[改稿版]これは百貨店で働く俺の話なんだけど

だいきち

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 室内の気温が上がったような気がする。旭はそんなことを薄ぼんやりと思いながら、死んでしまいそうなくらい苦しいキスに、翻弄されていた。
 
「う、ぅん、ン…っ…」
 
 ここは、水の中だったっけ。そんなことを思ってしまうくらいには、呼吸が苦しい。胸の多くはずっと心臓が弾んでいるし、それに伴って指先まで震えてきた。飲みきれなかった唾液がまた頬を伝ってカーペットに染みをつくり、柴崎のスウェットを握りしめていた掌は外されて、今は指の股を擦られるかのようにして、大きな手に絡められていた。
 
「…、息継ぎは鼻でするもんだ。知らなかったっけか。」
「し、知ってる、けど…で、できないときだってある…っ」
「ああ、それいいな。ちっと興奮した。」
「ひ、…っなん、っ」
 
 どこに興奮をしたのか、是非教えてもらいたいくらいであった。くつくつと笑うのが癖だと言うのは、最近になって知ったことだ。親指で、旭の口端に伝った唾液を追いかけるようにして拭いとる。額に口付けられたかと思えば、そっと着ていたカットソーの隙間から手を差し込まれた。
 
「ちょ、っと待って、本当に、待って、」
「嫌だ?」
「ち、違う…し、心臓、が、しぬかもしんないから、っ」
「ああ、本当だ。これも、俺のせいなんだな。」
「っ、」
 
 墓穴を掘った。柴崎は、旭のカットソーを捲り上げるようにして胸をそっと撫でると、その中心に手をそえて、嬉しそうに目を細めた。
 こくん、と小さな喉仏が上下する。口から漏れ出る吐息に色がつき、呼吸が浅くなる。部屋はカーテンが閉まっているから、あるのは白熱灯の灯りだけだった。
 その光の下で、柴崎につまらない胸元を見られているだけで、旭は居た堪れなくなる。
 女のように膨らみもない、男の胸だ。薄くて、少しだけ筋張っているその体に、柴崎は欲情しているのだと思うと、旭は柴崎に思いを寄せてきた過去の女性たちに、バレたら殺されるのではないかとも思ってしまう。
 
「また、変なこと考えてんだろ。」
「か、考えてない…」
「電気消す?」
「それは、お願いします。」
 
 急に、冷静になってそんなことを聞かれたから、旭も少しだけ冷静になった。だけど、旭が想像していたのは、柴崎が立ち上がってスイッチライトを消す方の想像であって、まさか近場のリモコンを手に取って、その場で消すとは思っていなかった。
 
「そっち!」
「お前ね、俺だってムード位考えるわ。」
「だったら最初っから電気消すとか、」
「それだとなんかちげえじゃん。ほら、落ち着いて。」
 
 胸元を隠す魔も与えられぬまま、柴崎によってカットソーを脱がされる。スポンと頭を抜かれて、乱れた髪も整えてくれる優しさ付きでだ。
 俺だけ脱がされるの、と言う気持ちが表情に出ていたらしい。むん、と不服そうに引き結ばれた旭の表情にニヤリと笑うと、柴崎も豪快にスウェットを脱ぐ。
 体温の移ったそれが乱雑に放り投げられて、旭と柴崎の着ていた服だけがベットの上に乗っかった。本体はそのままで、抜け殻だけが正しい位置に鎮座する。それが面白くて、ちょっとだけ笑う。
 
「何笑ってんの、」
「だって、服だけベットの上だから。」
「ああ、そう言うこと。」
「うん、あ、っ」
 
 がじり、と肩口に歯を当てられた。甘く噛まれたそこから、しびび、と神経の震えがさざめくように全身に広がって、旭の体温をまた一度上昇させた。
 柴崎に噛まれるのは、好きかもしれない。自分がいつからそんな変態くさい性癖になってしまったのだろう。けしてマゾヒズムではなかったはずだ、多分。
 なんだか、これって征服されているみたいではないか。
 
 心臓の音を確かめるだけだった柴崎の掌が、明確な意図を持って動き出した。最初は、旭の胸の頂をそっと掠めるように触れるだけ。
 そのうち、ペンだこのできた指の合間で挟むようにして、胸の突起を刺激されて、ひくんと腰が震えた。
 
「む、むね、っ」
「いいね、素直だ。」
「どこに話しかけてんだよ、ぁっ!」
 
 意地悪な色を滲ませて、柴崎がそんなことを宣う。
 まさか男でもそんなところに性感帯があるだなんて思わなかった。旭は、ない胸の代わりにそこに触れているだけなのだろうなと、柴崎に対して申し訳なさも抱えていたのだが、どうやら本人は至って真剣なようであった。
 
「あん時は、ほとんど性急だったから。二回目は、ちゃんと大事にさせて。」
 
 優しい声色が耳朶をくすぐる。柴崎の手がそのまま旭の肩甲骨に回ると、そっと背筋をなぞられる。
 びくりと腰がはね、僅かに胸が反った。ふ、と詰めていた息があっけなく吐き出され、旭は慌てて口をつぐんだ。
 こうでもしないと、変な声が漏れてしまいそうだったのだ。
 
「あんま、力むな。噛み付いたりしないから。」
「ま、まっ、」
 
 待って、とは言えなかった。その代わり、自分で出したのかと疑ってしまうほど、高く上擦った声が漏れた。
 
「ひ、ぅっ!」
 
 ぬるりとした熱い何かが、旭の反らされた胸元に這わされたのだ。
 肉厚で、少しだけざらりとしたそれが柴崎の舌だと言うことを、脳が理解する。その瞬間にはもうダメで、旭の目の奥から、じわじわと涙が滲む。
 なんだこれ、恥ずかしい。自分は男なのに、柴崎によって女にされてしまう。
 そんなことが唐突に頭をよぎり、体が震える。でも、不思議とやめて。と言う言葉は出てこなかった。
 柴崎の掌が、旭の早鐘を打つ心臓を宥めるようにそっと胸を撫でたからだ。
 その掌が優しくて、つい縋ってしまいそうになる。それでも、きっと握り返したら口を抑える手がなくなってしまって、またはしたない声が漏れてしまう。
 それがわかっているから、旭はその手に触れることができないのだ。
 
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