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あれからまともな会話を一切していない。もはや日数を数えるのも怖くて、どうにかきっかけを作らねばと柴崎は頭を悩ませていた。
なんでもいい。きっかけはなんだっていいのだ。それなのに変な矜持が邪魔をして、なかなか行動に移せない。このままでは自然と距離が空いて、ますます話しかけづらくなる。過去の経験からそれはわかっているので、まず間違い無いだろう。
そんなことを思っていれば、背後から、あの!と声をかけられた。
「柴崎さん、忘年会って今年もやりますよね。」
「それだ。」
「はい?」
まさに天啓。暗雲に差し込む光明とはこのことである。柴崎はあかりの同僚でもある夏美の方を向いて、目を輝かせてしまった。
そんな様子にときめかれているなどと露知らず。柴崎は話の続きをしようとしている夏美を勝手に置いてけぼりにして、頭の中はもう次のお誘いのプランが組み上がっていく。
忘年会とは、合法的に会話が生まれるイベント。どうせ会場は五階の従業員休憩室を使うだろう。さりげなく飲み会の席で旭の隣を陣取ればなおよし。否応なしに会話が生まれるだろうし、会話の中で旭の反応を見ればいい。
己に助け舟を出したのが、あかりと共に旭に色目を向ける女だというのが全くもって気に食わないが、今回ばかりは感謝である。
「ちょっと、聞いてます?」
「やるやる。三日前に会場押さえとく。」
「ええ、手配してくれるんですか!なら出し物の企画とか考えておきますね。」
「ほいよ。」
忘年会は、閉店が早まる大晦日。これでなんとか年明け前まで会話が無いというのは免れた。新年はさておき、今年もよろしくお願い致します。が初会話とか嫌すぎる。良いお年もで締めるのも嫌ではあるが。
「キングスパロウ、初参加ですよね。私、」
「俺が聞いてくっから、夏美はチラシ作って。そういうの得意でしょ。」
「え、去年は柴崎さんがチラシ作ってくれましたよね。」
「夏美やりたがってたろ。俺の代わりにやってくれ。楽しみにしてる。」
「ええ!じゃあやる!」
傍目から見たら、やりたがっていた仕事を任せただけに見えるだろう。その実、まさか男から恋路の邪魔をされているとは気付くまい。あかりもそうだが、夏美もなかなかにフットワークが軽いのだ。職場の女子社員と、一人の男に対して対抗意識を燃やす日なんて一生来ないと思っていたが、人生とはなかなかにわからないものである。
こんなことをしている時点で、柴崎はこの恋に必死になっているのだが、それを素直に認めるには、まだまだ柴崎も青臭いままであった。
「打ち上げは焼肉でっす!!!」
一番のイベントシーズンを乗り切れば、待ちに待った慰労会である。
初のメンバーで大波を乗り切ったことと、予算を遥かにうわ回る売り上げを叩き出したこともあり、本日はちょっと良いお店での肉祭りである。
無論、こんなに北川が太っ腹なのは、ご機嫌な営業から経費で落としていいよと言われたからに他ならない。そうでなければ、もっとランクが下がっていたか、きっとラーメン屋で終わりだっただろう。なので、どうせ毎回続くわけもなし、今回はありがたくお言葉に甘えさせていただこうとなった次第である。
「さすが北川さん、太っ腹!!」
「ちょ、事実ですけどその場合は営業に言わないとじゃないっすか!」
「洋次、お前は一生サンチュでも食ってろ。」
「パワハラですよ北川さん!!!」
「ならお前のは俺に対するセクハラだからなー!!!!!」
「店長、とりあえずビール三つ頼んどきますね。」
酒が入る前から、こんなにも盛り上がれるのは男だからだろう。旭は苦笑いしながら三人のやりとりを見つつ、タッチパネルを操作する。普段肩に力が入る藤崎への接し方も、今回ばかりは仕事では無いので力まなくてもいい。早速無礼講を初めている洋次に旭も笑う。普段すっとぼけていると言われている己ではあるが、今日ばかりはツッコミに回ることもありそうだ。
苛烈を極めたクリスマス商戦も終わり、各々がそれぞれの達成感を味わい、そしてそれが呼水となって上がるテンション。それほどまでに我慢を強いられる場面も多々あった。
今後はクリスマスに乗り遅れたギフト客の対応が残っているくらいだ。今は新年のセール準備など何も考えたくはない。
そして、肉も進めば酒も進むようで、それぞれが自分好みの焼き加減に育てた肉を前に、無粋な話題へと話を広げる。
やれ新婚の夜の性生活はどうなのか、新しくできた彼女とはどこまでいったのか。やら、そしてついには仕事以外でも要らぬお節介をかける藤崎の矛先が、旭に向いた。
きた。と思った。
何故かはわからないが、最近は藤崎によってこの手の話題をやたらと振られるのだ。正直なところ、旭の直近での恋愛経験なんて、専門学校時代の時に一人いたくらいで、終わり方も自然消滅だ。だからこそ、自分は関係ありませんよとと言う顔で聞き役にまわるつもりでいたのに。
「…聞きますけど、そう言う藤崎さんは恋愛結婚だったんですか。」
「出来ちゃった結婚。」
「恋愛してないのに紹介するとか言ったんですか!」
洋次のど正論に、旭も密かに同意した。藤崎は何故かどや顔をしているが、大きく反応を返したは洋次一人だけである。
「ちなみに俺は恋愛結婚ね。」
「ちょっと後にしてください。今旭の話してるんで。」
「えええ…」
あぐりと肉を口に突っ込みながら、惚気に走りかけた北川を藤崎が制す。洋次は出来ちゃった結婚に対して、男前ですね!?などと斜め上の発言をしている。旭は参考にするなら恋愛結婚の北川に話を聞きたいと思ったが、空気的にはそう言うわけにもいかなさそうである。
そもそも、恋愛経験が少ない旭は、紹介されるよりも、他人の恋愛話を聞いて知識を深める方が先だと思うのだが、そんな、旭が当たり前と思っていることも、もしかしたら違うのかもしれない。なんにせよ、自分にそんな話題を出しても、楽しめそうな内容を返せるかは別なのになあと、そんなことを思った。
なんでもいい。きっかけはなんだっていいのだ。それなのに変な矜持が邪魔をして、なかなか行動に移せない。このままでは自然と距離が空いて、ますます話しかけづらくなる。過去の経験からそれはわかっているので、まず間違い無いだろう。
そんなことを思っていれば、背後から、あの!と声をかけられた。
「柴崎さん、忘年会って今年もやりますよね。」
「それだ。」
「はい?」
まさに天啓。暗雲に差し込む光明とはこのことである。柴崎はあかりの同僚でもある夏美の方を向いて、目を輝かせてしまった。
そんな様子にときめかれているなどと露知らず。柴崎は話の続きをしようとしている夏美を勝手に置いてけぼりにして、頭の中はもう次のお誘いのプランが組み上がっていく。
忘年会とは、合法的に会話が生まれるイベント。どうせ会場は五階の従業員休憩室を使うだろう。さりげなく飲み会の席で旭の隣を陣取ればなおよし。否応なしに会話が生まれるだろうし、会話の中で旭の反応を見ればいい。
己に助け舟を出したのが、あかりと共に旭に色目を向ける女だというのが全くもって気に食わないが、今回ばかりは感謝である。
「ちょっと、聞いてます?」
「やるやる。三日前に会場押さえとく。」
「ええ、手配してくれるんですか!なら出し物の企画とか考えておきますね。」
「ほいよ。」
忘年会は、閉店が早まる大晦日。これでなんとか年明け前まで会話が無いというのは免れた。新年はさておき、今年もよろしくお願い致します。が初会話とか嫌すぎる。良いお年もで締めるのも嫌ではあるが。
「キングスパロウ、初参加ですよね。私、」
「俺が聞いてくっから、夏美はチラシ作って。そういうの得意でしょ。」
「え、去年は柴崎さんがチラシ作ってくれましたよね。」
「夏美やりたがってたろ。俺の代わりにやってくれ。楽しみにしてる。」
「ええ!じゃあやる!」
傍目から見たら、やりたがっていた仕事を任せただけに見えるだろう。その実、まさか男から恋路の邪魔をされているとは気付くまい。あかりもそうだが、夏美もなかなかにフットワークが軽いのだ。職場の女子社員と、一人の男に対して対抗意識を燃やす日なんて一生来ないと思っていたが、人生とはなかなかにわからないものである。
こんなことをしている時点で、柴崎はこの恋に必死になっているのだが、それを素直に認めるには、まだまだ柴崎も青臭いままであった。
「打ち上げは焼肉でっす!!!」
一番のイベントシーズンを乗り切れば、待ちに待った慰労会である。
初のメンバーで大波を乗り切ったことと、予算を遥かにうわ回る売り上げを叩き出したこともあり、本日はちょっと良いお店での肉祭りである。
無論、こんなに北川が太っ腹なのは、ご機嫌な営業から経費で落としていいよと言われたからに他ならない。そうでなければ、もっとランクが下がっていたか、きっとラーメン屋で終わりだっただろう。なので、どうせ毎回続くわけもなし、今回はありがたくお言葉に甘えさせていただこうとなった次第である。
「さすが北川さん、太っ腹!!」
「ちょ、事実ですけどその場合は営業に言わないとじゃないっすか!」
「洋次、お前は一生サンチュでも食ってろ。」
「パワハラですよ北川さん!!!」
「ならお前のは俺に対するセクハラだからなー!!!!!」
「店長、とりあえずビール三つ頼んどきますね。」
酒が入る前から、こんなにも盛り上がれるのは男だからだろう。旭は苦笑いしながら三人のやりとりを見つつ、タッチパネルを操作する。普段肩に力が入る藤崎への接し方も、今回ばかりは仕事では無いので力まなくてもいい。早速無礼講を初めている洋次に旭も笑う。普段すっとぼけていると言われている己ではあるが、今日ばかりはツッコミに回ることもありそうだ。
苛烈を極めたクリスマス商戦も終わり、各々がそれぞれの達成感を味わい、そしてそれが呼水となって上がるテンション。それほどまでに我慢を強いられる場面も多々あった。
今後はクリスマスに乗り遅れたギフト客の対応が残っているくらいだ。今は新年のセール準備など何も考えたくはない。
そして、肉も進めば酒も進むようで、それぞれが自分好みの焼き加減に育てた肉を前に、無粋な話題へと話を広げる。
やれ新婚の夜の性生活はどうなのか、新しくできた彼女とはどこまでいったのか。やら、そしてついには仕事以外でも要らぬお節介をかける藤崎の矛先が、旭に向いた。
きた。と思った。
何故かはわからないが、最近は藤崎によってこの手の話題をやたらと振られるのだ。正直なところ、旭の直近での恋愛経験なんて、専門学校時代の時に一人いたくらいで、終わり方も自然消滅だ。だからこそ、自分は関係ありませんよとと言う顔で聞き役にまわるつもりでいたのに。
「…聞きますけど、そう言う藤崎さんは恋愛結婚だったんですか。」
「出来ちゃった結婚。」
「恋愛してないのに紹介するとか言ったんですか!」
洋次のど正論に、旭も密かに同意した。藤崎は何故かどや顔をしているが、大きく反応を返したは洋次一人だけである。
「ちなみに俺は恋愛結婚ね。」
「ちょっと後にしてください。今旭の話してるんで。」
「えええ…」
あぐりと肉を口に突っ込みながら、惚気に走りかけた北川を藤崎が制す。洋次は出来ちゃった結婚に対して、男前ですね!?などと斜め上の発言をしている。旭は参考にするなら恋愛結婚の北川に話を聞きたいと思ったが、空気的にはそう言うわけにもいかなさそうである。
そもそも、恋愛経験が少ない旭は、紹介されるよりも、他人の恋愛話を聞いて知識を深める方が先だと思うのだが、そんな、旭が当たり前と思っていることも、もしかしたら違うのかもしれない。なんにせよ、自分にそんな話題を出しても、楽しめそうな内容を返せるかは別なのになあと、そんなことを思った。
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