[改稿版]これは百貨店で働く俺の話なんだけど

だいきち

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 息継ぎが間に合わない、脳に酸素が回らなくて、なんだか頭がぼうっとする。旭は己の唇の隙間から漏れ出るか細い声が、柴崎によってもたらされているものだということが、何よりも一番高揚した。
 
「ふ、…ぅ、うぁ…っ」
「今更待てもなしだからな、」
「な、なん、」
「なんでもなし。」
 
 ベッドのマットレスに背を預けていたはずなのに、気がつけばマットレスの側面に頭を押し付けるようにして、ずりずりと体が崩れていった。後頭部に大きな掌を回して、旭が床に頭をぶつけないように配慮する。
 いっそのこと、もっと乱暴に体を押し付けて、無理やり抱いてくれたらどれだけ楽だろう。柴崎の肌を触れる手が、こんなに優しいというのは知りたくなかった。
 
「体あちいな…、」
「ち、ちがっ」
「違わねえよ。だって、」
 
 キスしたんだから、わかるさ。
 
 柴崎が真剣な顔で宣う。旭は唇を真一文字に引き結ぶと、顔を赤らめたまま目線から逃げるようにして顔を逸らした。差し出すように晒した耳朶に、柴崎の唇がそっと触れる。ただそれだけだったのに、旭の体は実に素直に反応を返すのだ。だから、柴崎は理性の糸を張り詰めさせる。
 背中に回った手が、先程からしがみ付くかのように服を握るのだ。居酒屋では見られなかった、柴崎の知らない旭の素直がそこにある。
 
「そのまま、掴まってな。」
「へ、」
「床じゃ、体痛くなる。」
 
 旭の体に腕を回した柴崎が、有無を言わせずに抱き上げた。そのまますぐ降ろされたのは、先程後頭部に感じていたマットレスの上。二人分の体重を乗せた重みで、ギシリと抗議じみた音を出す。旭は、顔の横に肘をついた柴崎によって、その体を押し付けるかのように抱きすくめられた。
 
「…ゃ…ゃっぱ、」
「なしは、なし。」
「ぅ、ンっ」
 
 心を読んだかのように、それ以上旭が泣き言を言わぬように唇を塞がれる。先程のキスよりも優しい、啄むようなキスには、柴崎の懇願も混じっていた。服を乱すように差し入れられた掌は熱く、時折角度を変えながら唇を重ねる柴崎の手によって、旭は流されるままに、着ていたカットソーを脱がされる。
 大きな掌が頭を撫でて、ゆっくりと唇が離れた。知らない顔をした柴崎が、そっと首筋に顔を埋めると、あぐりと肩口を甘く噛まれる。
 
「ん、んン…、」
 
 犬歯が肌を掠める。濡れた熱い舌が労わるようにそこを舐めた。
 柴崎の匂いが近い。肌が重なった部分から溶けてしまいそうで、どうしていいかわからない。
 大きな掌がゆっくりとボトムスの隙間から侵入する。今日に限ってなんでウエストがゴムのボトムスを選んでしまったんだろう。
 
「ふぁ、っ」
「ああ、よかった。」
「ぃ、ゎな、っ」
 
 自分でも、普段あまり触らない場所を握られた。ボクサー越しの布地の上から、柔らかく、形を確かめるかのように。
 
「嫌じゃねえんなら、よかった。」
 
 自分から始めたくせに、柴崎はずるい。額が重なって、鼻先も触れ合う距離で、そんなホッとしたような声を出さないでほしい。いつもの意地悪な顔つきは鳴りを潜めて、吐息が唇に触れる。言わないでってお願いしたのに、兆したそこを指摘されるのはひどく恥ずかしかった。

 
「枕の後ろに、手ぇ入れてな。」
「なに、えっ、」
 
 耳心地良く、甘い声色に征服されてしまう。気がつけば己の胸の頂は外気に触れ、宥めるように撫でられた背筋が、勝手に背を反らす。あたかも己が続きをねだっているかのように見られるのが嫌で、旭は慌ててベットに背中をつけようとした。
 
「ひ、ぅ…っ」
 
 なんの面白みもない旭の胸に、柴崎が唇を落とす。思わず上がった上擦った声と、掌に感じた滑らかな布地。柔らかな唇で胸を刺激されるだけでもいっぱいいっぱいだったのに、旭は己の両手が柴崎の枕の下に突っこんでいることに気がついて、一気に顔を赤らめた。
 
「いい心がけだ。そのまんまんしとけ。」
「ぁ、っま、待って、あ、あぁっ!」
 
 俺は今、本能で柴崎さんに従ったのか。旭の体は、自分の無意識下で主導権を握られていたのだ。くつりと笑った柴崎の手が、今度は直に下着の中に侵入をして、性器を握る。包み込まれるほど大きな掌なのか、それとも己が小振りなのかは考えたくはない。ただ腰が引けてしまうほどの強い感覚に、旭は悲鳴混じりの声を上げる。
 
「口開けて、ほら。」
「ふぁ、あ、ぅ…っ!」
 
 ひくんと、再び腰が跳ね、旭の目の前で性器を握る柴崎の手が晒された。それだけで、目の前がスパークしてしまうほどの衝撃だった。赤い舌がべろりと唇をなめて、再び旭の舌と重なる。自分から開いた唇はそれを求めていたかのように、柴崎の唾液が甘く感じた。麻薬のようなその感覚を忘れたくて、唇が離れるとがじりと枕に噛みつく。
 
「それ、すげえクる。」
「ぇ、あっ」
「いいぜ、好きなだけ枕噛んどけよ。多分止まんねえから。」
 
 止まんねえって。と口を開き下けた旭は、柴崎によって与えられた性器への摩擦の刺激に、がくりと再び腰を跳ねさせる。噛み付いた枕の布地に、じんわりと唾液が滲んだ。ぬちぬちとした小さな水音に、頭までやられてしまいそうで、布地を含む口の隙間から、抗議混じりの嬌声が上がるたびに、柴崎の手が早くなっていく。
 
 他人の掌で刺激されることが、こんなに気持ちがいいだなんて知らなかった。旭の薄い茂みは、柴崎によって追い立てられる性器からの先走りでしとどに濡れていた。
 気持ちい、気持ちよくて、もっととねだってしまいそうになる。色素の薄い素肌はほんのりと上気し、目に毒であった。
 
 このまま、何もかも忘れて身を任せてみたい。そんな心のうちが瞳に宿ったらしい。旭の扇状的な表情は、柴崎に理性の糸を切断させるのには十分だった。 
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