[改稿版]これは百貨店で働く俺の話なんだけど

だいきち

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 あの後、さあ帰るか。という話にはなったものの、柴崎はあかりに財布を預けていたおかげで、かっこよくとはいかなかった。
 そのことを思い出した時の、柴崎の大きな声と言ったらない。はあっ!と気合でも入れたのかと旭が勘違いする程の声量の後、再びベンチに腰を落ち着けた柴崎が、情けない顔で言った、お金貸してください。が、ちょっと面白すぎて、旭はしばらくはいじってやるつもりであった。
 
「あの時はマジですんませんでした。」
 
 休日、柴崎の家にお呼ばれをした旭は、家に招き入れるなり開口一番でそんなことを宣った柴崎に、小さく吹き出した。
 
「仕方ないじゃん、俺次の日休みだったんだし。」
「だからって借りた金すぐ返さねえのはさー…」
 
 思いが通じた翌日、色気もないが金を返す気満々だった柴崎は、旭が休みだと知ってうなだれたらしい。
 曰く、付き合いたての初々しさを交えたやりとりをしたかったらしいが、旭からは、あんたそんなキャラじゃないでしょう。と電話口で一蹴された。
 
「だから、休み被った今日に挽回?」
「おうちデートって奴だな。なあ、先金返していいか。」
「色気ねー、あ、二千円。はい確かに。」
 
 おうちデートという割には、なんでスウェットなのかと聞きたい。
 旭は、家にいるのに尻ポケットから財布を取り出した柴崎に呆れた目を向けたものの、あの時多めに渡した二千円が手元に戻ってくると、それを財布にしまい込む。
 
「ねえ、なんで尻ポケットに財布入れてんの。」
「お前迎えに行ったから。」
「コンビニ寄らなかったじゃん。」
「先に金返すつもりだったけど、なんかやめた。見栄え的に。」
「あ、なるほど。」
 
 ジャージ姿の柴崎から外で金を受け取ったら、確かに絵面的には微妙である。旭は納得したように頷くと、靴を脱いで柴崎の後に続いた。
 
 おうちデート、と言われた時、旭は正直妙なことを考えてしまった。
 なんというか、旭だって男だ。だからてっきり、そういうことがあるのだろうと思っていたのだ。
 初めて抱かれてから、随分と経っている。互いに男だし、そういう欲だってあると思う。
 だから、付き合った今、柴崎にそんな目を向けてしまうのは仕方がないんだと自分に言い聞かせた旭が、少しだけ心臓を忙しなくさせながら入った、柴崎の部屋。
 リビング扱いしているそこには、抱かれたベットだってある。何かいけないことが起ってしまうんじゃないかと思いながら、促されるままに芝生のようなカーペットに座り込んだ旭は、ちょっと待ってろと言って隣の部屋に消えていった柴崎の背中を見送った。そして、
 
 
「ジェンガやろうぜー!!!」
「なんでだよー!!」
 
 無邪気な顔で柴崎が大事そうに抱えてきた見慣れた木のおもちゃを前に、思わず旭は突っ込んでしまった。
 
「だってうち有料チャンネルとかねえもん。こないだDVDデッキ壊れたし。」
「だからって、ジェンガ…っ」

 ならババ抜きでもするか?とスウェットのポケットからトランプまで出してくる始末。どうやら本気で遊ぶつもりだったようで、来る前にわざわざシャワーを浴びたあの時の自分自身に、構えなくて大丈夫でしたと言ってやりたい。
 
 わざわざ昨日買ってきたらしい。箱をスライドさせて早速セッティングした柴崎は、菓子持ってくるわ。と、スナック菓子やらジュースやらも小脇に挟んで戻ってきた。
 付き合ったらジェンガってやるものなのだろうか。答えはノーだ。多分、こういうのはその前段階の、付き合う前とかにやる奴だと思う。
 旭はそんなことを思いながら、早速拳を差し出してきた柴崎に、うろんげな目を向けてしまった。
 
「じゃんけん。」
「あ、はい。」
 
 ジャーンけーん、と小気味よく交わされた拳の勝者は旭であった。久しぶりのジェンガである。ソワソワする柴崎の横で、旭がゆっくりと一本を引き抜くだけで、おわーーー!などと一人で盛り上がって、大変にやかましい。

「ちょ、集中できないから!あんたちょっと黙っててくださいよまじで!」
「え、そこいっちゃう?マジかよ、お前チャレンジャーだな。」
「うるせえなマジで!」
 
 
 魚の骨のように、中腹部が心もと無くなってくる。木の棒を乗せるだけだというのに、妙な緊張感を孕む。そんな静かな時間が、旭の心臓をちがった意味合いで高鳴らせた。
 先ほどから、柴崎は息を殺して真っ直ぐに旭の指先を見つめるのだ。二人して抜き取った棒は、驚きのバランス感覚で高さを保っている。
 絶妙な均衡は崩すことなく自分の番を終えた旭が、勝ち誇った顔で柴崎を見た。
 旭のどや顔を、柴崎は無言で見つめ返すと、カサリと音を立ててスナック菓子を摘む。それをパクリと口に含むと、頭を抱えるようにゆっくりとベットの側面に背を預けた。
 
「マジかよおお…!次俺ぇ!?ぜってえ倒れるやつじゃん…」
「柴崎さんバーベキュー開けるならのり塩食ってからにしてくださいよ。」
「お前は俺のかーちゃんか。」
 
 とか言いつつ、バーベキュー味のスナックに手を出す旭も旭なのだが。
 柴崎が汚れた指をアルコールティッシュで拭う。そして手首をほぐすかのようにストレッチをした後、スウェットの袖をしっかりと捲り上げた。
 テーブルに置いていたジュースを飲み終えた旭はというと、おかわりでもするかとペットボトルを持ち上げたその時だった。
 
「あ。」
「あ。」
 
 ボトルの底が、コツンとテーブルの端に当たったのだ。柴崎が棒を選んでいた目の前で、ぐらりと揺れた木のおもちゃは、無情にもその棒を撒き散らしながら崩れ去ってしまった。
 
 
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