[改稿版]これは百貨店で働く俺の話なんだけど

だいきち

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 職場である百貨店からはそこまで離れているわけではない。旭はなかなかに緊張する立地条件の中、誰かに出くわさないかとヒヤヒヤしながら、案内をされた席についた。
 慣れた手つきでタッチパネルを操作し、早速アルコールを頼んでいる。そんな日常感溢れる動作一つとっても様になるというのは、一体どういうことなのだろう。
 
「なんか、変な感じ。」
「あんだよ。俺じゃ役不足だってか。生意気な。」
「違いますよ、…多分。」
「おい、その間やめろや。」
 
 多分、とつづけた旭に、引き攣り笑みを浮かべる。柴崎はタッチパネルを手渡すと、脇に重なっていた小皿を手前に置く。旭の前にも置かれたそれに、後輩にさせるタイプではないのかと少しだけ意外に思った。
 
「俺だってお前よりも二年は早く社会に出てるからな、酸い甘いも経験済みよ。」
「柴崎さんがいうとアダルティでなんかやだ。」
「お前ね…、やらしいならまだしもアダルティって…。」
 
 相変わらず変なところでカタカナ使うよな。と、水の中のビー玉のように透き通った瞳に旭を移して笑う。
 異国の血が混じっているとわかる相貌は、光の加減で紺色にも見えた。その瞳に、なんだか妙な顔をしている己が映る。
 
「で?」
「で、とは。」
 
 柴崎が頼んだビールが配膳された。ジョッキが二つも柴崎の前にゴトリと置かれている。
 きっと、このせいで旭のジンジャエールは遅れたに違いない。
 
「可愛い後輩ちゃんは、何悩んでんだって話。」
「…あー、と、」
 
 柴崎がビールを煽る。この一杯がキくんだわと、随分と親父くさいことを宣った。
 旭は、それに適当な相槌をうちながら、柴崎の視線から逃れるように、少しだけ目を逸らした。
 正直、柴崎に仕事で嫌なことがあったんです。と縋る勇気は持ち合わせてはいない。それを癪であると思っている時点で、旭は格好をつけたかったのだ。
 だって、もう社会人だ。それに、柴崎からは仕事の出来る後輩だと思われたいという下心だってある。せっかく同じ職場なのだ、やはり少しくらい感心されたい。そんな無意味なプライドが邪魔をして、口に出しづらくて仕方がない。せっかく場を設けてくれたのに、旭の中の醜いプライドが邪魔をする。
 
「し、ごと面では…特に、ないかな。柴崎さんとか、家帰ってからの家事とかどうしてんすか。」
 
 だから、後ろめたさを感じているくせに、嘘をついた。
 
「…そっち?」
「他、なんかありそうに見えますか?」
 
 微妙な表情をした柴崎を見て、少しだけホッとした。うまく騙せたのならいい。
 
「何、お前今実家じゃねえの?」
「一人ですよ。だから休日に家事するんすけど、なかなかにだるくて。」
 
 運ばれてきたジンジャエールを一口のむ。カロリと音を立てた氷に、違うだろと言われた気がした。
 
「ふうん?」
 
 気のない返事を返される。旭はこれ以上自分のことを聞かれたくなくて、慌てて柴崎に水を向けた。
 
「柴崎さん実家っすか。」
「実家なら新幹線通いですわな。」
「なら、女の家に転がり込んでるとか?」
「なんでそうなっちゃうかなあ~。」
 
 こう見えて、身持ち硬いので。旭の揶揄いに、そんなことを宣って不服そうに返すものだから、なんだかそれが面白くて少しだけ笑ってしまった。
 顔に似合わずなんですね、と言いかけて止める。旭にとっての柴崎なんて、ギャップの塊みたいなものだ。
 
「なあ、お前って酒飲めるの?」
「や、飲めないわけじゃないんですけど。」
 
 ちびちびとジンジャエールで誤魔化していた。そんな様子が気になったのか、旭を見て不思議そうにする。
 柴崎が喉を鳴らして飲むビールを、恨めしそうに見やる旭はというと、麦芽の味を苦手としていた。その黄金色の液体を好んで飲むことは一生来ないだろう。憧れがないわけではないのだが。
 
「………。」
「ふは、何その皺。」
 
 過去に飲んだときの味を想像していたら、柴崎が小さく噴き出すように笑った。眉間に寄せられた皺が、旭の童顔を年相応に見せたのだ。
 
「一度しくじってんから…、どうも気が進まなくて。」
「しくじった?」
 
 お通しの枝豆を摘んだ柴崎の手が止まる。料理が安い分、お通しはいつ来ても同じである。
 
「や、ちょっと口に出すの憚られるってか…」
「旭は顔に似合わず奔放なのか?」
「いや、そういうんじゃないっす!!」
 
 一体何を想像したのかと問いたい。柴崎は、まるで大人になったなあと言わんばかりのしたり顔で見つめてくるものだから、旭はお陰で変な汗をかく羽目になった。
 しかし、柴崎は思うところがあったらしい。居心地悪そうに座り直す様子を見て、この先を突くのはやめたのだ。柴崎にだって空気くらいは読める。もしかしたら口にしたくない理由があるのかもしれないし、藪を突いて蛇はごめん被りたい。それが、己にだけ話したくないとかなら、少しだけショックではあるが。
 そんな、二人の間に通り過ぎた僅かな沈黙を破ったのは、柴崎が先に注文していたエビマヨであった。
 
「来た、これこれ。」
「わ、エビでけえ。」
 
 手のひらと同じくらいの大きさの皿に、モリモリと乗せられたエビマヨが柴崎の一押しだ。配膳をしてくれた店員に、微笑んで礼を言う。本日もその顔の良さを大盤振る舞いしているなあという感想しか旭は持たないはずなのに、旭は胸の奥にもやつく何かを感じてしまった。
 進められるがままに、皿を受け取った。柴崎の分を多めに取り分ければ、俺はお前に食えって言ってんの。と小言を言われる。

「お前、そういうとこだかんな。」
「え?あ、うまっ」

 甘酸っぱいマヨネーズベースのソースがかかっているのに、衣はカリリと口の中で小気味の良い音を立てる。旭にとっての普通が柴崎には伝わらない。悪気のない顔で首を傾げる後輩を前に、柴崎は気を遣わせているのかと思ったのだ。取引先という関係になってしまったことを少しだけ呪う。
 うまいものを食って元気になって欲しかったから連れてきたのだが、柴崎の皿と違い、少なめのエビマヨが雑に盛られた旭の皿を見る限り、その意図はうまく伝わってはなさそうであった。
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