28 / 79
28
しおりを挟む「はあああ!?おま、どっから湧いて出てきやがった!!」
柴崎に首を固められた大林が、ギョッといた様に声を上げる。柴崎はというと、目の前の旭ににっこりと微笑みかけると、いつの通りにお疲れなどと言う。
「はなせばか!首絞まってんだよ!」
「離してください柴崎様って可愛く言えたら離してやんよ。」
「くそ崎!!」
一応取引先なんですけど!?と、ギャイギャイと二人してやかましいやり取りを繰り返す。旭はというと、先ほどの妙な空気から解放された次は、気まずく思っている柴崎かあと、少しだけ緊張した面持ちになった。
「お、お疲れ様…」
「お疲れ、相変わらずお前はマイペースだなあ。」
さっきの挨拶が今になって帰ってくるとは。などとおかしそうに笑う。褒められているのかわからないので曖昧に頷くと、なんだそれとさらに笑われた。解せぬ。
無邪気に大林で遊ぶ柴崎を見ていると、なんだか少しだけ羨ましいなあと思えてくる。その距離感に、自分も入れたらいいのに。古い知り合いのような小気味いいやりとりも含まって、旭はなんだか疎外感を感じてしまった。
飄々としている柴崎を見ていると、あの日、肌を重ねた夜のことを繋げることはいけない気持ちになってくる。
普段通りの会話ってどうやたっけ。当たり前の日常が、戻ってこようとしているのに、ずっと柴崎のことを考えていたせいで言葉が出てこない。そんな、販売員のくせに気の利いた話題ひとつ出せない自分に、戸惑う。
そういえばセールの積み込みがどうのとか言っていた。旭は取ってつけたかの様に思い出した話題を口にしようと、顔を上げた時だった。
「あの、」
「柴崎さん、遊んでないで音頭取ってくださいよー!」
旭の言葉を遮る様に声をかけたのは女子社員であるあかりだ。いつもの制服ではなく、私服に着替えたその姿はいわゆるモテ系と言うのだろうか男ウケを意識した格好をしており、旭から見てもかわいいなと思える。
「もう、高校生じゃないんだから!」
「あ、おい!」
ずんずんと近づいてきたかと思えば、あっという間に柴崎の腕に己の腕を絡めて引っ張る。旭も大林も、その距離の近さにポカンとしてしまうくらいには、あかりにとってのその距離の詰めかたは普通なのだろう、慣れている様であった。
「今どき女子って感じ。」
「肉食だぜきっと。顔は可愛いけど、我は強そう。」
「あんまそう言うこと言うなよ。」
あけすけな大林に、旭が嗜める。自分が女だったら、多分男子の集まりには突っ込めない。つまりあかりはそれだけ気が強いと言うことだ。いい香りがして少しだけどきりとしたし、柴崎の腕に押し付ける様にくっついた胸も、旭にはない柔らかさだなあと、そんな詮無いことを考えている自分に落ち込んだ。
比べてどうするのだ、と言う話なわけだ。
「何、フェミニスト?」
「そう言うわけじゃないけどさ。」
大林と他愛もない会話をしていれば、連れて行かれた柴崎が、半ばやけくそのような態度で拡声器を持つ。隣にいるあかりの、綺麗に整えられた桜貝の様な小さな爪を思い出して、ささくれだった己の指先を隠す様に握り込んだ。
「オメーら杯を交わせ!」
旭の少しだけ落ちた気分を引き上げたのは、まるで山賊の頭の様に振る舞う柴崎の声であった。
拡声器で声は割れていても、声色の治安の悪さはしっかりとこちらまで届いている。きっちり着込まれたスーツはいつの間にかジャケットだけ脱ぎ捨てたらしい。柴崎の後輩がそそくさと回収していた。
「やけくそすぎだろ!なんだあの音頭!」
隣の大林が、ケラケラと笑う。杯替わりの缶チューハイを掲げるスタッフに紛れて、ちゃっかり中指を立てているあたり度胸がある。旭は手ぶらだったが、拍手だけはしておいた。
忘年会には、予想していた通り結構な人数が集まった。この感じだと柴崎が音頭を取り終わった後は、きっと囲まれて忙しくなるのだろう。学生時代から柴崎の周りには人が侍るのだ。
年明け前に、一言でも話せたからいいか。帰るタイミングを見逃す前に、頃合いを見てここを出よう。そんなことを思いながら、ちろりと拡声器を下ろした柴崎に目を向ける。遠目からだったが、柴崎が女子社員に早速絡まれて、カメラを向けられているのが目についた。面倒臭さそうな顔をしながら、ちゃっかり答えてポーズをとるあたり優しい。
「旭、何飲む?」
「や、俺そろそろ。」
「マジ?もちっといようぜ。一緒帰ろうよ。」
「あ、うん。」
人懐っこい大林は、旭の手首を掴むと紙皿の前まで引っ張る。こうして構ってくれるのは嬉しい。旭はなんとなく己の引かれる手首を見ながら、くすぐったい気持ちになる。あまり自分から行動をすることがないのだ。だから、少しだけ照れくさい。渡されたお茶を受け取ると、くちくなった気持ちを誤魔化す様にごくりと飲み込む。
ー年が明けたら、切り替えよう。そんで、明けたら元の先輩後輩に戻ろう。
そんなことを思って、旭は己の気持ちを抑え込む。本当は、嫌だけど。でも、あれはやはり一夜の過ちなのだ。己でそう決めたのは、これ以上何も考えたくなかったからだ。
なんとなく、視線を感じて振り返った。女子に巻かれている柴崎と目があった気がしたが、多分気のせいだろう。大林によって振り向きざまに口に突っ込まれたチョコレート菓子をパクリと口に含む。
少しだけ元気がない様子に気づいていたらしい。大林の、腹減ったの?と言う言葉に、旭は、うん。とだけ返事をした。
0
お気に入りに追加
164
あなたにおすすめの小説
美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした
亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。
カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。
(悪役モブ♀が出てきます)
(他サイトに2021年〜掲載済)

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?
【完結】雨降らしは、腕の中。
N2O
BL
獣人の竜騎士 × 特殊な力を持つ青年
Special thanks
illustration by meadow(@into_ml79)
※素人作品、ご都合主義です。温かな目でご覧ください。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー!
貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話
タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。
叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……?
エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる