[改稿版]これは百貨店で働く俺の話なんだけど

だいきち

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 突き刺すような寒さを感じて、目を開ける。瞼が重く、乾燥したかのようにシパシパする。旭は素肌に感じたシーツの感触にゆっくりと意識を覚醒させると、体に感じる倦怠感に眉を寄せた。
 
「ん、…」
 
 前髪を擦り付けるかのようにして、枕に顔を埋める。体は気だるいが、嫌いじゃない感覚だった。二度寝でもしようかな、と寝返りを打って、今は何時かと時計を探すように部屋に目線を向けて硬直した。
 
「あ?」
 
 瞬きをして、目まで擦る。先程感じていた乾燥したかのような不快感はもうなくなっていた。それは目の前の光景の真偽を確かめようと、瞬きの回数が増えたからに他ならない。
 背中に熱源を感じて、まさかと振り向く前に腹に腕を回された。

「ぅひゃ、っ」

 びっくりし過ぎて、つい情けない声をあげてしまった。振り向きかけてやめたのは、旭の寝癖混じりの黒髪に柴崎が鼻を押し付けてきたからだ。
 
「はよ、」
「…っ、…ぉ、俺、」
 
 訳がわからなくて、思考がショートしそうだった。なんでこの人は服を着ていないのだ、やら、この腰の重だるさはなんだ、とか、いままでに経験したことのないような事態もそうだが、生まれてこのかた初めて経験した、こんな朝ってドラマだけじゃないんだなあという謎の状況把握をし、変に納得した。まさか自分が朝チュンというやつを体験する羽目になるとは…。そう考えて、いや違う、今はそうじゃなくて…、と思考を切り替える。
 
「なあ、おはようって言ってんだけど。」
「ぉ、はよぅ…」
 
 耳朶を擽るかのように、柴崎の気だるげな声が呟く。大きな掌が、なんの面白みもない胸の上に手を這わすかのようにして触れてきては、そのまま細い首筋を覆うかのように撫で上げ、小さな顎を捉えられる。
 
「でっけー音…」
 
 喉奥でくつくつと笑う。柴崎の掌の内側で脈動する旭の心臓の忙しなさが、静脈の動きでバレたのだ。長い足がゆっくりと素肌の足に絡みつき、それが呼び水となって、旭は昨夜の情事を思い出した。
 
「俺、あ、あの」
「ん、わかってるって。」
「え、何が、」

 旭は、今度こそ柴崎の顔を見ようと振り返ろうとしたけれど、それよりも柴崎が身を起こす方が一拍速かった。寝具が捲れ、柴崎の上等な男の体が晒される。大きな掌でワシワシと頭を撫でられて、待ってろとだけ言い残してベットを離れる。
 
ー昨日、あの後俺は。
 
 一人で百面相をするのを見られたくなくて、旭は頭を抱えるようにしてベッドの上でうずくまる。膝を抱えようとして、己が何も身に纏っていないことに気がつくと、慌てて顔だけ出してベット下に散らかった服の中から、下着を探し出した。
 
「軽く食ってくだろ。何飲む。」
「コーヒー…」
「ブラック?」
「牛乳と砂糖入れて…」
「はいよ。」
 
 食器棚からマグカップを取り出した柴崎が、クスリと笑って背を向ける。備え付けのキッチンに向かう、鍛えられた背中に残された赤い筋に、昨日の夜は事実なのだと断定される。
 しばらく、無言の時間が続いた。コーヒーの香りがふわりと香って、爽やかな朝を演出してくれているはずなのに、旭の内心は全くもって穏やかではない。
 気持ちよかったのだと思う。少なくとも、嫌なことは忘れられた気がした。でも、こうなるなんて思っていなかったのも事実だった。
 
「起きれる?」
「へ、平気。」
 
 キシリと音を立てて、柴崎が隣に腰掛けてきた。まともに顔が見れないのは、きっと居た堪れないからだということにしてほしい。それでも旭の体は正直で、少しだけ震えた声と上気した頬に触れられて、思わず肩を揺らしてしまった。
 頬を撫でるように、寝乱れた旭の髪を耳にかけられる。唇に触れられると、ゆっくりと撫でるように指先で下唇を押し開かされた。もしかしたら、口付けをされてしまうのかもしれないと、少しだけ背筋が伸び、思わず目を瞑ってしまいそうになった時。
 
「ンぶ、っ」
「とりあえず先に歯ぁ磨け。」
「あ、あぃがとございまふ…」
 
 かちりとプラスチックがはに当たったかと思うと、次できたメンソールの爽やかさに、ようやく歯ブラシを突っ込まれたのだと理解した。ゆるゆると顔を上げれば、柴崎も同じく口に歯ブラシを突っ込んだまま、キッチンに立っている。
 口に突っ込まれた歯ブラシを握りしめ、しゃこ…と毛先で歯列を擦ってから気がついた。口から歯ブラシを抜く。それはキッチンに刺さっていた毛先の開いたそれではなく、新しいものであった。
 
 わざわざ、出してくれたのか。そんなことを思って再び歯磨きを再開する。冷蔵庫の閉まる音がして、ちろりと柴崎の方を見る。気だるげな朝を想像していたのに、きちんとして見えるのは、今ここに俺がいるからなのだろうかと考えて、急に女々しくなってやめた。
 立ち上がって、口を濯ぎにいこう。そう思って、足に力をいれた時だった。
 
「うわっ!」
「あっ。」
 
 カーペットの上に足をついて立ち上がる。そんないつも通りの動作の一つだったはずなのに、旭の膝がカクリと崩れたのだ。ペタンと座り込んだまま、ポカンとしているアサヒの元まで歩み寄ってきた柴崎は、旭の手に持った歯ブラシを引き抜き置くと、両脇に手を突っ込むようにして立たせてくれた。
 
「悪い、とりあえず口だけ先濯いでこい。な?」
 
 ポカンとしたまま、朝日がこくりと無言で頷く。しかし、旭の踏み出した一歩から既にふらふらだったのを見かねた柴崎が、結局腰を抱いて洗面所まで連れてってくれたのだが、もはやなんで腰が抜けたなどという訳のわからぬ状況が自分の身に起きたのか、旭にはわからなかった。
 ここでいいからとキッチンに連れてこられ、口を濯ぐ。旭には新しく歯ブラシを出してくれたのに、柴崎の歯ブラシは毛先が開いたままの状態でコップに刺さっていたままだった。
 
 
 
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