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しおりを挟む「はあああ!?おま、どっから湧いて出てきやがった!!」
柴崎に首を固められた大林が、ギョッといた様に声を上げる。柴崎はというと、目の前の旭ににっこりと微笑みかけると、いつの通りにお疲れなどと言う。
「はなせばか!首絞まってんだよ!」
「離してください柴崎様って可愛く言えたら離してやんよ。」
「くそ崎!!」
一応取引先なんですけど!?と、ギャイギャイと二人してやかましいやり取りを繰り返す。旭はというと、先ほどの妙な空気から解放された次は、気まずく思っている柴崎かあと、少しだけ緊張した面持ちになった。
「お、お疲れ様…」
「お疲れ、相変わらずお前はマイペースだなあ。」
さっきの挨拶が今になって帰ってくるとは。などとおかしそうに笑う。褒められているのかわからないので曖昧に頷くと、なんだそれとさらに笑われた。解せぬ。
無邪気に大林で遊ぶ柴崎を見ていると、なんだか少しだけ羨ましいなあと思えてくる。その距離感に、自分も入れたらいいのに。古い知り合いのような小気味いいやりとりも含まって、旭はなんだか疎外感を感じてしまった。
飄々としている柴崎を見ていると、あの日、肌を重ねた夜のことを繋げることはいけない気持ちになってくる。
普段通りの会話ってどうやたっけ。当たり前の日常が、戻ってこようとしているのに、ずっと柴崎のことを考えていたせいで言葉が出てこない。そんな、販売員のくせに気の利いた話題ひとつ出せない自分に、戸惑う。
そういえばセールの積み込みがどうのとか言っていた。旭は取ってつけたかの様に思い出した話題を口にしようと、顔を上げた時だった。
「あの、」
「柴崎さん、遊んでないで音頭取ってくださいよー!」
旭の言葉を遮る様に声をかけたのは女子社員であるあかりだ。いつもの制服ではなく、私服に着替えたその姿はいわゆるモテ系と言うのだろうか男ウケを意識した格好をしており、旭から見てもかわいいなと思える。
「もう、高校生じゃないんだから!」
「あ、おい!」
ずんずんと近づいてきたかと思えば、あっという間に柴崎の腕に己の腕を絡めて引っ張る。旭も大林も、その距離の近さにポカンとしてしまうくらいには、あかりにとってのその距離の詰めかたは普通なのだろう、慣れている様であった。
「今どき女子って感じ。」
「肉食だぜきっと。顔は可愛いけど、我は強そう。」
「あんまそう言うこと言うなよ。」
あけすけな大林に、旭が嗜める。自分が女だったら、多分男子の集まりには突っ込めない。つまりあかりはそれだけ気が強いと言うことだ。いい香りがして少しだけどきりとしたし、柴崎の腕に押し付ける様にくっついた胸も、旭にはない柔らかさだなあと、そんな詮無いことを考えている自分に落ち込んだ。
比べてどうするのだ、と言う話なわけだ。
「何、フェミニスト?」
「そう言うわけじゃないけどさ。」
大林と他愛もない会話をしていれば、連れて行かれた柴崎が、半ばやけくそのような態度で拡声器を持つ。隣にいるあかりの、綺麗に整えられた桜貝の様な小さな爪を思い出して、ささくれだった己の指先を隠す様に握り込んだ。
「オメーら杯を交わせ!」
旭の少しだけ落ちた気分を引き上げたのは、まるで山賊の頭の様に振る舞う柴崎の声であった。
拡声器で声は割れていても、声色の治安の悪さはしっかりとこちらまで届いている。きっちり着込まれたスーツはいつの間にかジャケットだけ脱ぎ捨てたらしい。柴崎の後輩がそそくさと回収していた。
「やけくそすぎだろ!なんだあの音頭!」
隣の大林が、ケラケラと笑う。杯替わりの缶チューハイを掲げるスタッフに紛れて、ちゃっかり中指を立てているあたり度胸がある。旭は手ぶらだったが、拍手だけはしておいた。
忘年会には、予想していた通り結構な人数が集まった。この感じだと柴崎が音頭を取り終わった後は、きっと囲まれて忙しくなるのだろう。学生時代から柴崎の周りには人が侍るのだ。
年明け前に、一言でも話せたからいいか。帰るタイミングを見逃す前に、頃合いを見てここを出よう。そんなことを思いながら、ちろりと拡声器を下ろした柴崎に目を向ける。遠目からだったが、柴崎が女子社員に早速絡まれて、カメラを向けられているのが目についた。面倒臭さそうな顔をしながら、ちゃっかり答えてポーズをとるあたり優しい。
「旭、何飲む?」
「や、俺そろそろ。」
「マジ?もちっといようぜ。一緒帰ろうよ。」
「あ、うん。」
人懐っこい大林は、旭の手首を掴むと紙皿の前まで引っ張る。こうして構ってくれるのは嬉しい。旭はなんとなく己の引かれる手首を見ながら、くすぐったい気持ちになる。あまり自分から行動をすることがないのだ。だから、少しだけ照れくさい。渡されたお茶を受け取ると、くちくなった気持ちを誤魔化す様にごくりと飲み込む。
ー年が明けたら、切り替えよう。そんで、明けたら元の先輩後輩に戻ろう。
そんなことを思って、旭は己の気持ちを抑え込む。本当は、嫌だけど。でも、あれはやはり一夜の過ちなのだ。己でそう決めたのは、これ以上何も考えたくなかったからだ。
なんとなく、視線を感じて振り返った。女子に巻かれている柴崎と目があった気がしたが、多分気のせいだろう。大林によって振り向きざまに口に突っ込まれたチョコレート菓子をパクリと口に含む。
少しだけ元気がない様子に気づいていたらしい。大林の、腹減ったの?と言う言葉に、旭は、うん。とだけ返事をした。
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