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朝から、柴崎の作ったチーズトーストにハムエッグ。なんも言わねえからホットにしたと、旭ご要望の甘めのカフェオレまでついて、朝からなんともしっかりとした朝食にありつけた。一人暮らしだと、食べないことの方が多い旭は、柴崎から投げ渡されたジャージの裾を三回折って履いている。
歯磨きの後、寝癖だらけの髪を撫で付けられた。その感触を思い出すように手が勝手に自分の頭に触れてしまい、慌てて取り繕うように膝の上に手を戻した。
「熱いから、冷ましてから飲めよ。」
「うん、」
昨夜、ビールを染み込ませたカーペットは退けられてた。渡されたクッションを有難く尻の下に敷いて座っている旭は、熱いカフェオレに恐る恐る口をつける。
「大丈夫か、尻。」
「ぅあっぢ!!!」
「悪い、今のは俺が悪いわ、タイミングが間違いだった。」
柴崎が変なことを聞くせいで、思わず強く吸いすぎた。慌ててカフェオレを置いて口を押さえた旭に、柴崎は無言で氷水を差し出した。用意周到すぎるあたり、おそらく予想されていたことだったに違いない。
「平気、じゃないです。」
「…今日、お前仕事か。」
「遅番なんで、後一時間したら出ないと…。」
「ああ、車で送ってくから。ゆっくりしてけ。」
「え、柴崎さんは?」
「おれ二連休。」
信じられないと言わんばかりの顔で旭が柴崎を見れば、にこやかに顔を逸らされた。無言の圧力は、しっかりと柴崎には届いている。自分が二連休だからって、翌日仕事の後輩を家に呼ぶとはどういった了見だと、そういった目線である。
おほんと咳払いを一つ。柴崎は一口コーヒーを飲むと、香りを楽しむかのように深呼吸をした。
「あのさ、」
「ストップ」
旭は食い気味にそう宣うと、手のひらを前に突き出した。それ以上は、聞いてはいけないと思ったのだ。言葉を遮られた柴崎が、小さくため息をつく。目の前の後輩は表情を見せまいとして俯いているが、髪の隙間から見える耳の赤さだけは素直に旭の内心を伝えてくれる。
不器用で気を回しすぎるきらいのある目の前の後輩が、柴崎の昨夜の言葉を額面通りに受け取らなかったらしい。
「まだ、待って…」
「…その表情はイエスだと思ってんだけど?」
「ちが、だって!うぅ…」
旭はぐう、と喉から敗北感のある声が漏れそうになって、慌ててそれを飲み込むことで抑え込む。だって、ダメだろう。昨日の柴崎の言葉は、己のようにその場の空気に流されたものに違いない。頭の中で、先日見たドラマの女優のセリフがリフレインされる。
一度寝たからって、彼氏ヅラしないでよ。
柴崎が言う訳はないと思っても、期待をしていいというわけでもない。柴崎は、女っ気がないと自分で言っている。今は旭に感けただけで、本質はゲイではない。だって旭は、柴崎の歴代彼女がモデルや女優のような年上のお姉様方だったことを知っている。自分に当てはまる要素ととしたら、身長と黒髪くらいだ。
「…だから、えっと…」
俺じゃないでしょ。とも言えなかった。というより、そんな勇気がなかったという方が正しい。
だって、本当はその手をとって、自分に触れて、昨日の過ちのように、大きな掌で愛でてほしい。だけど、それをしてしまったらダメなのだ。
旭は柴崎にとっての自分の立ち位置が曖昧な方がいいと思った。その方が何も考えなくていいという、そんなずるい考えである。だって、傷つきたくない。優しい柴崎に甘えたとして、それが一生続くわけもない。ならば思い出とする方が、いいに決まっている。旭は自分が不安定なことをわかっていたからこそ、そんな情緒で振り回したくはなかった。断らなくては、いや、角が立つから、話を逸らせないか。どうしよう、この関係が崩れてしまうのが怖い。そう、頭の中で必死に弁解を巡らせていた時だった。
「わかった。」
無言で、少しだけ泣きそうな顔をして黙りこくってしまった旭を見て、柴崎はただそう言った。あの居酒屋の夜のように、答えを性急に求めるのはダメだと思ったからだ。
だから、聞き分けのいい大人のふりをしてそう言った。
「柴崎さん、」
「おら、支度しねえと。シャワー浴びねえでその寝癖どうすんだ。」
「え、そんなにやばいですか。」
「超エキセントリック。」
いつも通りの意地悪な笑みで柴崎が返す。少なくとも、そのやりとりに少しだけ救われた。早くしろよと茶化すように追い立ててくる柴崎に促されるままに、食べかけだった朝食を詰め込むと旭は浴室へと突っ込まれた。
「着たまま!」
「マジで。なら服だけ脱いで外に置いとけ。お前の服持ってくるから。」
擦りガラス越しの浴室の中に、服のまま旭を突っ込んだのは己への配慮だ。昨夜を引きずっていないとは言えず、背中で扉を閉めるようにして、旭の抗議も遮った。
「童貞じゃねえのになあ。」
「なんか言いましたか?」
「俺が良い体してるせいで服貸せなくてごめんね旭くんって言った!」
「何それムカつく!!」
旭のむすくれた声が浴室に反響して、少しだけこもって聴こえた。柴崎はいつも通りに憎まれ口を一つ叩くと、鏡に映った己を見た。余計なことを言うなよ、わかってるだろう俺。睨み付けるように、己に言い聞かせる。車で送るからと言ったくせに、わざと急かしてる時点で余裕なんかないのだ。その柴崎の小さな矛盾に、旭が気づかなければいいなと思った。
歯磨きの後、寝癖だらけの髪を撫で付けられた。その感触を思い出すように手が勝手に自分の頭に触れてしまい、慌てて取り繕うように膝の上に手を戻した。
「熱いから、冷ましてから飲めよ。」
「うん、」
昨夜、ビールを染み込ませたカーペットは退けられてた。渡されたクッションを有難く尻の下に敷いて座っている旭は、熱いカフェオレに恐る恐る口をつける。
「大丈夫か、尻。」
「ぅあっぢ!!!」
「悪い、今のは俺が悪いわ、タイミングが間違いだった。」
柴崎が変なことを聞くせいで、思わず強く吸いすぎた。慌ててカフェオレを置いて口を押さえた旭に、柴崎は無言で氷水を差し出した。用意周到すぎるあたり、おそらく予想されていたことだったに違いない。
「平気、じゃないです。」
「…今日、お前仕事か。」
「遅番なんで、後一時間したら出ないと…。」
「ああ、車で送ってくから。ゆっくりしてけ。」
「え、柴崎さんは?」
「おれ二連休。」
信じられないと言わんばかりの顔で旭が柴崎を見れば、にこやかに顔を逸らされた。無言の圧力は、しっかりと柴崎には届いている。自分が二連休だからって、翌日仕事の後輩を家に呼ぶとはどういった了見だと、そういった目線である。
おほんと咳払いを一つ。柴崎は一口コーヒーを飲むと、香りを楽しむかのように深呼吸をした。
「あのさ、」
「ストップ」
旭は食い気味にそう宣うと、手のひらを前に突き出した。それ以上は、聞いてはいけないと思ったのだ。言葉を遮られた柴崎が、小さくため息をつく。目の前の後輩は表情を見せまいとして俯いているが、髪の隙間から見える耳の赤さだけは素直に旭の内心を伝えてくれる。
不器用で気を回しすぎるきらいのある目の前の後輩が、柴崎の昨夜の言葉を額面通りに受け取らなかったらしい。
「まだ、待って…」
「…その表情はイエスだと思ってんだけど?」
「ちが、だって!うぅ…」
旭はぐう、と喉から敗北感のある声が漏れそうになって、慌ててそれを飲み込むことで抑え込む。だって、ダメだろう。昨日の柴崎の言葉は、己のようにその場の空気に流されたものに違いない。頭の中で、先日見たドラマの女優のセリフがリフレインされる。
一度寝たからって、彼氏ヅラしないでよ。
柴崎が言う訳はないと思っても、期待をしていいというわけでもない。柴崎は、女っ気がないと自分で言っている。今は旭に感けただけで、本質はゲイではない。だって旭は、柴崎の歴代彼女がモデルや女優のような年上のお姉様方だったことを知っている。自分に当てはまる要素ととしたら、身長と黒髪くらいだ。
「…だから、えっと…」
俺じゃないでしょ。とも言えなかった。というより、そんな勇気がなかったという方が正しい。
だって、本当はその手をとって、自分に触れて、昨日の過ちのように、大きな掌で愛でてほしい。だけど、それをしてしまったらダメなのだ。
旭は柴崎にとっての自分の立ち位置が曖昧な方がいいと思った。その方が何も考えなくていいという、そんなずるい考えである。だって、傷つきたくない。優しい柴崎に甘えたとして、それが一生続くわけもない。ならば思い出とする方が、いいに決まっている。旭は自分が不安定なことをわかっていたからこそ、そんな情緒で振り回したくはなかった。断らなくては、いや、角が立つから、話を逸らせないか。どうしよう、この関係が崩れてしまうのが怖い。そう、頭の中で必死に弁解を巡らせていた時だった。
「わかった。」
無言で、少しだけ泣きそうな顔をして黙りこくってしまった旭を見て、柴崎はただそう言った。あの居酒屋の夜のように、答えを性急に求めるのはダメだと思ったからだ。
だから、聞き分けのいい大人のふりをしてそう言った。
「柴崎さん、」
「おら、支度しねえと。シャワー浴びねえでその寝癖どうすんだ。」
「え、そんなにやばいですか。」
「超エキセントリック。」
いつも通りの意地悪な笑みで柴崎が返す。少なくとも、そのやりとりに少しだけ救われた。早くしろよと茶化すように追い立ててくる柴崎に促されるままに、食べかけだった朝食を詰め込むと旭は浴室へと突っ込まれた。
「着たまま!」
「マジで。なら服だけ脱いで外に置いとけ。お前の服持ってくるから。」
擦りガラス越しの浴室の中に、服のまま旭を突っ込んだのは己への配慮だ。昨夜を引きずっていないとは言えず、背中で扉を閉めるようにして、旭の抗議も遮った。
「童貞じゃねえのになあ。」
「なんか言いましたか?」
「俺が良い体してるせいで服貸せなくてごめんね旭くんって言った!」
「何それムカつく!!」
旭のむすくれた声が浴室に反響して、少しだけこもって聴こえた。柴崎はいつも通りに憎まれ口を一つ叩くと、鏡に映った己を見た。余計なことを言うなよ、わかってるだろう俺。睨み付けるように、己に言い聞かせる。車で送るからと言ったくせに、わざと急かしてる時点で余裕なんかないのだ。その柴崎の小さな矛盾に、旭が気づかなければいいなと思った。
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