[改稿版]これは百貨店で働く俺の話なんだけど

だいきち

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 ラブホと間違われることも少なくないメルヘンなアパートの一室で、柴崎はベランダにもたれかかりながら、珍しく頭を悩ませていた。
 
「あー…」
 
 寒空の下、指先に挟んだ煙草の紫煙が空へと向かっていく様子を眺める。メンソールの清涼感でも晴れない心持ちの原因は、先日の己の行動だ。
 社会人になったら、己の行動に責任を持てというのは、柴崎が口を酸っぱくして部下に言い続けてきたことでもある。とんだブーメランだ。額に手を当て、自己嫌悪する。寝癖だらけの髪を乱しながら、それでも片手では器用に煙草は吸う。
 
 
 旭を抱いてから、どうにもダメなのだ。主にメンタル部分が。
 
「抱いといて、勝手に落ち込むのもなしだろ。」
 
 独りごちる。じり、と同意をするかのように火種が燻った。
 旭とっては、頼り甲斐のある先輩でありたかった。これは完全に柴崎のエゴである。くだらない大人の矜持なんぞ振り翳して格好つけるから、自分の首を絞めるのだ。しかし、頭ではわかっていてもできないこともある。手を伸ばせば届く距離、それに二人だけの部屋でだ。唇を許されたら、男は止まれない。
 一週間は過ぎたというのに、あの夜のことは振り返る。掌に感じた体温と、縋られた背中の傷。声を堪えるために歯を立てられた肩の傷の痛みが消えるのを、惜しむように爪を立てたりもした。
 
「…ぅあっち!!」
 
 どうやら物思いに耽りすぎて、煙草の火種が指先に近づいていたことに気がつかなかったらしい。柴崎は慌てて煙草をもみ消すと、わざわざベランダに持ってきていた灰皿にそれを捨てる。
 寒空の下で頭を冷やせば、上手い考えが出て来ると思ったのだが、それもまたうまくいかないものだ。余計なことを考えて、兆しかけてしまった。確実に家の外であったら捕まっていたに違いない。別のことを考えようと、灰皿を引き寄せる。
 冷えた灰皿に、どれだけ外にいたのだろうと呆れた。連休だからといって風邪でも引いて休みが延長したら、お前は一体何をしていたのだとどやされるに違いない。
 そこまで想像をしたくせに、仮に風邪を引いたとして、旭に連絡をしたら見舞いに来てくれるのではないか、という下心ありきの考えが浮かんだ。
 
「いや、ねーわあ…。」
 
 付き合っているわけでもあるまいに。
 柴崎は乾いた笑いを漏らすと、灰皿片手に部屋に戻る。カレンダーに目を向ければ、肌を重ねてからもう一週間は過ぎていることに気がついた。間の悪いことに、旭が休日の時に出勤をし、そこからしばらく買い付けで外出をしていたので、忙しない日々が二人の距離を開かせた。そしてその後の連休である。
 
 車で旭を職場近くまで送ったあの日、体を気にかけた柴崎に対して、旭は気にして無いですから、と宣った。また変な気を回しているのだろうなということが、容易く読み取れるようなそんな表情であった。
 
 なかったことにされるのは嫌だった。だから、車から旭が降りる時、柴崎はつい手を握りしめてしまったのだ。完全に無意識だ。体が勝手に動いたと言ってもいい。
 そして、握りしめた旭の細い手がかすかに震えて、ゆっくりと握り返された。ほんの刹那の間ではあったが、柴崎はその瞬間を縁にしている。
 
 己の目の前で、泣きそうになった旭を慰めるつもりが手籠にしたのだ。前後不覚に落としめて、そして好きだという前に肌を重ねた。あの時の自分に言いたい。思春期じゃねえんだから落ち着けと。
 
 ギシリと音を立てて、ベットに腰掛ける。あの日の旭は、シーツを乱しながら、男なのに、変だと泣いた。その言葉は毒のようであった。それは、まさしく柴崎の手によってもたらされた感情のさざめき。本人は無意識に語っていたに違いない。それでも柴崎には、己が原因で乱しているのだと思うと、たまらなくなってしまったのだ。
 
 誰にも見せぬように抱え込んで、本心を隠すのが上手い後輩のあられもない姿。耳に残るあどけなさを残した声色が、柴崎の理性をぶっちぎったのだ。出会った頃から気にはなっていた。再会してからは、自分の気持ちを自覚した。そして手が届きそうになった瞬間、新雪を土足で汚すかのように、旭を抱いた。
 
「あー…、もう。」
 
 今にも儚くなりそうな旭を腹に抱えこんだ柴崎は、己が旭にとっての逃げ道になりたかったのだ。泣きながら甘えてきたのが可愛すぎて、完全にコントロールを失った自我。旭の心の隙間を埋めるつもりが、己の欲を満たしてしまうという愚かさよ。
 
 きっと、旭のことだから、柴崎の迷惑を考えて、無かったことにするだろう。そんな予想が立てられてしまうくらい、柴崎は再開してからのわずかな期間でも、旭を気にかけていた。
 
 久しぶりに煮詰まってしまった。肌を重ねた夜に告げた言葉の後悔はないが、先走った感は否めない。手に触れたシーツを握りしめた後、そのままずるずるとベットに突っ伏した。口の中には、まだ煙草の苦味が残っているようだった。
 
 
 
 
 
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