22 / 79
22
しおりを挟む
ラブホと間違われることも少なくないメルヘンなアパートの一室で、柴崎はベランダにもたれかかりながら、珍しく頭を悩ませていた。
「あー…」
寒空の下、指先に挟んだ煙草の紫煙が空へと向かっていく様子を眺める。メンソールの清涼感でも晴れない心持ちの原因は、先日の己の行動だ。
社会人になったら、己の行動に責任を持てというのは、柴崎が口を酸っぱくして部下に言い続けてきたことでもある。とんだブーメランだ。額に手を当て、自己嫌悪する。寝癖だらけの髪を乱しながら、それでも片手では器用に煙草は吸う。
旭を抱いてから、どうにもダメなのだ。主にメンタル部分が。
「抱いといて、勝手に落ち込むのもなしだろ。」
独りごちる。じり、と同意をするかのように火種が燻った。
旭とっては、頼り甲斐のある先輩でありたかった。これは完全に柴崎のエゴである。くだらない大人の矜持なんぞ振り翳して格好つけるから、自分の首を絞めるのだ。しかし、頭ではわかっていてもできないこともある。手を伸ばせば届く距離、それに二人だけの部屋でだ。唇を許されたら、男は止まれない。
一週間は過ぎたというのに、あの夜のことは振り返る。掌に感じた体温と、縋られた背中の傷。声を堪えるために歯を立てられた肩の傷の痛みが消えるのを、惜しむように爪を立てたりもした。
「…ぅあっち!!」
どうやら物思いに耽りすぎて、煙草の火種が指先に近づいていたことに気がつかなかったらしい。柴崎は慌てて煙草をもみ消すと、わざわざベランダに持ってきていた灰皿にそれを捨てる。
寒空の下で頭を冷やせば、上手い考えが出て来ると思ったのだが、それもまたうまくいかないものだ。余計なことを考えて、兆しかけてしまった。確実に家の外であったら捕まっていたに違いない。別のことを考えようと、灰皿を引き寄せる。
冷えた灰皿に、どれだけ外にいたのだろうと呆れた。連休だからといって風邪でも引いて休みが延長したら、お前は一体何をしていたのだとどやされるに違いない。
そこまで想像をしたくせに、仮に風邪を引いたとして、旭に連絡をしたら見舞いに来てくれるのではないか、という下心ありきの考えが浮かんだ。
「いや、ねーわあ…。」
付き合っているわけでもあるまいに。
柴崎は乾いた笑いを漏らすと、灰皿片手に部屋に戻る。カレンダーに目を向ければ、肌を重ねてからもう一週間は過ぎていることに気がついた。間の悪いことに、旭が休日の時に出勤をし、そこからしばらく買い付けで外出をしていたので、忙しない日々が二人の距離を開かせた。そしてその後の連休である。
車で旭を職場近くまで送ったあの日、体を気にかけた柴崎に対して、旭は気にして無いですから、と宣った。また変な気を回しているのだろうなということが、容易く読み取れるようなそんな表情であった。
なかったことにされるのは嫌だった。だから、車から旭が降りる時、柴崎はつい手を握りしめてしまったのだ。完全に無意識だ。体が勝手に動いたと言ってもいい。
そして、握りしめた旭の細い手がかすかに震えて、ゆっくりと握り返された。ほんの刹那の間ではあったが、柴崎はその瞬間を縁にしている。
己の目の前で、泣きそうになった旭を慰めるつもりが手籠にしたのだ。前後不覚に落としめて、そして好きだという前に肌を重ねた。あの時の自分に言いたい。思春期じゃねえんだから落ち着けと。
ギシリと音を立てて、ベットに腰掛ける。あの日の旭は、シーツを乱しながら、男なのに、変だと泣いた。その言葉は毒のようであった。それは、まさしく柴崎の手によってもたらされた感情のさざめき。本人は無意識に語っていたに違いない。それでも柴崎には、己が原因で乱しているのだと思うと、たまらなくなってしまったのだ。
誰にも見せぬように抱え込んで、本心を隠すのが上手い後輩のあられもない姿。耳に残るあどけなさを残した声色が、柴崎の理性をぶっちぎったのだ。出会った頃から気にはなっていた。再会してからは、自分の気持ちを自覚した。そして手が届きそうになった瞬間、新雪を土足で汚すかのように、旭を抱いた。
「あー…、もう。」
今にも儚くなりそうな旭を腹に抱えこんだ柴崎は、己が旭にとっての逃げ道になりたかったのだ。泣きながら甘えてきたのが可愛すぎて、完全にコントロールを失った自我。旭の心の隙間を埋めるつもりが、己の欲を満たしてしまうという愚かさよ。
きっと、旭のことだから、柴崎の迷惑を考えて、無かったことにするだろう。そんな予想が立てられてしまうくらい、柴崎は再開してからのわずかな期間でも、旭を気にかけていた。
久しぶりに煮詰まってしまった。肌を重ねた夜に告げた言葉の後悔はないが、先走った感は否めない。手に触れたシーツを握りしめた後、そのままずるずるとベットに突っ伏した。口の中には、まだ煙草の苦味が残っているようだった。
「あー…」
寒空の下、指先に挟んだ煙草の紫煙が空へと向かっていく様子を眺める。メンソールの清涼感でも晴れない心持ちの原因は、先日の己の行動だ。
社会人になったら、己の行動に責任を持てというのは、柴崎が口を酸っぱくして部下に言い続けてきたことでもある。とんだブーメランだ。額に手を当て、自己嫌悪する。寝癖だらけの髪を乱しながら、それでも片手では器用に煙草は吸う。
旭を抱いてから、どうにもダメなのだ。主にメンタル部分が。
「抱いといて、勝手に落ち込むのもなしだろ。」
独りごちる。じり、と同意をするかのように火種が燻った。
旭とっては、頼り甲斐のある先輩でありたかった。これは完全に柴崎のエゴである。くだらない大人の矜持なんぞ振り翳して格好つけるから、自分の首を絞めるのだ。しかし、頭ではわかっていてもできないこともある。手を伸ばせば届く距離、それに二人だけの部屋でだ。唇を許されたら、男は止まれない。
一週間は過ぎたというのに、あの夜のことは振り返る。掌に感じた体温と、縋られた背中の傷。声を堪えるために歯を立てられた肩の傷の痛みが消えるのを、惜しむように爪を立てたりもした。
「…ぅあっち!!」
どうやら物思いに耽りすぎて、煙草の火種が指先に近づいていたことに気がつかなかったらしい。柴崎は慌てて煙草をもみ消すと、わざわざベランダに持ってきていた灰皿にそれを捨てる。
寒空の下で頭を冷やせば、上手い考えが出て来ると思ったのだが、それもまたうまくいかないものだ。余計なことを考えて、兆しかけてしまった。確実に家の外であったら捕まっていたに違いない。別のことを考えようと、灰皿を引き寄せる。
冷えた灰皿に、どれだけ外にいたのだろうと呆れた。連休だからといって風邪でも引いて休みが延長したら、お前は一体何をしていたのだとどやされるに違いない。
そこまで想像をしたくせに、仮に風邪を引いたとして、旭に連絡をしたら見舞いに来てくれるのではないか、という下心ありきの考えが浮かんだ。
「いや、ねーわあ…。」
付き合っているわけでもあるまいに。
柴崎は乾いた笑いを漏らすと、灰皿片手に部屋に戻る。カレンダーに目を向ければ、肌を重ねてからもう一週間は過ぎていることに気がついた。間の悪いことに、旭が休日の時に出勤をし、そこからしばらく買い付けで外出をしていたので、忙しない日々が二人の距離を開かせた。そしてその後の連休である。
車で旭を職場近くまで送ったあの日、体を気にかけた柴崎に対して、旭は気にして無いですから、と宣った。また変な気を回しているのだろうなということが、容易く読み取れるようなそんな表情であった。
なかったことにされるのは嫌だった。だから、車から旭が降りる時、柴崎はつい手を握りしめてしまったのだ。完全に無意識だ。体が勝手に動いたと言ってもいい。
そして、握りしめた旭の細い手がかすかに震えて、ゆっくりと握り返された。ほんの刹那の間ではあったが、柴崎はその瞬間を縁にしている。
己の目の前で、泣きそうになった旭を慰めるつもりが手籠にしたのだ。前後不覚に落としめて、そして好きだという前に肌を重ねた。あの時の自分に言いたい。思春期じゃねえんだから落ち着けと。
ギシリと音を立てて、ベットに腰掛ける。あの日の旭は、シーツを乱しながら、男なのに、変だと泣いた。その言葉は毒のようであった。それは、まさしく柴崎の手によってもたらされた感情のさざめき。本人は無意識に語っていたに違いない。それでも柴崎には、己が原因で乱しているのだと思うと、たまらなくなってしまったのだ。
誰にも見せぬように抱え込んで、本心を隠すのが上手い後輩のあられもない姿。耳に残るあどけなさを残した声色が、柴崎の理性をぶっちぎったのだ。出会った頃から気にはなっていた。再会してからは、自分の気持ちを自覚した。そして手が届きそうになった瞬間、新雪を土足で汚すかのように、旭を抱いた。
「あー…、もう。」
今にも儚くなりそうな旭を腹に抱えこんだ柴崎は、己が旭にとっての逃げ道になりたかったのだ。泣きながら甘えてきたのが可愛すぎて、完全にコントロールを失った自我。旭の心の隙間を埋めるつもりが、己の欲を満たしてしまうという愚かさよ。
きっと、旭のことだから、柴崎の迷惑を考えて、無かったことにするだろう。そんな予想が立てられてしまうくらい、柴崎は再開してからのわずかな期間でも、旭を気にかけていた。
久しぶりに煮詰まってしまった。肌を重ねた夜に告げた言葉の後悔はないが、先走った感は否めない。手に触れたシーツを握りしめた後、そのままずるずるとベットに突っ伏した。口の中には、まだ煙草の苦味が残っているようだった。
0
お気に入りに追加
164
あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
あなたの隣で初めての恋を知る
ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
新訳 美女と野獣 〜獣人と少年の物語〜
若目
BL
いまはすっかり財政難となった商家マルシャン家は父シャルル、長兄ジャンティー、長女アヴァール、次女リュゼの4人家族。
妹たちが経済状況を顧みずに贅沢三昧するなか、一家はジャンティーの頑張りによってなんとか暮らしていた。
ある日、父が商用で出かける際に、何か欲しいものはないかと聞かれて、ジャンティーは一輪の薔薇をねだる。
しかし、帰る途中で父は道に迷ってしまう。
父があてもなく歩いていると、偶然、美しく奇妙な古城に辿り着く。
父はそこで、庭に薔薇の木で作られた生垣を見つけた。
ジャンティーとの約束を思い出した父が薔薇を一輪摘むと、彼の前に怒り狂った様子の野獣が現れ、「親切にしてやったのに、厚かましくも薔薇まで盗むとは」と吠えかかる。
野獣は父に死をもって償うように迫るが、薔薇が土産であったことを知ると、代わりに子どもを差し出すように要求してきて…
そこから、ジャンティーの運命が大きく変わり出す。
童話の「美女と野獣」パロのBLです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる