[改稿版]これは百貨店で働く俺の話なんだけど

だいきち

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「何してんすかパイセーーン!!!」
「わー!サーセン!!」
 
 わかりやすくカーペットの上に崩れた柴崎が、腕に顔を埋めながらそんなことを叫んだ。こもった声で叫ばれる抗議が地味に面白い。旭はその背中を慰めるようにベチベチと叩くと、優しくして。などと言われる。それもまた面白すぎて、旭はケラケラと笑った。
 
「ただのゲームじゃん、なあ、元気出せって。え、うそでしょそんな落ち込む?」
「鈍臭い旭にだけは絶対負けたくなかった。」
「喧嘩売ってんすかあんた。」
 
 べちんと軽く背中を叩く。旭は床に転がったまま打ちひしがれている柴崎をそのままに、ジャラジャラと音を立ててジェンガを回収していくと。それを箱に詰め、机の真ん中あたりにセッティングした。
 不貞腐れている柴崎の口元にスナック菓子を運べば、まくりと食らいつくのが面白い。黙って見つめていれば、催促するようにゆっくりと口を開けるのだ。ちょっとだけ可愛いかも、だなんて思ってしまった。
 
「餌やりしてる気分。」
「マジですねたわ。これは優しく慰めてもらわねえとご機嫌斜めなままですわ。」
「楽しそうですね柴崎さん。」
「うん。」
 
 こくりと頷いて、再びじとりと見上げられた。小さい子供でもあるまいし、いつまでこの人はカーペットの上で駄々をこねているのだろうと様子を見ていれば、無言の訴えを感じる。
 
「な、何。」
「キスしてくれたら、機嫌直す。」
「めんどくさ!!!!」
「んでだよ、そこは照れながらする流れだったろうが!!」
 
 柴崎の妄想になんか付き合ってられるか。そんな具合に旭が顔を背けると、柴崎の指がぶすりと脇腹を突き刺した。
 
「うっ」
「不機嫌まっしぐらになってもいいのかコラ。」
「あんた自分がダサいこと言ってんの気づいてますか?」
「だってお前以外いねえからいいもん。」
 
 モンとかいうな。柴崎の言葉に、二人きりだから、見せている姿なのかと思い至った。
 やっぱり柴崎はずるい。今の一言で、旭の心が揺れ動く。
 大好きな、綺麗な瞳がじっと旭を映す。そのうち旭の迷いを敏感に感じ取ったのか、す、と目を細めると、床についていた旭の掌をそっと引き寄せて、ちょん、と己の唇をくっつけた。
 
「旭。」
「…んとに、ずるい。」
 
 草臥れたスウェットだし、クソガキみたいに駄々をこねるし、全然そんな気なんて見せなかったくせに、急にかっこいい雰囲氣を出すなんてずるい。
 
 柴崎の頭に、そっと手を添えた。ワックスをつけてないせいで、ふわふわとした猫毛を優しく撫でる。柴崎が解放してくれた手で体を支えて、ゆっくりと前屈みになった。
 柴崎の顔に影がさす。顔を真っ赤にした旭が、ぎこちなく近づいてくる様子を見て、柴崎が小さく噴き出した。
 
「ブフ、っ」
「んな、あ、あんたっ、わぁ、っ!」
 
 旭がむすくれる前に、柴崎は旭の首の後ろに手を回すと、ぐい、と引き寄せる。体勢が傾いた華奢な体を受け止めるように柴崎が仰向けになると、旭はその体の上にぼすんと崩れた。
 柴崎の香水の匂いが近くなる。背中には男らしい力強さの腕が回った。
 旭は、柴崎の腕の中に閉じ込められたまま、小さく息を呑んだ。体温が近い。己の鼻先が柴崎の肩口に埋まっている。
 忙しない心臓が聞こえてしまうような気がして、じわじわと血流が頭に上ってくる。
 突然の状況の変化に、思考が追いつかない旭を置いてけぼりにして、柴崎は腹の上に乗せた旭をあやすかのように、優しく頭を撫でてきた。
 
「雰囲気つくりって、わかんねえじゃん。好きなやつを前にすると、尚更。」
「う、ん…」
「…あんときから、うちきたの初めてだったろ。だから、あんまがっつきたくなかったんだけどさ。」
 
 鼻先が、そっと旭の首筋をなぞった。そんな些細な触れ合いが、旭の血流を馬鹿みたいに巡らせる。
 
 期待していたのは、俺だけじゃなかったんだ。口の中にじゅわりと唾液が貯まる。それをこくんと飲み下すと、震えた吐息が口から漏れた。
 柴崎の手のひらが、髪を梳くようにして差し込まれる。旭の後頭部をそっとひと撫ですると、柴崎の唇が頬に寄せられた。
 
「触りたい。…まあ、無理にとは言わねえけど。駄目か。」
「なんで、そういうの聞くの…」
「お前が照れるかなと思って。」
「んとに、性格わる…」
 
 くく、と耳元で柴崎が笑う。ひときわ腕に力を入れられ、強く抱きすくめられる。
 旭が照れると見越してのおねだりなら、それはもう間違いなく効果的面である。
 無言を了承ととったらしい。柴崎はその頬を柔らかく啄むように口付けを送ると、旭の体を抱きしめたまま、そっと体勢を入れ替えた。
 あの時と同じだ。ベットが目の前にあるのに、二人して少しの余裕もない。
 見下ろされたまま、柴崎を見つめ返した。整った顔が切なさの混じるような色を滲ませ、微笑んだ。
 そんな顔で笑うことができるなんて、知らなかった。無骨な指の背で顔にかかっていた髪を避けられ、そっと額が重なる。
 
「本当に、まじで?」
「怖気付いたんですか、あんた。」
「違うって、なんか。ちっと緊張してる。」

 前は、そんなそぶり見せずに抱いたじゃないですか。旭はからかい混じりにそんなことを言おうとしたが、自分の声が震えてしまいそうだったので、言うのをやめた。
 だから、その代わりに少しだけ顎を上げて、その形のいい唇にそっと口付けを落とした。
 
「む、」
 
 ふにり、柔らかな感触に、柴崎がポカンした顔をする。
 口付けを自分からしてきた旭はというと、唇を離した途端に真一文字に引き結び、ぎこちなく笑う。思いのほか、恥ずかしかったのだ。
 やはりあの夜のように、勢いでするものじゃない。顔を背けながらそんなことを思っていれば、ガシリとその頬を柴崎の掌が包み込み、勢いよく顔を引き戻された。
 
「うぁ、っん、んんっ!」
 
 なんですか急に、と文句の一つでも言ってやろうとした旭の言葉が、柴崎の唇によって飲み込まれる。抗議も、動揺も、そして羞恥心すらも丸ごと塞がれるかのような、そんな獣じみた口付けに、旭はゆるゆるとそのスウェットを握りしめたのだった。
 
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