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「あのさ、旭くんって可愛い系じゃない。」
 
 バキリ。と音を立てて、柴崎の使っていた赤鉛筆がへし折れた。
 
 連休明け、溜まりに溜まった書類を捌いていたところに、好色を公言している女性社員からの言葉である。
 柴崎は無言で二つに折れた赤鉛筆を鉛筆削にセットをすると、足元のゴミ箱を引き寄せて削る。
 
「え、ちょっと頼りなくない?女より細い男はだめだって。」
「いや、でも男って女より審美眼薄いらしいよ。女子の太ってるは男にとっての普通っていうじゃん。」
「いや、聞くけどさ。マジに狙ってんの?」
「わりかしマジ。まあまだ接点ないけどね。」
 
 ショリショリと静かな音を立てながら削っている柴崎はというと、周りから見ても異様であった。無言の顔がいつにも増して怖いのだ。柴崎の顔がいいことは周知の事実であったが、美形の無言は怖いのだ。隣のデスクの後輩が、折れた赤鉛筆を削るその姿に怯えていれば、色恋話にうつつを抜かしていた女性社員の一人が声をかけてきた。
 
「ねえ柴崎、あんたの後輩だったよね?飲みセッティングしてくんない?」
「あかり、早速動き出すの早過ぎでウケる。」
 
 あかりと呼ばれた女子社員は、茶色の巻き髪を下ろし、計算された角度で首を傾げて柴崎にねだる。艶を帯びた一房が肩から滑ると、それをわざとらしく耳にかけた。
 フロアに立つときは規定で髪を一つに結んでいるので、事務所にいるときくらいは下ろしておきたいなどと言っていた。曰く、男はギャップに弱いとかそんなことを語っていたような気がする。
 
「ねえ柴崎聞いてる?今度ご飯奢るからあ。」
 
 そうしてさらに、別の男にも網を広げる。女としての己の使い方を熟知しているあかりに、柴崎は緩く微笑みかける。化粧で作られた美しさではない、甘いマスクの使い方なら柴崎の方が一枚上手だ。
 
「あかりむっちりしてるから、外食よりも自炊したら?」
「ちょっと柴崎言い方ひどいんだけどー!!!」
「あはは、デブって言ってねえからいいかなって思ったけど、今のアウト?」
「柴崎の顔がよく無かったら完全にセクハラ案件だからね、それ。」
「マジで。顔が良くてよかったわあ。」
「もう、マジでそれ。」
 
 プン、と効果音がつきそうな顔でむすくれるあかりに、特にフォローはしない。隣の席でやりとりを見ていた後輩が、女子社員の中にうまく混ざった柴崎を羨ましそうに見ているが、押し付けれるならお願いしたい限りである。
 その後のあかりの、己がいかに男運がないかという、男性遍歴の多さでマウントを取ってくるような話題を聞き流していれば、事務所に滑り込むようにしてカルトンにお金を乗せた旭が駆け込んできた。
 
「レジお願いします!」
「あ、私が」
「あかり座ってな。俺がやるから。」
 
 旭を見て顔色を変えたあかりの腕を掴んで場所を入れ替わる。しばらく接することが叶わなかったのだ、みすみすこの機会を逃したくはない。女子社員をどかしてレジに入った柴崎にギョッとした顔はしたが、よほど忙しいらしい。旭は百貨店専用の入金表を柴崎に手渡すと、すぐに切り替えた。
 
「代済み外商回し五万五千円です。サロン渡しで一回払い。」
「外相コードは。」
「四課渡辺さん六七九五です。」
「ん。」
 
 手際よくレジを操作する柴崎を背に、旭はレジカウンター横の引き出しを開けると、専用の伝票を取り出した。ブランド柄高額なものを取り扱っているせいか、外商回しも多い。三枚綴りの複写の伝票を、手慣れた様子で描き終えると、レジ操作を終えた柴崎が誤りがないかを確認し、売り場印を押す。
 
「渡辺さんに電話しといてやるよ。商品何。」
「トートバック一点です!助かる!」
「了解。ほら準備してサロン行ってきな。」
「はい!」
 
 外商回しのルールとして、担当員に何を持っていくかを電話する決まりがあった。慌ただしいときは特にそれが厄介な分、旭は柴崎の配慮にありがたそうに返事をすると、駆け足で去っていく。事務所を出てすぐの、ドア一枚隔てた売り場なのに、なんとも忙しないことである。その後、受話器を取った柴崎の後ろでは立て続けに北川や藤崎がやってきたので、聖夜三日前にしてキングスパロウは随分と混んでいるようだった。
 
 その後も外商回しを終えたらしい旭が、ギフトラッピングだろうコートを事務所に持ってくるや否や、怖い顔つきで黙りこくり、驚くほどの手際の良さで包装を済ませて駆け足で出ていったりしたので、二度目のやりとりもレジを通しただけの淡白なもので終わってしまった。
 あんなに可愛らしいギフトラッピングを、鬼気迫る顔でやっているとは誰も思うまい。柴崎はそんなことを思いながら、二度目の背中を見送る。出ていく間際に顔に笑顔を貼り付けた旭を見て、少しだけ笑ってしまった。
 
 結局キングスパロウは単品買いが多かったらしく、驚きの回転率で本日の売り上げ一位を獲得していた。閉店後に少しだけ覗いて見たのだが、皆一様に死屍累々としていたので、なんとなくこちらが遠慮をしてしまった。
 こんな具合で声をかけるのもなあとは思ったが、レジルームの締めの売上表を出すときに旭が顔を出したので、柴崎はそのタイミングで声をかけようとしたのだが、向かいのブランドの大林に遮られ、それも叶わなかった。許すまじ大林。
 この間からずっとタイミングに恵まれない柴崎は、とことん己の間の悪さに辟易をしたのであった。
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