アイデンティティは奪われましたが、勇者とその弟に愛されてそれなりに幸せです。

だいきち

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やばい奴ら

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 城を出て、もうすでに一刻ほどが経った。翌日、セタンナとメイディアによって送り出された一行は、杉林が繁る山道を抜け、間も無く城下にたどり着く頃合いであった。
 イェネドはフードを被ったまま暗い顔をしている。いつもなら首に下げた手綱をイザルに持ってもらおうと周りをちょろちょろしているのに、今日はそれすらもなかったのだ。
 
「おやあ、なんだか落ち込んでおる」
「慰めないでくれシグ、俺はきちんとでっかい男にならなくっちゃいけないんだから」
「なんだ、俺よりも十分立派じゃないか」
「そうじゃない、体格の話じゃないんだってば……」

 城を出てから、ずっとこんな具合であった。理由も口にしないので、相談に乗ってやることも難しい。シグムントはふむ、と口を引き結ぶと、ちろりとその視線を前に向けた。

「……」
「……」
「おやあ……」

 シグムントの目の前。肩を並べて歩くイザルとルシアンの周りの空気も、随分と澱んでいる。
 さて一体どうしたものか。シグムントが原因を探ろうと記憶を遡っても、送り出してくれたセタンナたちに不審な点など見当たらなかった。強いて言えばメイディアは出立のギリギリまでルシアンと引き継ぎをしていたので、随分と疲れた顔はしていたが。

「なあイザルよ、これからどう言う具合で進んで行くんだ。霧の魔物の討伐と言ってもなあ、俺は近づかんと匂いもわからぬよ」
「んなもん、きなくせえとこから攻めりゃあいい。具体的には、こうする」

 シグムントの言葉に立ち止まると、イザルは口元を吊り上げて笑う。治安の悪い笑みは、見慣れてくればなんとも思わない。慣れというのは怖いものである。イザルは、鞘を擦るようにして剣を引き抜くと、勢いよく地べたへと突き刺した。

「目的は霧の魔物だ。魔王んとこにはてめえが連れて行ったんだ。造作もねえことだろう」

 剣に語りかけるイザルの握りしめた柄から、じんわりと魔力が刀身へと移っていく。地べたへと伸びた影が不自然に曲がり、何かを目指すように一直線に伸びた。

「待て、その剣には意思があるのか?」
「俺はこいつのおかげで単騎で魔王城に行けたんだ」
「魔王城じゃないぞ! シグムントの間借りしていた家兼職場だ!」
「シグ、今はその話しなくていいから」

 魔王城だなんて人聞の悪い! とプンスコするシグムントを、イェネドが宥める。そうこうしているうちにイザルの魔力を宿した聖剣は、すでに行き先を示していた。黒い影は、一直線に木々を貫いている。城下へ向かう道とは随分とそれた影の行き先は、ルシアンがよく知っていた。

「……このまま行くと、堕界だな」
「誂えたようにいい場所示しやがって」

 辟易としたイザルの言葉とルシアンの渋い雰囲気は、堕界がいかに良くない場所であるかを静かに語っている。
 シグムントは、当然その場所を知らなかった。答えを求めるように、イェネドと二人顔を見合わせ首を傾げる。

「堕界へ行くんなら、城下はダメだ。あそこは検問が厳しいからな、随分と遠回りになるが、一度城壁の外に出なきゃいけねえ」
「太陽の国の中にはないということか?」
「堕界は城壁と城壁の隙間にある。ゴミ捨て場のような場所だ」
「ゴミ捨て場……?」
「まともな国民性なら、ぜってぇに行くことはねえ場所だぁな」

 茂みをかき分け、影を吸い取るように剣先を地べたに向け進んでいく。不思議なことに、イザルの持つ剣はかすかに震えているようだった。 
 三人がその背につづくように訪れたのは断崖だ。木漏れ日森とは違う鬱蒼とした森が、眼下に広がっている。堕界のある城壁まで地べたを覆い尽くすように広がる森は、まともな国民性なら当然近づきもしない場所である。その森への侵略を阻むかのように、白く美しい城壁が左右に伸びていた。
 しかし、不自然な点があった。白い城壁の外側に、何かが重なるように伸びている。まるで、城壁を囲う城壁のようなそれは、内側の白よりもはるかに無骨で、色味を失っていた。まるで、枯れた井戸の内側に国が存在するかのようだった。

「城壁が、二重になっている……?」
「白い城壁の外側は、堀になっている。地上に降り立てば景色は繋がって見えるけど、あの古い城壁の手前は貧民窟さ」
「森を掘って崖を人工的に作ったってこと? なんでそんな面倒なことすんの」

 純粋なイェネドの言葉は、幼子のような質問であった。木漏れ日森までもが城壁の内側に存在すると考えると、この森もおそらくどこかで繋がっているのだろう。ともすれば、わざわざ森を分断してまで城壁を二重に囲う理由がわからなかったのだ。

「この国は、崖の上にあるようなもんなんだよ。外敵から身を守るために、城壁の下は深い堀になっている。攻め込まれても橋を外せば侵入できないようにね」
「でも、堕界には人が住んでるのだろう?」

 シグムントの疑問は当然のものだ。普通の常識なら、城壁は差別なく国民を守るもの。しかし、太陽の国では違う。守るべき国民というのは、人間のみだ。

「あの堀の貧民窟には半魔がいる」
「そりゃ、こっち側だっているだろう」
「いねえよ。太陽の国の内側に半魔がいれば、途端に処刑されちまう」
「え」

 イザルの言葉に、イェネドはキョトンとした。その赤い瞳に映るイザルの表情は、忌々しそうに歪められている。
 もしかしたら、これから起こるであろう面倒ごとを悟っているのかもしれない。黙りこくるイザルの瞳には、一体何が見えているのだろう。

「示されたんなら、行くしかあるめえよ。かったりいけどな」
「貧民窟か、噂でしか聞いたことはないな。遊撃隊は足を踏み入れたこともない」
「ああそう、ま、お綺麗な部分しか知らねえ方が、幸せなのかもしんねえなあ」

 ルシアンの言葉に、イザルは小さく吐き捨てるように宣う。まるで、イザルは知っているかのような口ぶりであった。
 普段なら、噛み付いていただろうルシアンも、今回ばかりは何も言わなかった。返す言葉がなかったのが本当のところだろう。

「なんで、半魔じゃダメなん。」
「黙れシグムント。堕界でその言葉は使うな。死にたくねえだろう」

 イザルの言葉はシグムントの身を引き締めた。
 怯えたわけじゃない。忠告はおそらく事実なのだろうことは、表情を見ていればわかる。シグムントはルシアンの腕に手を添えるようにして杖代わりにすると、崖下へと続く道を探すようにあたりを見渡した。
 
「おいイザル。何を考えている」
「……」

 しかしイザルは、断崖から一向に動かなかった。シグムントの隣では、ルシアンが胡乱気な視線を向けている。静かで物言わぬ背中は、断崖から吹き上げる風を認知するかのように細められていた。
 シグムントの背中に、じわりと嫌な汗が滲む。不審そうな目を向けるルシアンよりも先に、言わんとしていることを理解してしまった。

「下までいちいち降るのがよお、かったりいなって」
「おいイザル、そ、そんなとこに立っていると危ないから、もう少し下がりなさい……」
「…………」

 ああ、きっとそういうことだろう。イェネドもまた、シグムント同様にイザルの言わんとすることに気がついた。
 イザルが体に強化魔法をかける。ようやくルシアンも察したようだが、特に文句をいう様子はない。
 どうして兄弟揃ってこうも生き急ぐのだろう。悲しきかな、この場で最も力がないのは、元魔王であるシグムントだけであった。

「シグ、これから怖い思いをするけど、しっかり掴まっているんだよ」
「わ、ちょっとま、っ」
「イザ、うわぁっ!」
「ひぇ……」

 イェネドのギョッとした声が響いた時には、もうすでにイザルは崖から飛んでいた。シグムントはというと、抱き抱えられたルシアンの腕の中。青い顔をして首に縋りついた。

「男なら情けない声を上げるなイェネド。俺に続け」
「ぜ、絶対こうなると思った、もおお‼︎」

 シグムントの華奢な体に回された腕に力が込められる。ルシアンは礫を弾くように一気に駆け出すと、勢いよく崖から飛び降りた。
 
「風よ!」
「ひゃ、ぅきゃあああああああぁアァぁあああーー‼︎」

 ルシアンの詠唱は、シグムントの悲鳴によってかき消された。飛び降りた二人の体を包み込むように、緑の風が眼下から上昇し、落下の勢いを殺す。恐ろしい勢いで流れていった景色は徐々に緩やかなものとなり、シグムントの目から溢れた涙がルシアンの頬を撫でていく。
 深緑色の外套を翼のように伸ばして崖下へと降り立ったルシアンは、黒い瞳に心配の色を宿してシグムントを映した。

「大丈夫?」
「ぅ、ひっく……っ」
「ああ、もう大丈夫だから。ほら、地べたに足つくよシグムント」
「う、うん……っ」

 本当に、死ぬかと思った。シグムントは子供のように顔をくしゃりとさせ、ルシアンの腕をしっかりと掴んだままである。地べたについた足が震えて、まともに立っていられないのだ。
 そんな様子も、ルシアンにとっては愛玩の対象らしい。それはもうえらく甘い雰囲気を滲ませながら、シグムントの腰に腕を回す。目の前で見ていたイザルはというと、少しばかしシグムントを不憫に思った。

「慣れろシグムント。俺らと旅するってことは、こういうことだぜ」
「ヴン……っ」
「シグ、鼻チーンってしな」

 先に降りていたイザルはというと、大木に腰掛けたまま煙草を燻らせる。態度のデカさは相変わらず折り紙付きだ。銀灰の瞳が崖から降ってきた細かな礫に気がつくと、煙草の火種を向けるように、頭上を指さす。
 それに釣られるようにルシアンが煙草を目で追えば、そこには勢いよく崖を駆け降りる黒い毛玉があった。


「……待て、あの狼とイェネドは同一人物だったのか」
「嘘だろ、今更知ったのか」
「俺はお前から何も聞いていないからな……!」
「ぅう、ぐすっ」

 シグムントの背後に大きな音を立てて降り立ったイェネドは、狼の顔にわかりやすく不機嫌を貼り付けていた。おそらく、「無茶をするな」とでも言いたいのだろう。
 鼻の頭を真っ赤にしたシグムントがヨボヨボと手を伸ばすのに気がつくと、イェネドはイザルへ向けてハンッとため息を吐いた。シグムントの御機嫌取りが上手いのはイェネドである。
 小さな手を頭で受け止めると、そのままもちもちと顔を愛でられることに身を任せる。

「イェネド、い、イザルがな、相変わらずに人手なしなんだ。お、俺はびっくしして漏らすところだった……」
「アウァ」
「そうだなあ、そういうことになるなあ」
「おいこら二人で会話を完結してんじゃねえぞ」

 どうせろくな会話をしていないのだろうと、イザルの顔が渋いモノになる。ルシアンはというと、こちらもシグムントの腰を抱きながら蚊帳の外を演じている。
 
「人徳のなさは魔族も認めるところのようだな」
「ったく、崖から落ちたくらいでびびってんじゃねえぞ。これからもっとやべえことが起こるかもしれねえんだからな」
「面白い、望むところだ」

 イザルの煽りは、しっかりとルシアンが受け止めた。そのやばいことが起こらなければ、霧の魔物の謎は一向に解明されないだろう。ルシアンとしてはそんな心算で本音をぶつけただけなのだが、この仲間内でも心優しい魔族二人は、揃って顔色を悪くしていた。
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