[改稿版]これは百貨店で働く俺の話なんだけど

だいきち

文字の大きさ
上 下
27 / 79

27

しおりを挟む
 結局イルミネーションは忘年会までは光っていてくれず、百貨店周辺は新年に向けてラストスパートであった。たかだか数時間で今年が終わる。なんだか怒涛の一年間であった。
 終わりなんて、呆気ないものだ。柴崎とも話せず仕舞いのまま、今日に至る。機会はあったのだ。それも、旭が少しだけ勇気を出して声をかけようと事務所に向かったのだ。
 それでも、なんだか忙しなさそうで声をかけるのをやめたのは、福袋の積み込みがどうとかで、受話器を肩に挟みながらパソコンに向かう柴崎が、怖い顔をしていたからに他ならない。
 当たり前である。百貨店職員なんて、新年に向けての準備が一番大変なのだ。だから、大晦日の今日。職員が集まっての細やかな忘年会に参加したのは、主催である柴崎が来ないわけないだろうと踏んだからだ。
 
「結局、大晦日まで引きずったなー。」
 
 休憩室の机で、組んだ腕に突っ伏しながら呟いた。周りを見渡せば出来上がっているグループが、既に缶ビール片手に乾杯をしていた。
 今日、館は十八時で閉店し、二十時から忘年会なのだ。セールの準備が終わったブランドは既にチラホラ集まってきており、会場となる従業員休憩室にまだ柴崎の姿はなかった。
 
 目端に映るのは、シャンパンタワーの様に積み上げられた缶チューハイだ。おそらく今夜は無礼講。既に到着したシニアマネージャーは鼻眼鏡をかけてスタンバイしていた。
 
「旭だ。」
「わ、大林じゃん。タグつけ終わったの?」
「うち倉庫からキャリー品届くからさ、単純に納品したの出すだけなんだよね。」
「何それ超いいじゃん。」
 
 お疲れー。と、ゆるい空気を纏って前を陣取ったのは、最近移動してきた向かいのブランドの三番手だ。同い年で、百貨店に勤めながらも両耳に開けられたピアスホールの数はバンドマンさながらである。
 ブランド自体も黒くてモードな服ばかりを扱っているので、雰囲気も相まって旭は大林のことを黒猫みたいなやつだなあと思っていた。
 大林が、アシメントリーなウルフカットの黒髪を耳にかける。猫目で、日本人にしては珍しい薄茶色の瞳で旭を見ると、片眉をくいと上げた。
 
「集まり悪くね。旭んとこは全員参加?」
「藤崎さんは奥さんからアルコール禁止令でてっからって帰った。それ以外は散らばってる。」
 
 ほら、と目くばせをすれば、恰幅が良く気の強いシニアマネージャーが北川に絡んでいた。鼻眼鏡をかけた姿で、似た体格のもの同士記念写真を撮っているらしい。カメラマンを任された洋次は、死んだ顔をしている北川の反応になぜか喜んでいる。
 
「マジ。藤崎さんは逃げたな。」
「それな。」
 
 白々しく、参加したいのは山々なんですけどね!!いやあすみません!!などとほくほくとした顔で、奥さんからの帰宅を催促するメッセージ画面を見せつけられたのだから、まあ仕方ない。いつもなら無視をしているのを知っている旭は、なんで今日に限って帰るんだろうと首を傾げてしまったが。
 それに続こうとして、俺も。と言いかけた北川が、現在は彼方にいる。死んだ目の理由はこれだ。
 
「な、前から思ってたんだけどさ。旭ってバンドとかしてた?」
「俺?俺はどっちかって言うと追いかけてた。」
「あ、そっちか。ピアスの開き方見てそうかなって思ってたんだよな。」
「いやそれをお前が言う?」
「そら言うだろ。仲間だったら嬉しいもん。」
 
 大林は見た目通り、お化粧バンドが好きだったらしい。旭も同じグループが好きだったことを話せば、そこそこに話題に花が咲いた。どちらかというと、アパレル学生らしく衣装が好きで追いかけていたのだというと、そう言う楽しみ方は新しいと笑われた。
 
「やっぱさ、習性っていうか、同じ匂いする奴には惹かれちゃうよな。」
「俺大林みたいにピアスいっぱい開いてないもん。」
「よく言うよ、ファーストピアスが軟骨って相当だからな。」
 
 それは否定できない。と旭が気恥ずかしそうに肩をすくめる。しかし、若気の至りだからと言う割に、旭は己の両耳に開いたピアスの位置を気に入っているのだ。
 
 大林の整えられた指先が、そっと旭の耳朶に触れる。擽る様に触れられた柔らかい耳朶は裂けており、そこはピアスがちぎれてしまった部分だった。
 
「髪で隠れてっけど、ここかっこいいね。」
「イヤホン引っこ抜いた時に持ってかれたんだよ。」
「うわそれはダサいわ!」
 
 ワハハ、と楽しそうに笑った大林が、フニフニと裂けたそこを弄る。なんだかそれがくすぐったくて肩をすくめると、振り払わずに素直に指先を受け入れている旭を見て、思うところがあったらしい。
 
「大林、くすぐったい…」
「ん?ふふ。」
 
 何が楽しいのかはわからない。だけど、大林は手を離す気もない様であった。袖口が旭の首筋を撫でる。そのくすぐったさで、ひくんと肩が揺れた旭に、大林は猫目を柔らかく緩める。なんだか妙な空気になってしまった気がして、旭はじんわりと頬を染めた。不思議な魅力のある友人を前に、どうしていいかわからなくなった。その時だった。
 
「お、おおばや、」
「弱いものいじめはやめてくださ-ーーい!!!」
「いっでぇ!!!」
 
 間抜けな制止の声と共に、突然音もなく現れた柴崎によってヘッドロックをかけられた大林が、濁声と共に驚愕する。ニコニコ顔の癖に、眉間にはばっちりと皺を刻み込み、不服と愉快を顔に共存させた器用な表情の柴崎を前に、旭は思わず固まった。
 
    
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

新訳 美女と野獣 〜獣人と少年の物語〜

若目
BL
いまはすっかり財政難となった商家マルシャン家は父シャルル、長兄ジャンティー、長女アヴァール、次女リュゼの4人家族。 妹たちが経済状況を顧みずに贅沢三昧するなか、一家はジャンティーの頑張りによってなんとか暮らしていた。 ある日、父が商用で出かける際に、何か欲しいものはないかと聞かれて、ジャンティーは一輪の薔薇をねだる。 しかし、帰る途中で父は道に迷ってしまう。 父があてもなく歩いていると、偶然、美しく奇妙な古城に辿り着く。 父はそこで、庭に薔薇の木で作られた生垣を見つけた。 ジャンティーとの約束を思い出した父が薔薇を一輪摘むと、彼の前に怒り狂った様子の野獣が現れ、「親切にしてやったのに、厚かましくも薔薇まで盗むとは」と吠えかかる。 野獣は父に死をもって償うように迫るが、薔薇が土産であったことを知ると、代わりに子どもを差し出すように要求してきて… そこから、ジャンティーの運命が大きく変わり出す。 童話の「美女と野獣」パロのBLです

処理中です...