[改稿版]これは百貨店で働く俺の話なんだけど

だいきち

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「恋愛以外の話にしましょうよ。」
「なら肉欲?」
「俺ハラミが好き。」
「保健体育の方だよばーーか。」
 
 肉と肉欲を繋げるんじゃねえ。そう、藤崎の低俗な話の流れの持って行き方についツッコミそうになる。旭のそんな目線を誰よりも早く感じとったらしい。生肉を掴むトングで鼻を詰まれそうになったので、慌てて避ける。酔っ払って無邪気になった藤崎はアウトローすぎて困るのだ。店長はというと、いじけながらも箸は進んでいるようで何よりであった。
 
「旭さんって、もしかして童貞!?」
「そうなのか、なんかごめんな。」
「違いますけど!!」
 
 洋次は酒が進んでいるらしい。無礼講を忠実に守っているせいか、プライベートな話にも容赦なく突っ込んでいく。それに便乗した藤崎が、またしても人を小馬鹿にするように、にやついた目で旭を見やる。
 
「な、最近いつシた。」
「別にどうだって良くないですか!」
 
 思わず口をつけていたジンジャエールを吹き出しそうになった。つい食い気味に言い返したのは、正直に言えばあの日の夜を思い出したからに他ならない。言えるわけがないのは、あまりにも当事者すぎて誤魔化せる気がしないからだ。
 しかし、そんな旭の反応に強い違和感を覚えたらしい。藤崎はまるで獲物を逃がさないとばかりに眼光を強めてくる。
 
「怪しい。」
 
 じっとりとした三人の目線が、己に集中する。旭は冷や汗をかきながらゆっくりと目線を逸らすと、今度は北川からご指摘をいただいた。だいぶ呑んでいたからか、完全に目が据わっている。
 
「ご無沙汰なら、普通笑って流すのがセオリーじゃない。」
 
 声色から、ほくそ笑んでいることがわかった。しくじった。旭の頭の中では久しぶりにエマージェンシーコールが鳴り響く。
 うわついた話題なんてありません。そう言えるのが一番なのに、柴崎のおかげで無いとも言えないのが事実。嘘が下手くそなのは自覚している分、なんとも苦しい展開に引き攣り笑みが浮かんでくる。
 そんなことを思いながら、どうにか逃げ道を探していれば、洋次が目を輝かせてトドメをさす。
 
「彼女いないのに遊んでんすか旭さん!!!」
「彼女いなくて悪かったな!!!」
 
 我が意を得たりと無邪気に決めつけられ、思わず強めに言い返す。なんだこの引っかけのトラップは。旭はしくじった感を感じながら、もうこれ以上は何も言わぬと唇を真一文字に引き結ぶ。しかし、旭の望みとは裏腹に、無情にも藤崎による恋愛お悩み相談室が始まってしまったのだ。
 
「そこに愛はあるのか。」
「あいぃ…?」
 
 あまりにも愛という言葉が似合わなさすぎて、旭はつい間抜けな相槌じみた返事をしてしまった。
 
「その子のこと、ちゃんと好きなんだよな?」
 
 北川が続く。酔っ払いの据わった瞳で見据えられながら、旭は逃げ道を探す。だって、そんなもの、…好きだけど、どこからが愛かなんてわからない。流されたつもりはないけれど、恋愛経験がなさすぎて、何が正解なんて旭にはわからないのだ。
 三人の目に見据えられ、逃げ場がない。色恋の話だって慣れていないから、答え方だってわからない。
 だが悲しきか、そんな旭を置いてけぼりにして、視線で先を促してくる。
 旭はグッと詰めていた息を飲み込むと、絞り出すようにしてポツリと呟く。
 
「好きでは、ありますけど…。愛とかわかんないし…。」
 
 どうもこうも、先輩後輩という枠で収まっているだけで満足だったのに、旭をダメにしてしまったのは柴崎のせいだ。
 重なった唇があまりにも優しくて、そしてなんの嫌悪感もなかった。まつ毛が触れ合う距離で見つめた柴崎の顔も、抱きすくめられた時の腕の強さも全部覚えている。
 
「じゃあ、ライクであって、ラブではないと?」
「わ、かんない…」
「わかんないのによく寝たな。」
 
 藤崎の身もふたもない言い方に、旭の言葉が詰まる。お前もなかなかに隅に置けないなと茶化されたが、旭にとっては居た堪れなくなっただけである。洋次は曖昧な発言しかできない旭をじいっと見つめると、若者特有の間伸びした声で言った。
 
「でもぉ、好きじゃなかったら寝ないっすよねえ。」
「え?」
「だから、身を任せてもいいって思ってるってことでしょ。それって好きじゃなきゃできないっしょ。あとはマゾとか?」
 
 旭は、ポカンとした顔で洋次を見つめ返した。好きじゃなかったら、その言葉がくるりと脳内に巡る。そう言われて、旭の中の何かがかちりとはまったのだ。
 
「確かに気持ちが伴わないとできないよなあ。そういうのって。」
「ということは、相手はお前のことを思っているということだなあ。」
「……。」
 
 藤崎達は相手のことを話しているが、それは丸ごと旭をさすのだ。じんわりと耳を赤らめながら、口元を抑える。確かにこれは恋愛相談かもしれないと、己の代わりに矢面に立てられた、架空の彼女の話に花が咲く。藤崎は完全に酔っているらしく、ガハハと笑いながらテーブルを叩いていた。
 
「旭さん、顔真っ赤。」
「お前も意外と隅に置けないよなあ。」
 
 ニヤニヤと意地悪な目線に晒されたまま、旭は俯くしかできない。小さな声でほっといてくださいと漏らしたが、肩を突かれるだけであった。
 店員が、追加注文されたドリンクをサーブする。ことりと置かれた汗をかいたグラスを見て、なんとなく、柴崎と初めて飲みに行った時のことが思い出された。
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