[改稿版]これは百貨店で働く俺の話なんだけど

だいきち

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 あの後、一緒にいた女性があかりだと言うことを教えてもらった旭は、なんとも罰が悪そうにした。柴崎曰く、あまりにも男を紹介しろとあかりが執拗だったので、柴崎が呼び出した後輩を紹介する手筈になっていたらしい。
 そんなことも知らずに、勘違いして先走った旭は、今度は二人して公園のベンチに腰掛けていた。
 流されるように口付けに答え、柴崎の気持ちにも答えたまではよかったのだが、そんな二人の下半身まで、熱くなった体に答えてしまったのだ。男である弊害とまでは言えないが、まあ、このまま帰れば二人して変質者扱いは確定だった。
 
「なんで、追いかけてきたの。てか、なんで追いかけて…」
「二回言うのかい。まあ、条件反射で?」
「本能獣かよ…。」
 
 気恥ずかしさと、なんとも閉まらないこの状況の中で、旭はボソリと呟いた。
 だって、まさか追いかけられるだなんて思っていない。柴崎は、旭の言いたい事は最初からわかっていると言わんばかりに、小さく笑った。
  
「あれは追いかけるだろ。」
「嘘でしょ…」
  
 口元をヒクリと震わして、慌てて旭が俯いた。目の前の後輩が、柴崎の一言に照れたのだ。
 こういう反応をされると、ああ、思いが通じたのだなあとわかって、なんだか少し面はゆい。
 柴崎は、旭の膝の上で頑なに動こうとしない手に、そっと己の手を重ねた。
 びくんと跳ね上がった膝を押さえるように、握りしめる。指の隙間を擦るようにして、己の指と絡ませた。
 
「て、」
 
 悲鳴を殺すようなか細い声で、旭が言う。それを聞こえないふりでやり過ごした柴崎は、旭がカフェを飛び出して行った時のことを振り返っていた。
 
 今度こそ逃してたまるかと決めていた。
 獣かよ、と言った旭の言葉は実に正しく。柴崎はあの時、完全に仄暗い高揚感で己の身の内を満たしていた。
 
 だって、あれはずるいだろう。
 
 視線が絡まった、あの瞬間。旭の顔色はわかりやすく消えていた。
 普通は、あんなに取り乱さないだろう。柴崎の言葉を遮ってまで、現状維持を望んだ旭が、己の一挙手一投足で情緒を乱す。
 
 ぞくりとした。
 
 わかりやすく、自分があかりといることに傷つき、訳がわからなくなって逃げ出した旭を見た時、ああ、自覚したのだと思った。
 それがわかった瞬間、もう柴崎はダメだった。追いかけて、引き止めて、今度こそ逃すつもりはないと決めたのだ。
 旭の心は頑なで、自分を勘違いさせてまで己の感情を押し殺そうとするきらいがある。それは学生時代から全く変わらず、愚かしく愛らしい。
 乳臭いガキになったなと思った。好きな子をいじめる、そんな悪ガキの心理が、確かに柴崎の内側には宿っていた事を自覚をしたのだ。
 
 そもそも、旭が柴崎をそうさせたのだ。
 
 隣には、柴崎に渡されたハンカチで泣き顔の痕跡を必死に散らそうとしている旭がいる。長い睫毛、形のいい唇。ツンと尖った小鼻は、かじりつきたくなるくらい可愛い。
 顔も可愛いのだが、でも、そうじゃないのだ。
 
「手、あの…」
「……。」
 
 握りしめた掌に、じんわりと汗が滲む。旭が緊張をしているのは、一目瞭然だった。
 
 
 
 昔から柴崎は、自分があまりなかった。
 勝手に周りが柴崎を妙な位置に置いて、それぞれが思い思いの人物像を押し付けてくる。

 周りが羨むものを持っている者の代償だ。黄色い悲鳴と好奇の目線は常に付き纏う。いつからかそんな視線に慣れてきて、適当にしていても誉めそやされるようになっていた。
 頑張っても、頑張らなくても、柴崎に与えられる賛辞の質が変わることはなかった。そんな、柴崎から向上心を奪っていった周りの扱いは宗教染みていて、そんな日々に辟易とするのは、もはや必然であった。
 
 全てがどうでもいい。そんな、くさくさとしていた時期に知り合ったのが、旭だったのだ。
 息苦しそうなやつだな。と言うのが、最初に抱いた印象だった。誰にでも優しくて、それでいて気配りのできるいいこ。周りから見た旭は優等生で、わりかしにモテていた気もする。
 でも、誰にでも優しく、分け隔てないと言うのは、自分を蔑ろにしていると同じだった。
 そんな旭が、服飾関係の専門学校特有のファッションショーのイベントで、モデルとして挨拶をしてきたのだ。
 学科の先輩が、性別の枠を超えた衣装を作りたいとかなんとか言って、一番華奢な旭をモデルに引き摺り込んだらしい。
 
 まさか自分がドレスを着せられるとも思っていないであろう、今よりもずっとあどけない旭が、呑気に照れながら顔合わせにやってきたのだ。
 
ーどうしよう、何したらいいかわかんないけど、やるからには頑張ります。
 
 健気にもそんなことを宣って、柴崎も含めたランウェイを飾る学生モデルたちにお辞儀をした。
 そこから、ウォーキング練習でペアを組まされ、連絡先を交換することになる。
 最初はともかく不器用の極みで、ただ歩くだけなのに、こんなにも下手な奴がいるのかと呆れていたのもあったのだが、よくよく考えてみれば、旭の履く靴はヒールのあるものだ。揶揄った時には顔を赤くしてむすくれて、なら履いてみてくださいよとけしかけられた。
 結局足のサイズの問題で履くことはなかったが、踵を真っ赤にしながらドレスの裾を引きずる旭は、モデルを押し付けられた割には実に真剣なものだった。
 
 そんな旭を気にし出したのは、本当に些細なことだった。

 旭は、柴崎のウォーキング練習には、頑なに顔を出さなかったのだ。
 曰く、柴崎のを見て学ぶと真似になっちゃうから。だとかなんとか。頑なに誘っても断られ、終いには自分から厳しいことで有名な先輩に個人トレーニングを見てもらっては、打ちひしがれる。
 時には周りが柴崎を取り巻くのを外側から眺めながら、パンダみたいですね。とも言いくさった。
 
 なんだこいつ。と興味が湧いた頃にはもうダメで、柴崎が旭で遊ぶたびに、子供の頃から遠巻きにされ続けてきた幼い頃の柴崎が、手を叩いて喜んだのだ。
 こう言う、普通のことにに飢えていたんだと思った。
 男子同士のくだらないやりとりが居心地良くて、旭と連むようになった。彼女とのデートの約束があるとかで誘いを断られた時は落ち込んだりもした。旭が別れて、またその時間が己のものになるのだとわかった途端、慰めてやるとか言って、自分の行きたいところに連れてったりもした。
 気楽で、離れがたくて、いつからか当時付き合っていた彼女との連絡よりも返信が早くなって、そして柴崎が卒業の時に、寂しいと言われて、自覚した。
 ああ、今更自覚したのだと思った。泣くまいとむすくれて、可愛くない態度をとっているくせにずっと隣にいた。そんな旭の頭を撫でてやった最後の日、勢いで口付けをすればよかったかもなあと思ったりもした。そこに性別の壁なんてなくて、柴崎は、そんな旭だから、きっと笑って許してくれるだろうとも思ったのに、そこまでは勇気がなくてできなかった。

「て、手汗…すごいから離して。」
「今昔できなかったことしてんだから、邪魔すんじゃねえよ。」
「ほんと言ってる意味わかんね、って、何。なんで、顔近づけて、っ」

 公園のベンチで、隣で照れて可愛くないことを抜かした旭に、もう一度唇を押しつけた。深いものじゃなくて、本当に、ヘッタクソな押し付けるだけのキス。
 手を握ったまま、してやった。唇が離れて、あの時みたいにブスくれたまま、顔を真っ赤にした旭が小さく宣った。

「へたくそ。」
「やかましいわ。」

 あの時の柴崎が、手を叩いて喜んでいる。よくやったとハンズアップしてはしゃいでいる気がして、柴崎はそれが面白くて少しだけ笑った。
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