく微笑まれた。
 
「…少々お待ちくださいませ。」
「ああ、ゆっくりで構わないよ。」
 
 微笑みを貼り付けた大林が、一例をしてストックに向かう。
 大林は、榊原に並々ならぬ警戒をしていた。
 先日、浮浪者のような身なりで来たかと思えば、スーツ一式を大口購入して去っていったこの男。その後、ひょんなことから大林のプライベートの秘密を暴かれてしまったのだ。つまり、弱みを握られている。
 大林も迂闊だったが、なんで自分が気に入られたのかは皆目見当もつかない。
 
「マジで、マジでムカつく…っ」
 
 ストックの裏、目元をひくつかせながらそんなことを宣う。大林梓、嫌いなことはマウント取られることである。
 グシリと指先で髪の毛をつまむ。少しだけ身だしなみを整えると、取り置きされていたブリーフケースを持って、大林は再び天敵でもある榊原のいる売り場へと戻って行ったのであった。
 
 
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